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2011年7月

2011年7月28日 (木)

「大げさに言えば、生きていけない」 さらに「さようなら原発アクション」へ

Dscn3335_2  (福島県双葉町の反原発同盟員が語ったという言葉=イソヤマ君の手紙から)

 『福島双葉では、反対運動をする人は、大げさに言えば、生きていけない。それほど東電にまるがかえの日常』

 『原発を止められなくて、世界中の人にあやまりたい』

 7月23日、茨城県水戸市であった集会で聞かれた「福島双葉の反原発同盟員の言葉」だという。参加した友人が私に送ってくれた手紙で、こう書いてきた。「大げさに言えば、生きていけない」。想像はしても、実際に会場でそんな情況の言葉を聞かされたら、どんな心情になるのか。

Dscn3339既存原発の計画的廃炉などを求める「さようなら原発 1000万人アクション」

 友人は3・11以前から脱原発の考えでいたという。ただし、反原発の集会に出るのは久しぶり。彼によると、(「・・・そしてフクシマ原発事故。もう原発はいらない!」の集会には?)、150人ほどが参加したという。

 手紙には「さようなら原発 1000万人アクション 脱原発・持続可能で平和な社会をめざして」のチラシも同封されていた。

 「原子力発電所の新規計画を中止し、浜岡をはじめとした、既存の原子力発電所の計画的廃炉を実施することを求めます」「もっとも危険なプルトニュウムを利用する、高速増殖炉『もんじゅ』および核燃料再処理工場を運転せず、廃棄することを求めます」「省エネルギー・自然エネルギーを中心に据えた、エネルギー政策への転換を早急に始めることを求めます」

 この「1000万人署名」(ウェブ署名も)に取り組んでいる。私もすでにウェブ署名とメッセージも書き送っている。東京では、9月19日、明治公園で5万人集会・パレードを行うという。9月17~19日、全国各地でのアクションも呼びかけている。おっと、大事な日付を忘れるところだった。

 管首相の「脱原発方針表明」で、<デモはもうやらなくてもいいかな>。そうも思うようになっていたが、どうも、というか、やはり、揺り戻しが起きている。う~ん、ここは、なんとか、日光でも「アクション」を起こさないといけないかも

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2011年7月27日 (水)

『序説 18号』、書店でも販売へ 最低でも100冊の売上金3割は災害支援へ

Dscn3323 (書店にも並び始めた全共闘世代の詩とエッセイ誌『序説 18号』)

Dscn3315 (とうめん50冊は売上の3割は災害支援グループに寄付する『序説 18号』)

 「東日本大震災・フクシマ原発特集」とした全共闘世代の詩とエッセイ誌『序説 18号』(7月30日発行、131頁、定価1000円+税)が27日から、日光市内の店頭などに並んだ。書店「TSUTAYA 今市店」や霧降高原の観光施設「チロリン村」、みんなの拠点「幾何楽堂」、オーナー三代目のホステル「鳴沢ロッヂ」だ。

 マージンは3割。「チロリン村」では経営者の徳さんが、冊子が売れたら、そのマージンの3割そっくり、災害支援「チーム日光」に寄付するという。そいうことならと、『序説』事務局の私も、私がとりあえず自由にできる100冊ほどの売上の3割は、やはり「チーム日光」に寄付することにした。

 チロリン村の徳さんも私も「チーム日光」の一員。というか、「チロリン村」はメンバーが南三陸町の災害支援に出掛ける際の出発地と帰着地。メンバーを全面的に支えている。お互いに災害支援活動を支える資金が必要なのはよくわかっているためだ。

 今後はさらに旧日光市内の書店や小さなホテル「森の詩(うた)」、ユニークなゲストハウス「巣み家」や「にっこり荘」、トンボ玉体験工房の「エカト」、あるいは土日だけのハーブ茶屋「ソット・ボーチェ」、土曜日だけのバー「カッファ」などにも置いてもらうよう頼むつもりだ(各お店のみなさん、どうでしょう?)

 一方、『序説 18号』を広く知ってもらおうと、本日は新聞社に記事の依頼もした。朝日、毎日、読売、下野、東京の各日光支局・通信部(東京は宇都宮支局)へ。果たして記事にしてもらえるかどうかはわからない(ただ、朝日新聞記者だった私からすると、今ならニュースにすることができる動きだと思っている)。

 このあと、栃木県地域情報でランク一位のブログ『日光「ふぃふぁ山荘」』、いぶし銀のブログ『日光を漂ふ』、「議長」として、しきるのがうまいブログ『日光の親爺の徒然』などにも応援を得ようと思う。各ブロガーのみなさま、よろしくお願いいたします。

 以下が新聞社への依頼文だ。

前略
 私は日光霧降高原に暮らし、一年に一回、発行している全共闘世代同人誌『序説』の事務局を務めている黒川純と申します。今回、7月30日付で『序説 18号』(131頁、創刊1974年)を発刊しました。同人は関東、東京、福島に暮らす12人。そのうち今回は9人が参加。多くが東日本大震災・フクシマ原発について、それぞれの立場からさざまなエッセイを寄せてきました。このため「東日本大震災・フクシマ原発特集」とうたいました。

 ふだんは「頒価」として、非売品にしておりましたが、今回は特集号としたこともあり、「定価」(1000円+税)としました。多くの人たちにも読んでもらえるように、すでに日光市内の書店「TUTAYA 今市店」や霧降高原「チロリン村」、「幾何楽堂」、「鳴沢ロッヂ」に置いてあります。さらに飲食店やペンション、ゲストハウスなどにも置こうと思っています。

 専門家の論考ではなく、市井の職業人たちが大震災をフクシマをどう視ているか、どう考えているか、どう批判しているか、何を問題にしているか、その辺りに発刊の意義があると思っております。私・事務局が直接、売る場合は、売上金の3割を災害支援「チーム日光」に寄付したいと思っております(とりあえず50部ほど)。かなうことならですが、新聞記事などにとりあげていただければ、ありがたいと思っております。

 発行部数は500部。制作は宇都宮市の出版社・随想舎です。事務局の私は、ブログ「砂時計主義」の管理人でもあります。そのブログに『序説 18号』についての記事をアップしております。見本の『序説 18号』とともに、その記事、さらに名刺を同封いたしました。もし、お問い合わせがあるようでしたら、下記にご連絡いただければと思います。草々

2011年7月27日(水)                      
〒321・1421 日光市所野1541の2546
防災士、詩人 黒川純(くろかわ・じゅん、元朝日新聞記者)
電話 0288・25・3348
メール 
qk3y-tmok@asahi-net.or.jp

ブログ    「砂時計主義」
ツイッター  sunadokeiha

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2011年7月26日 (火)

