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2010年9月 7日 (火)

花のように鳥のように  阿久悠小論ーその(9)-

Dscf2436 (「彼女(美空ひばり)の存在をみないふりをしてきたんです」と阿久悠が語っている小林亜星との対談=『阿久悠 命の詩』・講談社)

 阿久悠ファンなら、彼が大歌手・美空ひばりコンプレックスをずっと抱えていたことを知っていよう。「砂時計」は、阿久悠死後に彼の著作を読むことで、そのことを知った。どうして、美空ひばりコンプレックスだったのか。阿久悠の中学1年生にまでさかのぼることになる。阿久悠と小林亜星の対談に少し付き合っていただこう。阿久悠を知るうえで、とても大事なことが話されている。

 阿久 実は私にとって、ひばりさんはずっと敬して遠ざける存在でした。彼女とは同い年なんですが、私が淡路島の中学生の頃、彼女はすでに大スターでした。中学1年の遠泳大会の時、途中でこむら返りをおこして溺れそうになったことがあるんですが、その時なぜか唐突に思ったものでした。僕がこのまま溺れ死んでも、新聞では「少年水死」の四文字で終わってしまう。でも、もし今ひばりが死んだら一面トップにきて、マッカーサー元帥がコメントし、吉田首相が弔辞を述べるかもしれないなあ、って」

 小林 溺れている最中にそう思ったわけ(笑)

 阿久 そうなんです。それで、同い年だけれど、とてもかなわん、というコンプレックスがずっと働いてきた。私同年齢の少年たちには、そういう思いを抱いた人が多かったはずです。しかも私は幸か不幸か、大人になってから作詞家という広い意味で同じフィールドの職業に就いてしまった。だから、それ以降は彼女の存在を見ないふりをしてきたんです

 小林 見ないふりと、というのはどういうこと?

 阿久 「美空ひばりによって完成したと思える流行歌の本道と、違う道はないものであろうか」という意識を頭に置きながら、歌作りをしてきたということです。私家版の「作詞家憲法」なるものがあるんですが、その第一条がこれなんです。彼女に対するコンプレックスを抱えたまま作詞の世界に入った私にとって、方法はそれしかなかった。でも、その「美空ひばりが歌いそうにない歌」を書いてきたことで、どうにかこうにかこれまで作詞家としてやってこられたわけですから、彼女の存在が私の書くものの方向を決した、ということも言えるのかもしれない

 

 阿久悠は「コンプレックス」という言葉を使っているが、もう少し阿久悠の発言を追っていくと、それだけではない。というのも、日光の隣、塩谷町が生んだ歌謡界の大御所、船村徹と阿久悠が組んだ歌「傘ん中」(五木ひろし 2002年 日本作詞大賞)に触れて、こう語っている。

 「(船村徹が作曲した「別れの一本杉」が妙に耳に残った時代から)約15年後、ぼくは本格的に作詞家の活動を始めたのだが、その時テーマに置いたのは、美空ひばり、船村徹で確立している歌謡曲は書かないということであった。歌の方向性の問題なのであるが、権威への抵抗もあったかもしれない。いわば勝手に決め込んだ仮想敵であったのである」

(阿久悠の出世作のひとつ、「白い蝶のサンバ」。森山加代子もこれで復活した。当時、今までに例をみない早口言葉の歌だとして、一部では珍品扱いされたという 1970年)

 そうか、阿久悠は同い年の美空ひばりにコンプレックスを持って育ったのか~。と思ってもいたが、いやいや、もう一方で権威への抵抗という思いも色濃くあったのだろう、そう思える。「仮想敵」という言葉も使っている。

 それが阿久悠を阿久悠にしていった大きな力だったのだろう。だが、その阿久悠は歌謡界で、いや日本人でその名を知らない人はいない。つまりそういう(本人が思っていなくとも、権威ある)作詞家になっていったというのも、面白い。

 阿久悠によると、「白い蝶のサンバ」一曲で、「作詞・阿久悠」が知られた。そして、注文も殺到した。「歌謡曲らしくない歌」詞を書き続けているのに、今度はすべてが売れるようになる。「笑って許して」「ざんげの値打ちもない」「また逢う日まで」「さらば涙と言おう」「さようならをもう一度」「ピンポンパン体操」・・・・。

 本職は放送作家であるとか、本当は小説家を志しているといった言い訳で、いつでも逃げられる姿勢でいられなくなる。作詞に本気であるところを示さないと、社会や業界に失礼にあたると思うようになったという。つまり、「歌謡曲らしくない」とか「歌らしくない」ものを、具体的に理論武装する必要が生じてきたのだという。

 「今まで誰も書かなかった匂いの歌を、偶然の隙間探しではなく、作詞家阿久悠の思想、個性として固める。窮屈でもそれにのってとって書く。それが阿久悠の詞であることを確立させる」(阿久悠『生きっぱなしの記』)

 (「花のように鳥のように 阿久悠小論ーその(10)ー」に続く)

 

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