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2011年9月

2011年9月29日 (木)

もうこの国は新たな戦場と化しているから 詩人・河津聖恵の世界(16)

Dscn5012_2 (日光で講演する河津聖恵さんの評論「死者にことばをあてがえ」も掲載されている詩誌「詩と思想」10月号)

 定期購読者である私のところにきょう、月刊詩誌『詩と思想』10月号(10月1日発行)が届いた。「特集 東日本大震災ー悲しみをこえてー」と「小特集 萩原朔太郎」が組まれている。

 その「特集 東日本大震災ー・・・」に10月1日午後5時からJR日光駅2階ホワイトルームで講演と朗読をお願いしている京都の詩人、河津聖恵(かわづ・きよえ)さんが、評論「死者にことばをあてがえー詩人辺見庸のことばが触発するもの」を寄稿している。

Dscn5018 (河津さんの評論「死者にことばをあてがえー詩人辺見庸のことばが触発するもの」

 当日、午後5時から始まる最初の約1時間の講演は、その「辺見庸の世界」を軸に展開していただく。その骨格というか、背景になるのが、この『詩と思想』10月号の辺見庸論。くしくも、詩誌が発行される10月1日その日での講演会・朗読会となった。

 1から5で構成されているその評論の5「新たな戦いの始まり」と、6「瓦礫の中からことばを」をの一部を紹介しよう。1日の講演会・朗読会の当日は本人の肉声でこれらの事柄がさらにリアルに語られることだろう。

Dscn5016(相沢正一郎さんが河津聖恵さんを論じた「現代詩人論」。「詩と思想」10月号)

 「しかし戦場の映像の『シミュラークル』(模像、まがいもの)も、もうこれで終わりなのではないか?。あれらの『シミュラークル』さえ私たちから立ち去っていくのではないか?。なぜならば、もうこの国は新たな戦場と化しているから。放射能汚染によって全土が少しずつ、透明な永遠の焦土と化しつつあるから。」( 5 新たな戦いの始まり )

 「今、この歴史の果てで詩を書くこととは、二万を超える死者たちのひとりびとりのくちびると肺に、ことばをあてがうための無限の努力である。三・一一以前のままのことばで書かれる詩は、ことばをあてがうそばから瓦礫と化してしまうはずだ。それでもなお、詩人は瓦礫の中からことばを拾い続けなくてはならない。シジフォスの営為を諦めてはならない。」(6 瓦礫の中からことばを )

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Jr_3

2011年9月27日 (火)

読んでも、聴いてもいい「アヴェ・マリア」 詩人・河津聖恵の世界(15)

かなしみはいっそう深まっている しかし 

世界とともにかなしむー

こんな詩句がある河津さんの透明な詩、「アヴェ・マリア」(詩集『神は外せないイヤホンを』から)。そのBGMとなるスラヴァのなんと美しい声か。そのCDも入手済みですー

以下は本日、ツイッターでつぶやいた「河津聖恵実行委員会」から~。

震災と原発」をテーマにした詩の講演会・朗読会の開会前に響き渡らせるロックバンドCCRの「雨を見たかい」。そのCDもネットもそれぞれ入手。準備OKに。 http://t.co/D3MvBpiN

 講師の河津聖恵さんから当日の講演の資料5枚がすでに事務局にメールで。「辺見庸」さんをメインに「魂の明日」にとって詩とは、言葉とはー。期待できる最前線のスリリングな状況論。ご本人とは午後3時にJR日光駅で。実行委員はぜひ顔合わせに。

 先週中に日光記者クラブの各社に講演・朗読会のチラシは投げこんでいたが、さらにファクスも。下野、毎日、読売、産経、、NHK、栃木テレビ(朝日は28日付栃木マリオン掲載予定)、それに宇都宮の共同、時事、日経、東京、栃木放送、エフエム栃木の12社。

 10月1日夜の懇親会の料理つくり助っ人急募?。1日午前10時~午後2時に霧降高原・砂時計家で。トン汁とおにぎり50個づくり。シラカワ料理長の手助けを。この時間なら、いつでも来訪支援、歓迎しますー(「おでん」は30日夜にシラカワさんが)

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2011年9月25日 (日)

一週間足らずで「魂の明日にとって詩とは」 詩人・河津聖恵の世界(14)

Jr_3

 「10.1河津聖恵」実行委員会(事務局・砂時計)は24日夜、霧降高原の砂時計家で最後の実行委員会を開き、当日の準備や日程、担当を確認した。最初はベランダでやっていたが、この秋一番の冷え込みのため、薪ストーブのある居間へ。この秋、初めて、薪ストーブを焚いて、恒例の?「懇親会」となった。

 実行委員は総勢21人。ただし、仕事や出張、風邪、孫の子守、おめだてなどで実行委員会や当日の会場に顔を出せない事情がある人がそれなりに。このため、「第一セット」の実行委員に加え、この夜、「第二セット」となる実行委員、7人に新たに加わってもらった。

 当夜集まれたのは8人(写すのを忘れていた~)。当日はほかに5人が加わり、総勢13人がそれぞれの担当で裏方に回ることになっている。これまでの前売券・予約券は23人。これに実行委員13人が加わり、36人。さらに招待者が10人。これですでに46人に。

 会場のキャパ(収容能力)は最大でも70人(60人ぐらいがいいかも)。ということで、26日~30日までの残る5日間で、さらに14人(あるいは24人)の前売・予約へと。事前にそこまでチケットがいきわたってしまうと(当日券がなくなる心配がでてくるのだが)
 
 事務局もまだ本格的には乗り出してはいない。本格的には26日の月曜日から。さぁ、「震災と原発」をテーマにした詩の講演会・演題「『ひとりびとりの死者』へ、『「ひとりびとりの生者』」へ」に定員までの詩のファンに集まってほしい。 

 河津さんも自身のブログ「詩空間」で日光の詩の講演会・朗読会について、アップ。ブログ・HP・新聞なとでの周知がさらに加わっていくため、尻上がりに今回の詩の講演会・朗読会が知れ渡っていくことだろう。その河津さんのブログでの「メッセージ」を掲載しよう。

  『3.11の大きな喪失感と危機感は、いまださらに広がり続けています。
詩は、未来の闇に抗うことは出来るでしょうか。
「ひとりびとり」の死者と共に、死者のために、来るべき闇に異議を唱える未知のことばを生みだすことはできるでしょうか。
魂の明日にとって詩とは、ことばとは何かを共に考える時間にしたいと思います。
多くの方の御参集を願っております!
(*「ひとりびとり」は、震災後書かれた辺見庸氏の詩「死者にことばをあてがえ」から。当日の話でも辺見氏の詩に触れます。』

(『』内は河津聖恵さんのブログ「詩空間」から)
 

実行委員の各担当
設営や受付、誘導、警備、音楽、写真、記録、頒布、駐車、頒布、懇親会など
(「懇親会」の担当を加えたため、一部手直し)

当日参加実行委員
①富岡洋一郎 ②巣み家・佐藤さん、③同クミコさん、④ふぃふぁ山荘・辻村マサナリさん⑤松本正敬君⑥孤塚マサヒロさん ⑦阿久津鯨六さん ⑧沼尾健司さん ⑨平木ちさこさん ⑩永野珠美さん ⑪白川アツコさん ⑫大嶋和夫さん ⑬サイクル市場・星野重成君
協力
①磯山オサム君 ②磯山君奥さん(茨城県笠間市)

当日の会場に参加ができない実行委員
⑭鈴木ヨシナリ君 ⑮マサちゃん ⑯小林幹広さん ⑰日光ストーブ・丸橋信也さん ⑱エカト・武井洋子さん ⑲1ちなつちゃん ⑳内藤猛美さん 21吉田屋・吉田和宏さん
 
会場

★受付       =永野さん、白川さん、平木さん、巣み家・クミコさん
★出納長      =巣み家・クミコさん(受付兼任)
★詩集頒布担当  =サイクル市場・星野君、永野さん(受付兼任)
★会場案内・誘導 =孤塚さん 大嶋さん
★音楽・CD     =巣み家・佐藤さん 富岡(事務局兼任)
★写真    =ふぃふぁ山荘
★録音/画像   =松本君
★警戒・警備    =阿久津さん、沼尾さん、(磯山君)
★司会など進行  =事務局・富岡

懇親会
★受付         =孤塚さん、巣み家・佐藤さん
★駐車案内・誘導  =沼尾さん 大嶋さん 阿久津さん
★詩集頒布担当   =星野君 (事務局・富岡)
★写真・記録     =ふぃふぁ山荘
★料理担当G     =白川さん、松本君 星野君(頒布兼任) (ヨシナリ君)

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2011年9月24日 (土)

原発は子孫への犯罪 元東大全共闘議長・山本義隆『福島の原発事故をめぐって』

 Dscn4980(元東大全共闘議長、大佛次郎賞を受けている山本義隆さんが書いた『福島の原発事故をめぐって』)

 まさに今、世に出るべくして発刊された書物だ。脱原発の「バイブル」になってゆくことだろう。その言わんとする指摘や主張は全面的に賛成だ。ことにその的確な引用はありがたい。たくさんの人がぜひ読んでおくべきだろう。

 『磁力と重力の発見』(大佛次郎賞)で知られる元東大全共闘議長、山本義隆さんの『福島の原発事故をめぐって』(みすず書房)。第一刷は今年8月25日だが、私が読んだのは、9月20日の第3刷だ。

(以下はきょう、ツイッターで11回にわたってつぶやいたこの本の内容の一部。岸信介元総理の回顧録は半分ほど追加している)

 「1958年に原子力発電にむけてアクセルを踏んだのは、時の総理大臣で戦前に東条内閣のもとで商工相として戦時統制経済を指導した岸信介で、彼は回顧録で語っている」

 『・・・私は原子力の将来に非常な関心と期待を寄せていた。原子力技術はそれ自体平和利用も兵器としての使用も共に可能である。どちらに用いるかは政策であり国家意志の問題である。日本は国家・国民の意志として原子力を兵器として利用しないことを決めているので、平和利用一本槍であるが、平和利用にせよその技術が進歩するにつれて、兵器としての可能性は自動的に高まってくる。日本は核兵器を持たないが、(核兵器保有の)潜在的可能性を高めることによって、軍縮や核実験禁止問題などについて、国際の場における発言力を高めることが出来る 』(以上、『 』内は岸信介)

 「つまりこの時点では原子力発電(原子炉建設)の真の狙いは、エネルギー需要に対処するというよりは、むしろ日本が核技術を有すること自体、すなわちその気になれば核兵器を作りだしうるという意味で核兵器の潜在的保有国に日本をすることに置かれていた」

 「潜在的核兵器保有国の状態を維持し続け、将来的な核兵器保有の可能性を開けておくことが、つまるところ戦後の日本の支配層に連綿と引きつがれた原子力産業育成の究極の目的であり、原子力発電推進の深層底流であった」

 「とするならば、脱原発・反原発は、同時に脱原爆・反原爆でなければならないと言えよう。・・・核兵器保有の潜在的能力を高めなければならないという岸(信介)の倒錯した論理を、原発とともに過去のものとしなければならないであろう」

 「それでも原発はやめなければならないと思っている。事故のもたらす被害があまりにも大きいだけではない。いずれウラン資源も枯渇するであろう。しかし、その間に、地球の大気と海洋そして大地を放射性物質で汚染し何世代・何十世代後の日本人に、いや人類に、何万年も毒性を失わない大量の廃棄物、そして人の近づくことのできないいくつもの廃炉跡、さらに半径何キロ圏にもわたって人間の生活を拒むことになる事故の跡地、などを残す権利はわれわれにはない。そのようなものを後世に押し付けるということは、端的に子孫にたいする犯罪である」

 「そしてまた、核兵器の所有が大国のしるしであり、核技術の保有が国際社会における発言力を与えるというような大国主義的で倒錯した観念こそが、アジアに緊張をもたらしているのである。そのようなアジアの民衆に背を向けた観念は打ち壊さなければならない」

 「日本人は、ヒロシマとナガサキで被曝しただけではない・・・・この国はまた、大気圏で原爆実験をやったアメリカやかつてのソ連とならんで、大気中に放射性物質を大量に放出した国の仲間入りもしてしまったのである」

 「こうなった以上は、世界中がフクシマの教訓を共有するべく、事故の経過と責任を包み隠さず明らかにし、そのうえで、率先して脱原発社会、脱原爆社会を宣言し、そのモデルを世界に示すべきであろう」

 

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2011年9月22日 (木)

現代によみがえるCCR「雨を見たかい」を  詩人・河津聖恵の世界(13)

Dscn4977(「雨を見たかい」などが録音されているアメリカのロックバンド・CCRの懐かしいLPレコード)

 詩人

                         河津聖恵

Have you ever seen the rain ?