オキナワが近くに!「特集 沖縄の名詩」  月刊詩誌『詩と思想 8月号』

Dscn3305 (月刊詩誌『詩と思想 8月号』表紙。私の友人のデザイナー、長島弘幸君が装丁担当だ

 定期購読している月刊詩誌『詩と思想 8月号』が我が家に届いた。今号の特集は「沖縄の名詩」。沖縄といえば、私の好きな山之口貘。さすが、特集の最初の詩はやはり貘さん。「弾を浴びた島」と「桃の花」。

 沖縄詩人のたくさんの詩に加え、魅力的なエッセイも。「琉球現代詩の課題」、「父・山之口貘」、「『詩の島』の詩人たち~沖縄現代詩の軌跡と特質」、「沖縄の若手詩人」など(これからおいおいと読むのであった)

 でも、とても気になった貘さんの娘さん山之口泉さんの「父・山之口貘」だけはすぐに。『新版 父・山之口貘』(思潮社 2010年刊)からの転載だそうだが、最後の一言がぐ~んと胸にくる。

 「父の死後、九年たって、やっと沖縄は帰ってきた。背中に重い米軍基地をのせたまま。こんな形の返還を、父は望んでいたろうか」。

Dscn3309 (月刊詩誌『詩と思想 8月号』に掲載された私の詩「詩人は 詩人たちは?」)

 それにしても沖縄出身で高村光太郎賞詩人、山之口貘は知っていても、ほかの詩人はとんと縁がなかった。でも、今回の『詩と思想 8月号』で、こんな詩人たちがいたのかと。私の浅学非才のためだが、仕方がない。

 よかったのは(私にとって)、牧港篤三の「村 其の三 他一篇」、新川明の「日本が見える」、清田政信の「辺境」、比嘉加津夫の「流され王<柳田国男の影>」、大城貞俊の「陽気な革命家」、伊波康志の「わたしの魂」、松永朋哉の「この島の赤」・・・。

 これはオキナワを知るにはよい特集だ。といっても、きょうのブログの目的は、私の詩もこの詩誌に掲載されたので、それを紹介することだった。この記事を書きながら、詩誌を読み進めるうちに「沖縄の名詩」に引き込まれてしまった。

 ということで、「沖縄の名詩」は、いずれ紹介することにして、きょうは当初の目的だった私の詩「詩人は 詩人たちは?」をアップすることにしたい。 

詩人は 詩人たちは?

             黒川純

詩人は 詩人は?
ただ じっと視ているだけでしょう?
視ている ただ 視ているだけ?
晩年の金子光晴がぽつりと言った
茨木のり子はそのとき
しっくり落ちなかった
彼女は後年
詩「瞳」に書いた
漆黒の闇にならないよう
あちこちでキラッと光っている大事さから
ただ じっと視ている人は必要だ

じっと視ている
その詩人が必要なのは
3・11以前のことだ
風景が濡れた瞳で揺らめき
ほんとうのことが露わになり
ある詩人の妄想どおり
世界が凍りついたことで
ただ ダダー ダダーと
言葉が金縛りに遭ったとき
金子光晴でいられるか
茨木のり子の思いでいられるか

詩人は 詩人は?
手を差し伸べるだけだ
ただ 差し伸べることだ
私が促すのではない
両脚で大地をしっかり踏み締め
私の心が壊れないよう
私ではない私のだれかが
そう命じるのだ

さらに 詩人は
凍った怒れる大地に
閉じ込められた言葉たちを
泥だらけの軍手で掘り出し
真心を勇気で奮い立たせ
ほんものの愛と優しさを
真っ白く洗い直すべきだ
たくさんの私が打ちのめされないよう
たくさんの私が負けないでいるため
たくさんの私が立ち上がるために
あなたとわたしのお互いを
じっと視ていくために

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2011年7月25日 (月)

「東日本大震災・フクシマ原発特集」 全共闘世代同人誌『序説』18号発刊

Dscn3296発刊日7月30日の全共闘世代同人誌『序説 18号』の表紙

 「東日本大震災・フクシマ原発特集」とうたった『序説 18号』(131頁)を発刊させた(発刊日・7月30日)。私たち全共闘世代の仲間や60年安保世代の元大学教授でつくる同人誌。発行は一年に一回だけ。私、「砂時計主義」が事務局を務めている。

 もともと、同人それぞれが抱えている課題や関心を集め、冊子にしていた。創刊は1974年で、当時、私も仲間も20代の若者だった。それから三十数年。いずれも「中高年」もいいとこだが、私もそうだが、仲間も世の中に対する構えは若い時とほとんど変わらない。

 同人は事務局の私が栃木・日光、ほかに群馬、茨木、東京、福島で暮らしており、職業はさまざま。今回も仲間がそれぞれ書きたいものを寄稿してもらった。フタを開けたら、大半が大震災・フクシマがらみ。なので、「東日本大震災・フクシマ原発特集」とした。Dscn3297 (同人9人から11本の詩、エッセイが寄せられた『序説 18号』の目次)

 特集号としたこともあり、ここ数年は「頒価1000円」としていたが、「定価1000円+税」と、定価をつけることにした。創刊号から12号まではもともと、ずっと「定価」だった。四半世紀の休刊を経て復活させた13号から「頒価」に切り替えた。

 というのも、最近は『序説』そのものを継続させることを主体に考えてきた。当面、仲間と仲間の友人、その友人の友人に手渡せればいいと思っていた。ところが、今回はそうはいかない。

 というのも、寄稿した仲間のエッセイはいずれも、厳しく震災・原発を問いかけている。今や評論誌や専門誌、新書、単行本で震災・原発を問う論考は数多い。Dscn3300 (事務局は日光霧降高原の「砂時計主義」の黒川純。定価1000円+税)

 専門家らの論考はそれはそれでいい。『福島原発メルトダウン』(広瀬隆)、『原発大崩壊』(武田邦彦)、『思想としての3・11』、『福島原発難民』(若松丈太郎)、『特集 東日本大震災』(現代思想5月号)。

 あるいは、『大津波と原発』(内田樹・中沢新一・平川克美)、『ドキュメント 東京電力』(田原総一朗)、『ルポ大津波と日本人』(佐野眞一 ジーツー7号)などが挙げられる(私がこれまで読んだ本だが~)

  これに『原発のウソ』(小出裕章)、『原発労働記』(堀江邦夫)、『放射能と生きる』(武田邦彦)、『原発社会からの離脱』(宮台真司・箱田哲也)、『内部被曝の脅威』(肥田舜太郎・鎌仲ひとみ)、『原発はいらない』(小出裕章)なども挙げられる(私の手元にあるものだが~)Dscn3303 (私、黒川純は35篇からなる「東日本大震災詩篇」を掲載した)

 これに対して、『序説 18号』は、主に関東地方に暮らす職業人たちが、どんなふうに大震災をフクシマを見聞きしたか、考えているか、思っているか、問題にしているか、批判しているか(エッセイや詩で)。いわば「市井」の日本人がどのように震災や原発に向き合っているか、それを示す典型的な発想や見方だろうと思う。

