震源地かと思ったほどの大地震だった M9・0東日本大震災(1)
(大地震で玄関の本棚から書籍などが落下した=11日午後、日光霧降高原)
オムレツをつくろうと、タマゴにコショウとシオをふりかけようとしたところー。11日午後2時46分ごろ、「ドドドドー」、と始まった。だんだん揺れが大きく、横揺れへ。そのうち収まるだろうと、思っていたのだが、揺れはどんどん大きくなる。いつまでも、といった感じで、なかなか終わらない。ともあれ、居間の灯油ストーブを消しながら、<これは何なのだろう、まさか日光が震源地の大地震か?>(昔、今市地震というのがあったので)。そう思って居間の本棚に目をやると、「ガタガタ」と。
(台所では棚にあったおぼんや箱などが落下、コップやとっくりなど数個が割れて散乱した)
その居間の本棚から棚の上に置いてあった(棚の中ではなく、空いたところ)書籍やCDが次々と落下してくる。本棚が高いので、ねじで何箇所か打ち付けるという防災対応はしているが(この夜、さらに蝶つがいを増やし、万全に)。どうも気になり、両手で支えることに。そのまま、しばらく揺れに耐えていたところ、ようやく収まってきた。台所ではおぼんや箱が散乱。食器戸棚が開き、コップやとっくりが落下し、いくつかが割れていた(私の好きな形のとっくりも、やられてしまった)。
ラジオをひねると、アナウンサーが「東北地方の津波がどうした、こうした~」といったことを繰り返している。<そうか、震源地は東北の三陸なんだな。しかし、三陸が震源地なのに、日光でこれほど揺れるというのでは、大変な地震だ>、そう思った。釧路沖地震も北海道で体験しているが、そのときの揺れの大きさに近い(揺れは今回の方が、かなり長い)。すぐにテレビのスイッチを入れてみた(ふだん、めったにテレビは見ないのだが~)
(森田童子のCD「ぼくたちの失敗」も電話器に雪崩れ込んできた)
ラジオとテレビの両方を聴いたり、見たりしながら。すると、津波が岸壁を越えて、住宅地へ。港の船と船が衝突し、一隻が横倒しに。そんな画像を見てから、我が家の被害確認へ。玄関ではリンゴが散乱、ベランダではきちんと積んであった薪に荷崩れが。外の物置の上にあった重たい夏タイヤが落下していた。
さらに室内を見渡すと、台所の重たい冷蔵庫が15センチもずれていた。<そうだ、日光の震度は?>。気象庁のHPにアクセスしようとしたが、なかなか、つながらない(結局、日光は震度5強、あるいは震度5弱だった)。そのため、再びテレビへ。気象庁の発表で「M8・8」という。テレビでは「観測史上最大の地震だ」と解説している。asahi・com(朝日新聞社)によると、記録が残る1923年以降、国内で最大の地震だという。
群馬の実家に連絡してから、ご近所に連絡。すると、「鏡が割れ、棚のワイングラスがやられた。それにプロパンガスもストップ。ガス屋さん待ち」という。<それなら私が>。何度もその手のダウンを経験しているので、歩いてご近所宅へ。表示は「警報」でストップ。地震で自動的にガスを遮断していた。復旧ボタンを押し、正常へ。さらに自治会の組長さんに固定電話で「安否連絡」。すると、「地震後、これが初めての電話です」とのこと。確かに携帯はまずつながらないから。
(左の薪の物置の上にあった夏タイヤやホイールも揺れで落下していた)
午後7時半現在、テレビで「ひとつの集落ごと被害にあった」といった新しい情報が。ここ日光でも、「ドスン」といった余震が何度も続いているが、宮城や岩手、それに今回は福島も。東北・三陸の大被害に比べれば、日光は、なんということはない。過去も大被害を出している三陸で起きた大地震と大津波。1896(明治29)年には約2万2千人が犠牲になったという。あの「阪神淡路大震災」以来の大地震だろうから、被害もかなりに。ネットで被害状況を追っていたら、やはりー。11日午後11時現在、asahi・comの報道によると、死者93人、行方不明351人!という。被災されたみなさまにお見舞いを。被災地にどういう支援ができるか、いずれにしろ、何らかの行動をとらないといけないだろう。
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コメント
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確認いたしました
お大事に!
投稿: oyazi | 2011年3月11日 (金) 21時07分
oyaziさま
ご確認(生きているか死んでいるか~)ありがとうございます。余震も警戒を!。
投稿: 砂時計 | 2011年3月11日 (金) 21時35分