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2011年5月

2011年5月31日 (火)

歌津に笑顔が広がった一日  南三陸町災害支援・「チーム日光」(1)

Dscn2486 (「チーム日光」の髪結い4人組のひとり、メグちゃんは笑顔で=29日、伊里前小体育館)

Dscn2302

Dscn2468 (天然氷を生産する「四代目徳次郎」は、天然氷のかき氷をかくのにおおわらわだった)Dscn2506 (「結婚式以外のすべての記念写真を失ってしまった」というお母さんは、RQ市民災害救援センターに手により、子供たちの写真と対面することができ、大喜びしていた)

Dscn2399 (会場設営で高所作業を買って出たハタナカさん・左・とアクツさん・右)

Dscn2404 (元気いっぱいに会場設営の綱を張るふだんは看護師のチナツちゃん)

Dscn2454 (ともかく次から次と大人気。行列が途絶えなかった「日光珈琲」のテント珈琲店)Dscn2440 (日光の野菜カフェ「廻」のクッキー類はあっというまに被災者たちの手に)

Dscn2445 (会場内には陽気な「チンドン屋さん」の災害支援ボランティアも登場)

Dscn2547(イシカワクンは坂道に難儀する人たちのサポーター役に徹していた 写真上・下.。下は荷物を持ち運んでもらい、イシカワクンにお礼を述べて、別れて行く場面。イシカワクンの笑顔がごく自然だ)Dscn2550

Dscn2564_2 (リヤカーで被災者が選んだ支援物資を運び上げる「チーム日光」代表のコサカサン)

Dscn2520(日光の古民家酒房「菜音」組は、景気よくアジ、ヤマメ、イカなどの磯焼きをふるまった)Dscn2452_2(宇都宮の人形師・ミヤケンの可愛らしい人形も被災者を温かく迎えた)Dscn2352_2 (力強いアクツさんは、29日のもちつき隊長だった。写真は28日の助っ人もちつき)

Dscn2532 (もちつきを終え、後片付けに余念がない看護師のミヤタさんとハタナカさん)

Dscn2449(大人気だったのが、はんこ屋。残業でさらに20人近いハンコを制作する活躍ぶりだった)(Dscn2438、(笑いころげる猫は大人も子供も殺到。あっというまに品切れとなった)Dscn2561 (即席で大太鼓を自在にたたくリズム感が豊かな「チーム日光」のメグリ・写真左)Dscn2428(私が館長を務める「日光霧降高原 森の図書館」の南三陸町出前図書館を訪れた被災者と言葉を交わす災害支援ボランティア、横浜のハンさん。日韓の翻訳家だというハンさん、一日、ごくろうさまでした)

Dscn2425(「森の図書館」の看板をかける千葉県から「チーム日光」に加わったナビィ・ウエダクン)

Dscn2505(順番待ちの整理券を配るほど人気があった髪結いに加わったアズ)

Dscn2483 (被災者と言葉を交わしながら髪結いボランティアに励むクミちゃん・手前・とマサさん・中央)

Dscn2326 (当日は「看板屋」を担当したトモちゃんは前日の28日、支援物資・ズボンの仕分けに腕をふるっていた)

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2011年5月26日 (木)

ゆったりのんびり霧降高原  ウッドデッキを増やし、薪小屋もつくる

Dscn2221 (手前の6畳を増やした砂時計宅のウッドデッキ=26日、日光霧降高原)

 砂時計邸で懸案だったウッドデッキが広がり、薪ストーブ用の薪小屋も完成した。ウッドデッキは1年半前の15畳から2倍以上の36畳へ。薪小屋はそのデッキの一部に屋根をかけた。

Dscn2224 (ポイントは自生のツツジをそのままウッドデッキに取り込んだことだ)

 デッキ工事はこれで4期目。突然、〈そうだ!、庭のツツジをそのままデッキに取り込めばいいんだ〉。そうひらめき?、これまでと同じく、霧降高原・幾何楽堂の小坂さんに工事を依頼。同時に〈この際、デッキに屋根をかぶせて薪小屋もつくろう〉

  • Dscn2227 (ウッドデッキの増床に合わせ、懸案だった薪小屋も新たにつくった)

 薪小屋はデッキ工事に忙しい匠・みっちゃんの指導を受けながら、丸ノコ、90ミリ、65ミリ、傘釘などを金づちで打ち込んだ。寸法のとりかた、丸ノコの使い方、垂直の出し方、鉛筆の使い方、板材の組み方、打ち込み方など、みっちゃんの「ワンポイントアドバイス」に大いに助けられた。

Dscn2229 (三重の板材を組み合わせて傘釘でうちつけた薪小屋の屋根、それなりでしょう~)

 ただし、薪小屋に薪を運ぶのが大変。ナラ、カシ、サクラなどだが、ずっしりと重い。逆にいうと、スギと違って、乾燥させたそれらは、冬、大いに効果的に燃えてくれる。それがわかっているので、汗をタラタラさせながら、道路沿いから階段を踏みしめ、薪小屋まで何度も〈ヨイショ、ヨイショ〉(途中、何度か休憩も~笑い)。

Dscn2231_2 (薪小屋ができたため、別荘地の中の山小屋風となった砂時計邸)

 デッキの掃除などを終え、本格的に使えるようになったのが、本日26日。ツツジの咲いているうちに(満開はもう過ぎたが~)、「デッキ・薪小屋竣工」などを兼ねた懇親会を呼びかけたいと思う。たぶん、南三陸町災害支援から帰ってくる30日にやれるかどうか~。

Dscn2243 (薪ストーブのある居間から見た砂時計邸のウッドデッキ=26日)

2011年5月23日 (月)

「東電も被災者」だと言うのは、「大本営も・・」 「現代思想」5月号・西谷修小論

Dscn2218_2  (西谷修さんの優れた小論が掲載されている「現代思想」5月号)(「特集 東日本大震災」)

