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2010年6月14日 (月)

詩論  流れ着いた海岸の向こうへー清水昶小論ー(その2)

  053_2     (村上一郎の詩人論・「清水昶論」も収められている『新選・清水昶詩集』・1980年・思潮社)

 その後、自ら命を絶った評論家・村上一郎も「清水昶論」(『新選・清水昶詩集』・1980年・思潮社)で、この詩「夏のほとりで」について、こんな書き方をしていた。

 「夏のほとりで」のこの冒頭が私の心を搏ったのは、、あたかもわたしが『北一輝論』という本をまとめようとしていた頃であった。わたしはこの詩の二連ばかりを、その本のなかに引用させてもらった。むろん、「夏のほとりで」が、その成る過程で、北一輝や二・二六事件にえにしをもっているなんぞとは思えなかったし、戦後に育った作者・清水昶が、そんな人物や事物に関心をもっているかどうかは、まるで判らなかった。にもかかわらず、わたしには「夏のほとりで」がもっている喩的なリズムが、国家とか社会機構とか権力構造とか、わたしらの存在それ自体にしつような狂気を強いてくるものの現象に向かってではなく、その淵源に向かって、敢えて空の空を撃つ覚悟でくきやかな(はっきりとした)対位を志しているように思えたのであった」

 「夏のほとりで」の後半部はこうだ。

だれがいったいわたしを起こした

辺境からさらに辺境へ星を追って流れた老父の笛か

息をひそめた村の廃屋で

笛のように荒涼と狂っていた少年の声か

火吹笛であたためた臓腑の飢えの

刺し込むような痛い記憶か

ラ・メール海よ恋人よ

わたしたちの寝台は夏の海辺で骨をむきだし

うねりまく鉛の海で純白のシーツが裂ける

そして

今日も口から霧を噴きだし

破船のように摩天楼の街なみにしずむ男がいる

だれがいったいわたしを起こした

都心を狙う夏雷の下

酒ひたる初老の男が食堂の階段を薄暗くのぼりつめ

水びたしの床に昏倒する

頬にうっすらとした血がにじみ

その血は

薄っすらとした男の生涯を想わせ

男にいかなる生涯があったにしろ

男は全身の欲望を鼻先で絶ち

身を捨てた男の鬚を

客たちの冷ややかな笑いが逆撫でる

わたしは男の生涯のようなものを食べ残し

疼く背で明滅する雷と雨の人道へ

影を踏んででていった

だれかがわたしを起こし

土砂降りの生涯の向こうに

しめやかに去っていく

気配がある

  

 村上一郎は「国家」「社会機構」「権力構造」の淵源に向かって空の空を撃つ覚悟ではっきりとした対立を志しているように思えたという。確かに私もこんも「夏のほとりで」にそんな匂いを感じていた。さらに言えば、過激だが、美しい叙情も感じていた。例えば、「夏のほとりで」の詩句でいえば、こんなフレーズが気に入っていた。

 村をめぐった豊年祈願の祝祭/祭りの中心で旗を支えわたしは/凶作の林道をぎらぎらめぐり/飢えの中心で旗を刺された少年の/麦のような手のそよぎであったのか

 そこに華やかな街路で瞳だけをギラギラさせて、「清しき論理」(悲劇の歌人・岸上大作「装甲車踏みつけて越す足裏の/清しき論理に息つめている」」)で旗を押し出していく街頭デモの光景を重ね合わせたことだった。このように私は「夏のほとりで」を読んでいたが、それはおおいなる勘違いだったことを、後年になって知った。というのも、清水昶自身のエッセー「旗を支えた少年」によると、山陰の慣れない村で暮らしていた少年時代にそうした地元の村祭りがあり、十数本の旗を次の部落に渡すために、わけもわからず担いだことがあったという。その記憶を下敷きに書いたのが、「夏のほとりで」だという。少年の実際の体験が、清水昶にかかると、村上一郎や私たちを魅了させる詩にさせていたのだ。

  ただ、清水昶といえば、1969年に出版された詩集『少年』の方が、もっと知られているかもしれない。あふれる叙情性の中に過激な力と憂いと暗さを抱える矛盾したフレーズ、心情的にいやおうにも、迷い込まされるく魅力があった。その主題は「喪失の青春」だという小論があるが、確かにそう言える詩群だった。当時。世の中は「70年安保」。その時代に向き合わざるをえない私たち若者たちに支持されたのだ。(以下、「その3」に続く)

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コメント

素晴らしいですね、詩の内容ではありません(W)
短期間に、全てを習得
一芸に秀でる方は、流石です。

oyaziさま(砂時計)

コメントありがとうございます。「全て」なんてとんでもない。
写真をどのファイルに取り込んで記事に向けるか、ユーチューブの貼り付けの仕方ーこれは分かりやすかったー、人気ブログランキングの設定ーこれは難しいと思うーなど、本日6・15も、この道のプロのふぃふぁ山荘からみっちり「個人教授」を受けたところです(そのあとはいつものように、湯豆腐と浅漬け、明太子だけの「宴会}でしたが~~)。

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