貘さんは自然児なのでした 詩・「求婚の広告」
(茨木のり子が山之口貘など4人の詩人を描いた『うたの心に生きた人々』ちくま文庫・1999年12月第3刷)
男でも女でも結婚したくてたまらない気持を、こんなに素直にあらわす人はいないといっていいでしょう。こうした素朴な願いを、貘さんは実に洗練された、しゃれた感覚で、堂々とうたったのです。貘さんは自然児なのでした。けものが成長期に達すると本能で、雄や雌が恋しくなるのとおなじように、植物が大きくなると美しい花をひらいて昆虫をさそい、結実を願うように、ごくしぜんにお嫁さんをほしがったのです(茨木のり子・『うたの心に生きた人々』)。
詩 求婚の広告
山之口貘
一日もはやく私は結婚したいのです
結婚さえすれば
私は人一倍生きていたくなるでしょう
かように私は面白い男であるとう私はおもうのです
面白い男と面白く暮したくなって
私をおっとにしたくなって
せんちめんたるになっている女はそこらにいませんか
さっさと来て呉れませんか女よ
見えもしない風を見ているかのように
どの女があなたであるかは知らないが
あなたを
私は待ち侘びているのです
詩人・茨木のり子が『うたの心に生きた人々』でとりあげている詩人は与謝野晶子、高村光太郎、金子光晴、そして山之口貘の4人。貘さんは「ルンペン詩人」という呼称で知られていた。
「詩人としてはまるで/貧乏ものとか借金ものとか/質屋ものとかの専門みたいな/詩人なのだ」(詩・「年越の詩」)。と、本人もうたっている通り。だが、「求婚の広告」のような、あっけらかんとした詩群もある。
「だから女よ/こっそりこっちに廻っておいで/ぼくの女房になってはくれまいか」といった詩「現金」とか、「若しも女を掴んだら/丸ビルの屋上や煙突のてっぺんのやうな高い位置によぢのぼって/大声を張り上げたいのである/つかんだ」といった詩「若しも女を掴んだら」なども。
なかでもストレートに、お嫁に来ないか、とうたっている「求婚の広告」は、詩の世界ではまず読んだ記憶がない(歌謡曲「嫁に来ないか」やフォーク「結婚しようよ」などはあるが)。
茨木のり子は「人間はねじくれた思考をもっていますから、同じ願いでも、もってまわり、貘さんのようにはればれといえなくなっているのです」という。それだけに「求婚の広告」などの詩について、「いきいきとした傑作」だと、大いに評価している。
結婚はふつう、祝祭と決まっており、人々が無条件で祝福する。幸福が続けば、それはそれでけっこうなことだ。だが、ときとして、その結婚が逆に不幸を招き、悲劇に終わることもあるのは、ご承知のとおり。ひとつの家庭には必ず視えないひとつの不幸というか、トラブルもあるとも。
若いときに読んだので、だれの詩句だったか、もう忘れてしまったが、結婚や家庭には、そういう負をひきずってしまう側面もあるだろう(幸せな家庭はそれでいいことなのは、いうまでもないが~)。そうしたことも仕方がないと、ずっと思ってきてはいた(「砂時計」は自惚れるわけではないが、不幸人の幸福人です~)
その面で、貘さんが「一日もはやく私は結婚したいのです/結婚さえすれば/私は人一倍生きていたくなるでしょう」のフレーズには救われる。というか、あたりまえの希望を希望として、うたっている健全さに同調できる。「ルンペン詩人」だが、たんなるルンペン詩人でなく、詩人・山之口貘の面目躍如といった詩だ。
ところで、貘さんはこれらの[「求婚広告」などの作品を書いたあと、昭和12(1937)年秋、小学校の校長先生の娘と見合いをした。詩人・金子光晴が立ち会ったというその見合いで、結婚が決まった。「結婚しましょうね」「はい」。30分だったという。
新婚生活のスタートは、東京・新宿のアパートの四畳半一室。このとき詩人・貘さん、33歳。畳の上に寝られたのは、16年ぶりだったという(ほんとうにルンペン詩人だったのですね~)。
« その道の専門みたいな詩人なのだ 山之口貘・「年越の詩」 | トップページ | 検閲逃れた反戦の叫び 山之口貘の傑作詩「紙の上」 »
「歌・唄・詩」カテゴリの記事
- 戦中戦後に戻る 詩 マスク(2020.07.13)
- 子規想いつぶあん食す梅雨の空 森まゆみ「子規の音」を読んで(2020.07.11)
- 不要不急胸を当てれば我が事か サイクリングで吟ず(2020.07.09)
- 泪降る九州にまた豪雨 サイクリングで読む9句(2020.07.07)
- 深々と雨の緑の文庫かな 梅雨空に一句(2020.07.06)
コメント
« その道の専門みたいな詩人なのだ 山之口貘・「年越の詩」 | トップページ | 検閲逃れた反戦の叫び 山之口貘の傑作詩「紙の上」 »
私にとって、、、
この詩は、、、
ちょっと、、、
というか、、、
うんと微妙かな??
投稿: エル | 2010年11月28日 (日) 13時20分
エルさま
そうでしょうね
うんと微妙でしょうね
でも
初心はこんなものでは
という
過去の「栄光」を
懐かしく
思いだして
紹介した詩です(苦笑い)
投稿: 砂時計 | 2010年11月28日 (日) 16時50分
過去の栄光、、、
すでに、、、笑い
投稿: エル | 2010年11月29日 (月) 11時22分
エルさま
12月1日から、再び未来へ向けた「栄光」
が待っているではありませんか。エルネスト
財閥に光荒れ(「荒れ」は間違いではあり
ません、「砂時計」は財閥が嫌いですが~)
投稿: 砂時計 | 2010年11月29日 (月) 15時12分
沖縄のコミニティラジオで山之口貘さんの求婚の広告を話していました。
取り上げていた番組は、季節限定ゆんたくランチbox@2017/05/16
https://www.youtube.com/watch?v=Sm38j1ck7mk
で、聴けます。
コミニティ放送ですからメッセージを送れば採用してくれます。
興味があれば、
投稿: エフエムぎのわんリスナー | 2017年5月22日 (月) 22時14分
ぎのわんリスナーさま
ご返事が遅れましたー。忙しいため。更新がなかなかできなくて。
情報、ありがとうございましたー。
投稿: 霧降文庫 | 2017年7月22日 (土) 21時32分