 同人のそれぞれのエッセイは私が言うのもなんだが、あえて、文章にせざるをえなかった重みというか、すごみがある。今号は、そういう特殊なというか、逆にいうと普遍的な内容になっている。それもあり、今回は日光の書店や(書店が応じてくれればだが~)イベント会場などでも売り込もうと思っている。

 発刊には同人たちが均等に資金を出し合っているが、基本的に赤字だ。なので、今回は少しでも資金づくりになればとも思っている(事務局は財政に頭を悩ましている~)。ということで、30日の「日光マルシェ」に出店する古本屋「砂時計主義」でも店頭に。みなさま、よろしくお願いいたします。読み応えがありますよ(と、『序説 18号』の宣伝もさせていただきました~.。問い合わせは事務局の私、黒川純へ)。

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2011年7月24日 (日)

「世界を愛するということ」  森一郎『思想としての3・11』から

「人間は、生物として自然に属して生きており、かつ人工物から成る世界に住んでいる。この二側面は人間にとって等しく根源的だが、どちらが『人間的』かと言えば、それは明らかに後者である。なぜなら、自然にとって人間の存否などどうでもいいが、世界は人間がいなければ意味をなさないからである」(森一郎「世界を愛するということ」『思想としての3・11』)Dscn3263昨夏、我が庭に植え替えた紫陽花が見事に開花した=日光霧降高原)

「自然は世界を圧倒するがゆえに、人間は自分たちが築いた世界を守ろうとする。自然は人間に守られずともビクともしないが、世界は人間に守られなければ滅びる。『自然を守ろう』と叫ぶのは尊大すぎるが、『世界を守ろう』ならまだしも人間の身の丈に合っている」(同)Dscn3259 (7月中旬から次々と開花し、緑の庭で薄青色が印象的な紫陽花)

「『環境』という言葉は玉虫色で混乱の元だが、ドイツ語ではUmweltと言う。この語を逐語的に訳せば、『環境世界』である。つまりこれは『人間の身の回りの世界』のことを意味する」Dscn3265(我が家の階段から眺めたクマザサの中の紫陽花)

「森にしろ川にしろ海にしろ山にしろ、人間がその内を動くのにふさわしく美観を顧慮して整備されているのが、『環境』なのである。それゆえ『自然環境を守ろう』ではなく、『環境世界を守ろう』と言うべきなのだ。自然に翻弄されるしかない生き物が、『自然を守る』などと口走るのはおこがましい。『自然から世界を守る』こそ、正しい用法である」(同)

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2011年7月23日 (土)

学んでよかった救命処置 「防災士」へ向け「普通救命講習」

Dscn3280 (人形で心臓マッサージの方法を覚える講習会参加者=23日、日光市消防本部)

Dscn3278 (心臓マッサージを施し、次に人口呼吸を2回という手順を覚える参加者)

 「防災士」資格を得るのに必ず必要なのが、救命処置などを覚える「普通救命講習」。日光市防災士養成講座は2日、9日、16日と毎週土曜日に、いずれも座学。23日のこの日は待ちに待った実技篇だった。

 講師は日光市消防本部で日々汗をかいている救急隊員3人。初めに「応急手当講習テキスト」で30分ほどの講義。続いて、心臓や呼吸が止まってしまった場合、その場に居合わせた者が救急車が駆けつけるまでにやるべき救命処置篇だ。

 ①まずは現場が救命処置ができる環境にあるかどうかを確認する②続いて反応があるかどうかを知るため、両肩を両手でたたく。最初は小さく、次にほどほど、3回目に大きく。それぞれ「どうしましたか?「大丈夫ですか?」「わかりますか?」など。

 ③反応がない場合、「反応なし」と判断。「だれか来て!、人が倒れています」と助けを求める④協力者がいたら、「あなたは119番で救急車を呼んでください」「あなたはAED(自動体外式除細動器)を持ってきてください」と頼む。

 ⑤自分は倒れている人の喉の奥を広げて空気を肺に通しやすくするため、片手を額に、片手で顎に当てて、頭をのけぞらせる⑥そのうえで呼吸をしているかどうかを知るため、その人の胸を見るように耳の辺りに顔を近づけ、胸や腹の動き、吐く息や呼吸音を確認する

 ⑦その際、「見て」、「聞いて」、「感じて」、四、五、六と声に出してみる。約10秒間、確認しても、確認できない場合は「正常な呼吸なし」と判断する(参加者全員がこの通り、一人ひとり、声を出して演じた)。

Dscn3284 (電気ショックで心臓の動きを取り戻す機器、「AED」を操作する講習会参加者) 

Dscn3288 (防災士養成講座で使われた「AED」・自動体外式除細動器=訓練用)

 いわゆる心臓マッサージ(胸骨圧迫)や人工呼吸(口対口)はこの「正常な呼吸なし」の判断から。心臓マッサージは1分間に100回という速いテンポで30回。胸の真ん中辺りを重ねた両手で「強く、速く、絶え間なく」ということだそうだ。

 その心臓マッサージを30回やったら、人口呼吸を2回。その人の鼻をつまみ、ハンカチなどを通して行った。口を広げ、フーではなく、ハーと大きく。この30・2のサイクルを、救急隊に引き継ぐまで絶え間なく行って欲しいという。

 だが、実際に人形による心臓マッサージをやってみると、1分間100回のテンポで30回というのは、それだけでかなりのエネルギーを使う。絶え間なく行うためには数人が交代でやらないといけないだろう、そう感じたことだった。

 実際、テキストを読んでいたら、「救助者が2人以上いる場合は2分間(5サイクル)程度を目安に交代して絶え間なく続けることが大切です」とあった。

 最後にAED。使い方はいたって簡単だ。AEDのケースから本体を取り出し、電源を入れる。次にその人の衣服をはだけ、「電極パッド」を2カ所(位置は電極パッドに示されている)に装着。貼り付けると、「体に触れないでください」という音声メッセージが流れるので、周りの人を離れさせる。

 このとき自動的に心電図の解析が行われ、電気ショックを加える必要があると、AEDが判断すると、」「電気ショックが必要です」という、音声メッセージが流れる。ショックボタンが点灯していたら、そこでボタンを押す。

 すると、電気ショックが加わり、その人は腕や全身の筋肉が一瞬、けいれんしたようにピクッと動くという(実際に使ったことがないが、たぶん、そうなるのだろう)。ということで休憩をはさみ、約3時間強の講習を受けてきた。これで何かのときはこうした処置にあたろうと思ったことだった。 

Dscn3290 (「普通救命講習」で使われた「応急手当講習テキスト)

Dscn3294 (救命処置講習の参加者に日光市消防本部から手渡された「普通救命講習終了証」)

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2011年7月22日 (金)

悪魔に売った魂を   原発詩(3)

200146_2  (ファウストが悪魔メフィストと魂を売る約束をする「ファウスト」=中央公論新社から転載)

悪魔に売った魂を

                                        

