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2011年3月 8日 (火)

マキの中に確かな自由を見たのかも 浅川マキの世界(6)

Dscn0725 (「最初にして最後の浅川マキ・オフィシャル本!!」という『ロング・グッドバイ』2011年1月・白夜書房

 浅川マキの「最初で最後のオフィシャル本」だという『ロング・グッドバイ』(浅川マキ 他著・2011年1月・白夜書房)を、ようやく読むことができた。浅川マキのエッセイ、人物論、五木寛之ら、さまざまな著名人との対談、浅川マキ論、加藤登紀子らの追悼文、山下洋輔らの関係者インタビューなど。303頁もある魅力的な一冊だ。

 <おっ!、これは知らなかった><えっ~、そうだったのか>。というような文章がいつくもある。私は浅川マキその人というより、浅川マキが唄う歌が好きで、聴いてきた。人物像については断片的なことしか知らなかった。

 せいぜい、彼女が書いた『こんな風に過ぎて行くのなら』(石風社・2004年7月第2刷)を読んでいたぐらい。浅川マキの人となりについて、それなりに知ったと思えたのは、この『ロング・グットバイ』からかもしれない。

 私自身の関心のせいもあるが、この本で、注目したのは、作詞家・喜多条忠のインタビュー記事だ。小題は「『人はどんなことをやっても自由に生きられるんだ』ということを教えてくれた存在です」。喜多条はミリオンセラー「神田川」の作詞家で知られるが、浅川マキは「古くからの身内に近い仲間という感じ」だったという。

 その喜多条のインタビューに「よく『70年代前後の学生運動をやっていた学生に、なぜ浅川マキが受けたのか?』と聞かれますが、ぼくはこういうことだと思うんです」と、以下のように語る下りがある。

 「ぼくも全共闘のはしくれでデモに行っていましたが、マキがあの時代に支持されたというのは、マキの中に確かな自由を見たのかもしれない。観客のほとんどが学生でしたから、まもなく世の中に出て行くけどどうなるかわからない。しかし、自由は獲得できるものだということを、見事に具現化している人がいる。しかも女で、そういうマキの存在を真近に見て、具体的な自由を一瞬垣間見るというようなところがあったんじゃないかと」

 「娼婦の中に凄い自由を見つけるってことがあるじゃないですか。マキはそういう意味で感覚的に娼婦的なところがありました。ステージで言う『よくきたわね』『今日はいい男が多いから、いい夜になりそうね』、とかね。独特の自由さが感じられました。その頃の学生は自由を求めてデモに行くんだけど、現実の重みに打ちのめされて帰ってくる。実際には機動隊に負けてばかりでしたから」

 この語りで、最も納得できるのが、「しかも女で、マキの存在を真近に見て、具体的な自由を一瞬垣間見るというような」というところ。私がコンサートを聴いたのは一度だけだったから、「真近に見て」というのでなく、もっぱらレコードで聴いてだが。

 そして、小題にもなっているところが以下の語りだ。

 「何か当時の気分をすべて包み込んでくれるようなキャパシティ、包容力を浅川マキの歌に感じたのかもしれませんね。『人はどんなことをやっても自由に生きられるんだ』ということを教えてくれた存在です」

 そう、なげやりで、はすっぱで、けだるそうで。ほの明るく、繊細で、懐かしく。たまには力強く。そんな感じでも、「人生、なんとかなるさ~」的な雰囲気が。というか、当時の言葉でいえば、どこか、ぶっ飛んでいるというか。そうした歌詞やリズム・メロディ。それに魅かれていたのだと思う。

 そんな歌に「ジンハウス・ブルース」(作詞・浅川マキ)がある。歌詞は1番から5番まであるが、中でも4番がいい。1番と合わせてアップへ。

ジンハウス・ブルース

             浅川マキ

(1番)

近よらないでよ

わたしの側に

だって わたしは いま

罪に溺れてるからさ

おごってよ 誰か

ジンを一杯さ

(4番)

ねぇ どこかいないの

アルコール密売人がさ

密売人だったら

まさしく友達さね

だって わたしは いま

罪に溺れてるわ

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コメント

浅川マキ大好きの私は、なにはともあれ見てしまいました。
ジンハウスブルースを一緒に歌っちゃいました。高校のとき、宇都宮の
ジャズ喫茶でマキⅡを聴いてから、好きになり、
つい、先日は「朝日楼という名のじょろやだった」
とか、「あの女だけだったぜ、おいらを泣かせやがったのは」
とか「かもめ」とか、らんゴアだーんのくずやのセコハンの恋だとか、だとか、
MDに落として聴いてたところです。

あ!震災震災!

チサコさま
今、輪番停電が終わった?(20時40分だが~)ところ。ブログを立ち上げたら、
チサコさんのコメントが。えっ~、さらに、そうかも。しかし、マキが本当に好きなの
ですね。あなたに似会っていますから、そうかも。マキは震災で休載していますが、
そのうちに。さらにその時代の息吹を伝えてください。ともあれ、震災対応へ。

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