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2011年6月 3日 (金)

どれだけ「いい顔」で寄りそえるか 南三陸町災害支援・「チーム日光」(3)・完

Dscn2590フリマをともに盛り上げた「チーム日光」とRQ市民災害救援センターの仲間たち=30日朝、南三陸町

 「チーム日光」が活動の拠点としたのは、RQ市民災害救援センターのRQ歌津センター。略称はRQ=レスキュー(本部・東京)。大震災支援のために3月13日に発足した団体だ。NPO法人日本エコツーリズムセンター(略称エコセン)が中心となり、市民有志で結成されたという。

 岩手では中越地震の際に現地に駆け付けたことがある市民有志らが「ゆいっこ」をいち早く立ち上げた。被害が甚大な陸前高田、大槌など、三陸沿岸の被災者支援にあたっている。も3月末にブログの呼び掛けに応じてくれた日光の仲間の支援物資を積んで岩手に駆けつけた際、その迅速な活動を見聞きしてきた。

Dscn2364 (初日の夕食を終え、小雨の中、テントでくつろぐ「チーム日光」=5月28日夕)

 RQ市民災害救援センターは南三陸町に接する登米市(とめし)にRQ東北現地本部を置き、仙台以北の太平洋側約100㌔のエリアを対象にしているという(今回、南三陸町の災害支援に行くことで初めて知ったのだが~)。

 拠点としては、南三陸町のRQ歌津センター、それにRQ唐桑ボランティアセンター、RQ河北ボランティアセンターの3カ所。それが前線基地なのだろう。期間中、「とめの本部から来ました」と話すボランティア、あるいは「宮城教育大学から来ました」といった何人もの若者たちを知った。

Dscn2369RQ歌津センターの広場でテントを張る「チーム日光」などのボランティア=28日夜)

 私たちは互助組織、結(ゆい)の伝統がある地元の「伊里前契約会」とRQなどとの縁が生まれたことで、ここRQ歌津センターにテントを張ることに。「RQ」のマークが入ったシャツを全員が身につけてボランティア活動をしてきた。

 初日の午後は大半が29日の歌津の被災者を対象にした「フリーフリーマーケット」(今回のブログの第一回に詳細)開催のための支援物資、とくに衣類の仕分け作業に徹した。それを終え、私など数人は前に書いたが、バイオマス燃料の「魚竜湯」につかり、6時過ぎにRQの食事当番が用意した夕食をとった。

Dscn2306 (私もトイレ掃除当番を志願したRQ市民災害救援センター歌津の仮設トイレ)

 毎日夜7時と朝7時にボランティア全員が集まるミーティングがあり、そこで作業報告やあすの予定、作業の振り分けなどが話し合われる。29日の最大の仕事は「フリーフリーマーケット」。そのため、どれくらい人が必要か、それに応じるボランティアは。それらを詰める話し合いが行われた。

 「チーム日光」は天然氷のかき氷、日光珈琲、クッキー、ハンコ屋、人形屋、髪結い、磯焼き、餅つき、森の図書館、笑いネコー、日光のふだんのスキルを生かした無料テントを展開。RQのかなりのボランティアが「チーム日光」の店舗運営に力を貸してくれた。

Dscn2383 (フリマの態勢や手順などについて説明する「チーム日光」の小坂代表=29日朝)

 食事当番もミーティングで決める。さらに朝5時からのトイレ掃除当番も。これには「チーム日光」のイシカワクンが「前回もトイレ当番だったので」と真っ先に手を挙げた。続いて、チナツチャンとミヤタさんの女性陣2人、なので私もぜひ当番に(きれい好きなので~)。29日のトイレ掃除は「チーム日光」の4人でやることになった。

 ふだん夜更かしの私としては、早朝の当番は内心、やや心配だった。だが、どういうわけか、その朝は午前4時50分にパチリ。「午前5時からデイトしよう、トイレ前でね」と、声をかけたチナツチャンらと合流。ほかにRQから「私も手伝う」という志願者が一人。5人態勢でトイレをピカピカに仕上げた(気持がはればれ~)。

Dscn2497 (ボランティアの手できれいにされた被災者の大事な記念写真たち=伊里前小体育館)

 29日は早急に準備を整えるため、ふだんより30分早い午前6時半にはミーティング。小坂代表が態勢を確認。7時台にはもう作業に入った。伊里前小の建物とマイクロバスの間にテントを張る作業では総がかりで。

 準備作業は緊張しながらも和気あいあいで。「組織はゆったりしているが、作業になると、チームワークがありますね」。今回、「チーム日光」に初めて参加したボランティアの弁だ。確かにメンバー同士、ふだんから知っていることもあり、そういう「チーム力」があると思う。

Dscn2493 (海水で汚れた大事な写真のクリーニングのマニュアルはこうだ)

 今回の活動を通じて、北海道や横浜、兵庫県尼崎市からやってきたというボランティアたちと知り合った。29日夜のこと。北海道からという中年男性は「阪神大震災のときは手伝うことができなかったという悔みがあるので」。

 逆に日中、カレーの炊き出しをやっていたという尼崎市の若い女性は「高校生のときに阪神大震災で被災者に。今回は手助けする番だと」。結果的にだが、歌津行きはそうした各地のボランティアたちと話し合えた場にもなった。

Dscn2586(「チーム日光」を見送ってくれたRQ市民災害救援センターのボランティアたち=30日朝)

 それともうひとつ、今回、私は「霧降高原 森の図書館」の出前というか、歌津に図書館を出張させた(最後は贈与)。そろそろ、被災者も本を読みたい時期に入ったのではないか。そんな思いがあったからだ。実際、「そろそろ、本の世界にのめりこみたい」といった声も聞いた。

 結果は、ダンボール箱10箱を持っていったが、週刊誌や絵本などに集中。私が思っていた藤沢周平や司馬遼太郎、池波正太郎などの時代小説はほとんど見向きもされなかった。わずかに筒井康隆のSFが何冊か被災者の手に渡ったぐらいだった。(う~ん、今後に生かしたい)

Dscn2605戻ってきた「チーム日光」をパフォ-マンスで出迎える「巣み家」のサトウさんら=29日夕、東武日光駅前

 いえることは、被災地は瓦礫、いや、漂流物がまだまだ残り、被災者も立ちあがろうとしているが、精神的にはまだつらいものがあることがみてとれる。ボランティアとどこまで接していいのかという微妙な心と、一方で全国の心ある人びとに現状を伝えたいというせつない思いもある。

 さぁ、それをどこまで深く寄りそうことができるか。多くのボランティアたちの課題でもあるだろう。そうそう、最後に印象に残ったことを。つまり、歌津で接したボランティアたちの顔つきがそれこそ、爽快、さわやか、はればれ、つまり~、だれもが「いい顔」をしていたことだ。

Dscn2612帰還の後片付けでガソリンタンクを運んでいた看護師のミヤタさん=29日夕、日光霧降高原)

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