だれにも視えない透き通ったこの災いは

快楽と引き換えに悪魔に魂を売ってしまい

ジパングを追いかけて踏み込んではならない

のたうつ恐竜たちの世界にはまりこんでいった

その無知のつけを契約どおり返されたのだ

言葉巧みなメフィストと契約したとき

顔役も密かに取り返しがつかぬ災いに震え

「もしかしたら悪魔の申し子になるかもしれない」

そう側近たちつぶやいたことがあったが

あちこちの金ぴかの机が狂い踊っていたので

その戒めも黄金色に封じ込められてしまった

悪魔との契約は今や遡って破り棄てねばならぬ

抽象画が触れてはいけぬ危険を意味する前に

三陸の波頭に綱をかけて魂を取り戻しに

                             

悪魔の申し子にナンセンスを申し渡す

戦後の鬼っ子が出番を促されている

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2011年7月21日 (木)

何万年後に伝える危険な神話 原発詩(2)

250pxmoai_rano_raraku (イースター島のモアイ=モアイの制作所 「ウィキペディア」の画像から転載)

危険な神話

遠い遠い何万年か後の列島のある朝

黄色い風がびゅーびゅーと巻き上げる大地に

大騒ぎの末に抑え込んだ放射性廃棄物

半減期2万4千年のプルトニウム239

永遠にゼロにならないそれが姿を現す

完全に封じ込めたはずだと強弁したが

どんなに危険な未来への遺産であるのか

私たちの子孫はわかってくれるだろうか?

日本語はずっと途絶えることはないか?

治す技術や使える資材も伝わっているのか?

そこまで人類は生き続けているのかどうか?

集落の守り神、両眼を失ったモアイたちだけが

海原と大地を視つめて黙って立ち尽くしていた

太平洋に浮かぶ孤島・イースター島

その歴史をもう一度繰り返すのかどうか

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2011年7月20日 (水)

さらに明日へ遡らねばと  原発詩(1)

預かりものなのだ

世界がほんとうに手を差しのべながら

倫理から遠く離れていて続けていることに

狂っているんだろうと舌打ちしている

やればできるという人智をあざ笑うかのように

村人が束になってもいつまでも収束できない

手に余る装置に振り回されるその人たちを

「地底探検」は空想科学小説だったのに

それをそのままミスのない科学だと思い込み

マントルからの大地と海原が大揺れしただけで

私たちの明日の時間とこころも踏み荒らし

息をするものすべてゆっくり墓に持ってゆく

それをおすまし顔でこれからの教えにするという

この世界はご先祖さまの遺産ではなく

わたしたちの子孫からの預かりものなのに

                                                          

「裸の王様」

なんといっても立派な服を着ている

ガラス細工そのものなので危ういが

ほころびることが絶対ないと言ってきた

やり玉に挙げる者は狐がついていると広め

疑り深い奴はタイの尾頭付きでもてなしてきた

黄金色の痩せ細る麻薬も降らせてやっている

海に面した堀の中だから思いのままだ

危険を隠すことも一度や二度ではなかった

王様や家来はそれでうまく押し通してきた

水蒸気爆発の繰り返しで大騒ぎになったが

今だけは大丈夫とオウムのように煙に巻き

今度も大量動員で王様の数字を膨らませた

それもお天道様があぶりだしてしまったので

疑心暗鬼でいた村人にもわかってしまった

それがほんとうの姿だったんだ

「王様は裸だ」

                                                          

さらに明日へ遡る

青々しい今が盛りの奈良の都大路に

タイムトンネルをくぐって遡ることで

大地の微妙な揺れを素足に刻んで

民間気象台で風向きを計っていたんだ

琉球からオキナワ、それが沖縄になったときから

だが、初めての見知らぬ水蒸気が横っ面を殴りつけ

海や空や大地を原子記号でおおいつくしたため

気の遠くなる時を超えた予報を地図に書き込み

危険の伝説をユーカラの鉄の図書館にしないと

それも膝を折った記憶が波にさらわれないよう

そうしないと母の胎内から遡ってきた私が

私を続けてゆく理由がほんものにならない

霧雨を伴った昨日の風にそう教えられたとき

トロイア神話を発掘したシュリーマンに

絵文字で近寄らないでと耳打ちするために

明日に さらに明日に遡らねばと

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2011年7月18日 (月)

流れ着いた海岸の向こうへ 詩人を偲んで・清水昶ノート(4)

「銃眼に火の眼をこめて失速した日を狙う」

「荒れた胸でささくれる怒りを踏みしめ」

「明後日へと深い林を遊撃する」

 いずれも春の終わりに亡くなった詩人・清水昶(あきら)の詩集『少年』(1969年)の「眼と銃口」にある詩句だ。「1969」、世の中は騒乱にあり、学生の反乱が続いていた。その時代の気分を示す語句が随所にみられる。その選ばれた言葉と言葉が紡ぐ空気、というか、気分というかー。学生時代の下宿で読んでいたとき、「ふーむ」と溜息をつきながら、その世界に魅せられた。

 その清水昶について、昨夏、3回にわたって「小論」(実際はノートなので、今回は「清水昶ノート(4)」に)をブログでアップしてきた。その先をどうしようかと、考えているうちに時が過ぎた。ところが、6月1日、ツイッターで実兄の詩人、清水哲男さんが清水昶の訃報を伝えた。「えっ!」と驚いたのは当然。清水昶は私の青春時代のひとつの記憶でもあったからだ。

 そんな気分を『現代詩文庫 清水昶詩集』(思潮社・初版1973年)の解説「喪失の青春」(中嶋夏)がほぼ伝えている。

 「それにしても、読者とは如何に作品の裡に己れの投影と近似値を見出そうと務めているものかー。たとえそれが大いなる幻想、あるいは独断であったとしてもだ。私はこの人の詩に心惹かれる第一の原因も、この人の詩が<判る>という単純な事実に尽きるのかもしれない」

 私自身は中嶋さんのように単純に「判る」わけではない。清水昶の詩は、とくに初期の詩は、茨木のり子さんや山之口貘さんのような詩(読み込めばすんなり入ってくる詩)と違い、膨大な言葉の世界から選び出した材料を縦横に散りばめたうえで、ガラス細工のように組み立てられた迷路のような詩だからだ。

 だから、詩句のひとつひとつに魅せられる一方で、全体が示すイメージを名画のように鑑賞していた。つまり、詩句から立ち上る雰囲気に共感を覚えていた。実際、彼が初期に示した抒情、それも暗い抒情を漂わせた機関銃から吐きだすかのような詩は、<そう、そんな思いでいるー><そのように感じているんだー><そんな言葉が欲しかったのだー>、といったことで受け取っていた。

 ただ、それをさらに読み込んでいる先の中嶋夏さんの解説を読んでみると、その詩の雰囲気に魅せられたわけも、それなりにわかってくる。彼は「眼と銃口」について、こう解説する。「この詩を始めとする彼の初期の詩篇に顕著なのは<喪失の青春>という主題であり、またその地点に決着をつけて改たな地平線を獲得せんとする<未来性>にあったように思われる」。今になって思うと、たぶん、私もそのように受け取っていたのだと思う。

