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2010年10月22日 (金)

だからもう薫るものはもうなにひとつない 茨木のり子詩集からー(6)-

Dscf4444 (詩「泉」などが収められた茨木のり子の遺稿集『歳月』初版2006年2月・花神社)

詩 泉

          茨木のり子

わたしのなかで

咲いていた

ラベンダーのようなものは

みんなあなたにさしあげました

だからもう薫るものはなにひとつない

     わたしのなかで

     溢れていた

     泉のようなものは

     あなたが息絶えたとき いっぺんに噴き上げて

     今はもう枯れ枯れ だからもう 涙一滴こぼれない

ふたたびお逢いできたとき

また薫るのでしょうか 五月の野のように

また溢れるのでしょうか ルルドの泉のように 

                                                     

 茨木のり子は、「わたしが一番きれいだったとき」「自分の感受性ぐらい」とか「倚りかからず」など、自分をうたっているのだが、人生応援歌、つまりは人を励ましてくれる詩で知られてきた。だが、それだけではなく、もっと清々しい匂いのある、乙女のような優しい資質を持った詩人なのだろう、そう思ってきた。

 その典型が死後に発刊された遺稿集『歳月』だ(発刊の経緯はこちら「茨木のり子初回顧展」で)。甥っ子のあとがきによると、夫が亡くなってから31年の長い間に40篇近い詩を書きとめていた。

 「なぜ新しい詩集として出版しないのか」と甥っ子が尋ねると、「一種のラブレターのようなものなので、ちょっと照れくさいのだ」と答えたという。これらの詩群は死後、書斎の書類の中から発見された。それが「Y」の箱だった。

 これらの詩は「夢」「占領」「殺し文句」「恋歌」「獣めく」「一人のひと」「存在」など。いずれも夫を偲んで書かれた挽歌、哀悼歌だ。それも恋唄といっていい。もっと直接的であったり、柔らかく書かれたり。さまざまだが、「砂時計」はこの「泉」が気に入っている。

 この詩にある「薫る」とか「溢れる」とかの言葉は、私など男性ではなかなか出てこない言葉だ(と、思う。もちろん例外もあるだろうが~)。このように歌える夫婦であったことが、うらやましい限りだ。

 ただ、そうした詩を書くことができることは、「わたしが一番きれいだったとき」の詩から感じていた。この中に「わたしが一番きれいだったとき/わたしの国は戦争に負けた/そんな馬鹿なことってあるものか/ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた」という節がある。

 さっそうと(たぶんまっ白い)ブラウスの腕をまくって、卑屈な大通りをのし歩く清々しい青女が思い浮かぶ。想像できそうな、その姿から、「泉」など『歳月』に収められた詩群を残す詩人だろう、そう思ってはいた。これも茨木のり子さんらしい(思わず初めて「さん」づけになってしまった)。

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