 月刊誌『現代思想 5月号』が「東日本大震災 危機を生きる思想」という特集号だったので、2、3日前に書店で、買い求めた(硬いので、ふだんはめったに読まないが)。

 その中で、『「「未来」はどこにあるのか』と題した西谷修さん(専門は「フランス思想」とある)の小論が優れて現在的だと思われた。それをツイッターで7回にわたって紹介した(1回140字までなので)。最後に「西谷さんの『「未来」はどこにあるのか』に全面的に賛同したい」と書きこんでおいた。

 と思ったら、ブログ「砂時計主義」では、その内容をアップしていないことに、今(23日23時)気づいた。つぶやきを聞いていないブログの少数の訪問者もいるのではないか、ということで、昨日つぶやいたものを。

 以下は西谷修さんの小論「『未来』はどこにあるのか」からの引用。  

 「事故の危険がすでに以前から指摘されていたにも関わらず、たかを括って備えを怠ってきたのは、東電(という会社)なのである。監督すべき原子力安全委員会の斑目は、あらゆる備えはできないから、どこかで見切らなければならないと国会で答弁している」

「採算確保と稼働に向けて、いつも『見切って』きたのは、国の機関と東電なのである。こういう連中が懲りもせず、喉元過ぎれば熱さ忘れると言わんばかりに、またぞろ『復興』には原発は欠かせないと言おうとしている」

 「『東電も被災者だ』と言うのは、『大本営も戦争の被害者だ』と言うのと同じである。それを受け容れたとき『一億総懺悔』が始まり、あらゆる責任は免除される。この国はその点で『懲りない』連中が統治に強力な影響を及ぼし続けている」

 「ここで日本が彼らの言うままになるとしたら、ついに日本は世界の失笑を買って見捨てられることになるだろう。日本はついに、ヒロシマ・ナガサキに次いで第五福竜丸、そしてフクシマで、世界のために核文明のモルモットになりおおせるのである」

 「核とタイアップした産業技術経済システムをどう変えるか、初めて提起される問いではない。すでに1970年代の危機のときから基本的なヴィジョンは提起され、その新自由主義体制の席巻のなかでも、避けがたい破局を退けるための努力は続けられてきた」

 「2008年の危機を契機にすでにその流れは浮上してきている。だからたとえば宇沢弘文と内橋克人は『始まっている未来』を語ることができたのである。とはいえ、その『未来』を引き戻そうとする連中がこの国で大きな力を振るっている」 

 「それをどう退場させ、この国と世界の道を開いてゆくか、それが今日最大の現実的課題なのである」

そうは問屋が卸さない  大震災詩(9)・黒川純

そうは問屋が卸さない

                                       

安心です まず安心 安心だと

安心ではないか 安心だと思います

安心だと信じてください

一神教までもう少し

安心教の方法は 安心から暗示へ

思った以上の津波だったので

全電源喪失なぞ考えもせず

いずれも想定外だから

想定外だから問題外

問題外なら問題ない

そうは問屋が卸さない

                                        

神話の溶融

                                       

とにかく安全ですから

安全神話にしましたから

どっこい 奢る平氏は久しからず

神話を滅ぼすのは神話だ

安全剃刀だって 安全が外れれば

いやはや やっかい

古代からやってきた津波が

現代の神話を溶融させ

安全が突如として暗然に

あるいは唖然とさせながら

安全圏はどこまでか

いったいぜんたい

全体像はどこまでか

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2011年5月21日 (土)

和室から眺める自然の「名画」 霧降高原・砂時計宅もツツジ満開

Dscn2181 (和室から眺める自然の「名画」=21日、日光霧降高原の砂時計邸)

 「トンネルを抜けると、雪国だった」とかの小説があるが、日光霧降高原の砂時計宅では、「朝起きると、自然の名画だった」。そんな感じだ。霧降高原一帯のツツジは見頃に入った。

 砂時計宅のツツジの満開は、いつもやや遅いが、本日から見頃に。和室のそばの雑木林には見事なツツジが。窓枠がそのまま額縁となり、咲き誇るツツジの絵画を鑑賞しているようだ。、

Dscn2183 (このツツジを近くから撮ると、見事な赤桃色=21日、砂時計邸)

 我が家では現在、ウッドデッキの拡張工事中。これまで27畳だったが、半月前に3畳増やし、30畳へ。もっとゆったりしてもいい。そう思い、さらに6畳を足すことに。今度はツツジをデッキにとりこむことにした。

 ウッドデッキ工事は、今回で4期目。ようやく最後になると思う。完成したら、「完成式」(?)とツツジ花見会と「チーム日光」の懇親など、いつくかの(呑むための~)理由で、呑み会を呼びかけたいと思う。

Dscn2197 (砂時計邸では現在、ウッドデッキ拡張工事中、計36畳になる=日光霧降高原)

2011年5月20日 (金)

「一人一人が思いを深めて自分の言葉を持とう」 野坂昭如の週刊誌寄稿から

Dscn2177 (週刊誌「サンデー毎日」5・29号 寄稿 野坂昭如の「一人一人が思いを深めて自分の言葉を持とう」)

 たまたまきょう、書店で買い求めた「サンデー毎日」(5・29号)に「焼跡闇市派」の作家・歌手、野坂昭如の大震災に関する寄稿が。「黒の舟歌」などで知られ、浅川マキと一緒のコンサートをやっていたころから、注目していた作家だ。

 同誌によると、今、闘病生活中。80歳だそうだが、寄稿を読むと、いやはや、その元気さがわかる。久しぶりに野坂節を聴いた思いだ。「3・11後のニッポンに怒りを抱いている」という。

 寄稿はわずか2頁だが、その内容は豊かだ。野坂昭如が語っている思いは、私も同様。ツイッターで6回にわけて、つぶやいたものを、少し追加し、ブログにも載せたい。

「『復興』『復旧』『頑張ろう』『負けるな』『一致団結』、さまざまなスローガンがいわれる。これもまた結構なことかもしれない。だが、現実はどうか、被災者を置き去りにして、言葉が上滑りしている。目の前の光景を『映画みたい』と口にし、メディアに携わる者の多くが、見たもの、感じる空気を自分の言葉に置き換えることが出来ない」

