良書「さよなら エルマおばあさん」 災害支援で縁、著者・大塚敦子さんが「森の図書館」に寄贈
(2001年「講談社出版文化賞絵本賞」「小学館児童出版文化賞」を受賞した大塚敦子さんの著書「さよなら エルマおばあさん」2000年8月・小学館)
(エルマおばあさんと著者の大塚敦子さん 「さよなら エルマおばあさん」から)
東京に暮らすフォトジャーナリスト、大塚敦子さんから霧降高原「森の図書館」宛てに著書2冊が贈られてきた。私は災害支援「チーム日光」の一員として、5月下旬に宮城県南三陸町歌津に行ってきた。その際、現地のボランティア拠点、RQ歌津センターでボランティア同士として会っている。
私はRQ歌津センターで「日光霧降高原森の図書館はだれかに読ませたい大切な一冊だけ寄贈を受けています。決してそれ以上の本は求めないのです」と、そこにいたボランティアたちに話した。それに大塚さんが会話に加わり、「どんな種類の本がいいのかしら。私は17冊、本を出していますがー」と。
「それなら、特別にもう一冊ぐらいは寄贈を受けましょうー」(と、もったいぶって?)。私は確か、それに近いことを伝えた覚えがある。2冊の本が贈られてきたのは、それからざっと3週間後だ。
(大塚さんが書いた「わたしの病院、犬がくるの」2009年11月・岩崎書店)
その一冊は「さようなら エルマおばあさん」。多発性骨髄種という血液のガンで85年の生涯を閉じたエルマおばあさんの物語だ。「あとがき」にあたる「エルマおばあさんからの『最後の贈りもの』」で取材の動機を記している。
「もう長く生きられない、ということを知らされたとき、私は、心から敬愛していたエルマおばあさんが、死を見つめながらどのように生きようとするのか、ぜひそばで見届けたいと思いました」
「そして、その最後の日々を写真で記録しておきたいと強く思い、おばあさんにおそるおそる頼んでみたところ、答えはこうでした。『あなたはわたしの孫なんだから、自由に写真を撮ってかまわないわよ。ただし、入れ歯を外した顔だけは撮らないでね』」
(大塚さんが著書2冊とともに「森の図書館」に送ってくれた文面)
エルマおばあさんとの出会いは1997年の夏。撮影を許された大塚さんは、おばあさんが死に近づいた最後の2カ月間、おばあさんの部屋に寝泊りし、介護者のひとりとして、おばあさんが亡くなるまで付き添った、とある。
「その結果、ひとりの人間が、私たちの生きるこの世界から、向こうの世界にどのように足を踏み入れていくものなのかを、ほんのすこしでも見ることができたのではないかと思います」と。
私もすぐに開いてみたが、確かに2001年「講談社出版文化賞絵本賞」「小学館児童出版文化賞」の両賞を受けるに値する良書だ。それと「わたしの病院、犬がくるの」も加えてくれた。同封された文面には「自分にとっての一番特別な著書を2冊お送りします」とあった。
(私が新たに買い求めた大塚さんの「モノとわかれる!生き方の整理整頓」岩波書店)
大塚さんは東京に暮らし、フォトジャーナリストとして、世界を飛び歩いている。私は日光霧降高原暮らし。それが大震災の災害支援の現地のキャンプ地でたまたま知り合い、「口約束」をすることになった。それに快く応じていただいた。これも災害支援が結ぶ縁というものだろう。
著書のプロフィールを見ると、大塚さんは国際紛争報道を経て、アメリカとヨーロッパを舞台に、人を生かす自然や動物との絆、死と向き合う人々の生き方などのテーマに取り組んでいるという。
RQ歌津センターで会った大塚さんは、いかにも凛として現代に生きる芯のある女性、といった雰囲気があった。<そんな彼女はほかにどんな本を書いているのだろうか>。ということで、彼女の著書のひとつ「モノとわかれる!生き方の整理整頓」(2005年5月 岩波書店)を買い求め、読み始めているところだ。
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