アップテンポのロックの後

あなたの言葉は始まった 〃明るいけれどナパーム弾のうたなんだ〃

地下鉄へ降りる踊り場にあるクラブの超満員の闇の中

一瞬日常は裂かれ キラキラと砕かれた命の雨が降った

(一瞬 私たち会衆を覆う 不可視の傘が消えた)

・・・・・・・・・・・

 全部で23行ある詩「詩人」(詩集『神は外せないイヤホンを』の「30篇」のひとつ)は、こんな書き方で始まっている。「Have you・・・・」は、アメリカのロックバンド「CCR」(1968~1972)のヒット曲「雨を見たかい」。

 私もそういえば、70年代に「CCR」「シカゴ」「ディープ・パープル」に夢中だった時期があった。そのとき「雨を見たかい」の不思議な歌詞に首をかしげながら、テンポの良さに魅せられた。

 いつだったか、歌詞にある「晴れた日に降る雨」がベトナム戦争で米軍が雨あられと落とした「ナパーム弾」のことを皮肉っているということを聞かされた。たまたま、河津さんの「詩人」を読んでいたら、そのことを思い出した。

 さらに「晴れた日に降る雨」は「晴れた日に降る放射能」、あるいは「真夜中に音もなく降る放射能」を思わせる詩句のように感じ始めた。70年代初期、今から40年前の歌詞が再びフクシマ原発でよみがえってきたかのようだ。

 <それなら、河津さんの詩の講演会・朗読会が始まる際などにCCRを>。そう思ってツイッターでつぶやいたら、その河津さんがさっそく反応してくれた。それが21日の以下のようなやりとりだ。

 内容にぴったりです。テンションが落ち着きつつ上がりそうです。RT @sunadokeiha詩人、河津聖恵さんの詩の講演会・朗読会(10月1日午後5時、JR日光駅2階ホワイトルーム)が始まる際に使いたいのがCCRのこの曲だ

 ということがあったので、本日は実行委員のゲストハウスでそんな話題を口にしていたら、「それならネットから入手しようではないか」。それを頼み、さらに私はできればCDが欲しいので、さまざまなレコードが手に入るなじみの今市の古レコード屋「NOW」へ(詩の講演会・朗読会のチラシも置いてもらっている~)。

 すると、ご主人は「CCRのCDは今はないが、数日中には調達できるので、連絡しますよ」。さらに、友人のホステル「鳴沢ロッヂ」に寄ったところ、「エルネスト」が「CCRならLPレコードで。これらだけは処分しないで、今まで大事に持っていたんだ」。すぐに何度も円盤を回し、二人で耳を傾けたことだった。

(以下は「ネット」の「A Day In The Life ~ 懐かしき1曲」での「雨を見たかい」の解説から)

 何となく“晴れた日に降る雨”なんて違和感がありませんか?それもその筈、この曲に出て来る雨、単純に空から降ってくる雨のことでなく“ナパーム弾”を空から降って来る“雨”に喩えてるんですね~泥沼化したベトナム戦争に対しての反戦歌だったわけです。ボクシングの試合でも、「パンチを雨アラレのように浴びせられた」など、数多く“何かが降り注いだり”、“浴びせられたり”する時の喩えで“雨”を使います。この曲は、ベトナム戦争で悲惨で悲劇的な結果が生まれるナパーム弾が使われた事への非難と、もうこれ以上、こういった悲劇が繰り返えされない平和の到来の願いを込めて歌われたわけです・・・その結果、アメリカでは放送禁止になったそうです。

 (ただし、作詞したジョン・フォガティは)1997年、オフィシャル・ウェブサイトで…「このことは、ベイエリアでは他の地区よりもよく起こるんだ。陽が照っているのに雨が、虹と雨粒が降ってくることがある。風が吹くと、雨が金門橋を越えてサンフランシスコ湾に飛ばされて来るんだ。『雨を見たかい』はCCRの崩壊についての歌なんだ。"Have you ever seen the rain coming down, sunny day?" の部分は、sunny dayが黄金時代のクリーデンスを示唆している。しかし、ぼくたちに雨が降り掛かって来るのが見えたということを言っているんだ」(Wikipediaより)

(以下は「ウィキペディア」から)

1971年1月に全米8位にまで上り、日本でも大ヒットした、アメリカのロックバンド、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルによって歌われた「雨を見たかい」の曲中には “Have you ever seen the rain?” という歌詞がある。rainにtheがついていることから、「あなたはこれまでに雨を見たことがありますか」ではなく、「あなたはこれまでに例の雨を見たことがありますか」という意味であるから、この場合 the rain はナパーム弾を指し示した暗喩、この曲はベトナム戦争への批判と考えるのが妥当で、実際にアメリカでは放送禁止処分になった。ただし、後世になって、作詞作曲者ジョン・フォガティ自身は、この「例の雨」について、ナパーム弾ではなく、ベイエリアで有名な、陽が照っているのに降る、虹とともに降る雨のことだと述べている

「震災と原発」に向き合う詩の講演会・朗読会「『ひとりびとりの死者』へ、『ひとりびとりの生者』から」(京都の詩人、河津聖恵の世界) 10月1日(土)午後5時~午後7時、JR日光駅2階ホワイトルーム★前売券・予約 1200円(資料代含む)★当日券・1500円(同)★予約の申し込み・問い合わせはメールまたは携帯で受け付けます メールqk3y-tmok@asahi-net.or.jp 携帯090・5351・3440 (事務局・富岡)。講演会・朗読会終了後、実行委事務局・霧降高原の「砂時計家」で懇親会もあります(参加料2000円)

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2011年9月21日 (水)

しかし 世界とともにかなしむーー 詩人・河津聖恵の世界(12)

Dscn4967 (「アヴェ・マリア」など「30篇」が収められている河津聖恵詩集『神は外せないイヤホンを』思潮社・08年3月)

       アヴェ・マリア

                   河津聖恵

蝉しぐれに翳る朝に 忘れていたアヴェ・マリアを掛ける

それは真夏にも 今ここで私たちをもてなしてくれる雪だ

肩のあたりで私はひんやりひとみを閉じる

カッチーニ グノー シューベルト

遥かな冬 女友達は闇にひざまずき

この雪ふる音階に心をまかせ ひとりの人のために密やかに祈りつづけた

(私が送ったのはポルトガルのファド)

これらの祈りの曲が教えるのは

かなしみは世界から消えないということ

消えないままに

より深い悲しみ 慈悲によって溶かされていくこと

(慈悲の悲とは「悲しみを抜く」意)

心を空にして

譜からでていくやわらかな音符、雪片

私たちが裏声でしかいいつのれないことを

やすやすと歌い当てるスラヴァのハイ・ヴォイス

音楽の蠟燭は尽き 肩のあたりでひんやりとひとみを開く

かなしみはいっそう深まっている しかし

世界とともにかなしむーーー

そんなこともできるかのように 蝉しぐれは曲の冬を継ぎ はげしく優しい

アヴェ・マリア (羅: Ave Maria) は、ラテン語で直訳すると「こんにちは、マリア」または「おめでとう、マリア」を意味する言葉。転じて、この一文にはじまるキリスト教(特にカトリック教会)の聖母マリアへの祈祷を指す。この祈りは教会によって伝えられるが、典礼行為ではなく、私的な信心業として伝わるものである。
この祈祷のための教会音楽や、祈祷文を歌詞にした音楽作品なども意味し、例えばグレゴリオ聖歌の他、ジョスカン・デ・プレ、ビクトリア、グノー(J.S.バッハ《平均律クラヴィーア曲集第1巻》の前奏曲ハ長調を伴奏に借用)やロッシーニのものなど、枚挙にいとまが無い。また、アルカデルトやシューベルトのように、もともと世俗曲でありながら、後世に「アヴェ・マリア」として通用するようになった楽曲も存在する
。(「ウイキペディア」から)

(以下はネット上にあった「アヴェ・マリア」の訳詩)

Ave Maria アヴェ・マリア

おめでとう、マリア、恩寵に満ちた方、

主はあなたとともにおられる、

女性のうちで祝福された方、

そしてあなたのお腹の子、イエスも祝福されている。

聖なるマリア、神の御母、

罪人なる我らのために祈りたまえ、

今も、我らの死の時も。アーメン

「震災と原発」に向き合う詩の講演会・朗読会「『ひとりびとりの死者』へ、『ひとりびとりの生者』から」(京都の詩人、河津聖恵の世界) 10月1日(土)午後5時~午後7時、JR日光駅2階ホワイトルーム★前売券・予約 1200円(資料代含む)★当日券・1500円(同)★予約の申し込み・問い合わせはメールまたは携帯で受け付けます メールqk3y-tmok@asahi-net.or.jp 携帯090・5351・3440 (事務局・富岡)。講演会・朗読会終了後、実行委事務局・霧降高原の「砂時計家」で懇親会もあります(参加料2000円)

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2011年9月20日 (火)

災害支援チーム「日光」」の活動資金に1万円 同人誌『序説の会』が寄付

Dscn4940 (同人誌グループ「序説の会」が災害支援「チーム日光」に贈った10000円の領収書)

 「東日本大震災・フクシマ原発特集」を組んだ同人誌『序説 第18号』(一冊・定価1000円+税)は7月30日の発刊以来、日光市内のTSTAYA今市書店や観光施設、ペンション、ゲストハウス、珈琲店、ホステル、がらす玉工房などで販売していたが、このほど外部委託での販売を終えた。販売冊数は9月中旬までに計53冊だった。  

 事務局が販売した場合、一冊に付き、300円は災害支援「チーム日光」の災害ボランティア活動資金に回すということを決めていた(大半の各店も一冊300円のマージンを災害支援に回すという)。その結果、この間の販売で事務局からは1万円を災害支援に回す売り上げとなった。その1万円を17日、災害支援「チーム日光」の代表、小坂憲正さんに手渡すことができた。

 改めて『序説第18号』の販売に協力していただいた各店や買い求めていただいたみなさんに、「序説の会」として、感謝を申し上げますと、同時に『序説第18号』は引き続き~、事務局の砂時計家(黒川純)では取り扱っていることも、お伝えしておきます(今後も一冊に付き300円は災害支援「チーム日光」へ)。

