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2024年7月15日 (月)

青臭い青春というものを、まだ否定できぬままに    「なるほどー」の『眠れぬ夜のために』

 

眠れぬ夜のために 1967ー2018 五百余の言葉』(五木寛之 新潮新書 2018年11月20日発行)からの引用。「なるほどねー」と思えた箴言(しんげん 教訓の意味をもつ短い言葉。格言)だったので、同人誌「序説第31号」の「編集後記」のキイワードとして使ってみました。
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「人間は変る、歴史も、世の中も、すべては変わる。あなたも、私も、彼らも。すべて年月とともに変わっていく。それが人間の成長なのか。それが人間の本当の現実なのか。私は青臭い青春というものを、まだ否定できぬままに年を重ねてきました」ー。
そして「青年は、荒野を目指す。老人もまた、荒野をゆく」~(この「老人もまたー」は、どちらかというと、そうだけど、苦笑してしまう一面もあるなとー)。

 

2024年7月14日 (日)

「青臭い青春」を否定できない色あせない気分   創刊50周年記念『序説第31号』編集後記

同人誌「序説第31号」編集後記 黒川純  2024年7月13日(土)

「人間は変る、歴史も、世の中も、すべては変る。あなたも、私も、彼らも、すべて年月とともに変わっていく。それが人間の成長なのか。それが人生のほんとうの現実なのか。私は青臭い青春というものを、まだ否定できぬままに年を重ねてきました」―。大河小説で映画にもなっている『青春の門』や『親鸞』、あるいは直木賞作品『蒼ざめた馬を見よ』などで広く知られる五木寛之の新潮新書『眠れぬ夜のために 1967ー2018 五百余の言葉』(2018年11月発行)にあるフレーズだ。初出は小説『内灘夫人』とある▼この同人誌『序説』は今回の31号で1974年12月の創刊以来、50年を数える。この半世紀を振り返った場合、この五木寛之が小説の中で語っている「私は青臭い青春というものを、まだ否定できぬままに年を重ねてきました」という言葉がまさにぴったりする思いがする。半世紀前、同人のほとんどが大学を卒業したばかりか、あるいは、除籍になろうかという年代。いずれにしろ全員がまだ20代前半だ。それこそ「青臭いPhoto_20240713234901 青春」にあった。いずれも年を重ねて、今やなんと70代という老人世代。働き盛りのときに四半世紀の期間、休刊していたが、2006年に復刊。以来、年に一度、この冊子を発刊してきた▼いわば欲得抜きに、手弁当そのものでつくっている同人誌をかくも長きにわたって継続してきたその原動力には何があったのか?母体となったのは、何度か書いているが、当時の大学改革をめざした「全学活動者会議」に集まった仲間たちだ。考えてみると、こうした冊子を世に送り出そうとした源流は、私たちが誕生させた全共闘系の大学自治会が発行した『創生 第3号』にあると思える。発行は1973年4月。『序説』創刊の1年8カ月前のことだ。この『創生』の代表は「序説」同人である高橋一男君、そして表紙担当はやはり同人の野村タカオ君だ。私もこの自治会誌に高本吾郎のペンネームで「或る闘争日記」を書いている。高本は当時、若者によく読まれた『邪宗門』の高橋和己と『共同幻想論』の吉本隆明から一字ずつとっている。今の若者にはなじみがないだろうが、この二人は当時の時代を代表する論客だった▼この高橋君は序説に「京と」を連載中だ。今号でなんと11回を数える。学生運動が盛んだった1969年6月に鉄道自殺し、その後、大学ノートに遺された彼女の日記で構成された『二十歳の原点』の立命館大3年生だった高野悦子(栃木県宇都宮女子高出身)を慕い歩きながら、建築についても語っている。1960年代末期を代表するこの本はベストセラーとなり、1973年10月にはこれを原作とした映画も公開され、私も観ている。半世紀前の『序説 創刊号』を開くと、高橋君は「ぼくたちはばくたちでありいつまでもぼくでありたい」という題名の断章を寄稿している。その結語で「富岡さんや弘君や園部君や野村君や大木君や君島君や安斎さんや、そして郡司君らと」と書いている。その50年後になった今年だが、ここに名前が挙げられた8人はいずれも同人や準同人で、なんと一人も欠けることなく『序説』に参加している。これにはいささか感慨深いものがあった。磯山オサム君が第二号から同人に加わっているが、基本的には創刊号仲間がそのまま50周年記念号を迎えたということだ▼『序説』は、この間、『東日本大震災・フクシマ原発特集』(2011年、第18号)、『特集 コロナと私たち』(2020年、第27号)、『小特集 ウクライナ侵攻』(2022年、第29号)の特集も組んでいる。こうした政治、災害、原発、戦争、社会、世間などに向き合っているが、その構えの大元は、その関わりの原点は、冒頭に挙げた「青臭い青春というものを、まだ否定できぬままに年を重ねてきた」ところにあるのではないかー。青臭いというと、人格や言動がまだまだ未熟だという意味とされる。だが、私たちの青くささは、未熟だというよりも、青春の特権である理不尽なこと、不条理なこと、不合理なことに対して、右顧左眄しないで、つまり、周りのことばかり気にして判断を迷うのではなく、それを見過ごすにできない心構えだと言えるではないか▼青臭いということは、否定的な意味ではなく、むしろ何事につけ、周りに合わせようとする同調圧力が強い今の時代には逆に肯定すべき貴重な姿勢、性格、志向ではないかと思う。五木寛之はその意味で語っていると読み取れる。さらに言えば、一般的な未熟さも抱えてはいるが、同時に青く若い純粋な気分を否定できないままに生きてきた、と伝えたかったのではないか。それを象徴するかのように今回の「創刊50年に寄せる」で、磯山君オサム君が「色あせない気分を保つ自分がいる」と伝えている。おおかたの同人の気分を代弁するかのような言い方だと思う。半世紀経っても、若者時代にその意思や行動を共有した創刊同人がそのまま健在であることを思うにつけ、そう思うことしきりだ。そのための編集後記の結語には、やはり五木寛之の『眠れぬ夜のために』にあり、『無力』が初出の以下のこの言葉が、それなりにふさわしいかもしれない。私たちをいささか元気づけようという思いもあるにはあるのだが(笑い)。「青年は、荒野を目指す。老人もまた荒野をゆく」(黒川純)

