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2011年10月

2011年10月31日 (月)

紅葉が街に下りてきた 日光の街や霧降高原でも秋本番へ

 紅葉が奥日光から日光の街に下りてきた。この時期の紅葉で私が目印にしているのが(いや、日光市民の多くがかな)、霧降高原に近い「興雲律院」だ。毎年、期待を裏切らない見事な色合いをみせてくれる。

 30日も高校の同級生2人と(小、中も一緒だから、12年間も同じ学校に通っていた)観に行ってきた。「きれいだね~」。開口一番、二人ともそんな声を挙げていた。私も思わずカメラを手にしていたのだった。

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Dscn5314 (「日光山 興雲律院」の紅葉が始まってきた=30日、日光市萩垣面)

興雲律院(日光観光協会オフィシャルサイトから)

天台宗の安楽律法流-あんらくりっぽうりゅう-に属する寺で、享保-きょうほう-14(1729)年の創建である。この寺は天台の正しい教えをすすめ、仏法の戒律を実践するという目的を持ち、西の比叡山-ひえいざん-(京都・延暦寺-えんりゃくじ-)と東の東叡山-とうえいざん-(東京・寛永寺-かんえいじ-)、ここ日光山の3か所に創建された本山格の道場のひとつ。鐘楼門-しょうろうもん-前に「参詣者以外の見物お断り」の看板があるとおり、修練道場である。
 この鐘楼門は唐様-からよう-の素木造り-しらきづくり-、屋根は入母家造り-いりもやづくり-で、竜宮造り-りゅうぐうづくり-といわれる様式の変形。かつては美しい音色の梵鐘-ぼんしょう-があったが、第2次世界大戦で供出してしまい、いまだにない。境内には安産と子どもの成長を願って奉納された将棋の駒が並ぶ三天堂-さんてんどう-(駒堂-こまどう-)がある

 一方、市内から少し外れた清滝にある「日光清滝養鱒場」の日本庭園の紅葉はこれからが本番。ライトアップは10月25日から。それから4日目の28日に「日光ふぃふぁ山荘」から声がかかったので、観に行くことにした。

 このときはまだ「五分咲き」?といった状態。それでも600坪あるという広い敷地の「順路」をほのかにてらすローソクの案内で、ゆったりした時間を味わうことができた。「見頃は?」と聞くと、「今年は11月3日ごろでしょうね」とのことだった。

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Dscn5250 (ライトアップされた日光清滝養鱒場・日本庭園の紅葉。約150年前に建てられたという古民家でくつろげる。11月3日ごろが見頃のピークになりそうだという。入場料400円が必要=写真は10月28日夜)

 日光清滝養鱒場のライトアップについては、人気ブログ「日光ふぃふぁ山荘」http://fifabakutyouou.cocolog-nifty.com/nikkousannsou/2011/10/post-6.htmlが詳しいので、そちらへ。たまたま本日31日付で、やはりブログにアップしておりました~。

日光清滝養鱒場

住所 日光市清滝3‐11‐15
問合せ 0288-54-1266

期間 10月25日~11月13日
時間 18:00~21:00 
料金 400円

Dscn5328 (秋本番を迎えた日光霧降高原。落ち葉が広がった近所の道路を無我夢中で歩き回る我が家の「名古屋のこうちゃん」の元気な様子もアップすることに。毎週平均5個を生んでいるところだ=10月31日)

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2011年10月29日 (土)

古都・栃木の街路を生かした風物詩に 「とちぎ一箱古本市」(小冊子へ)

Dscn4296(「とちぎ一箱古本市」に出店した古本屋「砂時計主義」=9月4日、栃木市)

 古本屋「砂時計主義」が9月上旬に出店した「とちぎ一箱古本市 in楽古市」、その実行委員から、そのイベントの小冊子を制作するので、短文(400~500字)を寄せてー。そんな依頼があったので、本日、急いで、その日のことを思い出しながら、書いてみた。

 どうせなら~、ツイッターでも。ということで、ツイッアーでも5回にわたって、呟いてみた。原稿用紙1枚半ぐらいなので、小冊子になるときは削られるかも。ということもあり、ブログにも。栃木はさすが、風情ある古都だと感じて帰ってきたことも思い出した。(以下はメールで実行委員に送った「感想文」だ)

Dscn4276 (「とちぎ一箱古本市」の街道に景気よく出現した早大チンドン研究会のお嬢=9月4日)

 「平田弘史のこの劇画をください」「えっ!若いのに平田弘史が好きとは。薩摩義士伝なんかもいいよね」。時代劇を中心に骨太の劇画を描くことで定評のある平田弘史。彼の作品は劇画を超えた劇画というか、独特の世界で、ずっと以前から、私の好きな作家だ。

 そんなやりとりがあった9月上旬の「とちぎ一箱古本市」の私の古本屋「砂時計主義」。場所は例幣使街道沿いの古い商家の軒先。道路の向こう側は味噌工場跡で、往時のにぎわいが容易に想像できる、いわゆる街道筋だ。同商家では「アリノアシオト」という面白い店名の古本屋も出店。

 「美術学生ならやはりグラフィックデザインの草分けともいえる竹久夢二のこの本を」。そんな声を掛けているうちに、通りの向こうから若者たちの陽気なチンドンの音が。なんと、早稲田大学のチンドン研究会のメンバーたちだという。

 いや、その空が抜けたような景気のよさ。あちこちの民家からお母さんたちも通り沿いに飛び出している。いかにも懐かしいチンドンは古本市にぴったりだ。人通りが思ったほどではなかったこともあり、売上の方はいまいちの結果に。