 「自前のエネルギー確保を大義名分とし、一歩間違えば地獄の原子炉を推進、地震列島に原子炉を次々造った。国策という錦の御旗を掲げつつ、都合よく民間に任せ、その電力会社はお上の威を借りやりたい放題。危険な作業は下請けに任せる」

「耐用年数を根拠もなく延長し、そのうち技術がカバーするだろう、死の灰については未来の人間に任せる。他人任せの楽観主義を横行させて、先のことは誰も責任をとろうとしない。世間も電気任せ.。便利な暮らしが一番と決めて、立ち止まることはなかった」

「確立の低い危険性は例外とし、事故は隠す。この度は想定外だと自然のせいにする。想定外とはつまり、自然を見くびった人間の思い上がりに過ぎない。人間が築いたものなど、実にあっさり脆く壊れる。このあたり前を忘れた」

「怖いのは放射性物質だけじゃない。畏怖の念がなくなったこと。さらに言えば、子孫の血をすすり、肉を齧って生きていく。このままいけば人間は絶滅する。東北の人は我慢強く逞しいという。勝手な言い分」

「一致団結といわれる。しかしその前に個々が自分を確かめる。被災地を思う。言葉を選ぶことが大切。さもなければやがて表面的に復興とやらが進む。ぼくら日本人は思考停止と想像力欠如という影を抱えたまま、また同じ過ちを繰り返すだろう」

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  • 2011年5月18日 (水)

    今度はその悔みを返上するのだ 大震災詩(8)・黒川純

    Dscn1511 (泥バスターズの作業を終え、互いに長靴を洗いあう災害支援「チーム日光」のメンバー=4月9日、石巻市)

    その悔みを返上するのだ

    阪神・淡路大震災では

    阪神大震災では?

    手助けに行きたくても

    行きたくても?

    子育て中だったので とても無理だった

    その悔みがあるので

    「今度は行くぞ」

    東京のエッセイストが胸の内を明かした

    そうなのだ

    私もあのとき1日25時間でも足らなかった

    手を差し伸べられなかった

    今度は返上するのだ

    その悔みを

                                                           

    一滴を落としにゆく

    できることはわずかだ

    それも少しの力だ

    家中に積もった泥を出す

    過酷な泥バスターズを志願した

    ボランティアたちが束になっても

    一日に一軒 なんとかなるかどうか

    それでも

    何度でもゆく

    燃え盛る森から

    たった一羽だけ逃げないで

    小さなくちばしから水のしずくを

    一滴づつ落としにゆく

    アンデス地方先住民の寓話

    クリキンディというハチドリのように

    わたしができることを 

                                                                                                               

    ボランティア新時代                                           

    「小学生まで3人います」

    えっ! 子供が3人もいるのに

    30歳余の若いお母さんが

    「なんとか手助けしたいと」

    初めての被災者支援へ

    宮城県南三陸町歌津伊里前

    そこで2泊3日の支援を終え

    ずっと駐車させていたスポーツカータイプの

    乗用車のハンドルを握り

    「ブルブルン」と勇ましい爆音を響かせ

    家族が待つ我が家へ

    新しい風が吹いている

    ボランティア元年の「1995・1・17」から

    ボランティア新時代の「2011・3・11」

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  • 2011年5月17日 (火)

    日光霧降高原は「桃色吐息」(?)  鮮やかなツツジ群が見頃に 

    Dscn2170 (見頃の季節に入ってきた日光霧降高原のツツジ=17日)

     日光霧降高原のツツジが見頃に入ってきた。今週末からと思っていたが、赤桃色が一日一日と濃くなってきた。一部はまだ2、3分咲きだが、満開に近いものもあり、全体的にはもう8分以上咲きといっていいかもしれない

    Dscn2174 (赤桃色が鮮やかな日光霧降高原のツツジ=17日)

    Dscn2171 (赤色や桃色が楽しめる日光霧降高原の別荘地の散歩道=17日)

     本日17日朝、近くの散歩道を回ってみると、数日前は3、4分咲きだったところが、もう7、8分咲きに。20、21日の今週末はさぞや見事な咲き具合に。霧降高原はしばらく「桃色吐息」(?)になる。

    Dscn2172 (別の散歩道はこんな感じだ=日光霧降高原、17日)

    2011年5月16日 (月)

    奇跡的にいいことが起きた災害支援現場 南三陸町支援から帰還の「チーム日光」

    Dscn2111 (被災地へ運ぶ一滴 「チーム日光」のイメージデザインをつけたメンバーのヘルメット)

     宮城県南三陸町の災害支援を終えた「チーム日光」が15日、日光に帰還してきた。今回は2泊3日のチームが13人、日帰りチームが5人の計18人。いずれも思った以上に元気に帰ってきた。

     寝袋やテントなど各人の荷物を降ろし、お借りしたマイクロバスを丁寧に清掃、最後に今回の災害支援について、メンバーの一人一人が感想を述べ、今回分の「解団式」を終えた。

    Dscn2109 (南三陸町から日光に帰還、寝袋などの荷物を運び降ろすメンバー=15日)

     「チーム日光」が南三陸町の災害支援に本格的に出向いたのは今回が初めて。入ったのは、縁が生まれた同町歌津で結(ゆい)が残る伊里前地区。海辺の集落を高台に移す計画が住民主導で始まったという。

     地元紙「河北新報」(9日付)によると、中心となるのは、江戸中期から続く地元住民相互扶助組織「伊里前契約会」。400~500戸以上の住宅建設が可能な20㌶余の共有地を供出することで、災害に強いまちづくりにつなげたい考えだという。

    Dscn2100 Dscn2124 (お借りしたマイクロバズもメンバーが丁寧に清掃してお返しする=15日)

     出迎え組の私が清掃作業の写真を撮っていると、小坂憲正代表が「南三陸では、とても奇跡的ないいことがあったんだ」とにこにこ。「それは小説的?、それともSF的?」と促すと、「まぁ、そういうことかな。その話は後で」と、かわされた。

