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2011年9月 2日 (金)

詩は苦悩する他者に同苦し、他者と歓びを分かつために 詩人・河津聖恵の世界(4)

Dscn4252 (河津聖恵さんの詩論集『ルリアンス 他者と共にある詩』2007年、思潮社)

 「もう、中途半端な個ならば要らない。詩は苦悩する他者に同苦し、他者と歓びを分かつために書かれるべきものであり、自分のために書くしかない場合もまた、自分という他者の救済と歓びのために書かれている筈なのだ。たとえ不安や空漠感が描かれていても。本書における詩観の根底にも、詩とはそのように、故知らず、我知らず他者と共にあることをもとめている、もとめてしまう筈だ、という私なりの確信がある。拙さ、読みがたさ、牽強付会といった難を越え、その確信が伝わればと思う」(『ルリアンス』「あとがき」)

                                              

 「詩の『言葉』はあくまで書き手の、おそらく書き手自身もさだかでないただなかから生成し、他者とつながろうとしながらも、ついには潔くそこで終わるしかない宿命にあるからだ。いってしまえばそれは、社会や時代を映しだしながらも他者にとどこうとして熄(や)んでしまう、『打ち上げ花火』のような『自己表出』(吉本隆明)といっていいかもしれない。あるいは静かでしめやかな、けれどだからこそ社会や世界にとっては実は決定的な『違和』ーーそれは『言葉』いや『言葉』への欲望が、書き手のなかに穿つ『深さ』からたちあらわれるだろう」(『ルリアンス』「『違和』という路地 五月女素夫『木の衝立』)

                                               

 「詩ははじまりにおいては純然な『自己表出』だ。なにかをいいあてたい、この社会に流通する言葉ではいいあてられないなにかを、というかすかなズレのような欲望が、書き手自身もさだかでないただなかから生成するとき、詩ははじまる、とここでは考えた。詩がそのようにして書き手のだだなかから生まれるものであるかぎり、それは時代や社会にとって『違和』として存在する。詩がいいあてられない、けれどいいあてたいなにかとは、未知のいいしれない魅惑的な価値にささえられている。その未知の価値が詩を詩たらしてめるが、それは今ここに生きていることがどこかちがう、というズレの体感をきっかけとしてこそ予感しうると思う」(『ルリアンス』「潜り込み 溶け込む 渡辺玄英「海の上のコンビニ」) 

                                              

 「詩を書く『この私』は詩という現場で、言葉を選び、選ばせられるそのような感受性の精緻を問われてゆくのだといえる。いやむしろ同化と違和のへの言葉の感度を問われることが詩を書くこともしれないし、だからこそ私たちは詩を書き(読み)、あるいは書こうと(読もうと)するのかもしれない。『この私』の、システムと自分自身の欲望に対する感受性を試してみるために。まだ『この私』が、書き書かされ、あるいは選び選ばされる現在のバランスの中心でありえているのか、それらを感受する精緻な身体として存在しえているか、を確認するために。それは、結局は生きている実感を深く感じとることにつながるだろう」(『ルリアンス』「詩を書く『自分』 松岡政則「ぼくから離れていく言葉」)

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