 とはいえ、かっての街道で古本屋が軒を並べる光景は風情がある。思いもしなかったお客さんや地元の人たちにも出会えた。ゆるやかなその時間と空間が流れた「一箱古本市」、古都・栃木の街路をもっと生かした風物詩に育ってと。

Dscn4295 (古本屋「アリノアシオト」「砂時計主義」が店を開いた古い商屋前で早大チンドン研究会の面々と地元の人たちも交えて記念撮影~=9月4日、栃木市)

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2011年10月26日 (水)

詩「ひとは一つの詩とともに・・・」が溶け合った時間  詩人・河津聖恵の世界(23)

P1130302_2 (「震災と原発」をテーマにした詩の講演会・朗読会で朗読中の河津さん=1日、JR日光駅ホワイトルーム)

 詩の講演会・朗読会で河津さんが朗読した詩は7篇。「印象に残った詩は?」と参加者に問いかけたアンケートの回答では、「影」「鏡池」があったが、さらに「ひとは一つの詩とともに生まれてくる」が複数あった。

 私の友人で茨城県の詩人、磯山オサム君も挙げていたのが、この「ひとは一つの詩とともに・・・」だった。以前にもこの「河津聖恵の世界」でもとりあげているが、そのときはまだBGMは考えていなかった。なので、あえてもう一度、とりあげたい。

 というのも、当日のBGMはジョージ・ウィンストンの「DECEMBER」。彼の曲はいずれも透き通った音色が特色だ。音ははっきりしているのだが、その響きに嫌みがない。ジャズピアノのビル・エヴァンスとはまた違った独特な魅力がある。

 その曲「DECEMBER」と詩「ひとは一つの詩ととも・・・」が、100年前、大正元年に建てられたJR日光駅ホワイトルームの空間に溶け合った時間だったと思う(と~、選曲したわたしは自画自賛しているのだった~)。

 その曲と詩が一体になると、どんな雰囲気になるのか?。当日の会場の状況を再現してみたい。詩については「絵のように美しい」というアンケート回答があったが、この詩もそのひとつだ。まずは曲を聴きながら、この詩をじっくり味わってほしい。

                                                     

ひとは一つの詩とともに生まれてくる

                    河津聖恵

ひとは一つの詩とともに生まれてくる
燃えるたった一つの詩に照らされながら
怒った真っ赤な額で産まれてくる
(でも星座のように読むことができるのはそのときだけだ)
永遠に読むことのできない詩のために
私たちはいやがおうでも生かされていく
権能者ではなく 孤独な書き手でもなく
むさぼりのためでなく 口実ではなく
自身の牢獄を磨いてみせることもなく
ただ詩とともにあるということで生きる・生かされる(私たち詩の囚人か、ともがらか)
あかあかと詩の尽きるとき一閃で消える(祝祭か、とむらいか)
私たちが去れば宇宙のグラスに揺れ動くワインのようにゆったりと燃え拡がるはずだ
世界は初めて美しいよこがおを虹色に染めるだろう
詩は千年をかけて夜の鳥たちのように
はるかな空無へ他者へ燃えわたされていく
(私たちがいなくなったならば誰かがまた歓喜と苦悩の油を絞る)
よりよく燃えるために私たちは生きる・書く 
風は葉を揺らし花は香りを放ちながら・書く
ふいに敗北したように空気はかたわらでくぼみ句点が打たれ
いつしかけもののように他者のために祈りつづけ世界は輝く白紙となり 
ただ証すための一篇にいとおしく焼き尽くされるため
この今を抱くように生きている

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2011年10月24日 (月)

タイミングの偶然さにびっくり THE GENIUS OF BUD POWELL

Dscn5238 (きょう今市で買い求めたばかりのJAZZの名盤「サ・ジニアス・オブ・バド・パウエル」)

 つぶやきにびっくり!たまたま今、LPで聴いていた RT 絶頂期のバド・パウエルを捉えた名盤 'the genious of bud powell' 。トリオ演奏(レイ・ブラウン、バディ・リッチ)とソロ演奏が楽しめます。この溢れる音、音。音。凄すぎます!Verve 時代の傑作です

 上記は本日のツイッターで先ほど(午後11時過ぎ)RTしたもの。というのも、LPのジャズレコードをそろえようと、たまたま本日、今市の中古レコード店「NOW」に寄り、買い求めたその一枚のことだから。

 きょうは一緒に買い求めた「ロシアのパン」などで知られる不思議なバンド「たま」や名曲「風」を唄っている「はしたのりひことシューベルツ」などをかけていた。

<ふ~む、こんどはパウエルを聴きたいな>。そう思ってそのLPをかけながら、パソコンに向かっていたところ、同時にこのレコードを紹介しているツイートを知ったのだった。

(「ザ・ジニアス・オブ・バド・パウエル」がネットで見つからなかったので、代わりに彼の代表曲をアップすることに)

 偶然ではあるが、この偶然さも偶然。そもそもバド・パウエルのLPレコードを手にいれたのは本日が初めて(CDはもともとある)。そのうえ、かけたのも本日で、深夜になって。それと同時にフォローしているジャズ通(ほとんど専門家)から、このレコードを紹介するツイートがつぶやかれたからだ。

 そのツイートもそうだが、「ザ・ジニアス・オブ・バド・パウエル」(バド・パウエルの真髄、あるいは精神)のピアノのさばきは大変なもの。はねるように、ながれるように、はしるように。

 ピーターソン、キース、エヴァンス、あるいはガーランド、ブラントー。私の好きなジャズピアニスト、彼らはもちろん素晴らしい(むろん、山下洋輔もー)。だが、それとは違ういわゆる50年代JAZZだ(ジャケットでは録音は1950年7月、1951年2月とある)。