 ということで、敬愛していた詩人・清水昶さん(晩年は居酒屋であびるほど酒を飲んでいた彼の姿を見かけたというが~)の冥福を祈りながら、詩「眼と銃口」(16行)をアップしたい。今晩は清水昶さんを偲んで一杯やることに。

 詩 眼と銃口

           清水昶

熟した未婚から顔をあげるわたしは

奢れる雪に凍えるまぼろしの党員となり

銃眼に火の眼をこめて失速した日を狙う

ゆらめく敵は人間ではなく

人影のようにざわめくかん木の林であり

遠い夏にねばるあなたをおしひらきわたしは

バラや野苺の棘に素足を裂いて

荒れた胸でささくれる怒りを踏みしめ

明後日へと深い森を遊撃する

用心しようわたしも死ぬのだ

水の笑いに老いた父のようにではなく

遊撃をゆるめた脚ではねる鉄の罠に噛まれ

血潮のめぐる空の下あなたの愛を

ナイフのようにわが冷肉につきたてたまま

死ぬならば

神無月の朝に死ぬ

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2011年7月17日 (日)

夏はやっぱりスイカでしょう~ 霧降高原でも31度の夏本番に

Dscn3254 (夏はやっぱりスイカだ~=17日、日光霧降高原の砂時計家)

 さすがに夏本番。クーラーがいらない日光霧降高原の砂時計家だが、本日17日、日中のベランダの温度計は31度を記録した。我が家で30度を越えたのは、今夏初めてかもしれない。ベランダに打ち水をしても、すぐに乾いてしまう。それほど暑い一日だった。

 夜になっても、この暑い空気は収まらず、午後8時でも居間の温度計は28度(盛夏でも、ふだんはせいぜい26度ぐらいなのに)。<こうなったら、もうスイカだ~>。夏真っ盛りなら、もうスイカしかないでしょう。そんな気持で早速、スイカに包丁を入れ、味わったのだった。

Dscn3253 (スイカに味塩、手巻きLEDランタンの3点セット?)

 だれもたいていそうだが、少年時代のスイカは特別だ。スイカ割りは当然としても、くりぬいたスイカで「ちょうちん」(下から釘をさし、そこにローソクを通す)をつくり、お寺のお墓めぐりの肝試しも。ガキ仲間の夏の遊びの定番だった。

 あるいはスイカに目や鼻をつけ、スイカのお面づくりもも。さらには、口に含んだスイカの種をどれだけ遠くに飛ばせるか、その種飛ばし競争なんていうのもやっていた。少年はなんでも遊びにしてしまうのだね。といっても、昭和30年代はおもちゃ遊びはほとんどしなかった(ものがないので、できなかった)。Dscn3256(電池不要の手巻きLEDランタンはただいま砂時計の愛用品)

 そして、月日は流れて2011年夏。今春、お店というお店から電池が消えてしまったため、自衛手段として買い求めたのが、手巻きのLEDランタン。手で巻くことで、電気を起こし、光を放つ。もともとは三陸の災害支援に入る際のテント生活のために求めたものだ。

 このランタンの優れたところは蓄電された電気で携帯電話の充電ができること。さらにいえば、車のシガレットコンセント(というのか?)につないでも充電できる(もちろん家庭用コンセントからも)。野外生活にはとても便利だ。春から秋、ウッドデッキはさまざまに使うので、重宝しています。

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2011年7月14日 (木)

「脱原発宣言」は「安全神話」に否! 国民の怒りを受けた姿勢を評価

Dscn3243 (菅首相の「脱原発宣言」を報じる朝日新聞14日付一面トップ)

 13日の記者会見で「脱原発宣言」をした菅首相について、マスコミやネット世界などで、科学的、技術的、経済的根拠を示せ、退陣を表明した首相がとか、批判がましい報道が目についている。確かに原発を海外に輸出する成長戦略を描いてきたことなどからも、ここにくるまで迷走してはいた。

 だが、「フクシマ原発事故」を受けて、菅首相は、いや、菅さんは「これまで考えていた安全確保の考え方だけでは律することができない技術だと痛感した」と明言。壊れた「原発安全神話」に否を突きつけた。さらに、これまでの政策から「将来は原発がなくてもやっていける社会を実現していく」と、明確に「脱原発」の方針を明らかにした。

 その明確な道筋、方法、日程は、つまり具体的目標は示していない、延命のための人気取りでは・・・。マスコミは、決まり切った疑問を紙面で展開している。あの朝日新聞でさえ、解説でそうしたものを示していない菅さんに「これでは国民がついてこない」と、いわば木を見て森を見ていない記事を載せるありさまだ。

 今回の場合、ものごとを見る発想を変えるべきではないのか。仮に人気取りだとしとしても、かなりの反発や非難も承知で、不安や怯えや心配を伴った「国民の怒り」を意識的に取り込み、あえて脱原発を打ち出した、その点こそ、評価すべきなのだ。

 利権が侵される勢力や策謀を弄する者たちなど、各方面からの揺り戻しは必至だろう。だが、それを承知しつつ、一国のトップが打ち出したエネルギー政策の大転換なのだ。ならばこそ、怒れる市民が監視し、注文をつけ、迷走させないように実現を迫っていくことだ。そうした市民の力もこれから試されることにもなるのではないか。  ツイッターの世界でも知らない人がいたので、首相官邸の公式アカウントで当日の会見内容を伝えたい。 http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg5094.html

 ツイッターの世界では、私と同じような考えの人もかなり見かける。私のつぶやき、あるいはりツィートしたそれらのつぶやきをツイッターからブログへ

 同感(私) RT @miki_kirin 首相が「脱原発」を表明したのは革命的なことだよ。マスコミは取り上げず、政治家は揚げ足を取り、市民は信用しない。これじゃ、脱原発と言う理念は、実現と言う目標までたどり着けない。表明を本物にできるかは、監視して実行させる力が市民にあるかどうかなんだ。

 あの会見で菅は何ひとつ間違ったことを言っていない。それをメディアは揃って非難する。理由は閣内の意志統一ができていない。広く議論をすべきである。具体的方法と科学的根拠が示されていない、だ。首相は、まず理想と未来を国民に提示しなければならないと言っていた、同じ口が言うのだから呆れる。

 原発の海外輸出方針など迷走していた菅首相の「英断」(福島社民党首)について、英BBC電子版は「原発危機が続いていることへの国民の怒りが高まる中での発言」(朝日新聞14日)とある。「人気回復狙い」とも。かなり的をと思うが、そうした、荒技を決断させた声に耳を傾けたところを評価する。(これは私のつぶやき)

 将来は原発がなくてもやっていける社会を実現する」ちょっと泣いた。完璧な人も政党もない。人気とりかもしれない。裏も表も解らねーけど好き嫌いは一先ず置いて、それだけは応援する!この夏も乗り切れるとのその言葉、言えそで言えない当たり前のことをよくぞ言った。あとは曲げずに行こうよ首相。

