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2010年10月21日 (木)

今は居ないのです  茨木のり子詩集からー(5)-

Dscf4427  (書き下ろし詩篇「行方不明の時間」も収められている『茨木のり子集 言の葉 3』)

詩 行方不明の時間

             茨木のり子

人間には

行方不明の時間が必要です

なぜかはわからないけれど

そんなふうに囁くものがあるのです

     三十分であれ 一時間であれ

     ポワンとひとり

     なにものからも離れて

     うたたねにしろ

     瞑想にしろ

     不埒なことをいたすにしろ

遠野物語の寒戸の婆のような

ながい時間は困るけれど

ふっと自分の存在を掻き消す時間は必要です

 詩「行方不明の時間」の前半部分だ。「人間には行方不明の時間が必要なのです」という自問自答とも、問いかけともとれる誘い文句。それから始まり、思わず読みたいと思える詩だ。

 「わたしは居るが、居ないのです」。

 今は日光霧降高原で「詩的生活」(という、いわば遊行人の隠居生活)をしているので、日常そのものが、もともと居ても居ない「行方不明」みたいなものだ(あの世に行くと、それこそずっと行方不明になるが)

 それでも世間さまのあれやこれやは、それなりにあり、この詩のように「今は居ないのです」と言いたいときも、あるにはある(例えば、ニワトリ小屋を掃除して居るときとか、あるいは「居酒屋さん」に居るときだが~笑い)。

 居ても居ないというのは哲学的だ(居留守などは別~)。家に居ても就寝中ならば、居ないということだろうし、その人は居なくても手紙やはがきがそこにあれば、あるいは強い記憶が現れるときは、居るだろうし。

 この詩は『茨木のり子集 言の葉 3』の書き下ろし3篇の詩のひとつ。50行近くもある。その後半は「あの世にさまよいでる透明な回転ドア」について書いてある。

 詩は「一回転すれば」とあり、最後に「その折は/あらゆる約束事も/すべては/チャラよ」。無効ではなく「チャラ」という言葉を使うことで、この世に居なくなれば、ほんとうにあらゆる約束事は、もちろんチャラ。おもちゃ箱をひっくりかえして、すべておしまいという感じがでている。

 

 

所在 所業 時間帯

日々アリバイを作るいわれもないのに

着信音が鳴れば

ただちに携帯をとる

道を歩いているときも

バスや電車の中でさえ

<すぐに戻れ>や<今 どこ?>に

答えるために

     遭難のとき助かる率は高いだろうが

     電池が切れていたり圏外であったりすれば

     絶望は更に深まるだろう

     シャツ一枚 打ち振るよりも

私は家に居てさえ

ときどき行方不明になる

ベルが鳴っても出ない

電話が鳴っても出ない

今は居ないのです

(このあと16行あるが、長くなるので略)

      

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歌・唄・詩」カテゴリの記事

コメント

久しぶりにのぞかせていただいたら、また茨木のり子さん

最初の1行いいですね。
ヨガの境地のようです。

初めて読みましたが、これもまたぐっときます。

きゃべつさま
久しぶりですね。茨木のり子さんのそれぞれの詩にコメントを
いただき、ありがとうございます。茨木さんの詩はある構えの
人にはぐっとくるものがあるのだと思います。ただ、遺稿集
『歳月』の寂しい茨木さんも茨木さんです。そう思いながら、
もう少し茨木さんの詩をブログで紹介していこうと思っています。

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