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2011年10月22日 (土)

懐かしのLPレコードホームコンサート 日光霧降高原の砂時計家で

Dscn5214

Dscn5217 (砂時計家の「LPレコードコンサート」の会場?=21日夜、日光霧降高原)

 いや~、レコードプレーヤーを手にするのは久しぶり。というか、たぶん学生時代以来だろうから、30数年ぶり。たまたま寄った今市の中古レコード店「NOW」、そこで見かけたプレーヤーだ。

 LPレコードは回せるし、CDもOK、カセットテープもでき、AM・FMのラジオを聞くことができる。木調で、薪ストーブ生活に似会いそうなスタイル。「で、おいくら」「1万円」「えっ、1万円!」。ということで、買い求めたのが20日だった。

 でも、LPレコードは古い昔に処分しており、ただいまゼロ。なので、まずは「ピーターソン」を買い求めた。さらに21日、再びお店に顔を出し、南沙織の「17歳」や森田童子、ヘレンメリル、グレンミラーの二枚組(もちろん、「インザ・ムード」が入っている盤)、チック・コリアなど8枚もそろえた(8枚で9千円)。

Dscn5221

Dscn5225  

  薪ストーブの とろとろした空間でこれらのレコードを聴くなら、<いっそのこと、みんなで>。そう思い、エルネストが経営する「鳴沢ロッヂ」に声を掛けに。すると、「LPレコードコンサートをやるなら、うちのも借りていって」と。

 そのエルネストから懐かしい「PPM」や「エヴァンス」「シュープリームス」など5枚を借用(もともと「CCR」を借りていたが~)。これで手持ちのLPレコードは16枚(たった16枚だが、大きな一歩だ。CDは我が家に約820枚あることが今回分かった)

 ということで、21日夜、砂時計家でLPレコードコンサートを開いたのだった~。ゲストハウス「巣み家」が「それ~」とやってきたのでー佐藤さん、クミコさん、ホリベ君、エカト、山形やタイなどの旅人3人ー、それにダイちゃん、日光ふぃふぁ山荘とヨシナリ君、私で11人にも(「NOW」のヤギサワさんは迷子になってしまい、来られず)。

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 ということで、砂時計家の「薪ストーブを囲む第1回LPレコードコンサート」?は大盛況?のうちに進んだのだった。だが、しだいに宴会模様に(いつものパターンなのだが~)。日本酒、ビール、ワイン、ノンアルコールビールで夜が次々と更けていったのだった。

 手持ちのLPレコードはわずかだったが、それなりに懐かしいレコードを聴くことができた。これからさらにLPレコードを集め、音楽ファンらと(日本酒ファンも)再び、「レコードコンサート」を開きたいなとー。それにしても南沙織のそれこそ初々しい「17才」はやっぱりいいね~。

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2011年10月20日 (木)

日光霧降高原は秋本番  我が家周辺はもう枯れ葉の世界に

Dscn5179 (我が家から一歩でた道路はもう枯れ葉の世界に=20日、日光霧降高原)

Dscn5191 (木々たちもすっかり秋化粧の日光霧降高原=20日)

Dscn5174 (日光霧降高原の砂時計家の隣地の秋模様=20日)

Dscn5169 (青々としていた我が家のヤマツバキの葉ももう冬に向かう姿に=20日)

Dscn5171 (砂時計家の裏手に向かう「じゅうたんろーど」も、はらはらと落ち葉が=20日)

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2011年10月19日 (水)

けれど私たちはふたたび旅だとうとしているー詩「潮」 詩人・河津聖恵の世界(22)

P1130412 (ご自身の詩を朗読する京都の詩人、河津聖恵さん=1日、JR日光駅ホワイトルーム)

(レッドガーランドの「GROOVY」)

 「『ひとりびとりの死者』へ、『ひとりびとりの生者』から」を演題にした京都の詩人、河津聖恵さんの詩の講演会・朗読会(1日、JR日光駅ホワイトルーム)の第二部にあたる朗読会で、読まれた詩は7篇。一方、用意していた詩は10篇。3篇は時間の都合で読むことができなかった。

 読まれなかった当日の幻?の詩のひとつが詩「潮」。河津さんの詩集『青の太陽』(2004年、思潮社)に収められている一篇だ。「私たちは哀しむことのできる塒を探している」。こんな魅力的な詩句で始まるその詩「潮」のBGMはレッドガーランドの名演奏で知られる「GROOVY」を用意していた。

 詩のトーンに比べ、このジャズでは少し明るすぎる気がしていたが、音をかなり絞れば、この詩にも合うのではないか?。と思って、当日の未明に選んだものだった。その夜、会場で披露できなかった朗読詩をこのブログで再現してみようと思う。BGMとのセットの朗読詩ということでは、初公開?ということになる。

 「私たちは哀しむことのできる塒を探している」もそうだが、この詩には「けれど私たちはふたたび旅だとうとしている」、あるいは「分からなくなった孤独のかたちがある」「今この世界に固有の哀しみはどんな色をしているだろう」など、いくつもの魅力的なフレーズにあふれている。

 詩の講演会・朗読会のテーマは「震災と原発」。河津さんにはテーマのそのものズバリの詩も最初に読んでいただいた。が、この詩「潮」は2004年につくられたものだが、「哀しみ」をキイワードにしながらも、「そこへ行こう そこへ」と、かすかな光も語られる。

 私からすれば、東日本大震災の膨大な死者たちに贈りたい歌のひとつはこれだー。そのように思え、今回の朗読詩のひとつにしていただきたい、そのように河津さんに依頼したのだった。

      

