花のように鳥のように 阿久悠小論ーその(10)-
(「縁あってひばりと対面すると、一気に40年近くも逆戻りして、少年になってしまうのである」。ネコに語らせる阿久悠の『どうせこの世は猫またぎ』・1988年10月・毎日新聞社)
「トラウマといってもいい」。阿久悠にとって美空ひばりに対する意識は,かなり複雑だ。
『生きっぱなしの記』(阿久悠)によると、同い年であることによる、尊敬、羨望、畏怖、劣等意識、見栄、意地、野心、誇りなどが何十年もつきまとい、とうとう作詞家に立つ時のテーマになってしまった、というのだ。
それほど、阿久悠にとって、ひばりは特別な存在だった。その複雑な胸のうちをかなりわかりやすく伝えている文章に『愛すべき名歌たちー私的戦後歌謡曲史』(岩波新書 1999年)の「悲しき口笛」(美空ひばり)がある。
ひばりに対し、「かなわないや」という意識を宿命的に持ってしまった。その後でこう語る。
「いくらか自分を正当化するつもりもあるかもしれないが、ぼくは、美空ひばりは、天才少女歌手といった生やさしい存在ではない、と思っている。ファンタジーである。敗戦の焦土が誕生させた突然変異の生命体で、しかも、人を救う使命を帯びていた、ということである」。 (書・阿久悠、絵・長尾みのるの『どうせこの世は猫またぎ』の表紙)
阿久悠は「悲しき口笛」について、こう語る。
「12歳の少女がうたう歌が、丘のホテル、で始まるのも驚くが、彼女の唇によって、それが語られると、何の不思議もなく、大人とも子供とも区分けすることが、愚かしいほど、自然に聞えていたことも事実である。この歌でぼくは、同年を誇り、そして、怯んだ」
ひばりに対する阿久悠の「尊敬、羨望、誇り」や、それの反動でもあろう、「意地、見栄、野心、劣等意識」までは、なんとなくわかる気がする。
だが、「畏怖」「怯み」というのは、少し異質だ。そのものに遭ったとき、あとずさりしてしまう状態だ。してみると、蛇ににらまれた蛙とでもいうのか?。
ああ、そうか。そんな心理を反映したような場面を思い出した。『どうせこの世は猫またぎ』の「玄関は儀式の場所」にある。
(ネコの独白で)「この日の仕事は、何でもダンナが詞を書き、吉田正という人が曲を付け、美空ひばりという人が歌うレコーディングであった。他の巨匠や大物に対しては、ダンナはめったにたじろぐことはないが、どうやら、この2人は特別であるらしい」
(ネコの独白で)「少年であったダンナにとってみれば、あの美空ひばりであり、あの吉田正で、どこか、神格化しておった」
結局、仕事から帰り、
「どうでした?」。
カミさんが軽くいうと、
「感無量」
と答えて寝てしまった。
つまり、阿久悠は、ひばりに、少年時代の強烈な印象に「たじろぎ」、さらに「神格化」」してしまう心理状態にまでなっていたということか。
「感無量」。その思いはどんな気持だったのだろう。だが、その彼自身が作詞の世界で今や「神格化」されるほどの場所にいる。
現役の阿久悠は、時代のいわゆる寵児として、そのオーラを発光させていた。だからそのように思ってしまう不思議さが残る。彼にしてなぜ、そこまで。
美空ひばりと同い年であるから。さまざまな理由を挙げて、そう繰り返す阿久悠の説明を何度も聞いても、どうも全部はわからない(阿久悠にもわからない複雑な心理なのだったのではないか?でも、それが結果的に阿久悠を大成させたのだから、人生は面白い)
その阿久悠が美空ひばりのことで後悔している文章に出会った。自身に正直な彼の誠実な人柄がこれでわかる。これも阿久悠のひばりに対する「トラウマ」が遠因なのか?
「ぼくの三十数年の作詞家生活に於いて、後悔することがあるとするなら、美空ひばりのために、歴史的な詞を提供できなかったことである。この同年の大歌手が五十二歳の若さで(そうか、美空ひばりはそんなに若く亡くなったのか~)急逝したとき、ぼくがぼくを責めたのは、『馬鹿だな、阿久悠、逃げてばかりいて』という言葉であった。その思いは、年々歳々深まっているのである」
(「花のように鳥のように 阿久悠小論ーその(11)ー」に続く)
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