このブログ「砂時計主義」の副題は「霧降高原の『詩的生活』ノート」。詩的な雰囲気のことも書きたいのだが、このところ、脱原発署名活動など、いわゆるお堅い記事ばかりが前面に(そのような生活が確かに続いてきてはいるのだがー)。なので、ここは「詩的」なこともぜひ載せたいと。
と思っていたら、詩誌「詩と思想 6月号」が宅配で玄関先に。そう、今号にわたしは詩「わたしの未来に連帯するために」を送っていたのだった。ということで、たまには黒川純の詩も掲載することに。発行日は6月1日(この詩誌の装丁はわたしの友人、長島弘幸君がやっているという思わぬ縁もあるー)。
この「詩と思想」は詩の世界では社会情況も踏まえて、誠実なというか、きちんとしたというか、真面目に詩に向き合っている代表的な月刊全国詩誌だ。充実さを増している存在感のある詩誌「コールサック」(年3回)とともに愛読したり、投稿したりしているひとつだ。ぜひ、手に取る機会を見つけてください。
詩 わたしの未来に連帯するために
黒川純
わたしはもう青く輝く塵のひとつだったり
まばゆい春に芽吹く緑の葉の一枚だったり
南極海のミジンコに変身しているかもしれない
いずれにしろ
地球のどこかの森か林か海かに漂っているだろう
すでに姿がとられきれないわたしを超えて
再びやって来るだろう厳しい氷河期を乗り越え
かろうじて生き残って立ち上がっているだろう
3千世代、そう3000世代の先のわたしたち
はるかはるか遠い遠い時間が過ぎた未来
いつか地球に漂っていたわたしがそれになり
あるさわやかな朝
その自然というシャボンできれいに清めている
そのわたしたちに胸騒ぎの憂鬱を打ち込み
そのわたしたちに空に舞う不安を呼び込み
そのわたしたちに答のない悲鳴を上げさせる
今、その光景が残酷なスクリーンに映る
不可視の向こうにあるパニックが視えないか
いや!
そんなことはない
少しでも思い浮かべればすぐに透視できる
手のだしようのない線量に立ちすくむ
そのおびえでうろたえるわたしたちが
タイムマシンで10万年後から発進し
パトロール隊員が今の捜査に着手するが
それが始まったときは悲劇の始まりだ
飛び散った今だけが問題なのではないからだ
洗って、除き、埋めて
避けて、逃げて、壊して
これから数十年間もかけて鎮めてゆく
一度目の愚かな結末に怒るだけでなく
それを二度と繰り返させてはならない
なぜなら
こういうことだからだ
わたしの、未来のわたしに対する
結果がわかっていてもやってしまう
それこそ未必の故意の犯罪なのだ
わたしはどこにいても逃げも隠れもしない
おてんとうさまのほんとうの倫理を胸に
未来のわたしたちに連帯するだろう
たくさんの木霊を列島に響かせ
未来への犯罪に立ち向かおうと
「さようなら原発!日光の会」は27日、日光市中心部のスーパー店頭で「脱原発1000万人全国署名」の街頭署名を行った。午後1時から2時間、最後の30分は小雨、本降りのあいにくの天候に変わったが、署名は続行。最終的に応じていただいた署名は257人分にも達した。
署名は「原発いらない栃木の会」の協力も得て。「脱原発1000万人署名を」。ハンドマイクなどのその呼び掛けに買い物客が次々と。反応の良さに、ハンドマイクの呼びかけ人も思わず?「署名の受け付けこちらでやっております」(思わず笑ってしまった。でも、それくらい余裕がある署名活動だった)
署名していただいた257人は、当然、日光市市民が大半だったが、意外と県内外も。県内では宇都宮、鹿沼、那須塩原、小山の各市民が23人(県内の人もかなり日光に来ているのだね~)。東京、千葉、神奈川、埼玉の市民も9人だった。
街頭署名に参加したのは「さようなら原発!日光の会」が10人、「原発いらない栃木の会」が4人の計13人(わたしが両方に参加しているため)。4人の子育て中のお母さんや農業青年に加え、2人の忙しい日光市議も参加した。