 革命的な方針転換を明らかにした首相の「脱原発宣言」は一級のニュースなのだが(人気取りだとしても)、栃木県の地元紙「下野新聞」は2番手のカタ。トップは「帯広でメガソーラー実験」。たぶん、ニュース判断について、社内で問題になっていると思うが、上毛や信毎、河北などはどんな扱いに?。(これも私のつぶやき)

 脱原発って、わたしたちがツイッターでつぶやくだけで、どこからともなく粘着なひとがあーだーこーだ絡んでくる世界だよ。政治家が、それもね一国の首相がそれ言うことの大きさが理解できる? 原子力発電に絡むあらゆる利権や勢力に対して、世界と真っ向勝負をするって事を宣言したんだよ。

 「これでは国民はついてこない」?。「脱原発、方法と根拠l示せ」の見出しで朝日新聞科学医療エディター・上田俊英さんの解説記事(14日付)、批判するのはいいが、「ついてこない」という国民の怒りが、そうした判断を促したことに注目すべきだ。ここは大転換を大いに評価し、補強すべき記事を。(これも私のつぶやき)

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2011年7月13日 (水)

うれしい南三陸歌津のコンブ 結・伊里前契約会が災害支援「チーム日光」に

Dscn3212 (南三陸歌津の伊里前契約会の千葉会長が「チーム日光」に贈ってくれたコンブ)

 南三陸歌津に2泊3日で災害支援に出掛けていた「チーム日光」のメンバーは今回8人。帰ってきた彼らを乗せたマイクロバスを13日、出迎えた。初日に小舟を届けた小坂代表とともちゃんを加え、今回は10人。道路ぎわの漂流物撤去が中心だったというが、多くが「機会があればまた参加したい」と意欲的だ。

 メンバー10人のうち、9人はこれまでも何回も現地に行っている経験者。初参加は一人。今回の解散式の恒例の「一言」で「被災地がきれいになっていくのがよくわかる。壊れた車も撤去されていた。もう少しなので、さらに時間をつくって手助けしたい」と、元気に報告していたのが印象的だった。

Dscn3214 (南三陸町歌津の災害支援から帰ってきたばかりの「チーム日光」メンバー=13日、日光)

 今回は南三陸歌津の「結」(ゆい)、伊里前契約会の千葉正海会長から「チーム日光」の小坂代表に地元産のコンブ約15キロが託された。それをともちゃんが小さなビニール袋に仕分け、この日、メンバーに一袋づつ手渡された。これまで参加したメンバーも同様で、私も一袋をいただいた。

 大震災と同時に「親父の教え」から沖合に船を乗り出し、家族は高台に避難させた漁師で江戸時代からの「結」、伊里前契約会の千葉正海会長からいただいた「コンブ」、再建に向かう強い意思の表明と受け止め、大事に味わいたい。千葉さん、ありがとうございました。

Dscn3221 (南三陸町歌津。伊里前契約会のコンブを受け取るメンバーの大島君=13日、日光)

 チーム日光」の次回は確か8月10、11、12日。まだ漂流物撤去作業が残っているが、さらにメンバーによると、現地RQ歌津では、被災した子供たちや親子を励ますイベントを組みたいのだという。「撤去作業の手伝いや音楽会もできる、キャンプファイヤーもあると、楽しいね」。そんなことを語り合った。

 私も今回の南三陸歌津の災害支援に行こうとしたが、「防災士試験」が迫っていたので、見合わせた。今回も参加したメンバーの一人、小林さんは「1カ月に一度は災害支援に行きたいと」。そう、私もそんな思いなので、次回8月10~12日はぜひ参加へ。みんなにも呼びかけよう。「また行こうではないか」。

Dscn3204 (私「トミー」も受け取った伊里前契約会の千葉会長からのコンブ一袋)

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2011年7月12日 (火)

来年の冬まで薪は大丈夫? 盛夏にヤマザクラやカキの原木を次々と搬入

Dscn3196 (砂時計家に積まれた薪ストーブ用のヤマザクラやカキなどの原木=12日、霧降高原)

 夏本番。日光霧降高原の砂時計家でも散水器でウッドデッキに「打ち水」をするほど、夏らしくなってきた。でも、この時期は冬の薪をじっくり乾燥させる機会。砂時計家も風通しの良いデッキの薪小屋で乾燥させている。今夏はひょんなことから今冬の薪ではなく、来年の冬の薪も続々と搬入中だ。

 というのも、数日前に電線に覆いかぶさろうととしていた隣家のヤマザクラ数本を工事会社が伐採。大型のバックホーやチェーンソーであっという間にその大木が薪状態に。聞いてみると、「処分してしまう」というので、その一部を「我が家の薪ストーブ用に」と話し、分けてもらった。

Dscn3199 (ヤマザクラなどの原木や緑のカーテンに囲まれた日光霧降高原の砂時計家=12日)

 我が家の庭に伐採されたヤマザクラなどの原木を積んでおいたところ、本日はブログ仲間でもある「日光を漂ふ」さんが「ウチで伐採したカキの木を届けると伝えておいたが、きょう届けに行くよ」という電話。まだ暑い盛りの午後2時半過ぎに軽トラックで運んできた。

 「実は数日前にヤマザクラを分けてもらったんだ」「うん、それにカシもあるんじゃないの」「そうか、下のやつはカシかね。いい原木だが、これをチェーンソーで切るのが大変なんだよね」「いや、腰は鍛えられるし、楽しんでやらないとね」。などなどと話しながら、ウッドデッキで午後のひと時を過ごしたことだった

Dscn3192 (今年の晩秋から使い始める薪たちは乾燥中=12日、霧降高原)

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2011年7月11日 (月)

背筋が伸び元気が出る若き思想家・佐々木中 驚きの『切りとれ あの祈る手を』

Dscn3180 (彗星のように現れた思想家、佐々木中の評論『切りとれ、あの祈る手を』・河出書房新社)

 「革命の本体、それは文学なのです。暴力など二次的な派生物に過ぎない」。裏表紙にこんな言葉がうたわれている『切りとれ、あの祈る手を <本>と<革命>をめぐる五つの夜話』(河出書房新社・2010年10月初版 同12月5刷)を読んだ。その論理展開の見事なこと、その情熱のまっとうなること、その分析の見事なこと・・・。久しぶりに評論を読んだという思いだ。

 著者・佐々木中(あたる)は1973年生まれ。まだ三十代後半。彗星のごとく現れた若き思想家、その文句が確かに似会う。それほど、突然、現れた正統派の論者という感じだ(知っている人は知っていたのだろうが)

 私はやはり河出書房新社が発刊した『思想としての3・11』で、彼、佐々木中を初めて知った。この本の巻頭文「砕かれた大地に、ひとつの場処を」が魅力的だった。もともとは「紀伊國屋じんぶん大賞2010受賞記念講演「前夜はいま」の記録だという。

