詩そのものを書いた「精神の貴族」山之口貘(その4 了)
(いい男だったと思う貘さん 『うたの心に生きた人々』ー茨木のり子 ちくま文庫ーから転載)
詩そのものを書いた「精神の貴族」山之口貘(その4 了)
黒川純
新婚生活のスタートは、東京・新宿のアパートの四畳半一室。このとき詩人・貘さん、34歳。畳の上に寝られたのは、16年ぶりだったという。本当にルンペン詩人だったことが、うなづける。そうして、念願の「結婚」をしてからも、貧乏はついてまわった。その詩人夫婦の貧乏暮らしから生まれた詩「年越の詩(うた)」のなんとおかしなことか。
詩 年越の詩(うた)
山之口貘
詩人というその相場が
すぐに貧乏と出てくるのだ
ざんねんながらぼくもぴいぴいなので
その点詩人の資格があるわけで
至るところに借りをつくり
質屋ののれんもくぐったりするのだ
書く詩も借金の詩であったり
詩人としてはまるで
貧乏ものとか借金ものとか
質屋ものとかの専門みたいな
詩人なのだ
ぼくはこんなぼくのことをおもいうかべて
火のない火鉢に手をかざしていたのだが
ことしはこれが
入れじまいだとつぶやきながら
風呂敷に手をかけると
恥かきじまいだと女房が手伝った
情けないのだが、笑ってしまう、なんともいえない面白さがある。貘さんの詩にはこんな詩が、貧乏の詩がかなりあるが(「ものもらひの話」とか、ずばり「借金を背負って」など)、「年越の詩」は別格のように思える。
確かに「詩人」とくれば、「金持ち」ではなく、「貧乏」。さらに青白い顔で、やせていて、力がないといったイメージか(貘の顔は哲学者のようだが~)。「貧乏」なので、詩人の資格があると、言ってみてしまう。そのうえ「貧乏もの借金もの質屋ものとかの専門みたいな詩人」とも。
時代小説に「武家もの」とか「町人もの」とか、そういわれる分野がある。だが、まさか、詩に「貧乏もの・・・もの・・・ものとか」もあるまいに。でも、貘さんが書くと、ほんとうに詩にそんな専門の分野がありそうな気がしてしまうから、不思議だ。
同時に年末に火鉢まで質屋に入れようとするのに、妻もあきれた様子で手伝う場面も詩に。それでもなんだか、暗くなく、透明な空気が流れている。これほど貧乏なのに、そうして自分も貧乏であることがわかっているのに、貧乏くさくない。
私にしても、学生時代はいつもぴいぴいしていた。せっかく訪ねてきた友人と焼き鳥屋に行こうとしても、だいたい資金はゼロ。仕方なく、本棚から「高橋和己全集」とか「吉本隆明全集」から抜き出した何冊かを抱えて、古本屋へ(今となってはそれらの本を手放したのが惜しい)。そのわずかな金で友人と飲みあった。
そうして飲んだ焼き鳥屋の日本酒の美味かったこと(青春の苦い味があったからかもしれないがー。今でもときどき、その美味さを思い出すほどだ)。だが、まだ学生の独り者だっただけに、古本屋や質屋に通うのも、それはそれでありだ。ところが、貘さんは所帯を持ってからも、そうだったというのだ。
こうした山之口貘の詩について、「なるほどな」と思わせる解説がある。『山之口貘詩文集』(講談社文芸文庫)にある詩人荒川洋治の解説「詩人と『物』」だ。少し長いが、貘さんの詩の魅力をうまく語っていると思えるので、紹介したい。
「彼は地球にせよ、結婚にせよ、そして詩にせよ、まるで物の世界を相手にするかのように向き合った。いや現実にはそうでもなかったろう。ウェットな場面もいっぱいあったろうと思われる。だが結婚についても、詩についても、それを歌う場所では、物体のようにはっきりしたかたちのあるもののように、見ようとした。とらえようとした。そこがユニークである。目で見え、手でつかめる物のように歌うのだ。物だから、いつでも簡単に呼び出すことができる。話題にし、文句をいうこともできる。そういう言葉との生きた関係をつくりあげた。その意味ではとても新しい詩人である。少なくとも人間を歌った詩人としてはとてもめずらしいことなのである」
最後に6行と、短いが、貘さんだからこそ、書けたと思われる詩をひとつ。本気だか、冗談だか、考えてしまう詩だが、さまざまに思いをめぐらせることができる。詩「自己紹介」だ。
詩 自己紹介
山之口貘
ここに寄り集まった諸氏よ
先ほどから諸氏の位置に就て考へてゐるうちに
考へてゐる僕の姿に僕は気がついたのであります
僕ですか?
これはまことに自惚れるやうですが
びんぼうなのであります
(了)
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