署名に参加した会員は基本的に腕章、胸章をつけて、所属を明らかにするようにした。どこのだれが署名を呼び掛けているのか、わかるようにするため。さらに「脱原発1000万人署名」を呼びかけているという看板を2枚、それにハンドマイクで署名の趣旨を繰り返し伝えた。
県都・宇都宮と違って、呼び掛けに対する反応は段違い。買い物客の多くが署名の呼び掛けにすぐに応じてくれていた。「えっ、住所を書くの?」。そんな反応で応じてもらえなかった市民も。でも、それはごく一部。説得?で最後には署名に応じてもらった人も。
「原発いらない栃木の会」のメンバーで、宇都宮のヨモギダさんは次々と署名をゲット?、彼女はにこやかに、しんぼうづよく、したたかに?買い物客らをねばりづよく説得。次々と脱原発署名を積み重ねていった。で、この日の会員仲間は彼女を「署名名人」と呼ぶことにー。署名に応じていただいた方に感謝します。
(災害支援「チーム日光」が地元の人力も得て完成させた集会場「歌津迎賓館」の味のある看板)
(「歌津迎賓館」の扉は「チーム日光」の小坂憲正代表が仕上げた作品。自身の個展に出品した作品のひとつだ)
(集会場の寄贈書を手に災害支援「チーム日光」の小坂憲正代表・左と南三陸町の佐藤達朗教育長、中央は伊里前契約会の千葉正海会長=23日)
(「竪穴」集会場、「歌津迎賓館」の内部。すべて手造りの木造の重厚な建物に仕上がった。内壁のレンガもひとつひとつ型枠による手造り。その数、ざっと1300個にものぼった)
(扉を開けると、右左の壁に絵師・香川大介の獅子の作品が。訪れる人たちはその大胆な構図と精密な絵筆に驚くことだろう)
(23日の落成式では屋外ライブが予定されていたが、小雨で急きょ、屋内に。トップは首都圏から駆けつけた歌手・チグリハーブ。最初に会場全体で「ふるさと」を合唱。さらに心にしみる彼女自身の唄を次々。ただし、会場内の私語のざわめきが気になった)
(ライブの二番手は東京から駆けつけた舞踏家・塙寛子さんの舞い。テーマも解説もない舞いだったが、私には死と再生と救済の物語のように受け取れ、不覚にも?、涙が。会場内でも涙をぬぐう姿があちこちに)
(落成式の神事をつかさどったのは北海道・二風谷に暮らすアイヌのシャーマン、アシリレラさん。ライブではアイヌの貴重なユーカラも語ってくれた)
(当日の全体の模様は栃木県の地元紙、下野新聞24日付で)
東日本大震災の津波被害に遭った宮城県南三陸町で、ボランティア団体「チーム日光」(日光市)が建設を進めていた「竪穴住居」型集会所が完成し、23日に落成式を開いた。仮設住宅で暮らす被災者も集まり、喜びを分かち合った。町は今後、住民間交流や復興計画を話し合う場として活用する予定だ。
集会所内で開かれた落成式には、同町の佐藤達朗教育長も参加。チーム代表の小坂憲正さん(44)から寄贈書を手渡され、「心のこもった贈り物をありがとうございます」と感謝した。
その後、小坂さんに竪穴住居の建築技法を伝授したアイヌ民族の祈祷師・アシリレラさんが、慰霊祭を執行。バンドによるライブなども披露され、式典を盛り上げた。
津波で親族27人を失った主婦及川時子さん(70)は「素晴らしい建物をつくってくれたのだから、悲しみは今日までにしたい。前を向いて生きたい」と涙をこらえた。
チームは同町歌津地区の仮設住宅敷地内に集会所がないことを知り、無償での建設を決意。冬暖かく夏涼しい上、「原点回帰」の意味合いも込めて、竪穴住居型(50平方メートル)を選択した。
復興の鍵となることを願い、「歌津迎賓館『鍵』」と命名。小坂さんは「被災者の心と笑顔をつなぐ拠点になってほしい」と願っている。
「原発いらない」、「再稼働反対」、「原発廃炉」、「このまま廃炉」。さらに「放射能いらない」、「汚染を許すな」、「子どもを守ろう」、「未来を守ろう」、・・・。
何のことかというと、好天の5月19日、宇都宮の繁華街で行われた脱原発デモ(正式名は「栃木県民 脱原発 大行進」)での掛け声だ。ハンドマイクの声に合わせて、宇都宮や県内各地から脱原発を声にしようとTWITTERなどの呼びかけで集まった人たち。約40分のデモは途中で加わった人も含めて最終的に89人だった。
