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2011年9月16日 (金)

今回が「脱原発集会・デモデビュー」  詩人・河津聖恵の世界(10)

Image1527脱原発に関するかぎりは
問題の核心はもはや生命の危機にあるのだから
集団として「けもの」として恐怖の声を上げることは間違っていない。
集団のために個が抑圧されるというよりも
個の生存のために集団の力を借りるということになるのですから(河津聖恵ブログ「詩空間」から)

 河津さんは早くからフクシマ原発について、ツイッターやブログで脱原発の立場から発言している。『福島原発メルトダウン』(広瀬隆、朝日新書)や『見えない恐怖 放射線内部被曝』(松井英介、旬報社)などは書評でもとりあげている。その書の価値を評価する河津さんの論評から、私もすぐに両書を買い求めたほどだ。

 そして7月中旬の川津さんは自身のブログ「詩空間」で脱原発を説くエッセイを転載しながら、その思いを書いている。

『「7月8日京都新聞朝刊「私論公論」」 「福島原発事故──原子力制御は思い上がり」

 一週間前に掲載された論説ですが、とても説得力のある筆致の文章でしたので、転載致します。「刹那的利己的なエネルギー多消費に東縛される文明観からの自己解放が課題となっている」。たしかに今、政治の動きを見ていると、原発からの脱却が、この国ならではの保守性のために、いかに難しいかを思い知らされます。脱原発は「自己解放」だからです。他人を解放するより、自分を解放することはたしかに困難です。しかしだからこそ私たち自身が今やらなくては、子々孫々に絶望を積み重ねることになるのです』

Dscn4893 (川津さんに触発されて読んだ「福島原発メルトダウン」などの私の「原発関連本」)

 ツイッターなどでのツィートだけを読んでいると、「さぞや学生時代も勇ましかったのだろうな~」、そう私は思っていた。しかし、現代詩文庫『川津聖恵詩集』を開いていたら、予想外にもっと内省的?なひとであることがわかった。

 同書で自身の生い立ちなどにも触れてあるエッセイ「吐息」にこうある。

「ある日構内でふと『世界観』という雑誌を手渡された。脳の絵の描かれた青刷りコピーの表紙に描かれたその言葉は、まさしく『異語』だった。その『異語』につられ、『唯物論研究会』というサークルに足を踏み入れた。だがそこでも私は思想というより、ただ硬質な言葉に触れてみたかったのだ。専攻はドイツ文学を選んだが、それもドイツ語というものの『言葉の硬質さ』に惹かれてだった。結局学生運動的なものには深くは関わらなかった。夜中に大学の地下で印刷したビラを、門前で軽く配った程度。やがて・・・・」

 実際、みんなでなにかを「同調してやることは大嫌い」というほどだから、デモなどは好きではないのだろう。でも、その川津さんにしても、9月10日、ついに脱原発集会、脱原発デモに。「公園デビュー」ならぬ「脱原発集会デモ・デビュー」なのだという。

 川津さんはツイッターで初めて脱原発デモに参加したことを報告。私は思わず「ごくろうさま」と言いそうになった。そのことを書いたブログで、「なるほど~」と思ったのがこれ。「『けもの』として恐怖の声を上げることは間違っていない」。そう、いまや脱原発は人類が「けもの」として排除しなければならないそのもの。私もそう思っているから、素直にうなづけたことだった。

 以下は河津さんのブログ「詩空間」から。後半の最後を除くほぼ大半だ。

昨日、脱原発を求める集会とデモ(9.10原発NO!京都府民大集会)に参加しました
京都・円山音楽堂に2600名が参集しました。
昨日10日と今日11日の二日間、政党が市民運動と連帯して行うという形のもの。
政党の動員力もあったとはいえ、これだけの数の集会とデモはまさに圧巻でした。
                                                         
じつはそもそも私は皆で何かを同調してやることが大嫌い。
脱原発に関してもつよく願いこそすれ
実際デモや集会に出向くことにはこれまでずっと抵抗がありました。
しかし一方何とかしなければ、という気持も募っていました。
とりわけ新政権になってから原発問題が急に下火になってしまったようにも思え
この集会の美しいチラシもずっと壁に貼っていてどうしようかと迷っていました。
そんな時、最近入会した地域の九条の会のKさんから昨日たまたま誘われ
よし、行こう、と背中を押されたのでした。 脱原発集会・デモデビューです。

集会はちょうど日盛りに始まりました。
会がたけなわになるにつれ頭上から照りつける陽射しもきつくなりました。
しかし一時間半、集会から立ちあがって出ていく人もおらず、
会場全体の空気が終始真剣だったのには驚きです。

メガバンクやメーカーも責任を取れ!と胸のつかえが取れるような声で叫んだ議員、
農業という仕事を奪われ、何をしたらいいのかと訴える福島の農家の女性、
福島県の深刻な教師不足の実情を報告する教師、
また京都府全体がその80キロ圏に入る、「原発銀座」を抱える福井県からの連帯の発言、
その福井原発の事故を心配する京都北部の人々の不安の声々・・・

集会後、四条河原町を経由して京都市役所までをデモ行進しました。
2600名の長蛇の列とシュプレヒコールは
周囲に相当なインパクトがあったと実感します。
多くの通行人が歩道からじっと見ていました。
そんなにじっと見ているならば加わればいいのに、とさえ思うほど。

集団行動の大嫌いな私ですが
「危険な原発の再稼働は許さないぞ」等のシュプレヒコールを   
いつしかおのずとあげていました。
なぜでしょうか。
それは恐らく集団の一人として加わっているうちに
動物的な恐怖を触発されたからだと思います。
自分がいかに原発に恐怖しているのかを実感しました。
同じ意図を持って集まった集団の磁力のようなもので恐怖を引き出されたのです。

恐らく人は集団となるとき「けもの」の怒りと恐れを引き出される。
集団というものが目ざめさせる動物的な本能によって
ひとは時に間違った方向に行くこともあるだろうけれど
脱原発に関するかぎりは
問題の核心はもはや生命の危機にあるのだから
集団として「けもの」として恐怖の声を上げることは間違っていない。
集団のために個が抑圧されるというよりも
個の生存のために集団の力を借りるということになるのですから』

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