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 『序説第18号』は定価1000円+税。問い合わせは「序説」編集委員会事務局 日光市霧降高原 黒川純 0288・25・3348  qk3y-tmok@asahi-net.or.jp

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2011年9月18日 (日)

新たな共同体を模索すべき時が来たのだ  詩人・河津聖恵の世界(11)

Dscn4937 (河津聖恵さんが「闇の中でなお美しい言葉の虹」という辺見庸のエッセイ集『水の透視画法』共同通信社)

 とてつもなく重く考えさせられるエッセイ群。それがジャーナリストで詩人、芥川賞作家でもある辺見庸の『水の透視画法』(共同通信社、2011年6月)だ。『反逆する風景』『独航記』『いま、抗暴のときに』『単独発言』など、発売と同時に求めてきたが、その鋭く胸に突き刺さる言葉の海にいつも溺れそうになっていた。

 辺見庸の言葉をそのまま読むには、よほどの勇気がいる。強いオーラに目を焼かれてしまいかねないからだ。確か、そんな会話を私の先輩で、剛腕記者を絵に描いたような増子義久さん(現・岩手県花巻市議)と話し合ったことを思い出す。そんな辺見さんの最新刊のエッセイ集、やはり、真正面から「世界」を、「現在」をえぐりとっている。

 「・・・なすべき内面的省察をしなくなった詩や思想。テクノロジーの発展にぴったり並行して内観がどんどん阻碍され、実存それじたいがむなしくかんじられてしかたがないいまは、世界大戦期およびその前後もふくめ、史上もっとも貧寒とした空洞の時代なのではないか。そこには<世界は見えないものはない>という、万物可視幻想がまるで信仰のように、いや、うすっぺらい宗教そのものとして生きている。だが、われわれにいまなにが見えているというのか」(「おとしめあう世界 動乱と詩集について」

 そして、以前にもこのブログで少し紹介した大震災直後に発表されたエッセイ、「非情無比にして壮厳なるもの 日常の崩壊と新たな未来」。そこで、私たちに問いかけながら指し示すそのことば。

 「愛や誠実、やさしさはこれまで、安寧のなかの余裕としてそれなりに演じられてきたかもしれない。けれども、見たこともないカオスのなかにいまとつぜんに放りだされた素裸の『個』が、愛や誠実ややさしさをほんとうに実践できるのか。これまでの余裕のなかではなく、非常事態下、絶対的困窮下で、愛や誠実の実現がはたして可能なのか」

 私自身がかみしめて反芻してきたその指摘に河津さんも鋭く反応。ツイッターはもちろん、ブログ、さらに書評でもとりあげている。なかでも、「非情無比御にして壮厳なるもの」に注目。「・・・ただふるえるぼかりの被災者の群れ、貧者と弱者たちに、みずからのものをあたえ、ともに生きることができるのか」、その問いにこう語る。

 この切実な問いかけに対し、「生きることができる」あるいは「生きねばならない」と一人一人が応答し、新たな共同体を模索すべき時が来たのだ

以下は『水の透視画法』についての河津さんの書評(全文)。河津さんのブログ「詩空間」から。

朝鮮新報文化面書評(7月20日付)

闇の中でなお美しい言葉の虹──辺見庸『水の透視画法』


                                                                 河津聖恵
 
 本書に収められたエッセイの大部分は、2008年から2011年まで共同通信社配信で全国各紙に掲載されたもの。折々の時事的な話題や日常に触発され書かれた。著者の言葉には固有の鋭敏な論理と深い響きがあり、読む者が今抱える言葉にならない闇に巧みに微光を当て、言語化のためのヒントを与えてくれる。この本は今言葉と最も誠実に向き合う書き手による、「わたしという、よるべないひとりのこころが、読者という、よるべないひとりのこころに、か細い橋をかける行為」の結実である。
 今二つの闇がせめぎあう。一つは、資本の非倫理的な力がうすっぺらな悪を蔓延させる、透明で虚無的な闇。もう一つはこの世の奥から暗い川のようにひそかに流れ込む、いのちの闇。私たちが今生きる世界は、前者が席巻するかに見えて、じつは後者にこそ凝視されている。著者の筆致はそのせめぎあいの脈動を伝える。著者の世界への絶望感は深い。だが言葉を差し入れられ、闇は各所でヒカリゴケのように未知の希望を孕み光り出すのだ。
 著者の世界や社会についての認識は、まっとうで鋭い。「この世界では資本という『虚』が、道義や公正、誠実といった『実』の価値をせせら笑い、泥足で踏みにじっている。そのような倒錯的世界にまっとうな情理などそだつわけがないだろう。なかんずく、実需がないのにただ金もうけのためにのみ各国の実体経済を食いあらし、結果、億万の貧者と破産者を生んでいる投機ファンドの暴力。それこそが世界規模の通り魔ではないのか」。秋葉原事件の〝真犯人〟は、「眼鏡をかけたあの青白くやせた青年」ではない。彼の犯罪はじつは狂った世界で「起きるべくして起きた人間身体の〝発作〟」なのだ。
 加害者と被害者、善と悪の区別もなく、人間の想像を超えて自走する世界。この世界で傷ついた者たちが、各所で再び身を起こし呻く。「大恐慌、きますか。きたら、ガラガラポンですよね」と吐きすて、ペットの死骸を入れた箱をさするプレカリアートの青年。「半端ねえ。まじ、半端ねえよな……」と「蟹工船」を読んだ感想を慨嘆する学生。赤ん坊の手に感動し、「痛覚が静かによみがえるのを感じて泣いた」新聞記者。生死の汽水域に孤独な眼を深くして佇む母。吐く男をさする異国の青年、いまだ祖国へ深い愛を表現する老共産主義者、すさみのない眼の死刑囚、清掃業の面接を受けるけなげな老女、熱中症で死んだ貧しい老人──。
 一方、かれらを高みから押しつぶそうとする者たちの力はますます強い。「理想主義と現実主義の自己断裂」のような眼の翳りを見せるオバマ大統領、食人的関係を強いる資本家、倨傲の塔を建てる富者、今もひそむ天皇制ファシズムの亡霊、バナナの叩き売りに似た元総理が象徴する日本の腐敗した権力、画一的なエコ運動に走る人々、そして「在日コリアンいじめに手をかすような〝朝鮮学校は対象外〟の方針」を打ち出した民主党政権──。弱者たちはまさにあとひとひねりのようだ。
 しかし三月十一日、日常は崩壊した。故郷の喪失を目の当たりにして著者は綴る。「けれども、見たこともないカオスのなかにいまとつぜんに放りだされた素裸の『個』が、愛や誠実ややさしさをほんとうに実践できるのか。(…)家もない、食料もない、ただふるえるばかりの被災者の群れ、貧者と弱者たちに、みずからのものをわけあたえ、ともに生きることができるのか」。この切実な問いかけに対し、「生きることができる」あるいは「生きねばならない」と一人一人が応答し、新たな共同体を模索すべき時が来たのだ。
 ずっしりと量感のある一冊が響かせるのは、言葉から見放されるな、世界と「膚接」し、「パルレシア」(率直に真実を語ること)を実践せよというメッセージだ。それは、悲惨な世界越しに私達の魂へまっすぐ架けられた、闇の中でなお美しい言葉の虹である。

「震災と原発」に向き合う詩の講演会・朗読会(河津聖恵の世界)

「ひとりびとりの死者」へ、「ひとりびとりの生者」から

10月1日(土)午後5時~7時 JR日光駅2階ホワイトルーム

★前売券・予約 1200円(資料代含む)★当日券・1500円(同)★予約の申し込み・問い合わせはメールまたは携帯で受け付けます メールqk3y-tmok@asahi-net.or.jp 携帯090・5351・3440 (事務局・富岡)。講演会・朗読会終了後、事務局の「砂時計家」で懇親会もあります(参加料2000円)

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2011年9月16日 (金)

今回が「脱原発集会・デモデビュー」  詩人・河津聖恵の世界(10)

Image1527脱原発に関するかぎりは
問題の核心はもはや生命の危機にあるのだから
集団として「けもの」として恐怖の声を上げることは間違っていない。
集団のために個が抑圧されるというよりも
個の生存のために集団の力を借りるということになるのですから(河津聖恵ブログ「詩空間」から)

 河津さんは早くからフクシマ原発について、ツイッターやブログで脱原発の立場から発言している。『福島原発メルトダウン』(広瀬隆、朝日新書)や『見えない恐怖 放射線内部被曝』(松井英介、旬報社)などは書評でもとりあげている。その書の価値を評価する河津さんの論評から、私もすぐに両書を買い求めたほどだ。

 そして7月中旬の川津さんは自身のブログ「詩空間」で脱原発を説くエッセイを転載しながら、その思いを書いている。

『「7月8日京都新聞朝刊「私論公論」」 「福島原発事故──原子力制御は思い上がり」

 一週間前に掲載された論説ですが、とても説得力のある筆致の文章でしたので、転載致します。「刹那的利己的なエネルギー多消費に東縛される文明観からの自己解放が課題となっている」。たしかに今、政治の動きを見ていると、原発からの脱却が、この国ならではの保守性のために、いかに難しいかを思い知らされます。脱原発は「自己解放」だからです。他人を解放するより、自分を解放することはたしかに困難です。しかしだからこそ私たち自身が今やらなくては、子々孫々に絶望を積み重ねることになるのです』

Dscn4893 (川津さんに触発されて読んだ「福島原発メルトダウン」などの私の「原発関連本」)

 ツイッターなどでのツィートだけを読んでいると、「さぞや学生時代も勇ましかったのだろうな~」、そう私は思っていた。しかし、現代詩文庫『川津聖恵詩集』を開いていたら、予想外にもっと内省的?なひとであることがわかった。

 同書で自身の生い立ちなどにも触れてあるエッセイ「吐息」にこうある。

「ある日構内でふと『世界観』という雑誌を手渡された。脳の絵の描かれた青刷りコピーの表紙に描かれたその言葉は、まさしく『異語』だった。その『異語』につられ、『唯物論研究会』というサークルに足を踏み入れた。だがそこでも私は思想というより、ただ硬質な言葉に触れてみたかったのだ。専攻はドイツ文学を選んだが、それもドイツ語というものの『言葉の硬質さ』に惹かれてだった。結局学生運動的なものには深くは関わらなかった。夜中に大学の地下で印刷したビラを、門前で軽く配った程度。やがて・・・・」

 実際、みんなでなにかを「同調してやることは大嫌い」というほどだから、デモなどは好きではないのだろう。でも、その川津さんにしても、9月10日、ついに脱原発集会、脱原発デモに。「公園デビュー」ならぬ「脱原発集会デモ・デビュー」なのだという。

 川津さんはツイッターで初めて脱原発デモに参加したことを報告。私は思わず「ごくろうさま」と言いそうになった。そのことを書いたブログで、「なるほど~」と思ったのがこれ。「『けもの』として恐怖の声を上げることは間違っていない」。そう、いまや脱原発は人類が「けもの」として排除しなければならないそのもの。私もそう思っているから、素直にうなづけたことだった。

 以下は河津さんのブログ「詩空間」から。後半の最後を除くほぼ大半だ。

昨日、脱原発を求める集会とデモ(9.10原発NO!京都府民大集会)に参加しました
京都・円山音楽堂に2600名が参集しました。
昨日10日と今日11日の二日間、政党が市民運動と連帯して行うという形のもの。
政党の動員力もあったとはいえ、これだけの数の集会とデモはまさに圧巻でした。
                                                         