わたしも会員である「さようなら原発!日光の会」「原発いらない栃木の会」のメンバーや南三陸の災害支援に何度か一緒に行っているボランティア仲間たちと参加した。「さようなら原発!」と「原発いらない」と大書した手づくりのプラカードを掲げてデモったり、最後尾の隊列からハンドマイクで掛け声をかけたり。途中、何度かデモ隊から抜けて写真を撮ったりもした。チビッ子を連れた家族連れが目立ち、勇ましい?掛け声とはうらはらになごやかなデモ隊だった。
脱原発デモは、「さようなら原発 3・11福島県民大集会」(約1万6000人参加、郡山)、「1000万人アクション3・24デモ」(約6000人参加、東京)に続き、宇都宮で3回目。デモは労働組合委員長などを務めていた30代のとき、ストやメーデーなどで歩いて以来。もうかなりになる。
脱原発を訴えるには「書を捨てよ 町へ出よう」(寺山修司)ではないが、ともあれ街頭へ。〈原発はこの世界では、もう無用の長物なのだ〉。そのことを街に出てきちんと伝える。自分の意志を押し出し、世の中の空気や気分がこうなっていることを広く伝えてゆく、その効果は思っているほどではないかも知れないが、繰り返し、行動してゆくべきだと思っている。同じ思いの人々と、いわゆる「連帯」できるというおまけもついてくる。
当面の「天王山」は7月16日に東京で予定されている10万人集会・デモ。「さようなら原発1000万人アクション」(大江健三郎氏らが提唱)の主催。これからの国のエネルギー政策が決まる前に〈ちょっと待った〉、そういうアクションを起こそうと。わたしは10万人といわず、50万人デモにしようじゃないか(そのくらいの意気込みで7・16へと思っているのでー)、そのようにTWITTERでツイートしている。
今は子どもの健康被害を心配する若いお母さんたちがチビッ子を連れて、デモに出る世の中。街頭デモは特殊なものではない。「ふつうの人」はもちろん、なかでもデモ慣れしている全共闘世代はどんどん、脱原発デモへ。若者のときとは違った高揚感や解放感を覚えることだろう。さらに爽快感や達成感を引き寄せるためには、少なくとも、この国は脱原発で。その方針を国にとらせていくことだ。その思いを強くしている。(黒川純)
(以上は6月30日発行予定の同人誌『序説第19号』のわたしのあとがき。5・19宇都宮デモについて書いたので、それをそのまま「横流し」?~)
「さようなら原発!日光の会」(代表・福田洋吾)は18日、日光市長に放射能被害対策を強化するなどを求めた大小12項目の要望書を提出した。並行して日光市の総務課長、危機管理放射能対策室長や観光、教育など各部門・10人以上の市職員の参加を得て、懇談会を持った。会側の参加者は幼児連れのお母さんも含めて11人。
会は約1ケ月間かけて、市内全域の放射線量を独自に調査。その結果を伝えながら、除染など放射能被害対策の強化などについて、担当者と話し合いを持ちたいと、会の方から要望。市側がこれに応え、担当室長ら、各部門から出席していただいた。
懇談会は午前10時から11時半の1時間半。だが、放射線量の測定結果などを伝えたこともあり、話し合いの実質は1時間弱だった。懇談での主な内容は、市が方針として優先事項として打ち出している保育園、幼稚園、小中学校の除染はもちろん、それに並行して通学路や公園などについても、早急な除染を行うべきだ、といったことを促した。市は「手をつけられるものはつけてゆく」などと応じたが、いまひとつ?という印象が残った。
さらに、放射能被害問題の懇談に危機管理放射能対策室のほか、各部門から参加しないと、懇談できないような体制ではなく、対策が一本化できるよう、体制の強化(要望では「放射能被害対策課」(仮称)の新設)などを求めた。
また、南相馬市では昨年7月には「除染マニュアル」が作成されている例も挙げ、日光市も住宅の除染などに役立てる「除染マニュアル」を早急に作成し、市民に配布すべきだと求めた。