     その「奇跡的ないいこと」は、ほどなく開かれた今回チームの「解団式」で、小坂代表が明かした。それによると、災害支援のひとつに杉におおわれた急斜面(高さ約15㍍、長さ約60㍍)にひっかかった「漂流物」の撤去があったという。

    Dscn2137 (南三陸町の災害支援について、各人が「一言」を語り合った今回の解団式=15日)

     、その急斜面をきれいさっぱりしたところで、どこからか、「カワセミ」が一羽、現れた。そして「一滴」(?)をたらして去って行った。「その場面をよく覚えている」と、みんなに改めて披露した。

     というのも、日光市の鳥はこのほと決まった「カワセミ」。「チーム日光」のイメージデザインはそのかわせみが「一滴」をくわえて駆けつけるという構図だ。そのデザインとぴったりの出来事が南三陸町の災害支援現場で起きたのだという。

     今回はその急斜面にからみついた「漂流物」や橋に付着したそれらの撤去、散乱したハッポウスチロールの整理、あるいは支援物資の仕分け作業、さらに現地のベースキャンプづくりなど。今後、現地のイベントの支援なども日程に入ってくるかもしれないという。

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    2011年5月15日 (日)

    わたしも花吹雪の夜の夢を   大震災詩(7)・黒川純

    Dscn2094 (花吹雪を散らせている砂時計邸そばのヤマザクラ=15日、日光霧降高原)

        花吹雪の夢

                                            

    わたしもその夢を見よう

    あの日から 離れ離れになった

    別れた命 愛おしい命 あきらめきれない命

    哀しみ 悔しみ 恨みと怒り

    無念さ やるせなさ

    どこへ持ってゆけばいいのか

    声にならない悲しみのありか

    桜散る春に 花吹雪の春に

    春の夜の夢ではないのか

    何度も 何度も

    振り返るあなたの

                                            

       私のそれでもあるのだ

                                           

    両手を合わせ おがでくれたお年寄り

    涙をこらえきれない中高年

    「まさか自分の仕事をほっといて」

    「そんな遠くから手助けに来る人がいるとは」

    涙顔で驚いていた経営者も

    納屋の泥出し作業が終り

    記念写真に肩を組んでくれた農家も

    震災支援の私たちに

    だが こういうことなのだ

    あなたの事態や不安は

    私のそれでもあると

                                            

        あの日を境に

                                            

    生徒たちは

    生徒たちは?

    あの日を境に

    生き残ったことで 残された責任から

    顔つきが変わってきた 振る舞いもしゃんと

    会ってよくわかった

    でもね

    松の大木が流れてきた高校から

    泥だらけの成績表を見つけ出し

    パソコンで打ち直して

    「ここまで復元したよ!」

    生徒たちは?

    「見つからない方がよかった」

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    2011年5月14日 (土)

    その哀しみが溶け出すように  大震災詩(6)・黒川純

    Dscn1209    (4月1日時点の岩手県陸前高田気仙町の惨状=砂時計写す)

    その哀しみが溶け出すように

                                            

    哀しみは言葉にならない

    その言葉は凍ってしまった

    深い暗闇が遠い海から

    私たちの鼓動を早打ちし

    振り返るときを与えず

    瞬時にさらっていったから

    声にならないその言葉は

    大地に閉じ込められ 凝固したままだろう

    だが  いつか あたたかな

    ほんとうのいいことにめぐりあい

    その哀しみが溶け出すように

                                           

    言葉そのものが

     

    声に出しているが 話しているが

    会話をしているが ほんとうに心から

    語りたい 伝えたい

    胸の内をわかってほしい

    そう言いたいのだが 言葉からは出てこない

    寒々しい情況が

    哀しみを抱えた心情が

    これまで視たことがない

    拭えない頬に接すれば

    そこでも 遠くからでも

    わたしたちは そのことを

    両眼で知ることができる                                        

                                           

    舞い落ちた心

                                           

    古びた映画ポスターが一枚

    壊れたビルの壁に舞う

    昔 そんな消えた街を歩いたことも

    だが 昨日まであった街が

    海の風景に消えている

    そんなことってあるものか!

    でも

    だが

    やはり

    視える世界はどこまでものっぺらぼう

    恐竜が駆け抜けたように

    わたしの位置はぐらぐらと揺れ

    信じられない心が

    土埃に舞い落ちた

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    2011年5月13日 (金)

    桃赤色のツツジはこれから本番へ 日光霧降高原別荘地

    Dscn2069 (ひと足早く咲いている日光霧降高原のツツジ=13日、霧降高原別荘地)

     きょうは早めに晩酌をやろうとしていたが、ブログ「砂時計主義」を訪れる人のキイワードを確認していたら、やたら多いのが「霧降高原  ツツジ」「つつじ 2011」など。私も気になって、日中、撮っていたが、満開までもう少し先だと思えたので、アップしなかった。

     しかし、せっかく、日光霧降高原のツツジを今か今かと関心を寄せている人たちがいるのだから~。そう思い、深夜、あえて、というか、急きょ、載せることに。ただし、見事なツツジはまだ一部。全体的には2、3分咲きといったところだ。

    Dscn2079 (ご近所に咲いている鮮やかな桃色のツツジ=13日、霧降高原別荘地)

    Dscn2072 (見事なのは一部。実際はまだ、こんな状態で満開まであと数日か=13日)

     でも、まぁ、花を愛でるのには、満開よりもその前が風情があるかも。散っていくのをみるより、これから満開へ。春爛漫というより、春爛漫へ。そんな状態が好きなのかもしれない。

     大震災で灯が消えた日光。それが黄金週間で元に戻ったという。だが、民宿やペンションの友人によると、外国人観光客はもちろんだが、国内観光客もたくさんは訪れそうになく、さっぱりの状態。「夏のシーズンまで大変かもしれない」という。それなら、この季節、「絶景」というべき、「ツツジ観光」を。そう促したい。

    Dscn2086 (私の砂時計邸では成長が遅いのか、ツツジもつぼみの状態だ=13日)

