ひとは一つの詩とともに生まれてくる 詩人・河津聖恵の世界(7)
(詩集『ハッキョへの坂』の収められている河津さんの詩「ひとは一つの詩とともにー」)
ひとは一つの詩とともに生まれてくる
ひとは一つの詩とともに生まれてくる
燃えるたった一つの詩に照らされながら
怒った真っ赤な額で産まれてくる
(でも星座のように読むことができるのはそのときだけだ)
永遠に読むことのできない詩のために
私たちはいやがおうでも生かされていく
権能者ではなく 孤独な書き手でもなく
むさぼりのためでなく 口実ではなく
自身の牢獄を磨いてみせることもなく
ただ詩とともにあるということで生きる・生かされる(私たち詩の囚人か、ともがらか)
あかあかと詩の尽きるとき一閃で消える(祝祭か、とむらいか)
私たちが去れば宇宙のグラスに揺れ動くワインのようにゆったりと燃え拡がるはずだ
世界は初めて美しいよこがおを虹色に染めるだろう
詩は千年をかけて夜の鳥たちのように
はるかな空無へ他者へ燃えわたされていく
(私たちがいなくなったならば誰かがまた歓喜と苦悩の油を絞る)
よりよく燃えるために私たちは生きる・書く
風は葉を揺らし花は香りを放ちながら・書く
ふいに敗北したように空気はかたわらでくぼみ句点が打たれ
いつしかけもののように他者のために祈りつづけ世界は輝く白紙となり
ただ証すための一篇にいとおしく焼き尽くされるため
この今を抱くように生きている
この春、河津さんが出した詩集『ハッキョへの坂』(ハッキョはハングルで「学校」)に収められている詩だ。詩集には表題の「ハッキョへの坂」や「友だち」、「シモーニュの手ーシモーニュ・ヴェイユ生誕百年」、「美しい女が散逸していくー追悼・山田英子」など20篇が掲載されているが、なぜか、不思議な感覚を覚えたのは、あるいは、妙に詩の展開に魅せられたのは、この詩「ひとはひとつの詩とともに生まれてくる」だった(私にとってはだが~)。
たった二十数行の詩なのに、ひとが「おぎゃ~」と生まれ、青年になり、さらに中高年を迎え、死にも立ち会ってゆく、そんな長い時間が凝縮されている。私たちは世界にただ生きる、あるいは世界に生かされているのだが、さらにひとつの理由も付け加えてゆく。
「よりよく燃えるために私たちは生きる・書く」と。それが無理なく、走馬灯のような時間経過の中に収まっている。宇宙の宿命は宿命だと承知しながら、哀しむのではなく、「この今を抱くように生きている」と、ある意志で結ぶ。幻想的といってもいい詩だと思う。
と、考えていたら、この詩の雰囲気が何かに似ていると気づいた。私の好きな沖縄のバンド・「上上颱風」の歌「愛より青い海」だ。この名曲の中で繰り返し歌われるのが、「ただひとつの歌を歌うために生まれた/ひとはみな青い海の向こうからやってきた」という歌詞だ。
「ひとは一つの詩とともに生まれてくる」という詩句とこの「愛より青い海」の「ただひとつの歌を歌うために生まれた」という詩句が重層的に重なり、海鳴りのように聴こえるかのようだ。
河津さん自身は少し違った角度から、この詩を語っている。自身のブログ「詩空間」で説明しているのだが、そこで「書くという次元を越えた、ひとりひとりの命を奥深く輝かせるもの」とも。「少し違った角度」からと書いたが、もう一度、振り返ると、両方の詩・歌は共鳴、共振しているように思えるのだ。私がこの詩を気にいったのは、そうした空気をそこに感じたからかもしれない。
(以下は河津さんのブログ「詩空間」から)
「誤解を恐れずにいえば、
詩もまた、一人のひととともに生まれる存在ではないでしょうか。
あるいはひとは一つの詩とともに生まれる者ではないでしょうか。
金時鐘さんは『わが生と詩』で「みんなが詩を持っている」と書いていました。
詩が特権的なものではなく、ひとが生きて輝く、その輝きだとして。
私はずっとその詩観に感銘を受けています。
私たちを見守る詩。そして私たちが、生きてその輝きを実現していく詩。
書くという次元を越えた、ひとりひとりの生命を奥深く輝かせるもの。
これまで生きたすべての他者のコトバをはらむ闇から
あるときふいに流れ星のように贈られ感受されるもの」
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