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2011年6月 2日 (木)

高台集団移転に熱込める伊里前の「結」  南三陸町災害支援・「チーム日光」(2)

Dscn2278 (南三陸町歌津の惨状。大震災から2カ月半が過ぎるが、まだまだだ=5月28日)

 「チーム日光」のメンバーを乗せたマイクロバスが棚田が続く山道を走っていくと、突如、緑の谷間にさまざまな瓦礫が。津波は平地だけでなく、ここまで押し寄せていた。5月28日午前10時45分ごろ、日光を午前4時に出て、東北自動車道をひた走り、もうすぐ7時間になる。現地、宮城県南三陸町はすぐ近くだ。その谷間の光景に12人が乗る車内はしばらく沈黙が支配した。

Dscn2298 (5月28日、風景が泪に揺れる南三陸町歌津の海岸近くの現状)

 太平洋に面する南三陸町は5年前、平成の大合併で志津川町と歌津町が合併して生まれた町。今春の時点で、人口約1万7千人強。石巻市や陸前高田市などと共に壊滅的な被害を受けた街のひとつだ。一時は町の半数以上の1万人が行方不明だと報じられたこともある。全国が知るその映像の多くは町役場がある志津川地区だった。

Dscn2282 (何の鋼材がねじ曲がっているのかな?と思ったら、歌津駅近くのレールだった)

 だが、もうひとつの歌津地区も同様にひどい被害だ。JR気仙沼線の歌津駅ちかくで、鋼材がねじ曲がっている光景がその象徴だろう。初めはわからなかった。前回も支援で訪れたメンバーに教えられ、それが津波でやられた鉄路・レールだと知った。直線の代表が鉄路・レールだが、そのイメージはどこにもない。もう2カ月半余になるが、そのまま放置されていたのだ。 

Dscn2313 (津波は高台にある伊里前小の校庭にあった車も流したという=5月28日)

 私たち「チーム日光」(小坂憲正代表 2泊3日組=14人、日帰り組=9人の計23人)が、今回、災害支援をめざしたのは、その歌津地区。そこには江戸中期から続く「結」(ゆい)、地元の住民互助組織「伊里前(いさとまえ)契約会」がある(1693年の発足とされる)。そこには早くからRQ市民災害救援センターが災害支援に入っていた。

Dscn2324 (伊里前小の校歌=同小体育館壁面)

 地元紙・河北新報によると、契約会は歌津・伊里前地区の77戸で構成している。そのうち74戸が津波で壊滅的被害を受け、会員世帯の13人が死亡・行方不明になった。会は被災当初から共有地で集落ごと高台に移転させ、災害に強い集落にする構想を実現させようとしていたという。

Dscn2544 (歌津地区の死亡者・行方不明者を伝える避難所入り口の張り紙)

 契約会によると、今後、高台に500世帯前後の宅地を造成してゆきたい考えだ。現地2日目の29日夜に伊里前契約会長の千葉正海さんら地元の「オヤジ」たちと小坂代表、日光の「オヤジ」の徳さんや私らとで懇親する機会を得たが(とりあえず呑み合うこと~)、いまもその構想に向けて、一歩づつ手を打っていることを力説していた。 

Dscn2280 (「チーム日光」などボランティアたちの手で漂流物が取り除かれた道路ぎわ)

 そうした伊里前契約会の構想に現地に入った小坂代表が大いに共感、契約会やRQとの縁も生まれ、集中的に災害支援に入ることになった。私にしても、「結」の伝統を有するこの地区はぜひ再建をと思うのは同じ。その「チーム日光」は前回、道路沿いの林や橋をおおっていた漂流物などを取り除く作業に精を出した。その林や橋を確認すると、確かにそこだけ、きれいになっていることがよくわかった。 

Dscn2344 (歌津中グラウンドに建てられた応急仮設住宅の案内図)

 メンバーの多くは、28日昼過ぎから伊里前小体育館で地元住民に選んでもらう衣類などの支援物資の整理にあたった。翌29日に地元住民を対象にした「フリーマーケット」が企画されているためだ。夕方、地元住民もボランティアも入浴できるバイオマス燃料で焚く無料の「魚竜湯」に入ることができた。その帰り道で出会った地元の中年女性から「道路ぎわなどがおかげでこんないきれいに」。そんなお礼をされ、恐縮してしまった。

Dscn2350 (仮設住宅ができあがるなどで、少しづつ生活再建の動きも=歌津中グラウンド)

 確かに歌津中グラウンドなどに建てられた真新しい仮設住宅群を見ると、少しづつ新しい生活が始まっているのだな、そうは感じられた。だが、道路沿いはまだまだ漂流物をかぶったままになっているところが、かなりある。海辺となると、なおさらだ。歌津中近くの道路ではツツジが満開となっていた。季節は確実に晩冬から初夏に移ろうとしているのだがー。

Dscn2356 (季節が変わり、仮設住宅そばの道路では、こんな見事なツツジも=5月28日)

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