じつはそもそも私は皆で何かを同調してやることが大嫌い。
脱原発に関してもつよく願いこそすれ
実際デモや集会に出向くことにはこれまでずっと抵抗がありました。
しかし一方何とかしなければ、という気持も募っていました。
とりわけ新政権になってから原発問題が急に下火になってしまったようにも思え
この集会の美しいチラシもずっと壁に貼っていてどうしようかと迷っていました。
そんな時、最近入会した地域の九条の会のKさんから昨日たまたま誘われ
よし、行こう、と背中を押されたのでした。 脱原発集会・デモデビューです。

集会はちょうど日盛りに始まりました。
会がたけなわになるにつれ頭上から照りつける陽射しもきつくなりました。
しかし一時間半、集会から立ちあがって出ていく人もおらず、
会場全体の空気が終始真剣だったのには驚きです。

メガバンクやメーカーも責任を取れ!と胸のつかえが取れるような声で叫んだ議員、
農業という仕事を奪われ、何をしたらいいのかと訴える福島の農家の女性、
福島県の深刻な教師不足の実情を報告する教師、
また京都府全体がその80キロ圏に入る、「原発銀座」を抱える福井県からの連帯の発言、
その福井原発の事故を心配する京都北部の人々の不安の声々・・・

集会後、四条河原町を経由して京都市役所までをデモ行進しました。
2600名の長蛇の列とシュプレヒコールは
周囲に相当なインパクトがあったと実感します。
多くの通行人が歩道からじっと見ていました。
そんなにじっと見ているならば加わればいいのに、とさえ思うほど。

集団行動の大嫌いな私ですが
「危険な原発の再稼働は許さないぞ」等のシュプレヒコールを   
いつしかおのずとあげていました。
なぜでしょうか。
それは恐らく集団の一人として加わっているうちに
動物的な恐怖を触発されたからだと思います。
自分がいかに原発に恐怖しているのかを実感しました。
同じ意図を持って集まった集団の磁力のようなもので恐怖を引き出されたのです。

恐らく人は集団となるとき「けもの」の怒りと恐れを引き出される。
集団というものが目ざめさせる動物的な本能によって
ひとは時に間違った方向に行くこともあるだろうけれど
脱原発に関するかぎりは
問題の核心はもはや生命の危機にあるのだから
集団として「けもの」として恐怖の声を上げることは間違っていない。
集団のために個が抑圧されるというよりも
個の生存のために集団の力を借りるということになるのですから』

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2011年9月14日 (水)

ひとりびとりが「震災と原発」に向き合う空間へ  詩人・河津聖恵の世界(9)

Dscn4878 (「震災と原発」に向き合う京都の詩人、川津聖恵さんの詩の講演会・朗読会のチラシ兼ポスター。10月1日夕、JR日光駅2階ホワイトルームで)

Dscn4876_2  (主催・河津聖恵実行委員会、後援・霧降高原「森の図書館」 協力・霧降高原チロリン村、小さなホテル・森のうた、とんぼ玉工房・エカト、ゲストハウス・巣み家)

Dscn4881 (チラシの裏面は会場周辺「駐車場マップ」と懇親会場・砂時計家への霧降高原マップ)

Dscn4883 (会場がJR日光駅なのと、混雑する秋の観光シーズンなので、なるべくなら公共交通で~、クリックすると写真が大きくなります)

Dscn4884 (地図では遠そうに思えるが、JR日光駅から車で7分ほどの霧降高原・砂時計家、入場券の申し込み・問い合わせも、実行委事務局の砂時計家・黒川純=富岡洋一郎へ。クリックすると、写真が大きくなります)

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2011年9月13日 (火)

ウッドデッキの半分強に透明な屋根  日光霧降高原の砂時計家で

Dscn4807_2  (完成した砂時計家のウッドデッキのポリカ透明屋根とこうちゃん)

Dscn4553(第六期工事の中盤戦~=10日、日光霧降高原)

Dscn4791 (完成直前のプロたちの作業状況=12日、日光霧降高原)

Dscn4815 (実際に雨が降ったらどうなるか?と、みっちゃんが散水器で「雨」を~)

Dscn4819 (すると、「雨のカーテン」ができた~)

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2011年9月11日 (日)

「大震災」に向き合う詩の講演・朗読会の周知は12日から 詩人・河津聖恵の世界(8)

Dscn4780_2  (12日から発売する予定の「10・1 詩人の講演会・朗読会」の入場券)

(1)

 10月1日(土)夕、JR日光駅2階ホワイトルームで「震災と原発」をテーマに、京都のH氏賞詩人、河津聖恵さんの詩の講演会・朗読会(実行委主催、霧降高原「森の図書館」後援)を開く。12日から周知していくが、大震災の「瓦礫」の中から新たなほんとうの詩を生みださねば。その講演・朗読は震災後の社会も鋭く問う日本の詩の「最前線」となるだろう。

(2)

 「震災と原発」に向き合う詩の講演会・朗読会のチラシが完成した。12日夜、霧降高原・幾何楽堂である毎月恒例の「観月祭」(みつきさい)から周知を開始、前売販売も。近くネット予約も。入場券(前売・予約1200円、当日券1500円)も同時に完成した(チラシ、入場券づくりは、とんぼ玉工房・エカトが一手に引き受けてくれた)。

Dscn4562 (当日用に版元経由で実行委に送られてきた現代詩文庫「河津聖恵詩集」10冊)

(3)

 詩の講演会・朗読会の講師である河津聖恵さんに、「実行委に著書の送付を」とお願いしていた。その著書である詩論と詩集の3冊(計20冊)が宅急便できょう日光霧降高原に届いた。

(4)

 現代詩文庫「河津聖恵詩集」10冊を、河津さんの依頼を受けた版元の「思潮社」が宅急便で霧降高原の砂時計家へ送付。10・1の同夜、砂時計家で開く懇親会で(会場でも求めがあれば~)詩のファンらに求めてもらうためだ。。

Dscn4775 (実行委事務局の依頼を受けて河津さんから霧降高原に送付されてきた三冊の著書)

(5)

 詩の講演会・朗読会について、チロリン村の氷屋・徳次郎さんの好意で、同村所有のマイク。音響などの機材を借りられることに。音響のセットも同村の「なるちゃん」」が快諾。彼はもともとは音響専門家なので、頼もしい協力が。当日は午後3時から音響セットへと(JR日光駅の会場は午後3時から借りています)

(6)

 入場券販売は12日夜、幾何楽堂の「観月祭」からスタートへ。河津さんは1,2の両日泊りに。2日目夜は森友の「菜音」(ざいおん)で懇親しようと思っています(菜音には2日の夜6時半~7時ごろには複数の人数でおじゃますると。予約済み。11日、たまたま小杉記念日光美術館の企画展で出会ったので~)

(7)

 1日当夜の懇親会は午後7時45分ごろから「全天候型」の霧降高原・砂時計家で(12日に完成予定)。会費2千円。河津さんが2日目に泊る「町内会」のペンション「ポコ・ア・ポコ」から美味しい黒毛和牛など。ビール・日本酒など飲み放題で。

(8)

 「河津聖恵実行委員会」。次回の(最終のになるかどうか?)実行委は22日(木)夜がいいかなと(途中の状況でその日にするかどうか)。当初は26日を考えていたが、それでは少し遅いのではないかと。さまざまな担当があるので(それなりに~)。実行委員のみなさん、ぜひ参加を。

(9)

 「河津聖恵実行委員会」は、イベントの成功はもちろんだが、そこに向かうプロセスも大事にしたいと思っています。実行委員会は途中で「懇親会」になっていますが、それでいいと思っています。というような実行委員会に希望者はいつでも受付中。事務局の「砂時計」にご連絡ください

前売券・予約 1200円(資料代含む) 当日券1500円(同)。 申し込み・問い合わせ 事務局・日光霧降高原の富岡洋一郎(黒川純) 電話0288・25・3348 あるいは、携帯090・5351・3440。 メールqk3y-tmok@asahi-net.or.jp

2011年9月10日 (土)

販売協力に感謝! 全国から反響も 「震災・原発特集」の『序説 第18号』

Dscn4571 (全国各地から届いた『序説 第18号』に対する感想のはがきや手紙、紹介紙面など)

Dscn3323書店やペンション、珈琲店などでの販売を終えた「震災・原発」特集号の『序説第18号』)

 「東日本大震災・フクシマ原発特集」を組んだ同人誌『序説 第18号』(日光霧降高原に住む私・砂時計が事務局)は7月30日の発刊以来、日光市内の書店やペンション、珈琲店などで販売していたが、先ほど(8月いっぱいで)外部での販売を終えた。

 各店には基本的に5冊(一冊定価1000円+税)を預かっていただいた。書店「TSTAYA今市店」には10冊を置いてもらい、そのうち6冊が売れたという。各ペンションや珈琲店、ゲストハウスなどと事務局が販売したものを合わせると、1カ月で計51冊を売ることことができた。

 事務局が販売した場合、一冊に付き、300円は災害支援「チーム日光」の災害ボランティア活動資金に回すということを決めていた。結果的に、この間の販売で事務局からは約1万円を募金に回すことができそうだ。

 『序説』は創刊から37年。ここ数年は非売品(頒価1000円)にしていた。..だが、今回は「東日本大震災・フクシマ原発特集」と打ち出したことで、定価をつけ、書店などの店先にも並べてもらった。ブログの呼び掛けに応じていただいた方もおり、小さいながら、それなりの成果を得たと思っている。関係者のみなさん、この1カ月間、ありがとうございました。改めて御礼を申し上げます。

 御礼といえば、今回は全国の詩人や図書館などに寄贈させていただいた。そのうち同人の冨岡弘君からは「前橋文学館より簡単な礼状が届きました。パブリックからの礼状は、県立土屋文明記念文学館に続き二通目です。資料として活用とのこと」。そんな連絡を受けたばかりだ。

 また詩人からは「『東日本大震災詩篇』は魂にひびくものを感じます。冨岡氏の『表現の周辺』、岩城氏の『悪いが、ハッキリ言わせてもらいます』は論旨が明快で鋭く全面的に共感します。原発について未知の部分を聞かせて頂きました」(千葉市)、

 あるいは「ストレートな苦言を呈する岩城さんの<あとがき>は優しいんですね」(西東京市)、「ボリュームのある誌面で大変勉強になりました」(町田市)、「ほとばしる思いと行動を受け取らせていただきました」(町田市)。

 さらには「安齋さんの『切れ切れな日常』にほっとしながら、読みました。楽しい作品です」(岩手県北上市)、入院中だという詩人は「『自らの分身・・・』、興味深く拝見。年代の差をこえて考えてみたいものを受け取りました」(神戸市、毛筆のために判読しにくいが、趣旨はこんな内容)なども。

 便りを寄せていただいた詩人はいずれも私がふだん尊敬する詩人たち。丁寧な礼状に恐縮するばかりだ。これに対しても御礼を申し上げたい。なお、『序説 第18号』は、しばらくは事務局のみの販売になる。お求めの際はご連絡を。

『序説第18号』は定価1000円+税。取り扱い 「序説」編集委員会事務局 日光市霧降高原 黒川純 0288・25・3348 qk3y-tmok@asahi-net.or.jp 

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2011年9月 9日 (金)

ひとは一つの詩とともに生まれてくる 詩人・河津聖恵の世界(7)

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Dscn4524 (詩集『ハッキョへの坂』の収められている河津さんの詩「ひとは一つの詩とともにー」)

