格好いいリリーの「哲学」 渥美清の遺作「寅次郎紅の花」
寅
男は引け際が、肝心だってことを言ってんの。それが悪いのか
リリー
悪いよ。
ばかにしか、みえないよ。そんなのは。
自分じゃ格好いいつもりだろうけど、
要するに卑怯なのよ。
意気地がないの、気が小さいの。
体裁ばかり考えているエゴイストで、
口ほどにもない臆病者で、つっころばしで、
グニャチンで、トンチキチの
オタンコナスだっていうんだよ
「詩的生活」には映画が欠かせない(要するに映画が好きなだけかも?)。なかでも「男はつらいよ」(渥美清主演)シリーズは手放しで面白い。たまたま、25日夜にリリーを演じる浅丘ルリ子がマドンナの「寅次郎紅の花」(1995年)を見ていた。おいの満男(吉岡秀隆)が思いを寄せていた泉(後藤久美子)の結婚式が始まろうとする岡山県津山市に突然現れる。
満男は泉と婚約者の男が乗った車に自分の車を突っ込み、後退させてしまう。しきたりを大事にする古い城下町とあって、結婚式は中止になってしまう。失意の満男がたまたま転がり込んだのが、鹿児島県奄美群島加計呂麻島で暮らしていたリリーと寅さん。一部始終を話した満男に寅さんが、伯父の教訓をたれる。その寅の言い方に(珍しく、寅さんが世間を代表するような立場に)反発して、リリーの浅丘ルリ子がタンカを切る。その小気味良いこと。
寅が満男に語る。
男にはなぁ、耐えなきゃならないことが、いっぱいあるんだぞ。「泉ちゃん 結婚おめでとう。どうぞお幸せに」。電報一本ポーンと、打っておいて、おまえは、柴又からはるか津山の空に向かって、両手を合わせ、「どうぞ今日一日、いいお天気でありますよう。無事に結婚式が行われますように」と。それが男ってもんじゃないのか。
これにリリーが反発。
ばかばかしくって、聞いちゃいられないよ。それが格好いいと思ってるんだろう。だけどね、女から見りゃ、こっけいなだけなんだよ。
そう言って、リリーは満男のやむにやまれぬ行為を「間違っていないよ」と、彼をかばう。
最初の「男は引け際が肝心だってことをー」と寅が語り、それにリリーが猛反発するのは、この場面。いわば、世間=寅、非世間=リリー。そういう構図で、世間さまから見れば、トンデモナイ暴走をした満男の行動も、あってもしかるべきもんだ。
そのサインを監督の山田洋次がリリーを通して言わんとしている。山田洋次の哲学だが、それをリリー・浅丘ルリ子が見事に色をつける。浅丘ルリ子がこんなにも演技がうまい人だとは思ってもみなかった(この哲学ともいうべきタンカは一見の価値あり)。
映画を見終わって、わかったのは、「寅次郎紅の花」はシリーズ最期の第48作で、渥美清の遺作だった。肝臓ガンが肺に転移し、主治医から「もう、出演は不可能」といわれていたという。
そして浅丘ルリ子は(ウィキペディアによると)、「最期の作品になるかもしれないから、寅さんとリリーを結婚させてほしい」。そのように、山田監督に頼んだという(寅の結婚式は最期までなかった。映画で見たかったなぁー)。渥美清は1996年8月に死去。それから15年近くにもなるのか。合掌。
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