 それで急きょ、ネットで注文したのが、この『切りとれ~』。主著は博士論文『夜戦と永遠』。河出書房新社の文庫(上巻・下巻)でも入手可能だが、大冊の主著より先に、主著から2年後に書かれたという『刈りとれ~』に手をつけてみた。

 「白熱の語り下ろし五夜10時間インタビュー」というこの書物の歯ごたえのあること。その一部はツイッターでつぶやいているので、それをブログでも転載してみよう。それもこの本のほんの一部なのだから。それにしても佐々木中の、彼の用法でいえば、いわば命がけの「読み」の「深さ」に感嘆しているところだ。

 私は主著『夜戦と永遠』はこれからだが、この『切りとれ~』を読んだだけでも、主著の内容の豊かさが予想される。早くそれをきちんと読みたいが、とりあえず「背筋が伸び元気が出る」(宇多丸氏推薦文、実際に読んでみて私がそうだった)この本を、ブログ「砂時計主義」を訪ねてくる人たちだけに知らせたいと思い~(笑い)。以下は『切りとれ、あの祈る手を』から。

よろしいですか、テクストを、本を、読み、読み変え、書き変え、-そしておそらくは語り、歌い、踊ること。これが革命の根源であるとすれば、どういうことになるか。どうしてもこうなります。-文学こそが革命の根源である、と。

ルターは文学者でした。言葉の人でした。だからこそ、史上最大の革命家だった。革命が文字的な夢想によって行われるなどということでは全くない。革命は「文学的」なのではありません。違う。断じて違う。文学こそが革命の本体なのです。

革命の本体は暴力ではない。経済的利益でもなければ権力の奪取でもない。テクストの変革こそが革命の本体です。ならば、理論的にはいまだ無血革命が可能な筈です。必ず。

ガタリとネグリが共著において断々呼として「平和とは革命の一状態である」と宣言したのかを。過去の革命がいかに血塗られたものであろうと、革命の本体は暴力でも主権の奪取でもなくテクストの書き換えであるという概念に、いまだ到達していなかったのです。

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2011年7月10日 (日)

やはり魅せられる詩集「金子みすゞ」 森の図書館に詩人・磯山オサム君が寄贈

Dscn3176 (磯山オサム君が「森の図書館」に寄贈してくれた童謡詩集『金子みすゞ』(小学館)Dscn3178 (私の好きな詩 童謡詩人、金子みすゞの「木」(『金子みすゞ』小学館)から)

 「永遠の詩 シリーズ01」の『金子みすゞ』(小学館)を私の友人で、茨城の詩人、磯山オサム君が日光霧降高原「森の図書館」に寄贈してくれた。本日、奥方と一緒に砂時計家に立ち寄って。

 「だれかに読ませたいあなたの大切な一冊の寄贈を」。森の図書館では、そう呼びかけている。それに応えてくれた。それも「3・11」後の今、改めて読まれるべき詩集を。さすがいい本を選んでくれるな、そう思ったことだった。

 「幻の童謡詩人」と呼ばれた金子みすゞは、いまではもうすっかり国民詩人になった。「おさかな」「大漁」「木」「私と小鳥と鈴と」「蜂と神様」「明るい方へ」など、いずれも心に沁みこむ詩だ。それぞれに「私のみすゞさん」があることだろう。

 その中でも今回は「さよなら」を。この本の表紙にもとりあげられているが、確かにいい詩だ。私も読んでいるつもりだったが、これまで読み飛ばしていたかもしれない。彼女を「再発見」した矢崎節夫さんの解説によると、声に出して読むと、見事に絵になって見えるという。「きょうの私にさよならをいう。一度きりの今日の私に」

 ブログ「砂時計主義」を訪ねてきたあなた、あなたも声に出して読んでみてください。私もこのブログを書きながら、声に出して読んでみました。今、夏の夕闇が近づいてきたところなので、さらにその光景が浮かんできました。

 さよなら

               金子みすゞ

降りる子は海に

乗る子は山に。

船はさんばしに、

さんばしは船に。

鐘の音は鐘に、

けむりは町に

町は昼間に、

夕日は空に。

私もしましょ、

さよならしましょ。

きょうの私に

さよならしましょ。

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2011年7月 5日 (火)

全共闘世代同人誌『序説 18号』校了、30日発行 「東日本大震災・フクシマ原発特集」で

Dscn3137 (全共闘世代同人誌『序説 18号』の再校の表紙 表紙画・冨岡弘)

 私が事務局をしている全共闘世代同人誌『序説 18号』(制作・宇都宮市の随想舎)が、ようやく校了した(132頁)。建築家、自営業、公務員、美術家、建築士、都市計画家、フリーライターら関東・東北に暮らす9人が11本のエッセイ・評論・詩を寄稿。大半は震災がらみだったため、「東日本大震災・フクシマ原発特集」とした。

 『序説18号』は「東日本大震災詩篇」「大震災雑感」「僕の3月11日」「表現の周辺  3」「悪いが、ハッキリ言わせてもらいます」「桜とコンクリート」などが震災・原発がらみ。様々な職業にある私たちの思いを示した典型的な詩・エッセイ群だと思う

 同人の一人で、毎回、ユーモアとペーソスにあふれたエッセイ「切れ切れな日常」(今回は(6)」)を寄稿している安齋博君は福島県に暮らしている(私が日光霧降高原の我が家に一時疎開するように勧めたのだが~)。その置かれた痛い状況を「あとがき」でこう書いている。

 「原発の事故の後から、同郷の人たちがどんな話をし続けているかを、ここに書くことはありません。それを書いても意味がないでしょう。不安や焦燥感が分かってもらえそうにはないのです。実を言うと、ちょっと疲れました。そのことで故郷を離れざるを得ない人も出たのです。失った人もあるのです」(中略) 

Dscn3145 (『序説 18号』の総見出し。「大震災」「震災」「3・11」などの表題がつけられている)

 さらにー

 「ただひとつ大事なことは、これまでがそうであったように、これからもひたすら、『希望』とでも言ったものを書き続けていこうと思っているのです。それよりも他に手が見つかりません。思い当たらないのです。それが後日、例え無駄なことだったと言われましょうが、それより他に方法がないのです」

 そうしてー

 「そう思って、もう少しの間、書き続けてみようと考えています。書いたことのほんのひとつでも、もしそれを実現させることが出来たなら、それこそが極上の幸せだと、そう思っているのです」

 『序説18号』は7月30日発行(この日に日光霧降高原の砂時計家で発刊記念総会という飲み会をやる)。年に1回発行し、これまでほとんど「頒価・1000円」として、友人・知人に手渡していた。

 が、今回は「東日本大震災・フクシマ原発特集」とした貴重な内容なので、「定価・本体1000円(税別)」で。もっとも、「小詩篇 夜が明けるのをわすれても」(磯山オサム)や大学退官記念「講義」・「長い後書きのはじまりに代えて」(福澤宗道)や私のミニ評論「自らの分身を彼女は殺したー連合赤軍・永田洋子死刑囚の死」といったものも。