ひとは一つの詩とともに生まれてくる
                                                    
ひとは一つの詩とともに生まれてくる
燃えるたった一つの詩に照らされながら
怒った真っ赤な額で産まれてくる
(でも星座のように読むことができるのはそのときだけだ)
永遠に読むことのできない詩のために
私たちはいやがおうでも生かされていく
権能者ではなく 孤独な書き手でもなく
むさぼりのためでなく 口実ではなく
自身の牢獄を磨いてみせることもなく
ただ詩とともにあるということで生きる・生かされる(私たち詩の囚人か、ともがらか)
あかあかと詩の尽きるとき一閃で消える(祝祭か、とむらいか)
私たちが去れば宇宙のグラスに揺れ動くワインのようにゆったりと燃え拡がるはずだ
世界は初めて美しいよこがおを虹色に染めるだろう
詩は千年をかけて夜の鳥たちのように
はるかな空無へ他者へ燃えわたされていく
(私たちがいなくなったならば誰かがまた歓喜と苦悩の油を絞る)
よりよく燃えるために私たちは生きる・書く 
風は葉を揺らし花は香りを放ちながら・書く
ふいに敗北したように空気はかたわらでくぼみ句点が打たれ
いつしかけもののように他者のために祈りつづけ世界は輝く白紙となり 
ただ証すための一篇にいとおしく焼き尽くされるため
この今を抱くように生きている

 この春、河津さんが出した詩集『ハッキョへの坂』(ハッキョはハングルで「学校」)に収められている詩だ。詩集には表題の「ハッキョへの坂」や「友だち」、「シモーニュの手ーシモーニュ・ヴェイユ生誕百年」、「美しい女が散逸していくー追悼・山田英子」など20篇が掲載されているが、なぜか、不思議な感覚を覚えたのは、あるいは、妙に詩の展開に魅せられたのは、この詩「ひとはひとつの詩とともに生まれてくる」だった(私にとってはだが~)。

 たった二十数行の詩なのに、ひとが「おぎゃ~」と生まれ、青年になり、さらに中高年を迎え、死にも立ち会ってゆく、そんな長い時間が凝縮されている。私たちは世界にただ生きる、あるいは世界に生かされているのだが、さらにひとつの理由も付け加えてゆく。

 「よりよく燃えるために私たちは生きる・書く」と。それが無理なく、走馬灯のような時間経過の中に収まっている。宇宙の宿命は宿命だと承知しながら、哀しむのではなく、「この今を抱くように生きている」と、ある意志で結ぶ。幻想的といってもいい詩だと思う。

 と、考えていたら、この詩の雰囲気が何かに似ていると気づいた。私の好きな沖縄のバンド・「上上颱風」の歌「愛より青い海」だ。この名曲の中で繰り返し歌われるのが、「ただひとつの歌を歌うために生まれた/ひとはみな青い海の向こうからやってきた」という歌詞だ。

 「ひとは一つの詩とともに生まれてくる」という詩句とこの「愛より青い海」の「ただひとつの歌を歌うために生まれた」という詩句が重層的に重なり、海鳴りのように聴こえるかのようだ。

 河津さん自身は少し違った角度から、この詩を語っている。自身のブログ「詩空間」で説明しているのだが、そこで「書くという次元を越えた、ひとりひとりの命を奥深く輝かせるもの」とも。「少し違った角度」からと書いたが、もう一度、振り返ると、両方の詩・歌は共鳴、共振しているように思えるのだ。私がこの詩を気にいったのは、そうした空気をそこに感じたからかもしれない。

(以下は河津さんのブログ「詩空間」から)

「誤解を恐れずにいえば、
詩もまた、一人のひととともに生まれる存在ではないでしょうか。
あるいはひとは一つの詩とともに生まれる者ではないでしょうか。

金時鐘さんは『わが生と詩』で「みんなが詩を持っている」と書いていました。
詩が特権的なものではなく、ひとが生きて輝く、その輝きだとして。
私はずっとその詩観に感銘を受けています。

私たちを見守る詩。そして私たちが、生きてその輝きを実現していく詩。
書くという次元を越えた、ひとりひとりの生命を奥深く輝かせるもの。
これまで生きたすべての他者のコトバをはらむ闇から
あるときふいに流れ星のように贈られ感受されるもの」

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2011年9月 8日 (木)

「二十四パターンの一人の美人?▼□★~」 「結婚写真展」の変身に腕を組む・・・

Dscn4477 Dscn4476 Dscn4478 Dscn4479 Dscn4489 (これはすべて「同一女性」。思わず「ふ~む」と=日光市「日光珈琲」の「結婚写真展」)

 「おやっ?」。と思って、さまざまなヘアスタイルをしたたくさんの若い女性の写真を眺めていた。「この娘はなかなかだ」「こっちの娘はいまいちかな~」。などと勝手に評価?しているうちに、ふと、疑問が~。

 <もしかしたら、むむ~、同じ人物ではないか?>。そう思っていたら、肩越しに「チーチャンを私たち3人がそれぞれ7~8通りのヘアメイクを施したんです」。ヘアメイクのプロであるクミチャン(吉田公美さん)のそんな説明で初めて同一女性だということを知った。

Dscn4494 (3人で一人の女性の24通りのヘアメイクを施したのだという)

 説明は受けたものの、やはり、現実にはどうにも、いまひとつ信じられない。あまりにもそれぞれの表情が違うから。というか、顔つきから漂う人格がかなり違うように思えるから。

 それにしても、ヘアメイクの技術というのは大変なものだな~。そう思わされたことだった。クミチャンに感想を聞かれたので、こう答えたのだ。そう、こう言うしかないと思われた。「女性は怖いねー」。

Dscn4507 (「日光珈琲」の前にある会場入り口の看板)

 正式には「結婚写真展」。鹿沼で初めて開かれ、ここ日光が2回目。主催はヘアメイク、エステ、写真の専門家の女性たちでつくる「ケッコンビト実行委員会」。「ふたりらしさの追求」をテーマに県内各地の名所などで撮影した写真約50点が展示されている。

 「結婚」が切実な若い人たちは、その「ふたりらしさの追求」を表現した写真をじっくり観るいい機会だ(写真撮影はいずれもフォトグラファー、水戸辺恵子さんだという)。それもあるが、「こんなヘアメイクも提供できますよ」ということを示した「二十四の顔~」を観るだけでも、会場に足を運ぶ価値があると思う。

Dscn4506 (「結婚写真展」の基本はこんな新婚夫妻のたたずまいがさまざまに)

「ふ~む」。会場でそう思ったことで、究極の「美人」についての実験結果が思い浮かんだ。美人といえば、「大変な」「まれな」「まったく」など、普通と違って、ひとランク上の別のものといったイメージを思い浮かべがちだ。

 だが、街を歩く若い女性たちを、それも無差別に、例えば、100人を撮影し、それを全部、合成して1人の女性を示すとー。あら、大変な美人が出現する。そういう科学実験?というか、そんな結果が出ていることが知られている。

Dscn4518_3   (11日まで開催されている「結婚写真展」のパンフふうチラシ)

 ということは、最も美しい人は(男性でもあてはまるが)、最も平均的な人であることを伝えている。もっともあたりまえであること、もっともふつうであること、もっともバランスがとれていること、それが美と結びついていることがうかがえる。

 この結果は、いわば「哲学的」(あるいは「人類学的に」)にとらえることもできるが、「二十四の顔~」をみたことで、その「美人の定義」?を思い出してしまった。片や「一人の二十四人」、片や「百人の一人」。状況や意味は、もちろん違うわけだが、どこかで何かが「共鳴」しているのだと思う。

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2011年9月 7日 (水)

 「ひとりびとりの死者」へ、「ひとりびとりの生者」から  詩人・河津聖恵の世界(6)

Dscn4348(今年 4月30日発行の河津さんの詩集『ハッキョへの坂』 土曜美術社出版販売)

 詩人は「3・11」にどう向き合っていくべきか、ひとりひとりの死者にどんなまなざしを向けるべきか、そのとき、言葉が立ちあがるために、どんな視線や見方が、つまり構え方が、必要となるのか。河津さんは詩人にして作家、ジャーナリストである辺見庸さんの詩篇を挙げて、最大限の賛辞を送りながら、方向を見定める。

 辺見庸は(石巻市出身)大震災後、いち早く、圧倒的な迫力で問うべき状況と見方を新聞紙上で明らかにしている。3月のことで、私も岩手に支援物資を届けに花巻に行った際、現地のボランティア支部事務局長(私の朝日新聞の先輩記者だった増子義久さん)から「やはり辺見庸が見事な切り方をしている」と、地元紙・岩手日報の記事を紹介された。

 そのエッセイは「非常無比にして壮厳なもの」。6月20日発行の辺見庸『水の透視画法』(共同通信社)にも収められている。

 3月のそのとき(今もそうだが)、その「非常無比・・・」のエッセイの以下の部分を繰り返し振り返っていた。

 「時は、しかし、この広漠とした廃墟から、『新しい日常』と『新しい秩序』とを、じょじょにつくりだすことだろう。新しいそれらが大震災前の日常と秩序どどのようにことなるのか、いまはしかと見えない。ただはっきりわかっていることがいくつかある。われわれはこれから、ひととして生きるための倫理の根源を問われるだろう。逆にいえば、非倫理的な実相が意外にもむきだされるかもしれない。つまり、愛や誠実、やさしさ、勇気といった、いまあるべき徳目の真価が問われている」

 河津さんは、ツイッターでも、そう説いた辺見庸の『水の透視画法』にも触れているが、辺見庸の詩についても、以下のように展開している。

 

詩の欲望は3.11へ向かって(二)

 河津聖恵さんのブログ「詩空間」(7月18日)から。

 このブログでも以前紹介した「文學界」6月号に発表された辺見庸さんの詩篇「眼の海──わたしの死者たちに」は、震災後、一気に書かれた詩群です。

 ここにある詩のことばは、これまでにこの国で書かれたどんな詩よりも、冷たく悲しく私の胸に浸透してきました。

 私もまた、とめどなく世界の、自分の眼からあふれた海の中にいるのだと感じたのです。

 この詩篇に書かれた詩のことばすべて、名もなき死者たちの一人一人の死に、かすかにふるえながら、永遠に慟哭してます。

 すべての詩は死者たちの死にこまかな穴を開けられ、みずから食い荒らされるように、痛み、悼んでいます。世界が壊れて、歴史や存在の底からあふれてきた水にみずから溺れながら、みずからの苦しみを通して死者の苦しみに近付こうと、ことばは、この上なく繊細に、しかし意志的に差し向けられつづけています。

 私が最も感動した作品は、NHKで放映された辺見さんが語られた番組「瓦礫の中からことばを」でも紹介された。「死者にことばをあてがえ」です。

全文を引用します。

 わたしの死者ひとりびとりの肺に
 ことなる それだけの歌をあてがえ
 死者の唇ひとつひとつに
 他とことなる それだけしかないことばを吸わせよ
 類化しない 統べない かれやかのじょのことばを
 百年かけて
 海とその影から掬(すく)え
 砂いっぱいの死者にどうかことばをあてがえ
 水いっぱいの死者はそれまでどうか眠りにおちるな
 石いっぱいの死者はそれまでどうか語れ
 夜ふけの浜辺にあおむいて
 わたしの死者よ
 どうかひとりでうたえ
 浜菊はまだ咲くな
 畔唐菜(アゼトウナ)はまだ悼むな
 わたしの死者ひとりびとりの肺に 
 ことなる それだけのふさわしいことばが
 あてがわれるまで
  