                河津聖恵

私たちは哀しむことのできる塒を探している

どこへいってもかまわない

そのように橙の光と菫色のざわめきの煮くずれる

ゆうぐれの駅舎の電光掲示板に

地名は番線ごと水のようにあらわれては吸われてゆく

居並ぶアルファベットの一つ一つは

よわよわしい世界のメタファーだ

目的地とは断片にすぎないだろう

けれど私たちはふたたび旅だとうとしている

哀しみがまだどのように可能で

どんな草いきれや土のざらつきで証されるのか

確かめるために

いつからか途方もなく突っ伏してみたいと思っていたのだ

                                                       

分からなくなった孤独のかたちがある

今この世界に固有の哀しみはどんな色をしているだろう

それらの象りのために

月と夜を生みだす露まじりの冷たい砂が必要だ

きっとその土地で疲れてたおれる私たちのからだから

涙ではない虫の体液がながれ

竜舌蘭の匂いがし

死者のような叡智もめざめるだろう

私たちはなにを哀しんでいるのか 哀しんできたか

哀しむべきで 哀しみむうるのか

たどりついた風の中でなにものかが教えてくれるだろう

                                                     

私たちは哀しむことのできる塒を探している

DUBLIN BAGDAD KABUL TOKYO

どんな駅の名をつげても係の女は無言でチケットをちぎる

世界にはまだそんな力がのこされ

私たちをふたたび乱暴に励ましてくれる

そこへ行こう そこへ

風の中からなにものかの唾液がたらされ

答えのかたちで砂がもりあがり

ムーンフラワーがいっせいに揺らめくところ

感情のない大きな翡翠の眼がおちてゆく太陽をとかし

まなざしの行方から夜をゆっくりとよびよせるところ

(4連 5連 略)

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2011年10月16日 (日)

詩「影」-誰にもきこえない慟哭をー 詩人・河津聖恵の世界(21)

(河津聖恵さんの詩「影」のBGMにしたエリック・サティの代表曲「ジムノペディ」)

P1130293 (詩の講演会・朗読会の講師をつとめた京都の詩人・河津聖恵さん=1日夕、JR日光駅)

 「震災と原発」をテーマに「『ひとりびとりの死者』へ、『ひとりびとりの生者』から」と題して開いた京都の河津聖恵さんの詩の講演会・朗読会(1日、JR日光駅ホワイトルーム)の模様をこのブログで伝えてきたが、朗読詩そのものをまだアップしていなかった(のだったー)。

 河津さんに朗読してもらおうとした自身の詩は十篇。九篇はいずれもBGMを準備していた。そのうち2番目に読み、「印象に残った詩は?」というアンケートでも挙げられていた詩「影」をまず紹介してみようと思う。なお、会場で朗読できたのは、時間の都合で七篇までだった。

 詩「影」のBGMはエリック・サティの代表曲といわれる「ジムノペディ」。柔らかな旋律が印象的な曲だ。実際に会場で流した曲は私のお気に入りのCDでダニエル・コピアルカが演奏しているもの。ブログでアップしたものよりややテンポが速い。それも演奏はバイオリンが全面に。このコピアルカのCDも入手して聴いてほしい(私のところに訪ねていただければ、いつでもおかけしますー)。

 こうすることで、残念ながら会場に来られなかった実行委員やそのほかの人たちにも、少しはこのときの朗読会の雰囲気を知ってもらえるかもしれない。

 影
                 河津聖恵

瓦礫をふみわける音がする
ふかく くろく
こんもりと影たちが這っている
テレビの画面か それとも
覚めきった夢だろうか
劇しい夢の水が退(ひ)いたあと
光と影だけが残された この世の果てか 

瓦礫の上で
影は音を脱ごうと ひそやかに身をよじる
音はたしかに
生きている証だが
影は生きることを憎むかのように
みずからの音を拒み
実体をふりすてようと
うごきつづける 

背中を見せたきり
永遠にふりむくことのないそのひとに
声をかければ
雪のように溶けていくだろう
残酷なほど青い空につづこうと
言葉は千年前の雲のように
くずおれてしまうだろう
もう神話のひとであるひとに
語りかけるには
きっと神話の言葉がいる
だが誰も思い出すことが出来ず
遠巻きにしりぞいていく
この世ならぬ瓦礫の沈黙の深さだけが
影を撫ぜ
非在の悲しみを抱きとめる
誰にもきこえない慟哭を
水のように受け入れてくれるのは
影の世界だ

やがて時間がふるえ
音が蘇り始める
ふみしめる爪先に吸われるように 
そのひとはしゃがみ込む
影はやっとただの影になり
濃くちぢかまる
大きなリュックがかすかに揺れる
顔の見えないそのひとは
さらに向こうへと身を乗り出した
何を見つけたか
あるいはそのひと自身が見つけられたのか
恐ろしい深淵に あるいは
宝石のように輝く何かに──
だが誰もたしかめることが出来ず
遠巻きにしりぞいていく
希望も絶望も どんな言葉も
そこに回り込めないから
そのひとは今 眼の前にただあるものと
ふたりきり
言葉のない言葉を交わしつづけている
死にゆく孤独の時のように あるいは
生まれてきたあの
苦痛の時間のように──
大きなリュックに
見えない雪をふりつもらせ
ときおり悲しみのように 救いのように
こぼれおとしながら

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2011年10月15日 (土)

詩劇『鎮魂と復興のうた』、京都で18日  大震災支援チャリティで詩「そのけなげな表情も」?

