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2011年4月 2日 (土)

応援物資届け、三陸沿岸への熱い思いに感嘆 M9.0東日本大震災(21)

Dscn1165 (「From 日光」の応援物資を前に、写真に収まってくれた「いわてゆいっこの会」花巻支部のボランティア、中央が応援物資リストを受け取った増子義久事務局長=3月31日夕、岩手県花巻市)

 岩手に暮らしたことがある「砂時計」の呼び掛けに応じて、たくさんの友人・知人などから託された「応援物資 From日光」は、31日夕、無事に岩手県に届けました。報告が遅れてしまい、恐縮しています(2泊3日の岩手から、本日2日夜、帰ってきたところです)。

 手渡したのは民間の復興支援組織、「いわてゆいっこの会」花巻支部(本部は北上市)。私の先輩である地元・花巻市議の増子義久事務局長らが待ち構え、ボランティアのみなさんが次々と「From日光」の応援物資を物資仕分け所に運んでくれた。

 同会は北上の本部のほかに、花巻、盛岡、西和賀、横浜に支部がある。九州の熊本にも支部が生まれたというホットニュースも。岩手県県内各支部は、それぞれ、宮古や山田、大槌、大船渡、陸前高田など、壊滅的な被害を受けた三陸沿岸の各都市・地域を分担して、被災者の支援にあたっている。沿岸から大型バスで内陸部の花巻温泉に送迎している企画は大変に好評のようだ。

 発足は3月16日。新潟・中越地震でのボランティア経験などから、組織を立ち上げ、すでに半月。今では、仕分所に加え(今は受付・連絡所など)、民家の事務所、さらに物資集積場(新たな仕分場か)も持つようになっていた。

 ただし、ガソリンが出回るようになり、青空スーパーも開店し始めたことで、被災者への物資はほぼ足りるようになってきたという(基本的にもう支援物資の受け取りは終了。ただし、下着や長靴、新鮮な野菜、果物など、「ピンポイント」で必要なものがあるようだ) 

 Dscn1160 (砂時計の車から「From日光」の応援物資を運びだす「いわてゆいっこの会」」のボランティア=31日、花巻市)

 Dscn1156 (「いわてゆいっこの会」花巻市部の物資仕分け所の表通り側)

 Dscn1169 (品目別にわかりやすく、大きく仕分けされた支援物資=いわてゆいっこの会花巻支部)

Dscn1190 (「いわてゆいっこの会」本部がある北上市の勤労青少年センター=1日、岩手県北上市)

 それにしても、ボランティアの数がはんぱじゃない。北上だけでも300人という。本部の司東道雄代表によると、俳優、歌手、冒険家などが駆けつけ、遠くは九州からも。泊まり掛けで支援にあたっている。

 花巻支部では、空き屋だったホームセンターの建物を花巻市の実力者、市商工会議所会頭であるオーナーから「今こそ、宮沢賢治精神を」と、厚かましく?頼み込み、無償で借り受け、それを新たな物資集積場にしたという。

 2日は内部をきれいに清掃してから、物資の集積場・仕分場をつくろうと、その荷物整理があった。呼び掛けに応じて駆けつけたボランティアの名簿をみると、地元・花巻の若い人たちを中心に42人も(盛岡市からのボランティアも)。

 事務局を担う若い女性が「次はこの物資を」と、声をかけると、一斉に列をつくり、次々と手渡し作業が始まった。その連携の、というか、さっと次の作業に移るスムーズさに感嘆することしきりだ。

 それもそうだが、支援物資の量もはんぱじゃない。10トントラックでやってくる。増子事務局長によると、3日にその10トントラック2台分がこの物資集積場に着くという。全国の大変なエネルギーや思いが三陸沿岸に向かっている。

Dscn1193 (「いわてゆいっこの会」北上本部に積まれた全国からの支援物資=1日、北上市)

Dscn1286(「岩手ゆいっこ」花巻支部の新たな支援物資集積場となった空き屋のホームセンター)

Dscn1273 (物資集積場の整理には地元を中心に42人のボランティアが駆けつけていた=2日、花巻市)

 日光から岩手県花巻まで片道約420キロ。徳さんに20リットル入りのガソリン缶を貸してもらったが、ともかく燃料が3分の2近くになったら満タンへ。そう決めて、東北道で3回給油したが、仙台近くでは、まだ3000円までといった上限もあった。

 日光はもちろん、宇都宮、鹿沼、さくらの各市の思いを込めた応援物資なので、いつも以上に安全に気をつけて走行。福島県や宮城県では自衛隊の「災害派遣」や消防車、給水車などの緊急車両、さらに民間や団体の「支援物資車両」が次々と走り去るのを見かけた。

 初日は応援物資を届けてから、花巻支部事務局で「ゆいっこ」など民間ボランティアの今の課題や今回の大震災からどういうことを考えるべきか、どういうことが言えるのか、そんな会話を増子事務局長と交わすことができた。2日目は三陸沿岸へ。町が消えたといってもいい、陸前高田市へ。

 北上市から奥州市、遠野市、住田町を経て、2時間弱。報道で津波被害のむごさは承知しているつもりだったがー。そこには、とても信じられない荒涼とした光景が拡がっていた。う~ん、この際、日光でも三陸沿岸の被災者を支援する「ゆいっこ」を生み出すことが可能か。

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コメント

お疲れ様でした

無事帰還 お疲れ様でした。

ふぃふぁさま
野菜ジュースなどの支援物資、ありがとうございました。陸前高田は想像を超えた被害でした。詩人としては「言葉を失った」という「言葉」になるかもしれません。
oyaziさま
美味しいおにぎりセットの差し入れ、ありがとうございました。携帯のパワーを支える機器も貸していただき、安心して東北に向かい、岩手県内を動くことができました。

おかえりなさい。お疲れ様でした。

つるこさま
「カレールー100人分」は支援物資の花形でした。それに新鮮なものが欲しいということで、カタウラさんの牛乳12リットルも。「久しぶりに牛乳を見た」と喜んでいました。つるこさん(28歳プラス〓)の活躍も「漂ふ」「親爺」で見ました。いいメッセージだと思います。

無事のご帰還、、、
おつかれさまでした、、、

三代目さま
お米10㌔に靴下2足、ありがとうございました。おかげでお米はカタウラさんの36㌔などと合わせて66㌔も。そうそう、東北道の往路は「緊急車両」扱いで、料金はゼロでした。これもみんなに伝えないと(復路は車の中はカラッポだったので、がっちり料金が)

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