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2010年10月 2日 (土)

詩 なんでも一番  日本現代詩人会東日本ゼミナールin岩手ー(7)-

Dscf3844 (詩誌「コールサック 67号」最新号=2010年8月、コールサック社)

 いや、浅学非才だと思った。というのも、「日本現代詩人会東日本ゼミナールin岩手」の懇親会後、二次会、三次会と斎藤彰吾さんと一緒に北上市内で飲んだ詩人、鈴木比佐雄さんが代表を務める「コールサック社」が編集した「原爆詩181人集」のことを知らなかった。

 それだけではない。この原爆詩集が、岩手・花巻の宮沢賢治学会・イーハトーブセンターの「イーハトーブ賞奨励賞」(2008年)を受けていたことも、知らなかった(2009年には、詩人・思想家の吉本隆明が宮沢賢治賞を受賞)。

 アフガニスタンで医療活動の一方、大地に水路を切り開いている「ペシャワール会」(「砂時計」も会員のひとりだ)の中村哲医師が、2004年のイーハトーブ賞に選ばれた際、その受賞式にも立ち会うなど(仕事がてらだったが)、同賞には関心を寄せていた。

 二次会、三次会で、その鈴木さんから「原爆詩」が生まれる経緯や詩論にかける熱い意気込みを聞くことができた。なかでも詩論については、鈴木さんの『詩の降り注ぐ場所ー詩的反復力(1997-2005』(2005年12月、コールサック社 斎藤彰吾さんが以前に私に送ってきた詩論)を、パラパラめくっただけで、<これはなかなかのもの>という印象を、もともと抱いていた。 

Dscf3851 (鈴木比佐雄さんの詩論集『詩の降り注ぐ場所ー詩的反復力Ⅲ(1997-2005)』)

 そのことを確認しようと、日光霧降高原に帰ってきてから、改めて、鈴木さんの『詩の降り注ぐ場所』を読み返してみた。370ページ余もある大冊。なので、関心がある戦後詩の潮流に目を向けた。すると、戦後すぐの詩誌を代表する「荒地」と「列島」に関する鈴木さんの読みの鋭さに改めて感心させられた。

 思潮社社主の小田久郎「荒地」に対し、「列島」を下に見て、なかでも中心的存在だった関根弘について、「メタフォア(隠喩)が読めないリアリストの関根」といった評価の仕方をしていたことは、よく知られる。

 『詩の降り注ぐ場所』で、鈴木さんは、小田久郎の発言について、「虚偽的言動だ」と、厳しく批判。さらに関根弘の有名な詩「なんでも一番」に触れて、吉本隆明のこの詩に対する読みの浅さを指摘(詳しくは同書で)。「荒地」を代表する鮎川信夫の詩「アメリカ」に対し、「なんでも一番」がいかに優れているかを論じている。 

Dscf3847 (故・出海渓也さんの詩論集『アレゴリーの卵」』=2000年10月、潮流出版社)

 鈴木さんはいう「20世紀の行動原理でもあった世界を支配しつつあるアメリカニズムの本質を関根弘は『なんでも一番!』と洞察し、誰でもわかる言葉で風刺していたのだ」と。

 これについては、関根と親しくかった詩人 故・出海渓也さん(「列島」創刊者のひとり)も、詩論『アレゴリーの卵』(2000年10月 潮流出版社)で、小田を批判する一方、関根の手法を高く評価している。

 関根の場合、戦前からのプロレタリア詩の政治主義や戦後の抵抗詩の挫折をのりこえ、諷刺詩に一つの活路を見出している。≪霧≫の紐育(ニューヨーク)を揶揄しながら、すでにスモッグを予見する」ということを書いた。

 (関根は)メタファ(隠喩)がわからないどころか、隠喩を超えた表現方法であるアレゴリー(諷喩=寓意)がある。諷喩とは、隠喩をおしすすめて、読んで字のごとく風刺精神(批判精神)に裏打ちされ、しかし、単なる語句だけの比喩でなく、物語性をもっている表現法である。 

Dscf3859 (詩「なんでも一番」も収められている『関根弘詩集』=1989年第8刷、思潮社)

 物語性をもったアレゴリーの詩をうまくものにするのは、かなり難しい。「砂時計」もそれに近いものを、何篇か書いているが、なかなかうまくいかない。それに対し、関根弘は、戦後数年の間に、そんな詩「なんでも一番」を作品にしていたのだ。

  一方、「コールサック社」代表の鈴木さんが、戦後詩の潮流に分け入るなかで、その関根弘を高く評価していたことを、今回知ることができた。気分として、うれしい感じだ。これも「東日本ゼミナールin岩手」に参加したから知ることができたことだ。

 出海渓也さんは、「砂時計」にとって、若いときからの詩界?の大先輩。季刊詩誌「新・現代詩」の代表と会員だったという以上に、同じ伊豆半島に住んでいたので、亡くなる直前まで親しくさせていただいた。その際、こうしたことを直接、聞いていたから、なおさらだ(そういえば、熱海で出海渓也さんと斎藤彰吾さん、そして私の3人で飲んだことを思い出した)。

 と、書いてきて、当の詩「なんでも一番」を紹介するのを、忘れていた。たった16行の短い詩だが、その詩のもつ力の大きいことか。

詩 なんでも一番

               関根弘

凄い!

こいつはまったくたまらない

せっかくきたのに

摩天楼もみえぬ

なにがなんだか五里霧中

その筈!

アメリカはなんでも一番

霧もロンドンより深い

嘘だと思う?

職業安定所へ

行って

試してみろ!

紐育では

霧を

シャベルで

運んでいる!

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