    Dscn2075 (ツツジの隠れた名所、霧降高原別荘地、砂時計のところはこの周辺=13日)

     いや、ツツジ観光もそうだが、「新緑観光」を。というのは、霧降高原のどこでも、今は緑でいっぱい。新緑の美しさ、みずみずしさはすがすがしい。秋の紅葉もいいが、新緑の清潔さも魅力だ。

     ツツジ本番はもう少しだが、新緑はもう本番。それもつい1週間前からだ。半月前は葉っぱがこれから背伸びしようとしていた。それがあれよあれよという間に、見事な緑に。自然の生命力を思わずにいられない。ということで、霧降高原の新緑へ、みなさんどうぞ。

    Dscn2071 (砂時計のご近所はこんな感じ。この付近は3分咲きといったところか=13日)

    Dscn2083 (ツツジの満開までもう少し先だが、新緑を楽しむなら今が最高だ=13日、砂時計邸)

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    詩 悪霊退散 悪霊退散   大震災詩(5)・黒川純

    Dscf3153  (岩手・北上の勇壮な民俗芸能「鬼剣舞」=2010年9月、北上市の詩歌文学館)

    詩  悪霊退散 悪霊退散      黒川 純

    悪霊退散

    悪霊退散

    鬼剣舞が桜の花に舞う

    激震した大地を蹴り

    無念の剣をひらめかせる

    古代がめくれあがった大地に

    悲痛の記憶を受け継いだ東北の鬼たち

    その祈りの力強さよ

    今こそ重々しく軽々と

    砂塵を従え縦横に舞え

    怒る大地と海原を鎮めるため

    本堂が瓦礫に横たわり

    風景が涙に揺れる

    陸前高田・金剛寺で

    悪霊退散

    悪霊退散

     ツイッターで幾日か前、つぶやいた140字詩(ツイッターは上限140字まで)20数篇のうち、4篇をきのう、私も会員になっている詩誌「堅香子」(岩手県中心)9号のために郵送した。昨日、詩を手直ししていて、つまり推敲していて、〈この詩の雰囲気はいいな〉と思ったのが、「悪霊退散」。きょう13日、たまたま、友人のエルネスト氏が訪ねてきたので、ベランダで思わず、詩の朗読会に(私が聞いてもらうよう、強制したかも 笑い)。夕方、ついでにきょうのツイッターに流れで再び、その「悪霊退散」をツイート。それならと、改めて、正調の「悪霊退散」を本日のブログ「砂時計主義」にアップすることに(以前「鬼剣舞」でアップしているが、それを手直ししている)。

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    2011年5月12日 (木)

    「福島原発難民」 南相馬市・一詩人の警告(1971年~2011年)

    Dscn2054 (詩人・若松丈太郎さんの痛恨の著『福島原発難民』(コールサック社)

     「わたしたちはいま、計り知れない大きな空間と時間とに及び、そして巨額の経費を要するであろう負の遺産を、後代に生きる人びとに残すことになった。わたしは原子力発電所近傍で生活しながら、その存在に危惧を感じつづけてきて、その思いを詩やエッセイのかたちにして、述べてきた。専門家の傲岸にして、かつ根拠の不確かな科学技術への過信よりも、素人の直感的理解のほうが真実により近いところにまで至りえたということだろうか。しかし、危惧していたことが現実となったということは、当然のことではあるが、けっして嬉しいことではなく、慨嘆に堪えないことであった」(『福島原発難民』・あとがき・若松丈太郎)

     出るべきして出た本。それが『福島原発難民』http://www.coal-sack.com/02/Copy%20of%20index_shinkan3.html#hukusimagenpatuだ。ツイッターでこの本から大事なな箇所を抜き出し、8回にわたってツイート。ようやくブログにのせることができた。この本の意義は、私の知人でもある詩人で、「「コールサック社」代表、鈴木比佐雄さんの以下の解説に尽きる。

     「若松さんの視線はこの四十年間、少しも変わらずに原発を告発し続けてきた。チェルノブイリにも行き、南相馬市と同じ二十五㎞地点はどのような放射能の被害を受けているのかを南相馬市の未来として予言している。また原発従事者の中で詩や短歌を作っている人びとの苦渋に満ちた作品も紹介し、原発が地域住民を取り込みながら被曝者とさせていく悲劇を抉り出している。原発の悲劇を直視して自らも難民となった若松さんの告発・警告の書である」(『福島原発難民』・解説・鈴木比佐雄)

     この数日間のうちにツイッターにのせた8回のうち7回分も以下に。

    福島原発難民』(若松丈太郎)①第二次大戦で戦争という麻薬の中毒患者になったアメリカにいまだ《戦後》が存在しないように、原発というドラッグに冒された立地地域では、二重の意味で《原発以後》なしという状況が形成されつつある

    『福島原発難民』(若松丈太郎)②ひとつめの意味は、つぎつぎと原発を増設しつづけなければ地域経済を維持できない泥沼にはまり込んでいるということ、もうひとつの意味は、原発破綻後には地域そのものが存在し得ない状況が出来(しゅつたい)するだろうということ、である。

    『福島原発難民』(若松丈太郎)③歌人・東海正史(1932~2007)の歌集「原発稼働の陰に」から 被爆者の労務管理糺す吾に圧力掛かる或るところより/原発を誹謗する歌つくるなとおだしき言にこもる圧力/原発疎む歌詠み継ぎて三十余年募る恐怖の捨て所無し

    『福島原発難民』(若松丈太郎)④ 詩人・箱崎満寿雄(1914~1988)の詩「太陽の鳥」部分・・・「安全」を強調しなければならない/それは戦争の始めから終りまで/「勝つ」ことを強調し/「神風」の御幣に呪縛したと同じ重量で/そして反面には、それが嘘と判った時の/虚脱した時の軽さで

    『福島原発難民』(若松丈太郎)⑤1994年にチェルノブイリを訪ねた経験をもとに、連詩「かなしみの土地」を書き、原発難民となった人々の思いを代弁したつもりだった。しかし、そのとき彼らの思いだと思っていたものは現在の自分の思いそのものであるという現実のなかにわたしは置かれいる