20111018

 京都で大震災を悼む大掛かりな詩劇が18日、開催される。「鎮魂と復興のうた」。そのチラシが送られてきていたので、<なかなかやるものだね~>。そう思っていたら、そこで朗読される詩の中に私・黒川純の詩「そのけなげな表情を」も入っていた。

 気づいたのはついきのう。初めは<どうして?>。そのうち、そういえば、詩友というか、詩の先輩である神戸の詩人・永井ますみさんが確かだいぶまえに「黒川純の大震災詩を京都の詩人の人たちに紹介しておきましたから」、そんな連絡を受けたことがある。

 詩「そのけなげな表情を」は、私たちの同人誌で「東日本大震災・フクシマ原発特集」をうたった『序説18号』にある。黒川純として書いた30数篇のひとつ。それがどうも詩劇で朗読されるよう。

 <されるよう>、というのは、この詩劇で使いますとかいった連絡を受けた覚えがないから(どうにも記憶にないので、連絡があったことを忘れてしまったのかどうかー)。別に使われるのはうれしいから、かまわない。だが、なんだか、変な感じではある。

 というのも、「詩人の生の声で」。そう以下のブログにあるから。私が京都に行くわけでもないのに。どうなっているのかな?。ともあれ、朗読詩のひとつらしいので、アップすることに。京都・関西周辺の方は18日はどうぞ、会場へ。

 それらの情報はたまたま検索で知ったブログ「パピヨンの部屋」からhttp://papillon.vpweb.jp/-e8-a9-a9-e5-8a-87-e3-80-8c-e9-8e-ae-e9-ad-82-e3-8.html。以下はその「パピヨンの部屋」をそのまま転載。

第26回国民文化祭・京都2011参加事業
京都市国際交流会館~東日本大震災支援チャリティー企画~


京都からの新しい風=詩の朗読・劇・映像・音の夕べ
チャリティ企画

東日本大震災を悼む
詩劇『鎮魂と復興のうた』



詩人として表現できることを、心に感じたことをぶっつけたいのです。
そして、少しでも支援に結びつけられればと、そんな思いです。

主催:現代京都詩話会

共催:財団法人京都市国際交流協会

後援:第26回国民文化祭京都府実行委員会・京都市・
京都新聞社・関西詩人協会・日本現代詩人会

協賛:株式会社アイ・エム・ビィ・センター
丸五自動車㈱・株式会社トーヨー企画



  とき   2011年10月18日(火) 受付18:00 開演18:30

  ところ  京都市国際交流会館イベントホール
        (京都市左京区粟田口鳥居町2-1)


  チャリティ協力金  1500円(剰余金は全て日赤を通じて寄付します)
    
  京都府、また近辺に避難されている被災者の方々には無料招待券を
  差し上げます。(先着15名さま限り)主催者にご連絡くださいませ。

  (これは詩劇中で朗読される詩のひとつです。ぜひ詩人の生の声で
   聴いてください。詩があなたたのこころを揺すぶることでしょう)

        私は忘れないだろう
       哀しみでもない
       悲しむでもない
       肩を落とすでもない
       不満というのでもない
       訴えるでもない
       責任を問うでもない
       怒るでもない
       頼るわけでもない
       でも
       私の視点をぐらぐらと揺らし
       ざわめきを呼び出し
       先が見えない暮らしを
       頬を伝わる涙で伝える
       そのけなげな表情を

            泥をかき出すボランティア詩人 黒川 純
    
 
     
  プログラム
        プロローグ 歌&ギター 堤 歌代子さん、山田昭夫さん

        第一幕   『過酷なり自然』  
                   劇・詩・音楽(津軽三味線 山本竹勇)

        第二幕   『悲しみに耐えて』
                   同上

        第三幕   『明日に向かって』
                   同上

        エピローグ 皆で歌おう

        ★脚本・演出 田村照視
        ★企画・構成 井上哲士・すみくらまりこ
        ★ナレーター 竹村淳子
        ★朗読詩

  すみくらまりこ「祈りの島」「さくらちゃん」
  田村照視「過酷なり自然」
  長岡紀子「この地に」
  設楽壽一朗「希望」
  中西 衛「波濤」
  黒川 純「そのけなげな表情を」
  水月りら「存在」
  司 由衣「危機を告げるカナリア」
  有馬 敲「それからの浦島」
  三浦千賀子「このままボクは」
  井上哲士「海底のピアノ」
  上村多恵子「明日だけを見つめて」
  
       ★高橋竹山流・津軽三味線と語り  山本竹勇さん
       ★スライド作成  トーヨー企画
        

  主催者連絡先
        現代京都詩話会 電話    075-314-6449
                   ファックス 075-314-6459

  (以下は京都新聞10月13日から転載)

東日本大震災の犠牲者を悼み、被災地の復興を願って、京都の詩人や愛好家らでつくる「現代京都詩話会」が、詩劇「鎮魂と復興のうた」を作った。自然の厳しさ、被災者の悲しみや葛藤、立ち直ろうとする人々の力強さなどを詩と演劇で表現する。18日午後6時半から京都市左京区の市国際交流会館で初めて上演する。
 同会は、はじめ今年京都で開かれる国民文化祭の参加事業として、自作の詩を盛り込んだ詩劇の上演を検討していた。震災が発生したため、計画を変更し、会員など13人が震災をテーマに15篇を完成させた。アマチュア演劇の経験がある同会の田村照視(しょうじ)代表(75)=右京区=は、被災地の避難所を舞台にした演劇の脚本を考え、併せて公演することにした。
 詩劇は、「苛酷なり自然」「哀(かな)しみに耐えて」「明日に向かって」の3場面でつくり、津軽三味線奏者の山本竹勇さんの演奏に合わせて会員らが詩を朗読する。津波が襲う様を巨大な生き物に例えた詩や、両親を失い、寂しさを隠して生きる少年の心情を描いた詩がある。
 朗読の合間には劇を披露し、幼子2人とおばあさんが津波で行方不明になった家族を主人公に、被災者の悲しみや復興へ向かう力強さを表現する。
 オープニングでは、阪神大震災で被災し、直後に歯肉がんの手術であごの骨を失いながらも、仮設住宅や高齢者福祉施設に歌声を届け続けた音楽セラピスト堤歌代子さん(72)=兵庫県宝塚市=が、オリジナル曲を歌う。
 田村代表は「東日本の方々に、少しでも希望や元気を届けられたらうれしい」と話す。入場料は1500円で、収益全額を日本赤十字社を通じて義援金に充てる。東日本大震災の避難者は無料。問い合わせは田村代表TEL075(314)6449