 ここにあるのは、剥き出しの単独者としての私=生者が、いまだ剥き出しの死体のままどこかに漂着したままの死者「ひとりびとり」へ向かって放つ慟哭です。

 今数千とも言われる行方知れない死者たちは、「死者・行方不明者」として「類化」され「統べられ」、「数千」として「量化」されつつあります。けれどかれらは、あくまでも「ひとりびとり」というあり方で生き、死んだのです。だから「私の死者ひとりびとり」として、私たち生者の「ひとりびとり」によって悼まれなくてはならないのです。類化した生者が類化した死者を、一方的に儀式として弔うことはじつは追悼とは真逆なのです。

 この「ひとりびとりの死者」へ、「ひとりびとりの生者」からことばを差し向ける努力こそが、私は今最も必要であると思うのです。

 とりわけ詩は、ことばの死者への道筋を、そして死者への道筋をたどるためのことばの力を、みずからの中から絶対的に創造していかなくてはならないのではないでしょうか。

「震災と原発」をテーマにした詩人・河津聖恵さんの詩の講演会・朗読会(実行委員会主催、霧降高原「森の図書館」後援)

10月1日(土) 午後5時~JR日光駅2階ホワイトルーム。

入場料 前売り・予約 1200円(資料代含む) 当日券1500円(定員60人、先着順) 問い合わせ(基本的に9月12日から) 事務局・日光霧降高原の富岡洋一郎(0288・25・3348、090・5351・3440) メールqk3y-tmok@asahi-net.or.jp

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2011年9月 6日 (火)

今回の状況は人間の「無知の涙」そのもの 『序説第18号』冨岡弘「表現の周辺 3」(下)

Dscn3323_2  (冨岡弘の「表現の周辺 3」などのエッセイや大震災詩が掲載されている『序説第18号』) 

 このことは、カンナオト首相にもいえる。あまりに庶民への接し方が下手で、相手の懐に入り込むことがこんなにも不器用だったのかと唖然としてしまい閉口するばかりである。一昔前の政治家なら、もう一寸ましな接し方を心得ていたのではなかろうか。   住民と上手く会話のできる政治家が少なくなりさみしい限りである。被災住民に詰め寄られると何処かおどおどしてしまい所在のなさ頼りなさを露呈してしまう。多分、絶対こう行動しなければという揺ぎ無い哲学がないのだろう。

 清水社長をネットで検索したところ「コストカッターの異名を取る。東電の制服を中国製に替え、調達費3億円の削減に成功。」と載っていた。そんな3憶円の成功譚は、今回の事故による東電、しいては国の巨額の損失に比べたら全く取るに足らない数字であり、最悪電気料金値上げという国民全体を巻き込みかねない。

 コストカットに心血を注ぐのではなく、安全管理に全力投球すべきではなかったか。今となってはどうしょうもないが。原子力に関わる人は安全に関して能力の限りを尽くして、死ぬほど知恵を絞ってほしい。私の敬愛する天才囲碁棋士藤沢秀行の言葉「強烈な努力」この言葉を東電首脳陣及びカンナオト首相に贈りたい。

 有事の際適切迅速に指導力を発揮できる自信のない者は、最初からトッブの座に就くべきでなく他の有能な人に席を譲るべきである。一般にトップに就くことが人生の成功と考えがちだが、脇役のほうがより輝く人だっているはずで、決して脇役が割の合わないポジションではない。原子力施設を預かり運営するにはかなりの覚悟が必要なはずで、最悪自分の命と刺し違えるくらいの意気込みを肝に命じておくべきである。覚悟なき者は去るべきである。

                 
 物質は正直であり、勿論人間の都合などどうでもよく、いったんある条件が整えば核分裂に至ってしまい、誰にも止められない、ある種神の領域に等しい人間では立ち入ることの出来ない禁断の地が出現してしまう。そんなところに人間は土足で踏み込んでしまっている。物質は正直で人間みたいに迷わない、その正直さはやはり怖い。津波も同じで水にあるパワーが加わればあれほどの破壊力を発揮する。コントロール出来ないものもあることを知るべきである。

 未だ人間はアホであり不甲斐無い存在である。SF映画で核戦争後の世界が描かれたものが結構あるが、今回の事故は映画の中の絵空事ではなく可なりリアルで身近な出来事である。深刻に考えなくてはならない事態に我々は今正に遭遇している。焦りも落胆もあり、今まで人類が努力し積み上げてきたものは何だったのか疑問や無力感に襲われる。SF映画の核戦争による世界の終末よりも、原子力発電による人類破滅のほうがはるかに現実味のあることのように思われる。

 世界中で何基の原発があるのか、可なりの数の原発が稼働しているはずで、それらが操作ミス・自然災害・戦争・テロ攻撃などにさらされる危険性は幾らでもある。戦争で核爆弾を使用しなくとも、普通の爆撃で同時に何基かの原発を狙ったほうがはるかに相手にダメージを与えることが可能なはずで、核保有国でなくても実行可能なことは明らかである。原発は見方を変えれば、野ざらしにされている核兵器であると考えられなくもなく、可なり無防備な状態で存在している。

 原発はかたちを変えた核兵器であるという認識が必要であり、暴走すれば、手もつけられないことになることは、今回の福島原発で国民全体が分ったはずである。あまくはない。臆病になることも時には必要で、核廃絶は原子力発電も含め考えるべきで、世界の人々も今回の事故で矢張り原子力は怖いものであると再認識したはずである。

                  
人間は忘れる動物で、特に悲しみなど忘れられるから何とか生きて行けるのだろうが、しんどいけど、忘れてはいけないこともある。今回の事故後の状況は、人間の「無知の涙」そのものであり、ふと死刑囚永山則夫をおもいだした。

 何事も時間の経過による記憶の風化を免れないが、こうして素人ながらに文章化することは他者に伝えること以上に自分の記憶に刻んでおくべきこととして、今回の事故を位置付けしたかったからだ。人間はまだまだ未熟な存在であることを心に刻め。

(了)

『序説第18号』は7月30日発行((定価1000円+税)。取り扱い 「序説」編集委員会事務局 日光市霧降高原 黒川純 0288・25・3348 qk3y-tmok@asahi-net.or.jp 

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2011年9月 5日 (月)

詩「危険な神話」 詩誌『コールサック第70号』に原発詩5篇・黒川純

Dscn43148月31日発行の全国詩誌『コールサック第70号』・コールサック社)

Dscn4320 (黒川純は「震災原発特集」に「さらに明日に遡らねば」など寄稿した5篇が掲載された)

Dscn4318 (自分で気に入っているのが、「モアイ」を思い浮かべた3篇目の詩「危険な神話」)

危険な神話 

                   黒川純

遠い遠い何万年か後の列島のある朝

黄色い風がびゅーびゅーと巻き上げる大地に

大騒ぎの末に抑え込んだ放射性廃棄物

半減期2万4千年のプルトニウム239

永遠にゼロにならないそれが姿を現す

完全に封じ込めたはずだと強弁したが

どんなに危険な未来への遺産であるのか

私たちの子孫はわかってくれるだろうか?

日本語はずっと途絶えることはないか?

治す技術や使える資材も伝わっているのか?

そこまで人類は生き続けているのかどうか?

集落の守り神、両眼を失ったモアイたちだけが

海原と大地を視つめて黙って立ち尽くしていた

太平洋に浮かぶ孤島・イースター島

その歴史をもう一度繰り返すのかどうか

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2011年9月 4日 (日)

原発はまだまだ人類にとって重荷すぎる 『序説第18号』冨岡弘「表現の周辺 3」(上)

Dscn3297_3   (冨岡弘の「表現の周辺 3」も掲載されている『序説第18号』)

 2003年以来ほぼ毎年ヨーロッパのアートフェアーに絵画作品を出品している。開催場所は、ベルギーとイタリアである。アートフェアーといっても、美術に関心のない人にとってどんなものなのか多分分らないのではないか。私の参加しているアートフェアーについて具体的に説明すると、大体こんなことである。

 世界の画廊があつまり、それぞれの画廊がそれぞれの作品をもちより、巨大な建物を会場として、仮設の空間を画廊ごとにもうけ、絵画や彫刻などの作品を展示して、一般の人々は勿論、業界人やマスコミの人々にも展示を有料ではあるが、公開してみてもらうためのアートのお祭りである。展示作品は、コンテンポラリーのものからクラシックな超有名作家のものまで、幅の広い展示内容になっている。

 私が出品しているベルギーのゲントで毎年開催されている、リニアートという国際アートフェアーは、世界十五カ国から約百三十の画廊が参加して、フランダース博覧会場をメインホールとして使用し、ベルニサージュ⌒マスコミ及び画廊関係者のみで、一般客は参加不可の前夜祭)を含め一週間程度の期間開催される。入場者数はトータル約三万人であるらしい。

 期間中は作品展示のほかに、アートレクチャーやシンポジュウムも行われ、優れた画廊を選出するGalleryAward、若手作家の為のThe Young Ones Award、巨大エントランススペースに設置する作家を選抜し、その年の顔として大々的に紹介するEntrance Marker等、様々な企画が行われる。

 このお祭りは、アートを美術館や画廊といった特別な空間で鑑賞してもらうのではなく、もっと気軽な雰囲気の中でアートに接するための出前的要素が強く、あまりかしこまらず普段着でといったフェアーなのだ。勿論画廊にとっては、商談の場であり情報交換の貴重な場でもある。業界全体を底上げしようとする経済行為なのだ。日本と違いヨーロッパでは巨大な美術マーケットが確立されているらしく、各国大小様々なアートフェアーが盛んに開催されていて、日本と比べ物にならないほどの歴史もあるようだ。

 どちらかといえば、日本の画廊は骨董商的色合いが強く、どうも蜜室で色んなことがおこなわれ、一般の人々が気軽に立ち寄る雰囲気に欠けている傾向にある。長年絵をかいている私でさえ、敷居の高さを感じるときがある。一般の人々とどうしても乖離しがちのように思われる。

           
 私が住んでいる群馬県にもけっこう画廊が点在していて、私が考えるに、地方でも地本の画廊が集まり年一回ほどミニアートフェアーでも開催すれば面白いのではないか。地域の作家・マスコミ・画廊主が一堂に会し、広めの会場で展示してはどうだろうか。画廊間の風通りもよくなるだろうし、開けた画廊に成れるのではないか。

 こんなことは、私のような非力な者が考えても仕方ない事かもしれないが。昨今益々人と人の繋がりが希薄になってきているようで、もっとアートを媒介に人生を楽しむ気軽に楽しむこともあり得るのではないか。美術館のようなある権威付けされた空間では実現出来ない気軽さが、アートフェアーにはあるように思う。                         
                    
 この場で書くかどうか迷ったが、やはりド素人の視線で書いておくべきであると考えた。
 原発のことである。私は勝手に原発にアクシデントが発生したとき、現在では少なくとももっと放射性物質の除去に対して技術が進歩しているのではないかと思いこんでいた。福島原発事故発生後、テレビのニュースを毎日長時間みていると、原子力の専門家が何人も登場した。放射性物質の処理に関する名案をもっている人は誰一人登場しなかった。

 かなりのショックで、原子力研究者の多くは原子力発電に関しては当然詳しいようだが、事故発生後の対処についても、原子炉の安全停止に至らなかった場合の合理的処理方法、緊急的処置による放射性物質の飛散回避、最悪飛散してしまつた状況下での対処方法など、様々に考えうる状態に対して明晰に答えうる人は残念ながらいなそうであった。

 東電も原子力発電における経済的ロスの少ない技術開発への投資はしてきたのだろうが、トラブル発生後の安全な収束方法への技術開発のための投資はしてきたのだろうか疑問がのこる。原発の運転における安全性維持に対しての技術開発への努力。豊富な資金提供を研究者にはやい段階からしておくべきではなかったか。