    『福島原発難民』(若松丈太郎)⑥  予測が的中することは、一般的にはうれしいという感情につながることが多い。しかし、危惧したことが現実になったいま、わたしの腸は煮えくりかえって、収まることがないのだ。なぜなら、この事態が、天災ではなく、人災であり企業災であるからだ。

    『福島原発難民』(若松丈太郎)⑦  燃えかすや個体は《保管廃棄》される。《保管廃棄》とは奇妙な概念である。ドラム缶に封ずるなどして、保管期間が数百年の、つまりは半永久的な貯蔵である。わたしたちがつくり出した大量の危険なゴミを、数百年後のだれが管理してくれるだろうか

    『福島原発難民』(若松丈太郎)⑧「実体験にもとづくリアリティーがなまなましい」  こんおさむ(南相馬市)の詩「原子力発電所」(部分)  嫌われ反対される原子力発電所/その内での人々は/囚人以上の暗い影を背負い/全てに反対も肯定もなく意志を殺し/黙々と予定内作業を行う

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    2011年5月 9日 (月)

    花と新緑と薪のシュールな世界  日光霧降高原は「緑の季節」に

    Dscn2048 (新緑と薪がベランダで一緒になった「シュール」な?日光霧降高原=9日、砂時計宅)

    Dscn2010 (「砂時計」の庭のナツツバキは葉っぱを最大限に広げ始めた=9日、日光霧降高原)

    Dscn2043(「砂時計」邸のすぐ近くではヤマザクラが白い花を咲かせている=9日)

    Dscn2018_2(我が家の庭にはヤマブキだったかな?黄色い花も咲き始めた=9日)

    Dscn2039(新緑の季節に運び込まれた今冬用の薪の一部 良く燃やすためには、今から乾燥させないいけない=9日、日光霧降高原)

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    2011年5月 8日 (日)

    もうすぐ鮮やかな赤桃色の世界へ  日光霧降高原のツツジたち

    Dscn2007 (大半は開花を待つばかりの日光霧降高原のツツジたち=8日、砂時計のご近所)

     日光霧降高原はツツジの群落が全面開花すると、辺り一帯が鮮やかな赤桃色の世界に切り替る。8日本日現在は、一部が開花したが、全体的には開花に向けて最後の準備中といったところだ。

    Dscn2001 (一部だが、開花が始まった気日光霧降高原のツツジたち=8日)

     「砂時計」の庭のツツジたちも、つぼみを大きく膨らませているが、開花はもう少し先。私の庭もそうだが、別荘やペンションを中心にしたこの地域の道路の両側はツツジでいっぱい。これが一気に開くと、そこはもう桃源郷のようだ(少し大げさか~でも、それくらい魅力的だ)

    Dscn2006 (これらのつぼみが全面開花すると、霧降高原は赤桃色の世界に切り替わる=霧降高原)

     砂時計がブログを始めたのは昨年6月上旬。そのときはもうツツジの季節は終わっていた。ということは、見ごろは5月中旬から下旬ということか。今年はぜひ満開の様子をブログにアップしたい。そのときは砂時計邸でツツジの「花見会」をしたいと思っている。

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    2011年5月 5日 (木)

    「がんばれ東北はもういい」  大震災詩(4)・黒川純

    Dscn1231_3(津波で折れ曲がった道路標識=4月1日、陸前高田市気仙町 砂時計写す)

    「がんばれ東北はもういい」

    「がんばれ東北はもういい」/家畜やペットと別れ/農・水産物も市場に出せない/もうじゅうぶん頑張ってきた/これ以上頑張ってと云わないで/朝日新聞の「声」に届けた/福島の主婦のその思いは/「負けるな」/そっと肩を抱いて欲しい/そう 私も走って行って/寄り添って声を掛けよう/「負けないで」

                                           

    ハート

    ハートのマークが印象的だ/きちんと洗い直したまっ白い軍手/中学校の避難所でいただいた/どこから送ってくれたのか/そこまでわからない/だが/その無償の親切さが身に沁みる/そう云うかのように/泥バスターズの私たちに/その日初めて視た笑顔で/両手で掲げて/泥で埋まっていた/石巻のOさん

                                           

    国民総幸福

    文明はここまでできる/文化はここまでしない/欲望と知恵/豊かさと幸せ/かつてこんな叫びがあった/「くたばれGNP」/大震災がそれを思い出させた/ただし/今回は幸せを求める「GNH」(Gross National Happiness=国民総幸福)へ/ヒマラヤの小国・ブータンの叡智だ

                                           

    鬼剣舞

    悪霊退散/悪霊退散/鬼剣舞が桜の花に舞う/激震した大地を蹴り/無念の剣をひらめかせる/東北の鬼たちの祈りの力強さよ/古代がめくれあがった大地に/悲痛の記憶を受け継いだ鬼たちよ/今こそ重々しく軽々と縦横に舞え/怒る大地と海原を鎮めるために/本堂が崩れ落ちた金剛寺で/岩手陸前高田で

                                           

    その両眼にしかと

    何を伝えたかったのか/大震災ボランティア初体験の若者に/思わず口をついて出た/このときこそ被災地へ/手助けしながら、どんなことが起きたのか/その両眼でしかと焼きつけるべきだ/今ではなく いつか きっと/君たちの未来を指南するだろう/私たちの想像外にある/この豊かな緑の大地と青い海原/その包容力と荒々しさで

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    2011年5月 4日 (水)

    詩人は 詩人は? さらにー  大震災詩(3)・黒川純

    Dscn1262(手前の場所から津波で遠く離れた気仙中へ持っていかれた赤い屋根の民家(写真右上 4月1日、陸前高田市 砂時計写す)

    詩 うたうべきだ

    詩人は/詩人は?/ただ じ っと視ているだけでしょう/視ている ただ 視ているだけ?/晩年の金子光晴がぽつりと言った/茨木のり子はそのときしっくり落ちなかった/後年、ただ じっと視ている人は必要だ/茨木は詩「瞳」にそう書いた/だが、3・11以後の詩人は、さらに手を貸し、寄り添い/うたべきだ