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2011年10月14日 (金)

「詩の奥深さや詩人の感性の深さを感じた」  詩人・河津聖恵の世界(20)

P1130412 (「河津聖恵の世界」で自身の詩を朗読する京都の詩人、河津聖恵さん=10月1日、JR日光駅ホワイトルーム)

Dscn5117 (当日、東京から駆けつけた参加者がびっしりとしたため、郵送してくれたアンケート回答用紙)

 「詩の奥深さを感じた」「詩人の感性の深さを感じた」「『詩人は死者に言葉を』。詩人が詩を書き続ける良い言葉だと思いました」「実際に聞くことによって伝わるものがありました」「2011年前の詩は絵のようでうつくしい」。

 「震災と原発」をテーマに京都の詩人、河津聖恵さんを講師に招いて開いた詩の講演会・朗読会(10月1日、JR日光駅ホワイトルーム)。おかげさまで大盛況のうちに終わることができた。冒頭に紹介したのは、その際、参加者からいただいたアンケートの回答の一部だ。

 お答えいただいたアンケート用紙は参加者に比べ、多くはない。だが、全体評価については、そのいずれもが「非常に良かった」と答えてくれた。ただ、「素人にはむずかしいというイメージがある」とか、「BGMは不要という詩もありました(アヴェ・マリアはGoodでした)」などの耳の痛い注文も。

 そんな回答が寄せられてからはや2週間。本日・14日、一通の手紙が日光霧降高原の実行委事務局に届いた。封を開けると、当日の会場で手渡したアンケート用紙。それに感想が丁寧にびっしりとしたためてある。

 その参加者はよく覚えている。ネット検索で(「詩」「原発」をキイワードに)河津さんの詩の講演会・朗読会を知り、9月30日夜に電話で予約を申し出てくれた。東京の詩のファンだ。その参加者がわざわざ、封筒で回答を寄せてくれたのだ。感謝感激だ。

 それもそうだが、その回答そのものに惹きつけられた。いかにもじっくりと河津さんの講演と朗読を聴いてくれた、それがよくわかる内容だからだ。さっそく、ご本人に連絡し、このブログに掲載してもよいかどうか。その了承をもらい、主な回答を掲載することにした。

 問い 詩の講演の内容に対して、どんな感想がおありでしょうか?

 答え 「辺見さんの震災や原発への痛みや苦しさへの共感、強い意志力を河津さんが受け止めていると思いました。詩の表現方法(命令法等)にも言及されていることも印象的でした」

 問い 講演で印象に残った評論や指摘、主張や事例などは何だったでしょうか?

 答え 全体の中で個をみるー。詩人としては大切なことの主張や現代詩の存在感、使命感(社会のカナリアとしての詩の意味)がなくなっていることについての評論等、種々、共感しつつ聞きました」

 問い 詩の朗読の全体についての印象はどうだったでしょうか?

 答え こういう形での朗読会は初めてでもありました。落ち着いた声でゆったりと読まれました。一つの詩が長いことに驚いたり、表現力の豊かさや深さ等、詩の奥深さを感じました」

 問い 朗読した詩のうちであなたはどの詩が印象深かったでしょうか?

 答え 聞いて、情景が浮かんできたのは鏡池。他の詩は、一部分の言葉にひかれても、私自身の国語力のなさも手伝って、朗読を聞きすぐに(その長さもあり)理解することは難しかったです

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2011年10月13日 (木)

ぜひもの「香川大介――生の絵画展」  16日(日)まで小杉放菴記念日光美術館

Dscn4616

合併5周年記念
一体感醸成企画
日光在住の作家たちIII

香川大介――生の絵画展

2011年9月10日(土曜日)から
2011年10月16日(日曜日)まで

Dscn4619

 まさに「現代の絵師」。そのような絵画が静かな空間に展開する。小杉放菴記念日光美術館観ることができる香川大介さんの作品群だ彼も災害支援「チーム日光」のメンバーとして災害支援にあたっているが、ここにあるのは絵師そのものの世界だ。

 綿密、繊細でいて、いかにも大胆。浮世絵風でいて水墨画的であったり、近代画の手法に似た構図など。江戸と現代が入り混じった不思議な感覚がやってくる。すべて下絵は描かず、そのまま本題へ。狂気の世界に触れるかのような怪しい魅力がある。

Dscn4603

 技量は最初の絵図で一目瞭然。日光の霧降高原を鳥瞰した絵図。ひとつひとつが丁寧でいて、優しい空間が拡がる。まるで広重や北斎の時代の絵師が描いたような錯覚さえ覚えてしまう。

 大介さんというか、だいちゃんというか、彼は寡黙だが、意志ははっきり。現代の画壇にどうもあきたらないようで、我が道をゆくといった超人のようだ。それでいてふだんは衛星のように雰囲気の人柄でいる。

