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2011年1月22日 (土)

詩そのものを書いた「精神の貴族」山之口貘(その3)

Dscf5131 (「求婚の広告」などについて茨木のり子が「いきいきとした傑作」だと評価している『うたの心に生きた人々』)

詩そのものを書いた「精神の貴族」山之口貘(その3)

                             黒川純

 貘さんにはもうひとつの顔もある。「結婚」をめぐるさまざまな展開の詩だ。写真を見ると、ほとんど哲学者を思わせるいい男ぶりだが、結婚に手が届かなかった季節が長かったよう。詩「求婚の広告」を読めば、いかに「結婚」そのものにあこがれていたのか、それがよくわかる。

詩 求婚の広告貘

         山之口貘

一日もはやく私は結婚したいのです
結婚さへすれば
私は人一倍生きていたくなるでせう
かやうに私は面白い男であると私はおもふのです
面白い男と面白く暮したくなって
私ををつとにしたくなって
せんちめんたるになってゐ女はそこらにゐませんか
さっさと来て呉れませんか女よ
見えもしない風を見てゐるかのやうに
どの女があなたであるかは知らないが
あなたを
私は待ち侘びてゐるのです

                                                    

 詩人・茨木のり子が『うたの心に生きた人々』でとりあげている詩人は与謝野晶子、高村光太郎、金子光晴、そして山之口貘の4人。その貘さんは「詩人としてはまるで/貧乏ものとか借金ものとか/質屋ものとかの専門みたいな/詩人なのだ」(詩・「年越の詩」)。と、本人もうたっている通り。だが、「求婚の広告」のような、あっけらかんとした詩群もある。

 「だから女よ/こっそりこつちに廻っておいで/ぼくの女房になってはくれまいか」といった詩「現金」とか、「若しも女を掴んだら/丸ビルの屋上や煙突のてっぺんのやうな高い位置によぢのぼって/大声を張り上げたいのである/つかんだ」といった詩「若しも女を掴んだら」なども。

 なかでもストレートに、お嫁に来ないか、とうたっている「求婚の広告」は、詩の世界ではまず読んだ記憶がない(歌謡曲「嫁に来ないか」やフォーク「結婚しようよ」などはあるが)。

 茨木のり子は「人間はねじくれた思考をもっていますから、おなじ願いでも、もってまわり、貘さんのようにはればれといえなくなってしまっているのです」という。それだけに「求婚の広告」などの詩について、「いきいきとした傑作」だと、大いに評価している。

 結婚はふつう、祝祭と決まっており、人々が無条件で祝福する。幸福が続けば、それはそれでけっこうなことだ。だが、ときとして、その結婚が逆に不幸を招き、悲劇に終わることもあるのは、ご承知のとおり。ひとつの家庭には必ず視えないひとつの不幸というか、トラブルもあるとも。

 その面で、貘さんが「一日もはやく私は結婚したいのです/結婚さへすれば/私は人一倍生きていたくなるでせう」のフレーズには救われる。というか、あたりまえの希望を希望として、うたっている健全さに同調できる。たんなるルンペン詩人でなく、詩人・山之口貘の面目躍如といった詩だ。

 ところで、貘さんはこれらの「求婚広告」などの作品を書いたあと、昭和12(1937)年秋、小学校の校長先生の娘と見合いをした。詩人・金子光晴が立ち会ったというその見合いで、結婚が決まった。「結婚しましょうね」「はい」。30分だったという

(「その4」に続く)

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