 

 

2024年7月13日 (土)

今年は「キュウリ」がもぎとれたよー   日光霧降高原のベランダ菜園

広いウッドデッキの一角にあるベランダ菜園(日光霧降高原)のキュウリがほぼ取り入れ時になりましたー。育っているのは、いまのところ4本。茄子は1本だけだが、一足早くもぎりました。期待しているピーマンがなかなか育たないのが気がかり。さて初めてのスイカはどうか?ー。昨年はいずれもほぼ失敗に終わったが、今年はそれなりのベランダ菜園になりそう。自力?へのささやかな「一歩」です~。 1450869177_7724111694384277_355714299716 450573845_7724111691050944_5424150804920

2024年7月12日 (金)

中国内戦に巻き込まれた闇に埋もれた日本兵      元残留日本兵のドキュメタリー映画「蟻の兵隊」    

facebookともだちがきょう7月12日にアップした映画情報ー。「蟻の兵隊」。本のほうは積ん読になっているので、読みたいが、まずは映画を(新潮文庫の「蟻の兵隊」は絶版になっているよう)。日光図書館でDVDを貸し出しているのは承知しているので、この際、日光図書館で借りで観ようかなとー。この夏、東京・渋谷ではアンコール上映されるようだがー。


(以下は、facebookにアップされていた内容です)
の夏になんとしても伺い観たい映画 「蟻の兵隊」。8/3(土)-8/16(金) 渋谷のシアター・イメージフォーラムにて「蟻の兵隊」をアンコール上映します。上映時間は連日11:00 初日上映後に舞台挨拶させていただきます。この夏、主人公の奥村和一さんは生誕100年を迎えます。20歳で戦争に行った人が生きていれば百寿を迎えるのですから、たしかに日本の戦争は遠くなりました。しかしながら、ウクライナにつづきガザも戦火に見舞われ、引きずられるように日本でも防衛力の増強が叫ばれています。戦争の足音が近づくいま、その戦争とは何か、戦争がいかに人間の理性を剥奪するのか、元中国残留日本兵・奥村和一の鬼気迫る姿から、再び多くを感じてほしいと願っています。

(以下は映画解説ー)

第2次世界大戦終結後、中国に残留して内戦に巻き込まれた日本兵を巡る“日本軍山西省残留問題”にスポットを当てたドキュメンタリー。軍の命令に従って残留した約2600人の兵士たち。ところが政府はその事実を否定し、彼らを脱走兵として扱った。国を相手に裁判を続ける残留兵のひとりである奥村和一が、真相を求めて再び中国を訪れる。メガホンを取るのは、デビュー作「延安の娘」が世界中の映画祭で絶賛された池谷薫。