 今となってはもう遅い。原子力発電は安全であるという神話を自分たちで作り上げ、神話自体をいつの間にか疑う余地のない完璧なものと祀りあげてしまった。ゆるい体質、危機管理へのあまさは、私の様な素人でも感じてしまう。そのことは事故後の東電清水社長の対応をみれば、有事にあたり自分は何をすべきか普段から全然考えていなかったかが手に取るように分かる。

 東電も企業であるが、他の数々ある企業と同列であると思ってもらっては困る。原子力という未だ人類がコントロール出来ていないものを扱っているのだという意識が欠落しているのだ。暴走すれば狂気にちかいものを何とかなだめながら、かろうじてあつかっているという心得がなさすぎる。はっきり云って原子力発電はまだまだ人類にとって重荷すぎる。     
 

 事故後の対応のまずさ遅さ。地震の恐怖、放射性物質の恐怖、二重の恐怖の暗雲たる状態で、被災者の心労は想像に絶するものがあったはずである。政治家、東電トップともに一寸考えれば分かりそうなもので、想像力の欠如である。ツイッターの書き込みを一寸覗いただけでも地震関連の書き込みがいかに多いいことか。市井の人々のほうがはるかに敏感に反応していることか。なさけない。

  
 山一証券1997年廃業における野澤正平社長の記者会見で「社員は悪くありません」と泣きながら発言した様子を記憶にとどめている人は多いだろう。私の様な何の組織にも属していない者にとって、山一のような大きな会社のトップに上り詰めた人は、さぞかし有能な人物なのだろうと勝手に考えていた。

 しかし、あの会見での泣き顔は幼児とか少年のそれであって、これが大企業のトップの終焉の顔としては、惨め哀れとしか形容出来ない情けなさを漂わせていた。一方野澤社長の泣き顔は赤塚不二夫の人気マンガであったバカボンのパパのような何故か憎めない屈託のない顔にもみえた。やがてこれがこの人本来の顔であって、好感をもってしまうほどだった。

 企業のトップは自社の経営がうまくはこんでいる時は、その表情からは微塵も弱さなど感じさせない近寄りがたいほどのオーラを放っているものであろうが、いったん劣勢にたたされるとあの時の威厳に満ちた表情はたちまち何処かに消え失せてしまい、堂々たる風格はメルトダウンして情けなさだけが漂うことになる。

 世の中を見渡せばこれに近い事はそれほど珍しいことではなく、事の大小あるけれどよくあることだろう。大企業になればなるほどその社会的責任は増大することは自明のことであり、会社が下降線を辿ったときこそ、トップの能力が試されるときであり、判断力決断力が必要になってくる。

 今回の福島原発事故後の東電清水社長の表情から、山一証券野澤社長のことをふと連想してしまった。事故後の被災住民への直接の謝罪の遅さ、対応の鈍さは無能としか表現しようがない。被災地での住民への謝罪の際のおどおどした自信のない立ち振る舞いをみたとき、これが東電トップの本性なのかと愕然としてしまった(「下」に続く)

『序説第18号』は7月30日発行((定価1000円+税)。取り扱い 「序説」編集委員会事務局 日光市霧降高原 黒川純 0288・25・3348 qk3y-tmok@asahi-net.or.jp 

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2011年9月 3日 (土)

詩の欲望は3・11に向かって(一)  詩人・河津聖恵の世界(5)

Dscn4265 (私が気に入った「潮」なども掲載されている河津さんの詩集『青の太陽』2004年・思潮社)

 10月1日夕に日光である「震災と原発」をテーマにした詩の講演会・朗読会(JR日光駅2階ホワイトリーム)。その講師役に快く応じてくれた京都の詩人、河津聖恵さんが「3・11」にどう向き合ってきたか、3・11と詩についてどう思いをめぐらしてきたか、今後、詩や言葉はどうあらねばならないと考えるか。

 それらについて、河津さんはツイッターの場でも何度もつぶやいている(辺見庸やシモーニュ・ヴェイユなどを引用しながら)。いずれそれらのツィートも紹介してゆきたいが、もともと、自身がご自分のブログ「詩空間」で自身の心をのぞくように思いを語っている。

 もちろん、河津さんのさまざまな詩もさらに紹介してゆきたいが、ここは河津さんが語る3・11に対する基本的な構えそのものを紹介してゆくことに。題は「詩の欲望は3・11に向かって」。

 その第1回で「詩は今3.11に向かい、ことばに対するその原初的本来的な欲望をむきだされたいのちとして差し向けることをみずからの使命とし始めたのではないでしょうか」と、自問自答するように私たちにも語っている。

 以下は河津さんのブログ「詩空間」から。

「詩の欲望は3.11へ向かって(一)」

(7月16日 河津聖恵・ブログ「詩空間」掲載」)

月11日以降、誰がどのような詩を書いているか、よくは知りません。
詩としては信じられないほどの低劣な表現の次元にあるにもかかわらず
なぜか喝采を浴びている震災詩があるのは知っています。
しかし今、3月11日以前と同じ日常を、あるいは非日常を信じて書かれる詩に何らかの意味があるでしょうか。
すでに古代となったあの日以前の石化したことばを、無理に下から積みあげることは詩の「モニュメント」を築こうとすることでしかないのではないでしょうか。
3月11日以前と同じ日常あるいは非日常を信じて、
あるいは信じることを装ってすでに死んだみずからの詩を延命させて恥じない「詩人」を私は憎みます。

一方で私自身も以前のようには「書けなくなった」という状態が続いています。
しかし何とかあの日に向かう通路を見出したいと願っています。
先日石巻の被災の現場にじっさい立ってみました。
瓦礫の風景から自分に向かって発信されてきたものがたしかにありました。
何がどのようにか分かりませんが
断たれていた外界との通路がふたたび開かれてきたような気がしつつあります。
あの日にあげたまま(奪われたまま)宙にただよっていた悲鳴が
あのとき見て触った瓦礫の磁力によって
ことばと引き合わされつつあるのだと感じています。

今も自分のものでもあり他人のものでもある悲鳴が
音もなく影の焔をいまだはげしく上げている影の3月11日。
そう、あの日は、すべての日々の中でただ一点
影として永遠に引き絞られてしまった日なのです。
死の方へ、無の方へとその日は引き攣れながらそこに永遠に耐えています。
影の3月11日に近付くには
誰とも交信が出来ない月の裏側に行くような勇気がいるはずです。
しかし近付きたいのは正確には私ではないのです。
私ではなく詩そのものがそこに近付きたいと願っているのです。
いま壊れつつある世界においてむきだされてきた、詩。
それはこれまでいわゆる詩史や詩のジャーナリズムやあるいは世俗が
アプリオリに前提してきた「型」と「変異型」ではなく
もっと悲鳴とことばを直接的に接続させる、
きわめて特異なエネルギー場のようなものになっていくはずだと思います。

あのとき、この国は、この社会は、人間は、
修復不能のかたちで引き裂かれ切ってしまったはずです。
ふたたび元に戻すことは物質的なものはともかく
少なくとも精神的な次元では不可能になってしまったと
思い切らなくてはならないと思います。
元に戻すのが絶対的に不可能であるならば、
もはや絶対的に創造するしかないのです。
さらにこの世に残されたものが瓦礫としてのことばでしかないならば
まず第一に詩が創造を試みてみせなくてはならないのではないでしょうか。
つまり詩は今3.11に向かい
ことばに対するその原初的本来的な欲望を
むきだされたいのちとして差し向けることを
みずからの使命とし始めたのではないでしょうか。少なくともそう思うべきなのではないでしょうか
(続く)

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悪いが、ハッキリ言わせてもらいます(下) 『序説第18号』岩城真樹

Dscn3315_2  (東日本大震災・フクシマ原発特集号とした『序説第18号』=7月30日発刊))

悪いが、ハッキリ言わせてもらいます (下)

                           岩城真樹

東電がどうだ
政府がこうだ
やれ安全委だ蜂の頭だと
ヤイのコウノの大騒ぎですが
へそ曲がりの私は笑ってしまう
何を今更
自己責任でしょう
皆さんオール電化好きだったんでしょ、って感じ
そもそも、家中どの部屋も真昼間のように
明々と蛍光灯点けてる国なんて日本だけでしょ

豊かな生活って何?
節電って、私結構好きかも
蝋燭の灯りに照らされると
オンボロ我が家の食卓が
ローマ街外れ辺りのトラットリアかと錯覚させてくれる
クーラー・エアコン・冷蔵庫
子供だった頃
家には何も無かったけれど
蝋燭の暖かな灯りは覚えている
ある晩父が
同じ町に住む同僚から貰った卵を一つ
大事そうに抱えて帰って来た
お椀に分けて
妹、弟、三人でご飯に掛けて食べるのを
嬉しそうに見ていた父と母の顔
輪番停電
おだやかに揺れる蝋燭の灯りが
あの頃の情景を思い出させてくれた

だが大切な人達を突然失ってしまった多くの人の心情を思うと
感傷だけでは語れない現実は悲惨過ぎる。

この原稿を書いていた5月初旬に成って、政府が中部電力浜岡原発(静岡県御前崎市)の全面停止を要請しましたが
これを受けて同市の石原茂雄市長が7日会見し「雇用などに大きな影響が出る、地元の意見をもう少し聞いてもらいたかった」
と、不満を示したと伝わったが、何をかいわんやである。
ここも市の歳入総額の4割を原発交付金に依存しているおんぶに抱っこの地方市で、支給された支援金で不要、過剰な箱物を次々と建設すると言う
国民の血税に寄生して己らの豊かさとかを謳歌している典型的な御用地方市町村だ。

市長は会見で 「(市議会)議員は現状のままで安心、安全が実感できる対策を取るべきだとの意見でまとまっている」
「運転を継続したままでも安全対策を強化できる、全面停止になれば国からの交付金が減少して厳しい状況に陥る」
なんてノー天気、手前勝手な理屈で厚顔無恥を晒す始末であるが、
すっから菅も菅で、「交付金は全額補償する」なんて媚を売る始末、
ふざけるな、甘えるのもいい加減にしろと言いたい、
お前らの食い扶ち守る為に何で私ら増税されにゃならんのだ。

原発、誘致するとき、造るとき、運転するときは奨励金、
そして事故を起こせば、今度は補償金、賠償金、と巨額の税金がついてまわりますから、
官僚、政治家、原子工学で食ってる学者、専門家、電力会社、日立、東芝、下請け業者、新聞社、全て利権を持ってる奴らの食い物、
マスコミ、新聞も東電様は超大口CM顧客、毎年多額の口止め料を上納してもらっている優良顧客様ですもの悪口なんて書ける訳ありません
電気は国民全員に必要なものだから税金で救済は当然、、増税も必要ですとまたぞろ世論を煽っています、
こんな国の新聞マスコミなんてのは所詮、利権に群がっている同類、
外国メディアが、日本人はこんな時でも整然と秩序を守り冷静で素晴らしいと報道されていますよ
なんて、盛んに報道していましたが、
そんな風に持ち上げられて喜んでいる場合ではないでしょう(これこそが、典型的な褒め殺しと言うやつでしょ。
日本人はもっとメディア・リテラシーを自覚するべきです

(了)

『序説第18号』は7月30日発行((定価1000円+税)。取り扱い 「序説」編集委員会事務局 日光市霧降高原 黒川純 0288・25・3348 qk3y-tmok@asahi-net.or.jp 

