-そして 再起へー第27回宇都宮空襲展(上) 7日まで中央生涯学習センター
(宇都宮を空襲した米軍の「B-29」 10分の1の模型=空襲展会場)
1945(昭和20)年7月12日、B-29の夜襲で市民620人以上の死者を出し、廃墟と化した「宇都宮空襲」、その惨状を後世に語り継ぎ、「命の尊厳」を基調とする「恒久平和」への強い願いを多くの市民に伝えるためにー。
宇都宮空襲を伝える資料を収集したり、被害市街地の立体模型を作成したり。戦争遺跡をめぐるピースバスを運行するなどもしている「うつのみや平和祈念館をつくる会」(藤田勝春代表)。同会による「宇都宮空襲展」が今夏も5日から、宇都宮中央生涯学習センター(6階、3階)で始まった。7日まで。
(宇都宮に投下された「集束焼夷弾」の実物大模型=空襲展会場)
戦後40年の1985(昭和60)年に初めて開催し、今夏が27回目。テーマは「いのち、くらし、そして 再起へ!」。東日本大震災後の空襲展であり、テーマや呼びかけは「空襲と震災」をクロスさせている。
空襲展のチラシではこううたっている。
「3月11日、-津波の去った”町”の映像に『あの時代』を思い出した年輩の方も多くいらしたのではないでしょうか。もちろん、その原因はまったく違いますが・・・」
「心を残して逝ってしまった多くの犠牲者への思いを秘めつつ、極限の状況から明日に向かって再び起ち上がり、現在に繋げてきた人々の苦闘と営為。今、再度『あの時代』のくらしやこころを振り返り、明日に活かしていきませんか!」。
毎年、この時期に「宇都宮空襲展」をやっていることは知っていたが、いつも終わってから気づき、残念がっていた。今夏はつい数日前に友人で空襲展の世話役をしているサトウシンメイさんから開催を伝える手紙が届いていた。
(昭和20年8月はじめころ 二荒山神社から南を視た宇都宮市街地
ということで、さっそく、日光から宇都宮の初日の会場へ。いきなり、B-29の10分の1の模型にお目にかかった。さらに宇都宮に落とされた集束焼夷弾の実物大の模型、徹底的に破壊された宇都宮の中心市街地の様子などなどー。
会場で1500円で買い求めた『うつのみやの空襲』(宇都宮市教育委員会発行、2001年3月)によると、7月12日の空襲は午後11時19分から翌13日の午前1時39分ごろまでの約2時間20分。
襲ったのは、マリアナ諸島ティニアン西基地にいた第58航空団。宇都宮へ飛び立ったB-29は133機。そのうち故障などで10機が帰還し、実際に空襲したのは115機だという。
問題は落とした焼夷弾の総量。大きな破壊力を伴う「M47焼夷爆弾」は10500個、重量約326トン。親爆弾が38個の小型弾に分かれて落下する「E46集束焼夷弾」が2204個、重量440、8トン。
えっ~。つまりこの7月12~13日に宇都宮に投下された焼夷弾の総量は12、704個、約804トン。集束焼夷弾を小型弾M69の個数に直すと、なんと~約10万個。「この数は当時の宇都宮市の人口にほぼ相当し、一人当たり1個以上の焼夷弾が投下されたことになる」という。
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