これについては市は、7月から18歳以下の子どもがいる世帯で0・23μ㏜/h以下で除染を希望する場合は個人で実施してもらい、必要な用具の配布・貸し出しを行う(18歳以下の子どもがいる家庭で0・23μ㏜/h以上は市が除染を実施)。それまでには「除染マニュアル」を作成・配布することになるとした。
甲状腺エコー検査などの意見交換では市民と市との考え方の違いがでていたが、詳しいやりとりはのちほど。
(放射能被害対策強化について、日光市と懇談する「さようなら原発!日光の会」のメンバー=18日、日光市役所会議室)
(市との懇談には我が子をあやしながら参加した「さようなら原発!日光の会」のお母さんも)
(以下は「さようなら原発!日光の会」の会報 『げんぱつニュース 第10号』(5月18日)
鎌仲ひとみ”さんの話を聴きましょう!
1月22日に今市中央公民館で開催した映画会『ミツバチの羽音と地球の回転』の監督である、鎌仲ひとみさんが栃木県母親大会in日光(6月10日、日光総合会館)に、「原発とわたしたちのくらし」記念講演講師として日光市に来られます。この機会にぜひ、生の話をみんなで聴きましょう。
日光市長あて“要望書”提出する
~日光市危機管理・放射能対策室との懇談会~開催される
5月18日(金)10時から11時30分まで、日光市役所内会議室において当会との懇談会が開かれ、日光市側からは、総務課長、対策室長はじめ、学校、観光関係担当者など10名、当会から11名が参加して行われました。
要望書は、「放射性物質から子どもを守り、もとの環境を取り戻す対策の充実を求める」とする内容で、当会のメンバーが約一か月間かけて市内全域を測定したデータをもとに、「原発事故による放射能被害者を日光市から一人も出さない」との構えで、除染作業を本格化し、体制を強化して欲しいなどの切実な要望を述べました。
「国の除染費用負担を求める要望署名」49000筆を提出
多くの方から協力を頂いた「除染署名」は、49000筆を超え、環境省と面談の結果、「町(市)が除染計画を策定し、その中で個人宅を除染する形のものについては、国は費用を負担する」との回答を得ました。当会を通しての署名数も2500筆届けられ、これらの力が国を動かしたものと言えます。
「脱原発一千万人署名」は5月末日まで行われます
5月5日に国内の全ての原発が停止し、エネルギー問題が“脱原発”の方向に大きく転換されようとする中で、大飯(福井県おおい町)原発の再稼働が、予断を許さない状況です。引き続き署名行動を強めましょう!署名簿など必要の方はご連絡下さい。
※5月27日(日)13:00~15:00今市“かましん”さん前にて署名行動を行います。参加下さい。
(「さようなら原発!日光の会」との懇談に参加した日光市の総務課長ら職員のみなさん)
(懇談ではグーグルアース上に図示したり、グラフ化したりできる環境放射線量計による全市内の測定結果を市側に伝えた)
(以下は本日の18日、日光市長に提出した「さようなら原発!日光の会」の要望書)
放射性物質から子どもを守り、もとの環境を取り戻す対策の充実を求める要望
<要望の趣旨及び理由>
「原発の事故により放出された放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法」が平成24 年1月1日より完全施行された。日夜被曝の不安を抱え生活している日光市民は一日も早い事故以前の環境回復を願っている。我々<さよなら原発!日光の会>は、携帯型シンチレーション測定器で、ほぼ全市を一巡して測定した結果、局所的汚染地点など多々発見した。住民は「わからないで不安だったが知ってよかった。放射能の高い所に近づかなければ住み続けられる」と市によるきちんとした対処を求めている。