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2011年9月 2日 (金)

悪いが、ハッキリ言わせてもらいます(上)  『序説第18号』岩城真樹

Dscn3296 (「悪いが、ハッキリ言わせてもらいます」も掲載されている『序説第18号』)

悪いが、ハッキリ言わせてもらいます (上)

                               岩城 真樹

今回の東日本大震災は
大変悲惨な事態で私も心締め付けられる思いでいっぱいですが
地震、津波による震災と
福島原発による避難、震災は明らかに別次元のものだという事をハッキリさせて置く必要があると思っています
地震津波は天災、原発は明らかな人災なのですから。

福島県知事、佐藤雄平
あなたは被害者面するんじゃない
あなたは2010年8月東京電力が福島第一原発3号機で計画していたプルサーマル導入を
耐震安全性、老朽化対策、MOX燃料の健全性(10年間燃料をプールに貯蔵して置く)
すべて問題なしとして了承した張本人でしょうが、
しかも同年10月の福島県知事選挙では自民党県連からも
プルサーマル受け入れなどで政策は一致しているからと、
原子力政策推進などの政策申し入れ書を渡され、
公明党県連からも支援を受けて知事に就任し、
核燃料リサイクル交付金60億円を受け取った人です。

原発周辺の市町村もそこから給付金を受けていたのが実態でしょ、
地元、有識者とやらによる連絡会も検証したが問題なしと受け入れを承認、推進してたのですから、
あなた方が今更、東電のことをウンヌン言う資格は無いでしょう、
私に言わせれば双葉、楢葉、富岡、大熊町の、原発受け入れに賛成していた町村長はじめ町民も自己責任、
今になって被害者面なんてしてもらいたくありません、
被害者は最初から原発に反対していた私ら他県の国民です。

福島県双葉町は電源三法の交付金や東電からの金を見込んで箱物を造りまくり、
結果、借金返済に追われ、早期健全化団体に転落するほどまでに切迫し、
その返済の為に7、8号機の誘致凍結解除にまで賛成した始末で、
見返りに9億8千万円の初期対策交付金が町に入ったのです、
楢葉、富岡、大熊町も似たりよったりの財政事情で凍結解除に賛成、
ちなみに核燃料税は、2010年度の当初予算で44億3000万円を計上、
うち7割の31億円が県に、残る3割の13億3000万円が地元の楢葉、富岡、大熊、双葉の各町と周辺の6市町村に交付金として配分されているのです。
原発のリスクに対する感覚なんて完全に麻痺し、電源三法の交付金や東電からの金に目がくらみ依存した双葉町町民の感覚が
今回の事態を招いたようなものだとさえ私は思っています。
自分達のやってきた事、とってきた行動を棚に挙げ、いざ今回の原発事故が起きると「被害者然」としながらも、尚
「事故収拾後には、また原発で働きたい」なんて平気で応えている人等を見ると、ハッキリ言って私は腹が立つ、
なんでこんな事の為に増税に応じなければならないのかと。

福島県知事が東電社長の謝罪面会を拒否してると言うが(当初、この原稿を書き始めた時点で)
冗談じゃ無いでしょう、
あなたも同罪、加害者、張本人だっつうの
原発に反対していた福島県民や他県の私らに
国の税金使わず、あんた等が損害賠償しろって気持ちです。

国もこれまで、原発は原子力の安全利用で核兵器とは違う
二酸化炭素を出さないクリーンで安全、コストも安い、自然に優しいエネルギーです、なんて
マスコミを使ってプロパガンダを繰り返し、洗脳して来ましたが
そんなのは全て嘘、日本人はどこまでお人よしな国民なのかと思ってしまう、
原発推進の真の狙いは全てが税金を食い物にする利権絡みの陰謀が実態、
戦後間もない頃、読売新聞オーナー正力松太郎が中曽根康弘を使って
国論操作誘導して造り上げた国家予算利権が真の狙いで、コストだって既存のシステムより安くなんてありません、
全ては税金を食い物にする利権絡みと言うのが原発の実態でしょ。

 人災天災同次元にすり替える偽善者、能なしのスッカラ菅も同罪です、
首相就任後、今後国の発電の50%を原発によるを国策にするとはっきり宣言していた癖にいざ事故が起きた後は、この事態を自身の政治的窮状浮揚の手立てに利用出来まいかと、目を泳がせ、喉を鳴らしながら、支離滅裂、不意の思い付き、をTVで見せ付けられる度に吐き気を覚えるのですが、
原発の上に灯されていた豊かな生活とやらは、儚い幻想と、うつけ者の私が百編能書きを垂れるより、彼がTVに出て何か発言してくれる方が効果的ですが

「悪いが、ハッキリ言わせてもらいます」(下)に続く

『序説第18号』は7月30日発行((定価1000円+税)。取り扱い 「序説」編集委員会事務局 日光市霧降高原 黒川純 0288・25・3348 qk3y-tmok@asahi-net.or.jp 

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詩は苦悩する他者に同苦し、他者と歓びを分かつために 詩人・河津聖恵の世界(4)

Dscn4252 (河津聖恵さんの詩論集『ルリアンス 他者と共にある詩』2007年、思潮社)

 「もう、中途半端な個ならば要らない。詩は苦悩する他者に同苦し、他者と歓びを分かつために書かれるべきものであり、自分のために書くしかない場合もまた、自分という他者の救済と歓びのために書かれている筈なのだ。たとえ不安や空漠感が描かれていても。本書における詩観の根底にも、詩とはそのように、故知らず、我知らず他者と共にあることをもとめている、もとめてしまう筈だ、という私なりの確信がある。拙さ、読みがたさ、牽強付会といった難を越え、その確信が伝わればと思う」(『ルリアンス』「あとがき」)

                                              

 「詩の『言葉』はあくまで書き手の、おそらく書き手自身もさだかでないただなかから生成し、他者とつながろうとしながらも、ついには潔くそこで終わるしかない宿命にあるからだ。いってしまえばそれは、社会や時代を映しだしながらも他者にとどこうとして熄(や)んでしまう、『打ち上げ花火』のような『自己表出』(吉本隆明)といっていいかもしれない。あるいは静かでしめやかな、けれどだからこそ社会や世界にとっては実は決定的な『違和』ーーそれは『言葉』いや『言葉』への欲望が、書き手のなかに穿つ『深さ』からたちあらわれるだろう」(『ルリアンス』「『違和』という路地 五月女素夫『木の衝立』)

                                               

 「詩ははじまりにおいては純然な『自己表出』だ。なにかをいいあてたい、この社会に流通する言葉ではいいあてられないなにかを、というかすかなズレのような欲望が、書き手自身もさだかでないただなかから生成するとき、詩ははじまる、とここでは考えた。詩がそのようにして書き手のだだなかから生まれるものであるかぎり、それは時代や社会にとって『違和』として存在する。詩がいいあてられない、けれどいいあてたいなにかとは、未知のいいしれない魅惑的な価値にささえられている。その未知の価値が詩を詩たらしてめるが、それは今ここに生きていることがどこかちがう、というズレの体感をきっかけとしてこそ予感しうると思う」(『ルリアンス』「潜り込み 溶け込む 渡辺玄英「海の上のコンビニ」) 

                                              

 「詩を書く『この私』は詩という現場で、言葉を選び、選ばせられるそのような感受性の精緻を問われてゆくのだといえる。いやむしろ同化と違和のへの言葉の感度を問われることが詩を書くこともしれないし、だからこそ私たちは詩を書き(読み)、あるいは書こうと(読もうと)するのかもしれない。『この私』の、システムと自分自身の欲望に対する感受性を試してみるために。まだ『この私』が、書き書かされ、あるいは選び選ばされる現在のバランスの中心でありえているのか、それらを感受する精緻な身体として存在しえているか、を確認するために。それは、結局は生きている実感を深く感じとることにつながるだろう」(『ルリアンス』「詩を書く『自分』 松岡政則「ぼくから離れていく言葉」)

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2011年9月 1日 (木)

「震災と原発」詩のイベント実行委が始動 詩人・河津聖恵の世界(3)

Dscn4245 (河津聖恵さんの詩のイベントに向けた第1回実行委=30日夜、霧降高原・砂時計家

 「震災と原発」をテーマにした京都の詩人、河津聖恵(かわづきよえ)さんの詩の講演会・朗読会は10月1日(JR日光駅2階ホワイトルーム)。それに向けて、準備会を開いているが、30日はその第1回実行委員会を霧降高原の砂時計家で開いた。

 第1回実行委員会といっても、懇親も兼ねてのもの。最初はかなりまじめに日程などを論じていたが、そのうち懇親が主人公に。初めて砂時計家を訪れる人やゲストハウスに泊まりにきた旅人も加わる交流会となっていった。

 それでも決めることは決めないといけないので、当夜、さらに1日までに、それなりにの確認も次々と。当夜は、まさちゃん(元放送部)が、河津さんの最新詩「メドゥサ」を高らかに?朗読した。

 ついでに黒川純の最新詩「悪魔の申し子に」も朗読してもらった。「えっ、砂時計の詩の朗読もやるの?」。というような、ややいぶかる声も(まァ困惑といってもいいが~)あったが~あえて強行させていただいた(笑い)。

★日程 10月1日(土)午後5時~7時

★講師 河津聖恵さん(現代詩手帖賞歴程新鋭賞H氏賞。現在、自身のブログ「詩空間」やツイッターで震災や原発、さらに政治・社会・教育問題などについて、次々と鋭く発言中.だ)

★テーマ 「震災と原発」

★内容 テーマをめぐる河津さんの詩論と詩の朗読(途中コーヒータイム)

★場所 JR日光駅二階ホワイトルーム

★ 主催・「詩の講演会・朗読会」実行委員会 

★ 後援・霧降高原「森の図書館」

★コーヒータイム 50杯ぐらいなら、実行委員が無料提供用意あり(提供が可能かどうか、JR日光駅長と話し合いが必要)

★料金 前売り券1200円(ネット予約を含む) 当日券1500円

★定員 当面50人(最大でも60人ほど、先着順にする?)

★予約 ネット予約ができるようにする・フォーマット作成協力者あり

★懇親会 講演終了後、霧降高原の砂時計家(黒川純宅)で。いわばサイン会を兼ねる。懇親会は料金制に。どのくらいの金額かは検討へ。

★書籍販売 河津さんの詩集、詩論集などを懇親会なとで販売する(講演会場では「希望」があった場合のみ)

★チラシ・入場券類 大小2種類のチラシと入場券を制作へ

★事務局  富岡洋一郎(ペンネーム・黒川純)

〒321・1421 日光市所野1541の2546

電話 0288・25・3348

携帯 090・5351・3440

事務局メール(予約受付) qk3y-tmok@asahi-net.or.jp

★駐車場・懇親会 会場周辺の駐車場や砂時計家の地図を作成へ

★広報 図書館や書店、こじゃれたお店?、有名ブログでの紹介や新聞短信など。河津さんのブログでも紹介をお願いしてゆくことに。

★当日の作業 看板・案内類、椅子確保や配置など会場設営や受付、会計、資料、案内、コーヒータイムなどタイムテーブル、片付け、清掃、懇親会案内、車両手配、懇親会の準備・実行や・企画・運営、駐車場、書籍販売などの対応や担当は次回の実行委員会で。河津さんの宿泊先予約は早急に。

★実行委員会の次なる展開 今後の課題に(事務局の砂時計としては、いずれ「日光詩人クラブ」結成や自主上映サークル、脱原発グループの母体になることを望んではいるのだが~)

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