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2011年3月13日 (日)

人知も及ばない超巨大地震の痛み  M9.0東日本大震災(3)

Dscn0775 (13日夕、行きつけのガソリンスタンドの告知=日光市中鉢石町)

 「人間の歴史は地球の歴史からみれば、ほんのわずか。自然には人知が及ばないところがあると痛感した」

 想像を超えた東日本大震災について、専門家はどのようにみているのか。注目していたところ、13日付けの朝日新聞が「破壊力 人知超える 東日本大震災 専門家に聞く」として報じている。そこで、京都大防災研究所地震予知研究センター長を2001~2005年に務めた京都大名誉教授・梅田康弘さんが、今回の地震について、こんな受け止め方をしている。

 ローラーでひかれたような街、いや、絨毯爆撃で跡形もなくなったような惨状、原発の建屋爆発、住民の半数以上が行方不明となった自治体などなど。地震の規模もM8・8からM9・0へ。エネルギーは関東大震災の約45倍、阪神大震災の約1450倍という。もう想像を絶する力が加わったということなのだろう。

Dscn0781 (たまたま寄った日光の牛丼のお店では、食材不足などでメニューが限定されていた)

 専門家でさえこうした見方をしている今回の超巨大地震。そこでの国内初の原発事故だ。「想定外」と云う言い方が禁句なのは、いうまでもない。こうした原発を推進してきた人々の傲慢さに大きな警告を突きつけたということだ。原発の安全神話の幻想も爆発と同時に吹き飛んだ。日本の原発政策は大きな曲がり角を迎えた。それが今、私たちの目の前で起きている。

 それと、私も痛感していることだが、携帯や電話が通じないこと~通じないこと。岩手や福島に友人がかなりいるので、安否確認をとりたいが、それがかなわない(岩手は本日夜、固定電話で通じた。福島はメールを送ったところだ)

 と、思っていたら、朝日新聞の「声」欄で、やはり、そのことについての厳しい声が。「本来電話の持つ意味とは話をすることではないでしょうか。緊急時につながらない電話など何の意味もありません」(神奈川県藤沢市の47歳の運送業)

Dscn0785 (立ち寄った日光の「セブン・イレブン」では13日から義援金を募り始めていた)

 地震に伴う余波は海なし県の栃木、日光にも。すでに12日からスーパーの店先からパンが消えていたが(これは大手食品会社が被災地に優先して配送しているためとか、それはそれでいいと思う)、今度はガソリンが消えてきた。

 13日、友人が「スタンドではレギュラーはなく、ハイオクのみ」と言ってきたので、私も街へ。ところが、いつも寄るスタンドでは「本日は終わりました」の掲示が。聞くと、午前中に終了。午後から夕方まで100台以上の人たちにガソリンがないことを伝えた。タンクローリー車が来ないのだという。

 私はまだタンクの8割ぐらいあるので、無理にガソリンは求めず。その代わり、昼間、ストーブを点けておくための灯油を3缶(18リットルを3缶)求めた。薪ストーブの薪もそうだが、春本番まで暖房は最低必要だ。ともあれ、薪と灯油の最低量だけは確保できたことに。

Dscn0788 (日光のコンビニでは、私もとりあえず、釣り銭を「義援金募金」へ)

 この13日気づいのは、スーパーに行ったら、パンはもちろんだが、納豆も消えていたこと。さらに東北地方への宅配便は受け付けないという告知があったこと。お店によると、この方面の郵送ができないのだという。

 さらに牛丼屋さんでは、食材が届かないこともあるが、天ぷらを揚げているときなどの余震を警戒。注文は特定メニューのみ限っていたことだ。それでも、店長さんは「停電などの被害に遭った県内のほとんどが休業。私のところはなんとか提供しようと継続しているのです」と話していた。

 いやはや、大変なことに。救いはコンビニで今回の地震の「義援金」を募っていたこと。お店に聞くと、きょう13日から店頭に張り出した。私も早速、お釣りを「義援金募金」へ。いずれにしろ、義援金活動はもっと広範囲に、そしてたくさんの資金を集めないといけない。もちろん、私もできる限りの協力をしていくつもりだ。

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防災」カテゴリの記事

コメント

私も募金箱を見つけたら少しづつ入れています。
小さなことも、こつこつやれば大きなものになりますよね☆

日本中で不安解消のため買占めに走っている人が多いような気がします。

こんな時だからこそ、必要なものを必要な分だけ買う、
出来るだけ被災地の方に物資を送ることを考えるべきじゃないかなと
思います。

被災していない自分(投稿者)は、「買い占めるのではなく、
これを機会に家にずっと残っている乾物などを使う」
という新聞記事が印象的でした。

きゃべつさま
そう、今はなによりも被災者のために。もう失うだけ失ってしまったのだから。泪も出ないかも。私たちができることは、義援金であり、救援物資であり、温かく泊まれる部屋や空間、そしてその方々の物心両面の世話、ケア。もちろん、節電やノー買占めも。その場面で何ができるか。私はとりあえず、日光市の被災者支援ボランティアへ(昨日の17日に登録してきました)。きゃべつさんは?。

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