詩そのものを書いた「精神の貴族」山之口貘(その2)
(傑作反戦詩「紙の上」なども収められている『山之口貘詩文集』ー講談社文芸文庫ー)
詩そのものを書いた「精神の貴族」山之口貘(その2)
黒川純
貘さんは、反戦詩の傑作も書いている。軍部・特高の検閲があっても、反戦の思いを、いや叫びを軍部には読みとれないように工夫した詩で、戦前の軍事国家で堂々と公表されていた。貧乏や借金、質屋などの詩が「専門」のように思われてしまう、と本人が言うほどのルンペン詩人、貘さん。その人の詩「紙の上」だ。
「紙の上」が反戦的な詩だということは、どこかの詩論でかじってはいたが、今ひとつ、納得がいかないでいた。そのまま読めば、まず反戦詩、あるいは厭戦詩とは思えない。もちろん、そうすぐに読めてしまえば、軍部・特高の検閲は通らない。
「紙の上」は第二詩集『山之口貘詩集』に掲載されているが、なにしろ、発行がハワイ真珠湾攻撃1年前の昭和15(1940)年12月<初出は昭和14(1939)年の「改造」6月号>。軍部・特高にその意味するところが、わかってしまえば、もちろん発禁処分だったろう。
私は最初、舌足らずのどもりの詩人が詩を書いている想定なので、「だだ だだ」と、繰り返しているのだな、そう思って読んでいた。だから、浅はかにも、せいぜい、子どもがだだをこね、「嫌だ、嫌だ」と、泣き叫んでいるというありさまぐらいしか、思い浮かばなかった。
それを、私の詩の水先案内人である詩人、斎藤彰吾さん(元岩手県詩人クラブ会長)は、この『別冊 おなご』(岩手県北上市の麗ら舎読書会)の27号(2008年12月)に掲載した「戦争を読む Ⅸ」で、この「紙の上」について、「際どい時期に書かれ、詩集に挟み込まれた厭戦詩」と位置づけていたのを、最近知った。
その理由について、斎藤さんは、「だだ」は吃音になり、駄々をこねるに通じ連発銃の擬音でもあり、子どもらが遊んだ”戦争ごっこ”を思わせるとする。そこから、「紙の上で自由に詩を書きたい。その強烈な願望が終わりの数行目に潜んでいる」としている。
斎藤さんの指摘を読んでも、まだ半可通だったが、最近、ネットでこの「紙の上」の「『だだ、だだ』」はダダイズムのことだと思う。そう解釈すると、ものすごい反戦詩になる」という指摘を読んだ。<あっ、そういうことか>。
「だだ」=「ダダ」=「ダダイズム」は「1910年代に半ばに起こった芸術思想・芸術運動のことである。単にダダとも。第一次世界大戦に対する抵抗やそれによってもたらされた虚無を根底に持っており、既成の秩序や常識に対する、否定、攻撃、破壊といった思想を大きな特徴とする」(ウィキペディア)。
つまり 「紙の上」で、繰り返し使われている「だだ だだ」は「ダダ ダダ」であり、ダダイズムのダダイストとして、戦争について、「否定 否定」、あるいは「認めない 認めない」(私たち全共闘世代の言葉でいえば、「ナンセンス!」か)ということなのだ。日の丸を機体に編隊で飛行していく戦闘機なんぞ、認めないぞ!。その叫びなのだ。
いや~、なにやら暗号解読みたいだが、そういうことなのだ(と、勝手に断定してみる)。完全に兵器を否定する見事な反戦詩だ。だから、大変な詩だと思う。当時、ダダ=ダダイズムは社会現象・芸術運動として、かなり広く知られていたろうから、わかる人にはその意図するところがわかったと思う。
現代では、検閲があるわけではなく、そこまで言葉を選ばないと、こうした反戦詩を書けないということはない(どちらかというと、社会の空気を読んで、自粛してしまう危険性の方が大きいかも)。
でも、山之口貘の「紙の上」の方法論から(だだ=ダダ=ダダイズムという、私がネット情報の私見に得心しただけだが~)、今の時代でも、さまざまな詩法の可能性があるように思われたのだった。
詩 紙の上
山之口貘
戦争が起きあがると
飛び立つ鳥のように
日の丸の翅をおしひろげそこからみんな飛び立つた
一匹の詩人が紙の上にゐて
群れ飛ぶ日の丸を見あげては
だだ
だだ と叫んでゐる
発育不全の短い足 へこんだ腹 持ちあがらないでっかい頭
さえづる兵器の群れをながめては
だだ
だだ と叫んでゐる
だだ
だだ と叫んでゐるが
いつになつたら「戦争」が言へるのか
不便な肉体
どもる思想
まるで砂漠にゐるようだ
インクに渇いたのどをかきむしり熱砂の上にすねかへる
その一匹の大きな舌足らず
だだ
だだ と叫んでは
飛び立つ兵器をうちながめ
群れ飛ぶ日の丸を見あげては
だだ
だだ と叫んでゐる
(「その3」に続く)
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