また、ご存じの通り、<責任ある除染を国に求める連絡協議会>は、4月26日、法律で定められた通り、年間追加被曝線量1ミリシーベルト以上の個人住宅の除染を国の費用負担で一刻も早く進めてほしいと、要望書と4万9千人分の署名を提出して環境省と面談交渉した。高山政務官は「町(市)が除染計画を策定しその中で個人宅を除染する形のものについては、国は費用負担する」と明言した。日光市は速やかに市民の住居の除染にも取り掛かり、子供が不安なく生活でき、健康に成長できる、核汚染以前の環境を取り戻す対策の充実が急がれる。
そして、先の原子力発電事故による、すべての生命と環境にもたらされる計り知れない被害を、ふたたび繰りかえさせては意味がない。もとの環境を取り戻す対策の充実を求めるとともに、自然エネルギー中心社会へ転換し原発に依存しない社会の実現を目指す先頭に、市長が立つことを要望する。
<要望事項>
1 子どもを安心して育てられる環境を速やかに実現させること
① 日光市のすべての子どもの健康に不安をもたらすヨウ素131等被曝による甲状腺のエコー検査など実施すること。
② 学校給食の放射性物質検査は、「日光学校給食センター」「藤原学校給食センター」の2カ所による当該児童に提供した給食1食分1週間ごとのまとめ検査の実施が現状であり、全校を対象にした検査体制を備えること。
③ 18歳以下の子供のいる家庭(7600世帯)の除染実施に見合う市の体制強化を求める。
2 食物(農作物)の放射性物質濃度検査の充実を求める
① 市は日光ブランドセンターばかりでなく、総合支所単位に、食料・農水産物等の精度の高い検査機器を備えた測定室を設置し、児童の給食の安全・住民の食の安全をはかること。
② 市は水田、畑などの土壌・たい肥・腐葉土の放射性物質測定器を備えて耕作者の必要にこたえ検査すること。
③ 農産物の出荷停止、その他検査結果の発表は、全市民に届くように改善すること。
3 除染実行を本格化すること
① 3月に出された、環境省「放射性物質による局所的汚染箇所への対処ガイドライン」に基づき、調査及び対処・除染を実施し、その際、住民と一緒に線量を測り、それぞれの住宅、水田や畑の汚染状況を正しく知り過度な不安を取り除き、対処の協働関係を構築すること。
② 学校等における放射線測定の手引きは、昨年8月文部科学省が出し、速やかな除染が求められていたが、いまだに空間線量が高いままである。子供や周囲住民にもわかるように「校内・通学路等汚染状況マップ」を明示し、ただちに除染を実行し、それまでは立ち入り禁止など明示すること。
③ <責任ある除染を国に求める連絡協議会>に示した環境省の明言を活かし、市は除染実施計画にもとづいて保育園、幼稚園、小中学校など18歳以下の子供のいる世帯の除染を行うが、併行して通学路,公園などの除染も早急に実施すること。個人住宅についても除染取り組みを開始し、東電と国に費用負担を要求し、市内の業者の力を活かし、また、住民からの情報を活かし、住民団体との提携を密にして遅れを取り戻し進めることを求める。
④ 除染に当たり、住民に放射性物質除染マニアルを配布し、適正な除染土壌の保管法の指導を行い、「汚染土壌」と表記した袋などを配布し保管状況の実態を掌握すること。
4 原発事故による放射能被害者を日光市から一人も出さないとの構えで、放射能被害対策課(仮称)を新設するなど、体制を一本化して強化すること。
5 日光市長は、原発に依存しない社会の実現を目指す全国の市町村長らが結成した、<脱原発をめざす首長会議>に参加し、未完成な技術で最終処理もできない核エネルギーから、自然エネルギー中心への大転換の先頭に立つことを求める。
上記の諸件につき、2012年6月18日までに、回答を頂きたく要望いたします。 以上。
(市側との初めての懇談会であいさつする「さようなら原発!日光の会」の福田洋吾代表。わたしたちが使った環境放射線量計についても説明を加えた)
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