Dscn4656

 その独特な組み立て方の作品は彼が生み出したとはまず思えない。だが、これらの作品を観る限り、彼は人生の深い秘密の一端に触れてしまったのかもしれない。そう思える作品群だ。

 会期が終わるまであと3日。この機会にたくさんの人に香川大介の世界に触れてほしい。同時に災害支援「チーム日光」代表でもある扉作家・小坂憲正さんの世界をまとめて、それこそ、扉の戸をたたくことができるできるいい機会だ。

(以下は小杉放菴記念日光美術館のHPから転載)

休館日
毎週月曜日(祝日・振替休日のときは開館し、その翌日を休館)

開館時間
午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)

Dscn4644_2

入館料
一般700(630)円、大学生500(450)円、高校生以下は無料
()内は20名以上の団体割引料金

主催
日光市/日光市教育委員会/財団法人 小杉放菴記念日光美術館

Dscn4635

香川大介氏は福岡県の出身で、
フランスのスケーター・ブランドに
チーフデザイナーとして在籍後、
2005(平成17)年より、収入を絵画制作に
限定した『無銭徒歩日本縦断』を開始し、
各地で制作を続けながら、約2年後の
2006(平成18)年の末に、
日本の最北端・宗谷岬に到達しました。
その後、2008(平成20)年には日光市へ
移住し、アトリエ兼事務所の『工房桂』を
設立。現在は同所に拠点を置き、
絵師として各地で展覧会を開催すると
ともに、文筆家や音楽家、舞踏家など、
さまざまなジャンルの表現者たちとの
ライブセッションも積極的に
行なっています。近年では、
2009(平成21)年に京都の東本願寺で
開催された企画展〈感応-真宗と出遇った
芸術家たち〉展への出品などで
注目を集めました

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2011年10月12日 (水)

「小坂憲正――感じる扉」展へどうぞ 16日(日)まで小杉放菴記念日光美術館

Dscn4590  

 災害支援「チーム日光」代表の小坂憲正さんのもうひとつの顔は扉造形作家。というか、本業は建築と扉づくり。その創作扉などを集めた企画展がすでに9月中旬から小杉放菴記念日光美術館で始まっている。

 「扉はすべての世界の入り口」。確か、小坂さんはそんなふうなことを語っていたことがある。確かに扉からあなたとわたしが、世の中が、世間が、社会が、世界がー。と拡がってゆく、そんなユニークな発想、自由な視点から造形された扉の世界にひたってみるのもいい。

 同じ会場では、私たちが「現代の絵師」と呼んでいる(実際にそうだがー)、やはり「チーム日光」のメンバーである香川大介さん(ふだん私たちが呼んでいるのは「だいちゃん」)も特異な絵画を出展している。今回は二人の企画展だ。

 会期は16日(日)まで。私は3回通っているが、気がついたらもう会期末に。ということで、急いで二人の作品を紹介してゆくことに。まだの美術・芸術・造形ファンの人たちにぜひ足を運んでもらおうと、このブログに。初回は小坂さんの「感じる扉」から。「そうだ!、美術館へ行こう」と。

(以下は小杉放菴記念日光美術館のHPから、写真はすべて私・砂時計が撮影。アップしたのは主な作品だけです)Dscn4604 合併5周年記念
一体感醸成企画 日光在住の作家たちII 

小坂憲正――感じる扉
2011年9月10日(土曜日)~2011年10月16日(日曜日)

会場
小杉放菴記念日光美術館

休館日
毎週月曜日(祝日・振替休日のときは開館し、その翌日を休館)

開館時間
午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)

入館料
一般700(630)円、大学生500(450)円、高校生以下は無料
()内は20名以上の団体割引料金

主催
日光市/日光市教育委員会/財団法人 小杉放菴記念日光美術館

Dscn4572

Dscn4576

新しい日光市の誕生5周年を記念し、
市全体の一体感を醸成するために、
日光市に在住する作家たちの作品を紹介する
企画の第2弾として、現在、さまざまな
メディアで、その多彩な活動が高い評価を
受けている扉造形作家の小坂憲正と、
特異な作風の絵画で注目を集めつつある
香川大介の両氏の作品を小杉放菴記念
日光美術館を会場にして展示します。

Dscn4668_2 

1968(昭和43)年に北海道で生まれた
小坂憲正氏は東海大学工学部建築学科を
卒業後、鳶の道へと進みますが、
1997(平成9)年、日光の小来川で
開かれていた、B.アラン・マッキー氏に
よるログビルディング・スクールで学んだ
ことを契機に鳶を退職し、日光に移住。
2001(平成13)年から、環境と空間を
生かした有機的建築物としての家づくりを
構想して制作を始めました。
3年間の歳月をかけて自宅「幾何楽堂」を
完成させると、2006(平成18)年に扉の
作成を中心にする建設業として独立。
以後は自宅を開放し、展覧会や演奏会や
座禅会などを開催しながら、
とくに、最近では、東日本大震災の
被災地におけるボランティア活動にも
積極的に関わっています。

Dscn4701 (美術館の屋外にも小坂さんの扉作品3点が展示されている。お見逃しのないように)

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2011年10月11日 (火)

「昔、原発というものがあった」「我々の背後には死者たちがいる」 池澤夏樹『春を恨んだりはしない』

Dscn5113 (多くのエピソードや指摘、提言に満ちた池澤夏樹『春を恨んだりはしない』(中央公論新社 初版9月11日

 やはり、この人の書くものはいい。3・11以後、とくに彼の発言には注目してきた。「震災」「原発」について、冷静に考え、リアルに批判し、矛盾を指摘し、熱く提言する。だから、朝日新聞のコラムはいつも感心しながら文字を追ってきた。作家・池澤夏樹さんだ。

