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2011年4月22日 (金)

福島・相馬市の農家の納屋に「海の幸」という超現実  M9・0東日本大震災(27)

   Dscn1617 (福島県相馬市新田の農家の納屋に津波で漂流していたスズキの幼魚、フッコ=13日)

Dscn1647 (福島県相馬市の松川浦周辺の惨状 ここでも船が乗り上げている=13日)

Dscn1595 (松川浦の大洲公園のなぎ倒された松が水田一帯に=13日、福島県相馬市新田)

 日光市災害ボランティアセンターによる福島県相馬市の災害支援が13日あり、砂時計もその一員として加わってきた。相馬市は二宮尊徳翁ゆかりの城下町。名勝地、松川浦(松川浦県立自然公園)がある美しい街だが、朝日新聞によると、17日現在で、死者425人、行方不明約100人という犠牲者が出ている。

 ボランティアは約30人。午前4時半に日光を出発し、4時間後の午前8時半には現地の相馬市災害ボランティアセンターへ。「チーム日光」からは私のほかにヨシナリクンとオオフジさんの3人が参加。センターの依頼で男子は農家の「肥料運び」(一人だけ女性も)、女子は「介護施設」や「避難所」の運営のサポートへ。

 「肥料運びだから、スコップはいらない」ということで、スコップはボラセンへ置いたまま。ところが、現地の相馬市新田(ニイダ)の専業農家に着くと、そこは当日、胸の高さまで津波が押し寄せ、自宅も納屋も泥だらけ。メンバーが置いてきたシャベルを再びとりに戻るということも(まだ想像力が足らなかったのだ)。

 当日の13日と16日のボランティア作業やボランティアたちの感想は日光市災害ボランティアセンターのブログhttp://blogs.yahoo.co.jp/nikkovolunteer

 Dscn1620 (津波の泥が堆積したひび割れた水田=13日、相馬市新田)

Dscn1612 (農家の納屋周辺で見つけたカニ。えっカニ~と=13日、相馬市新田)

Dscn1597 (コンバイン周辺の泥を退治する日光市被災者支援ボランティアたち=13日)

 作業は最初こそ、泥にまみれた肥料袋を運び出し、積み上げていくものだったが、納屋そのものが泥まみれ。農機具の下に潜り込んで、泥をかき出す作業、さらにコンバイン周辺の泥を運び出す作業と、やはり「泥バスターズ」が基本作業だった。

 ヨシナリクンが「においがおかしいと思っていた」と、あきれながら、スコップから投げてきたのは、鮭に似たかちんこちんのサカナ。「スズキではないか」の声に、この農家の主、小島(オジマさん)さんが「それはスズキになる前のフッコ」だといい、「そのあたりの田んぼにはボラがかなりいる」と、こともなげに言う。

 海岸から数キロのこの地点だが(約3㌔と言っていたかな)、納屋からフッコやカニも。ここでも超日常が目の前に。お昼にボランティアに参加したテヅカさんからいただいたシャけのおにぎりや持ってきたソーセージやパンにかじりつきながら、あたりの水田を見渡すとー。防潮林、防風林だった海沿いのなぎ倒されたマツがあたり一帯に。

Dscn1580 (農家の納屋の中にたまった泥をかきだす日光市のボランティアたち=13日、相馬市) 

Dscn1579(ボランティアの仕事は泥で汚れた肥料の積み出しも=13日)

Dscn1600(スコップですくいだした泥は農家の小島さんが操るブルで何度もあぜ道へ=13日)

Dscn1630_2 (ボランティアを終え、農家の小島さん親子と写真に収まるボランティアたち=13日)

 私たちがボランティアで入った小島さん方は24ヘクタール(24万平方㍍)の水田を経営する大きな専業農家(野菜も少し)。そのうち約16ヘクタールは津波にやられ、残るは約8ヘクタール。海水の塩が混じった泥は約20センチほど堆積しているといい、「今後4、5年は水田をやることができないかも」という。

 ただ、というか、しかし、というか、小島さん方では約8ヘクタールは無事だった。「全部やられたら、農家を辞めることができるが、8ヘクタールは残っだ。なんとも中途半端な被害」と。さらにヤンパチ気味に「どうせなら、すべてやられてしまったほうがよかったかも」とも。

 というのも、専業農家として、今後8ヘクタールでやっていけるのか、あるいは、いずれ、失った地力をなんとか戻すことで、それ以上の水田でやっていけるのか、それによってそろえなければならない農機具類などが大きく変わってしまう、そんな悩みがあるからだという。

Dscn1564  (「相馬市災害ボランティアセンター」があるビル、2階が入り口だ=13日)

Dscn1566 (相馬市災害ボランティアセンター前で次の行動に備えるボランティアたち=13日)

Dscn1669 (相馬市災害ボランティアセンターの「ボランティ受付」の様子、壁に「震災を乗り切ろう そうま魂」=13日)

作業を終えて、被害が甚大だった海岸沿いの松川浦を回ったが、その一帯は瓦礫の山。岩手県陸前高田市もそうだったが、津波で押しつぶされた街は大なり、小なり、同じように瓦礫、瓦礫、瓦礫ーーー。その凍えるような光景だけだった。

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コメント

おつかれさまです!
石巻とはまた違った泥バスターズ。
松の葉っぱが多く含まれていたためにフォークが役にたちました。
泥バスも場所によって使う器具を変えると良いんだな~。と勉強になりました。

最初は鮭かと思っていましたがフッコでしたか!
スズキの子供(フッコ)をまさか鈴木の僕がみつけるとは!

ほんとにスズキクンがスズキのフッコを見つけたのでしたね。カニも確か、そう。
「それはなにカニ?」といった感じで。いずれしろ、四角いスコップとか、それも大小のもの
をなど。ホウキにタワシ、ゴーグルにポーチなど、さまざまに勉強になりました~。

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