                                           

    詩 だれのもの                                       

    青い地球はだれのもの 青い地球はだれのもの/だれのものか、答えを示さず/ひたすら問いを繰り返す不思議な歌がある/わかっているようでわからない主/輝きであったり、美しさだったり/あるいは宝物だったり/私たちは荒々しく伝えられたのだ/百年先でも払えない授業料で/それが海と土と空のものだと

                                            

    詩 「避難して下さい」

    「避難して下さい」/防災無線で発信を続けた/町庁舎を襲った津波で声の主も行方不明に/その声でどれだけの町民が助かったことか/当人の行方は分からなかった/それが黄金週間に確認された/願いもむなしく彼女の遺体だと/死者・不明1160人余/南三陸の町職員・遠藤未希さん(24)。合掌ー

                                            

    詩 問題外                                      

    想定外ではなく、問題外を問うべきなのだ/古代がめくれあがった大震災も/かつて起きたことであり/千年に一度の大津波もそうなのだ/それを想定外で人智を超えたなんて/逃げ言葉にしか聞こえない/想定から外して問題にしなかった/恣意的に ご都合よく/問題外にしてきたそれを/問題とすべきなのだ

                                            

    詩 消えていた

    なんと返答したらいいのだろうか/帰ってきたら自宅はこつ然と消えている/知人に教えられて知ったのは数日後/はるかかなたに見える中学校近くに乗り上げていた/「えっー、あれが」/「そう」/避難所から毎日、家があったここを訪ねる/それしかほかにやることがない/砂ぼこりが舞う陸前高田だった 

                                            

    詩 1万500㌔先の親類                                      

    1万500キロ先の親類へ/こちらに避難したいという方には市民権を与えます/スペイン・人口約3万人弱のコリアデルリオ市/約400年前、伊達藩の家臣らが海を渡ってつないだきずな/「慶長遣欧使節が縁」と朝日新聞が伝える/「市民権を与えます」という心強さ/そんな遠い街をいつか訪ねたい                                 

                                           

    2011年5月 3日 (火)

    瞳に映った<同胞よ、 同胞たちよー> 大震災詩(2)・黒川純

    Dscn1219 (本堂がぺちゃんこになった金剛寺=4月1日、岩手県陸前高田市、砂時計写す)

    詩 同胞よ、同胞たちよー

     大海原を前にした瓦礫の街に立てば/見渡す限りの平原なのに/私は支えのない球体によろめく悲しいピエロのようだ/どくどくと流れる毛細血管/春まだ浅い東北が/焦点距離を混乱させ/声にならない胸騒ぎを呼びよせた/すると/親たちが語っていたその言葉/それが濡れた瞳に映った/<同胞よ、同胞たちよー>                                                          

    詩 超日常が伝えるもの

    そこは木材たちの死体置き場だ/防潮林だったという無残なマツたちが/見渡す限りの水田に横たわる/海水が浸み渡った乾いた土にはボラたちが/納屋にスコップを入れれば/泥から硬直したフッコやカニたち/あの日/海の生き物たちは境界を超え/獣のような大地へ/その超日常は何を伝えようというのか                                                               

    詩 冷え冷えとした既視感

    既視感が未明に冷え冷えと/醒めた脳髄に押し寄せてくる/一人の女性が何度も生まれ変わって築いた優しい星/永遠の命がその星を見守っていた/みんなの母・女王が故郷・地球に向かったとき/邪悪な細菌に侵された星は大地震と共に滅びていく/手塚治虫「火の鳥・望郷編」/そのSFを超えねばならぬ

    詩 落ちないための第六感

    被災地へ 被災地へ/できることはわずかだと知りながら/手を差し伸べなければと/私が私に命じるのだ/いや/私ではなく 私のDNAが壊れないために/足を向けさせるのだ/たくさんのあなたを哀しませることは/きみが打ちのめされることは/私も深い谷に共に落ちていく/そんな第六感があるからだ

    詩 一分でも遅れていたら

    大勢が避難してきた駐車場から/車を捨て離れようとしていなければ/その判断が1分でも遅れていたら/それでも津波は胸の高さまで/どうやって自宅に辿りつき 2階に逃げ込めたのか/あのとき地獄を見た石巻の専門学校生/「父母は無事だったがー」/「だったがー?」/「大川小に通う甥っ子が・・・」                                                              

    詩 もっこりもっこりと

    津波はもっこりもっこり/まるでスローモーションのよう/高さは20メートルにも思えた/津波がここまで来るとは思っても/納屋の軒下に津波線が残る相馬の農家/ショベルカーで繰り返し泥をかきだし終え/気丈にそのときを語った/24haのうち8haだけは残ったが/潮に浸かった16haは・・・

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    2011年5月 2日 (月)

    凍土から言葉を掘り出せ   大震災詩(1))・黒川純

    Dscn1984 (日光霧降高原はこの時期、いつものように緑の季節へ=2日、砂時計のベランダから)

     日光霧降高原はいよいよ、緑の季節の入り口に立った。一日一日と木々の葉が緑色を増し、葉っぱそのものに育っていく。その写真をアップしたくて、きょうはパチリ。

     といっても、本題は別。昨日に続いて、ツイッターとブログの連携で。昨夜はツイッター(140字制限)で大震災に絡む詩を6篇、つぶやいた、とういうか、つぶやいていた。

     題名はとくに付けずにツイートしたのだが、それをブログ「砂時計主義」へ。詩の題名はこのブログで初めてつけた。いずれも書いた詩の言葉から。大震災小詩篇(1)といったところか。

    そのけなげな表情を

    私は忘れないだろう/哀しみでもない/悲しむでもない/肩を落とすでもない/不満というのでもない/訴ったえるでもない/責任を問うでもない/怒るでもない/頼るわけでもない/でも/私の視点をぐらぐらと揺らし/ざわめきを呼び出し/先が視えない暮らしを/頬を伝わる涙で伝える/そのけなげな表情を

