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2011年1月20日 (木)

詩そのものを書いた「精神の貴族」山之口貘(その1)

Dscf4722_4 貘!さん 貘さん!と呼ばれていたという愛すべき「ルンペン詩人」貘さんの『山之口貘詩集』ー思潮社ー)

詩そのものを書いた「精神の貴族」山之口貘(その1)

                                                        黒川純

詩 博学と無学

          山之口貘

あれを読んだか
これを読んだかと
さんざん無学にされてしまった揚句
ぼくはその人にいった
しかしヴァレリーさんでも
ぼくのなんぞ
読んでない筈だ
                                                     
 借金に次ぐ借金を重ね、それこそ貧乏暮らし続きだったが、「精神の貴族」と呼ばれていたという沖縄出身の詩人 山之口貘(やまのくち・ばく 1903~1963)のことが朝日新聞(2010年11月2日)のコラム「五線譜」で紹介されていた。

 見出しは「その詩人は7500枚の中に」。<あれ! もしかしたら、山之口貘のことかも?>。たまたまだが、茨木のり子の『うたの心に生きた人々』(ちくま文庫)を読んでいた。そこでこう書かれていたからだ。

「貘さんは推敲の鬼としても、だんぜん鳴りひびいていました(略)短い詩を一篇つくりだすためにも、二百まい、三百まいの原稿用紙を書きつぶしてしまうことはざらでした」

 高名な沖縄出身の詩人であることは以前から知っており、詩集も手元に置いていた。しかし、どうしたわけか、手にとる機会がなかった。本棚から詩集をひもとくと、なんと10年前に買ったもの。それを初めて開こうとしていた。

 石田博士記者の記事を読んだのは、こんなとき。記事によると、原稿用紙の束はビニールひもにくくられ、東京都内の民家の押し入れに眠っていた。初校から書き損じまで、詩ができあがるまでのすべてを保存していた。完成まで200枚を超えた作品もあったという。記事の結びはこうだ。

 「原稿用紙は、(11月)3日から故郷沖縄の県立図書館で展示される。こんな大量の手書き原稿が残されることは、どんな作家のものでも、もはやないだろう」

 茨木のり子の『うたの心に生きた人々』を読んだり、この日の記事を読んだり。これもひとつの大きな縁。少し読んだだけでも、好きな詩がたくさんあった。例えば詩「羊」。

詩 羊

           山之口貘 

食うや食わずの
荒れた生活をしているうちに
人相までも変って来たのだそうで
ぼくの顔は原子爆弾か
水素爆弾みたいになったのかとおもうのだが
それというのも地球の上なので
めしを食わずにはいられないからなのだ
ところが地球の上には
死んでも食いたくないものがあって
それがぼくの顔みたいな
原子爆弾だの水素爆弾なのだ
こんな現代をよそに
羊は年が明けても相変わらずで
角はあってもそれは渦巻にして
紙など食って
やさしい眼をして
地球の上を生きているのだ

 貘さんは「ルンペン詩人」とも呼ばれていたという。その生活から生み出されたのが詩「生活の柄」。その詩を生きながら伝説の人になっていた今は亡き・フォーク歌手・高田渡が歌にしている。私の友人によると、この歌は全国を放浪するバックパッカーたちの愛唱歌ともなっていたという。

詩 生活の柄

        山之口貘
歩き疲れては、
夜空と陸との隙間にもぐり込んで寝たのである
草に埋もれて寝たのである
ところ構わず寝たのである
寝たのであるが
ねむれたのでもあったのか!
このごろはねむれない
陸を敷いてもねむれない
夜空の下ではねむれない
揺り起されてはねむれない
この生活の柄が夏向きなのか!
寝たかとおもふと冷気にからかはれて
秋は、浮浪人のままではねれむれない

                                                                                                            
20歳前後の若者のときはだれでも、「夜空と陸の隙間」で寝ることはできる。私でさえ、そのころ、東京の友人を訪ねたとき、不在だったので、近くの公園のベンチで寝たことがある。沖縄返還協定粉砕闘争デモに出るため、新宿駅構内のコンクリートの床で新聞紙にくるまって、一夜を明かしたことも。 

 ところが、貘さんはそれが日常だったよう。なにしろ、19歳で沖縄から上京して以来、16年間も「畳の上で」寝たことがないというのだから。その後も貧乏はついてまわった。「貘さんはだれよりも貧乏したのに、心は王侯のごとしという、ふしぎな豊かさをますます自分のものにしていった人でした」(茨木のり子の詩人論「精神の貴族」) 

 高田渡は「生活の柄」もそうだが、有名な詩「鮪に鰯」も、そのまま歌にしている。高田渡は「タカダワタル的」という映画でも知られていようが、私にとってはフォークの名曲「自衛隊に入ろう」や「自転車に乗って」などのほうがなじみがある。

 とくに「自衛隊に入ろう」はパロディというか、ブラックユーモアの典型で、詩でいうと、諷刺詩ともいえるできだ。私が寓意や寓話などを好むのは、若いときに高田渡やザ・フォーク・クルセダースの「帰って来たヨッパライ」などに、魅せられたからかもしれない

 岩手県北上市にある市民グループ「麗ら舎読書会」が毎年1年に1回発行している冊子「別冊 おなご」(今回で29号)で、砂時計は「詩人の力」と題した詩にまつわるミニエッセイを連載している。今回で7回目だ。その「別冊 おなご」の次号に詩人・山之口貘について書いたものを送った(発刊は3月ごろか)。大半の内容はこの「砂時計主義」のブログに登場させているが、削ったり、加えたりして、ひとつにまとめた。そのため、以前よりも読みやすくなったのではないか(と、「砂時計」は勝手に思う~)。その原稿を今回から4回に分けて、アップしてみたい。

(「その2」に続く)

 

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