 ということで、今回の『序説 18号』は日光などの書店やイベント会場などにも置いてもらおうと思っている。霧降高原、日光、栃木県、関東,、東北もか?に暮らす関係者のみなさま、発刊の際は、よろしくご協力をお願いいたします(結局、宣伝とお願いになってしまった。う~ん。)

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2011年7月 4日 (月)

大震災で「防災士」へ 日光市の講座に私も受講生の一人に

Dscn3129 (受講にあたり、手渡された日本防災士機構の「防災士教本」)

 「日光市防災士」養成講座の第1回を2日、受講してきた。阪神大震災を機に生まれ、この日の講座「防災士の役割」によると、2003年10月から統一したネーミングが使われることに。今年6月現在、全国に4万4728人が資格を受けているという。日光市は過去2年で108人。3年目の今回は定員の60人が熱心に耳を傾けた。

 講座は7月の毎週土曜日の3日間・12講座(無料)。それを終え、「防災士資格試験」をクリアし、別にAEDなども覚える「普通救命講習」も受ける必要がある。大震災の影響もあり、日光市によると、過去2年よりも応募そのものや問い合わせも増えた。受講者は若者から80歳代まで幅広い。ただ、受講生は男性が圧倒的。女性ももっと応募して欲しかった。

Dscn3132(「防災士養成講座」は日光市役所3階正庁で)

 2日夜、ツイッターで「防災士」をつぶやいている最中に、日光ストーブ兄弟(丸橋兄弟)が我が家に「酒を」と乱入。つぶやきを一時、中断した。「防災士教本」を手にとり「これなら俺たちも受けたい」と。ということで「来年もあるから、ぜひ、防災士養成講座を受けて、防災士になって」と丸橋兄弟に促したことだった。

 初日の「講義」は①「防災士の役割について」(日本防災士会)②「地震に備える」③「火山に備える」(②③とも国土地理院地理地殻活動研究センター)④「栃木県の災害対応について」(栃木県防災課)。午前9時45分からの「オリエンテーション」から。いずれも講義は1時間 合間に15分休み。昼休みをはさみ、15時半まで。

 Dscn3125 (「日光市防災士養成講座」に集まった60人の市民。私もその一人)

 もともと、私は北海道の有珠山爆発、十勝岳噴火、釧路沖地震、さらに岩手・宮城地震や伊東沖群発地震、伊豆半島の台風被害、あるいは大雨被害、雪崩遭難、高速道事故、列車事故やホテル・旅館火災など。災害・事故・事件(捜査本部事件担当は殺人や死体遺棄、汚職、談合など百数十件)の現場を歩いてきた。いわば「災害・事件・事故記者」だった。その記憶が蘇ってきた。

 「防災士」の資格を得たいと思ったのも大震災から。日光市の「姉妹都市」的な相馬の泥バスターズに行ってきたが、「あなたは何ができるか」というアンケートに答えられなかったため(「国立公園大雪山ボランティアレンジャー」というのがあるが、これではね)。「災害支援活動」に一つプラスして、災害・防災に関心を寄せている者ですと言えるようにしたかったためだ。

Dscn3128 (初日の講座のひとつ、「地震・火山と大地の動き 1 地震に備える」)

 さぁ、次回からは「土砂災害」「山地災害」「災害ボランティア」「注意報・警報」「風水害」「防災への取り組み」などの講義が待っている。全講座の3分の1ほどだという(あとは教本で学んでという)。でも、すべて教本で知っても、実際は地域・コミュニティとどう切り結んでいくかだろう。

 と言う前に、講座をきっちり受けて、資格試験をクリアしないといけない。ということで、今月はまじめに「防災士養成講座」に取り組まないといけない。なにしろ「防災士教本」は384ページもあるのだから。

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2011年7月 3日 (日)

ほろほろと震災復興酒 懐かしい日光の古民家酒房「菜音」で

Dscn2982_2 (落ち着いた雰囲気をかもしだす古民家酒房「菜音」の入り口付近)

Dscn2975_2 (古民家をうまく生かしたなんだか懐かしい酒房「菜音」の正面)

 このところ、たてつづけに日光市森友の古民家酒房「菜音」(ザイオン)で飲んでいる。先輩ブログ「日光『ふぃふぁ山荘』」の記事を読んで、<菜音で飲みたいな>。そう思ってから、いずれも数日もおかずに三度も。

 一度目は映画「マイ・バック・ページ」(原作・川本三郎)を観ての帰り。一杯飲まずにはいられなかったため。二度目は「とんぼ玉づくり体験工房・エカト」を日光市内に7月1日オープンさせた「たけちゃん」の激励も兼ねて。

 三度目はつい1日。災害支援「チーム日光」が支援に入っている南三陸町歌津の結(ゆい)「伊里前契約会」の会長・千葉正海さんご夫婦が東京経由で「チーム日光」に会いに訪れてくれたため。 

Dscn2980 (入り口も味のある格子戸の酒房「菜音」)

Dscn3112 (肴がとにかく新鮮。これでは日本酒党にはたまらない)

 この古民家酒房「菜音」はご主人の吉原隆人さんが丸7年前に開店させた(確か7月1日から8年目に)。約1世紀前、明治43年に建てられたしろもので、それを工夫を凝らして改修させてある。

 もともと「菜音」の海産物は震災前から三陸からとっていた。吉原さん自らも現地・石巻に行っていたという。それだけに震災後、ご主人らも「チーム日光」の一員として、南三陸町の災害支援に。

 5月下旬、南三陸町歌津であった「フリーフリーマーケット」では、一日だけだったが、「菜音」の「歌津店?」を開店。被災者たちに美味しい魚やイカの丸焼きなどをふるまい、交流も深めていた。

Dscn2990 (酒房「菜音」と私のお薦めは石巻と気仙沼の「震災復興酒」)

Dscn3110 (これが石巻の震災復興酒「日高見」)

 そんな縁もあり、気軽に入り口をくぐることができる。いや、それもあるが、なんだか懐かしい古民家のたたずまい、店内の雰囲気の良さ、新鮮な海産物、そして美味い酒。日本酒党にはこたえられない。

 なによりもこの店には「震災復興酒」があるのがいい。石巻と気仙沼の日本酒。新鮮な肴に復興酒。一杯、二杯、三杯・・・・。そうなるのも仕方がない(と、自分を納得させる)

 機会とふところ具合を見ながら、また古民家酒房「菜音」へ。というのも、お店は日光でも今市地区。こうしたお店が私が暮らす日光地区にもあれば。そう思っている。それも三陸の海産物を中心にした肴が味わえる、そんな居酒屋が。

Dscn3003 (南三陸町の災害支援にも出掛けている「菜音」の御主人、吉原隆人さん)

Dscn3119 (「エカト」をオープンさせる「たけちゃん」激励会のようす=6月29日、菜音)

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