                                                                                            

    凍土から言葉を掘り出せ

    ほんとうのことを語ると/世界が凍ってしまう/ある詩人が書いたことがある/だが/3・11でほんとうのことが噴出し/世界はそのまま凍ってしまったのだ/いや言葉が凍ってしまったのだ/この世界のほんとうのことを/見せられてしまったわたしやあなたは/言葉を掘り出さねばならない/その凍土から                                                                                                                                          

    もともとの根源へ

    私は敬遠していた/嘘っぽい、まじかよ/とても身に着くものじゃない/いや、偽善ではないかとも/羞恥心さえ覚えていた/反論できない倫理というものだから/愛や優しさ、勇気、思いやり/つまりは誠実さってやつに/だが/今はそれが否応にも必要とされる/そのもともとの根源へ/次元を超えた大震災で/私自身も救われるために                                                                                            

    沈黙だけが許される

    舗装が激しくめくられ/意味を失ったプラットホーム/土に埋もれた乾いた鉄路/その先にどこまでも瓦礫、瓦礫、瓦礫/かつてそこにあったのか/傾いたコンクリートが駅舎だという/それでようやく知ることができた/姿を失った市街地はかなり先にある/沈黙だけが許されるだろう/陸前高田竹駒駅

                                             

    差し出して寄り添う

    カッパ姿の背中をさしだす/風呂から、台所から/庭先から、居間から/泥をかきだす泥バスターズ/それでも大潮で再び水浸しに/そこに住むことが 暮らすことが/再びかなうのか 心配なのだが/私たちはそこに手を差し出し/寄り添うのだ/あなたが再び立ち上がれるよう/わたしも歩んでいけるよう

                                            

    海であり土であり空であり

    私たちを想い出せ、忘れるてくれるな/いつもあなたのそばに立っていたのに/知らぬふりをされていた/もうわかっただろうか/しかし/これほどの嘆きを/これほどの哀しみを/今は悔いるしかない/百万匹の弔いをした/青空をふいにふさがれた/これまで呼ばれていた/海であり土であり空であり

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    2011年5月 1日 (日)

    「考える前に飛べ」式のツイッター ようやく「指南書」 東日本大震災(32)

    Dscn1978 (私が1日に買ったツイッターの「指南書」。ツイッターを始めてからほぼ1カ月後だ~)

     「ツイッターなんてやっているヒマはない~」。そんなふうに敬遠していた私だが、ほぼ1カ月前からそのツイッターを始めた。「つぶやき」を大震災のボランティアででうまく生かしている例を知ったため。

     これまでの「つぶやき」は85、「フォローしている」は470、「フォローされている」は225。フォローはタイムラインでどんどん流れていくので、ほとんど追えない。リストつくりがぜひ必要なのだが、いまのところ、不具合でいまいち活用できていない。

     始めたのが突然でもあり、「考える前に飛べ」式のツイッターだったので、この手の指南書は手元になかった(だから、「関連」を知ったのも最近だ~)。その「指南書」を本日、ようやく買い求めた。

     そこにブログとツイッターとの連携というのがあったので、ふと「そうだ、つぶやきを砂時計主義にのせよう」。というわけで、最初、23日~25日のツィートをアップすることに。ツイッターはうまく使うことができれば(あくまで、うまく使いこなせればだが~)、現代の有効な手段だと思う。

    (4月4日) 日光霧降高原の「詩人」黒川純です(ブログは「砂時計主義」)。遅ればせながら、ただいま4月4日夜9時からツイッターを始めました。どうぞ、よろしくお願いいたします。大震災を機にツイッターが生かせればと、思っています。

    (4月23日) 今回の津波は、古代の大地震の記憶を呼び覚ますほどの衝撃であって、つまりこれは近現代の地震じゃない。古語で地震のことを「なゐ」といいますが、その言葉のほうがしっくりくるというか、それこそ古代がめくれ上がるほどの出来事だったんじゃないか(週刊「現代」4月23日号 佐野眞一 その1)

    (4月23日) それこそ古代がめくれ上がるほどの出来事だったんじゃないかというのが僕の見立てです。これからは、あらゆることが「3・11以前」か「3・11以後」かで論じられるんだと思います(「週刊現代」4月23日号 「見えてきたこの国の本性」 佐野眞一 その2・完)

    (4月24日) 「アースディ那須2011」で文化人類学者の辻信一さんが語った言葉で印象的だったのは、大震災に絡め「私たちはさまざまに想定外としてきたが、海と土を想定外にしていたのではなかったか」。私は4月1日に陸前高田市の惨状を確認し、言葉を失った。その理由のひとつがこの「海と土」なのだと。

    (4月24日) これも「アースディ那須2011」での辻信一さん(文化人類学者)の「豊かさな」とは何かで、大事なのはGNPではなく、いかに構えとして豊かに生きるられるか。ブータンのGNH(国民総幸福度指数だったかな)が今、大切になると。かの国は新書で数年前にも紹介されているが、 もう一度、脚光が。

    (4月24日) 「アースディ那須2011」で、会場の声をというので、私も立ち、辺見庸さんが「岩手日報」で、身体から書いていた「愛」「思いやり」「優しさ」「勇気」といった当たり前の(というか、これまで気恥ずかしく、嘘くさい)言葉に内実を与える、そうした行為が自分を生かすためにも必要になるのではと。

    (4月24日) 寝る前に手にしているのが、手塚治虫の「火の鳥」。今は全10巻の4巻目。若いころから親しみ、3回目。手塚さんのライフワークというだけあって、何度読んでもすごい。「命」をめぐる様々な物語に感心しているが、これは大震災で「命」に、向き合わざるを得なくなったことに起因するのだろう。

    (4月25日) 文化人類学者の辻信一さんは、那須であったアースディで「私たちは海と土を想定外にしていたのではないか」と問い、その流れで金子みすゞの有名な童謡「大漁」を挙げた。「濱は祭りの/やうだけど/海の中では/何萬の/鰮のとむらひ/するだらう」。つまりは、こういうことなのだと思わされた。

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