2005年製作/101分/日本
配給:蓮ユニバース
劇場公開日:2006年7月22日



Top_imgjpg 在庫状況:絶版のためご注文いただけません



蟻の兵隊  日本兵2600人山西省残留の真相    新潮文庫 いー102ー1

新潮社 池谷薫  価格 482円(本体438円+税)



発行年月 2010年08月 判型 文庫
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内容情報
[BOOKデータベースより]

昭和二十年八月、日本は無条件降伏した。だが彼らの帰還の道は閉ざされていた!北支派遣軍第一軍の将兵約二六〇〇人は、敗戦後、山西省の王たる軍閥・閻錫山の部隊に編入され、中国共産党軍と三年八カ月に及ぶ死闘を繰り広げた。上官の命令は天皇の命令、そう叩き込まれた兵に抗うすべはなかったのだ―。闇に埋もれかけた事実が、歳月をかけた取材により白日の下に曝される。

序章 蟻の兵隊たち
第1章 終戦
第2章 密約
第3章 軍命
第4章 偽装解散
第5章 死闘
第6章 壊滅
終章 真実

2024年7月11日 (木)

久しぶりに「詩 懐かしい未来に出会うために」    創刊50周年の同人誌「序説第31号」へ

いやはや、数年ぶりかも?ー。詩を書いたのは。創刊50周年を迎える同人誌「序説第31号」(9月1日発行予定)へ。今回は過去の寄稿から「私の一篇」ということで、同人各人から募ってきた。「う~ん、これまでの寄稿から何を?」、そう思って、過去の序説をぱらぱらとチェックしてみた。その中から「詩 懐かしい未来の方へ」が特に気になった。見ると、序説第21号、2014年の詩だ。もう10年前になる。それに手を入れていたら、今回の創刊50年の空気、状況、政治に合わせるように加筆・修正していた。気がついてみると、その修正を数回、いや、たぶん7回ぐらいはやったかもしれない。ひとつの詩を書き上げるよりもたくさんの手間がかかったといえる。それにしても、どういうわけか、詩が書けるような心の構えが生まれないのか?。このところ、そう思ってきたが、いやいや、「まだまだ何とかなるかもしれない」。そうも思えた創刊50周年記念号に参加するための加筆・修正作業ではあった。これもひとつの収穫かもしれない。問題は、さて、これからも以前のように詩が書けるかどうか?ー。自問自答しているところだ。

 

 

詩 懐かしい未来に出会うために

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この時を越えて私たちが再び出会うため

ある晴天の真っ昼間にそこをめざす

強烈な思念で転移させる赤い絨毯を広げ

 

足裏の清き論理で首都の街路に飛び出し

半世紀も糸電話でコンタクトしてきた

戦後が生んだ荒波のような鬼っ子たち

 

肩を組んだ円陣になっていざあの向こうへ

遥か彼方の緑豊かな草原に着地できるよう

それぞれの人生の思いをひとつに同調させる

 

冷笑ばかりで手を汚さぬお利巧さんを決め

灰色の霧で煙幕を張る闇を切り裂くため

追われるだけで物言えぬ痛みを熱風に変える

 

怒りでついに立ち上がった大魔神さながら

見え隠れ出来ない透視力をトップギアにして

屁理屈をまき散らすだんまり屋を蹴散らす

 

お天道さまなぞ知らぬ存ぜぬと強弁し

小学生の足し算たちでさえ赤っ恥をかく

ご都合主義の裏金たちも懲らしめるのだ

 

ご先祖さまになるという祖父から教えられ

異国で散った幾百万人の死者の遺言である

未来に生きる倫理を強火で鍛えもする

 

キラキラと輝いて咲く朝顔の水滴で

心と心をお互いに洗い合うことができる

たくさんの精神の貴族たちにも招待状を

 

恐竜たちが逃げ惑う悪夢を追い払えば

女神も祝福する私たちの昼食会の準備が整い

ともにあの頃の懐かしい未来で出会える

 

(初出 「序説第21号」(2014年9月1日発行 「『懐かしい未来』の方へ」を加筆修正)

 

 

«友達に自慢の?「ざるうどん」をふるまいましたー    我が家の定番メニューだが「美味しいね」

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