 本はその朝日の連載コラム「終わりと始まり」(4月5日~8月2日)も含めたこの5ケ月間のエッセーやコラムを再編集したものだ。ただ、それをそのまま再録したものではない。「ジャーナリズム向けではない文章」にしてあるという。

 書店に並んでいるのに気づき、買い求めたものだが、これはぜひ、薦めたい。内容は読んでいただくとして、そのなかでも、私が気に入った文章を(それも全体のごく一部だ)アップしたい。そのうち「今も、これからも・・・」は本日のツイッターでもつぶやいている。

昔、原発というものがあった

 テクノロジーの面においてはその気になれば社会はがらりと変わる。原発から再生可能エネルギーへの転換も実はさほど難しいことではないのではないか。原子力におけるような原理的な困難はない。製造業の側からの不満は予想されるところだが、大量に作って速やかに陳腐化させてどんどん捨てるという経済成長依存型の資本主義もそろそろ見直した方がいい。アメリカの詩人ゲイリー・スナイダーは、「限りなく成長する経済は健康にはほど遠い。それは癌と同じことだから」と言う。

 それならば、進む方向を変えた方がいい。「昔、原発というものがあった」と笑って言える時代の方へ舵を向ける。陽光と風の恵みの範囲で暮らして、しかし何かを我慢しているわけではない。高層マンションではなく屋根にソーラー・パネルを載せた家。そんなに遠くない職場とすぐ近くの畑の野菜。背景に見えている風車。アレグロではなくモデラート・カンタービレの日々(砂時計注・忙しく時間を追いかけるめまぐるしいテンポの生活ではなく、ほどほどの早さの時間と共に表情豊かな楽しい日々を、ということ)

 それはさほど遠いところにはないはずだと、この何十年の日本の社会の変化を見てきたぼくは思う。

 今も、これからも、我々の背後には死者たちがいる

 更に、我々の将来にはセシウム137による死者たちが待っている。撒き散らされた放射性の微粒子は身辺のどこかに潜んで、やがては誰かの身体に癌を引き起こす。そういう確率論的な死者を我々は抱え込んだわけで、その死者は我々自身であり、我々の子であり孫である。不吉なことだが否定も無視もしてはいけない。この社会は死の因子を散布された。放射性物質はどこかに落ちてじっと待っている。

 我々はこれからずっと脅えて暮らすことになる。冷戦の時代にいつ起こるかわからない全面核戦争に脅えて暮らしたように、今度は唐突に自分の身に起こる癌死の可能性に脅えて暮らさなくてはならない。我々はヒロシマ・ナガサキを生き延びた人たちと同じ資格を得た。

 これらすべてを忘れないこと。今も、これからも、我々の背後には死者たちがいる。

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2011年10月10日 (月)

「あらたな始発駅=原点から、また詩の旅を」 詩人・河津聖恵の世界(19)=番外編=

Dscn4977(会場前の10分間、テーマソング的に会場に響き渡らせた米国のロックバンド「CCR」の「雨を見たかい」のLPレコード=会場ではこの歌のCDを使ったがー)

このブログでも予告していたが、「震災と原発」をテーマにした京都の詩人、河津聖恵さんの詩の講演会・朗読会では開場前にCCRの歌「雨を見たかい」を流した。午後4時50分から約10分ほど。1971年1月、全米8位のヒット曲だが、反戦歌とみなされ、放送禁止歌となってしまったとされる歌だ。

 なぜか。「晴れた日に降ってくる雨」がベトナム戦争で盛んに投入された米軍のナパーム弾を比喩しているとされたからだ。ずいぶん過ぎてから、この歌詞はCCR自身の崩壊をうたった歌だと、作詞者自身が語ってはいる。それでも、1970年代からずっと、反戦歌だと受け入れられてきた。歌詞や音楽それ自体に、そうした力があったからだ。

 実行委のあいさつで、そうした経過があったことは、集まっていただいた参加者のみなさんにお伝えした。それも「晴れた日に降ってくる雨」は「晴れた日に降ってくる放射能」と二重写しにと思えたからだと。詩の講演会・朗読会はそれから始まった。

 講演会・朗読会の模様を本格的にブログにアップしようとしたら、すでに全体状況を人気ブログ「『日光』ふぃふぁ山荘」さんがアップ、さらに河津聖恵さん自身が、自身のブログ「詩空間」で、当日の感想について語っていた。ので、今回は「番外編」?として、河津さんの「講演会・朗読会のご報告」をそのまま掲載することにした。

 (以下は河津さんのブログ「詩空間」から)http://reliance.blog.eonet.jp/default/2011/10/101-ae02.html

10月1日に日光で行った「原発と震災」をテーマとした講演会・朗読会のご報告

大変遅くなりましたが、日光での講演会・朗読会のご報告です。

といっても、まだ私自身の報告の文章は出来ていません。すでに参加されていた方、主宰者の方の、客観的ですばらしい報告があるので、まずそちらをぜひ御覧いただきたく、紹介させていただきます。

まず、全体的にまとめていただいているブログです。
「日光「ふぃふぁ山荘」元単身赴任日記」
http://fifabakutyouou.cocolog-nifty.com/nikkousannsou/

それから、主宰者代表の詩人富岡洋一郎さんのブログ「砂時計主義」です。会自体についてだけでなく、会の開催を入念に準備していただいた方々について詳細な報告をしていただいています。

①「大盛況でした『震災と原発』がテーマの詩の講演会・朗読会」→  http://nikkosunadokei.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-edb2.html

②「大盛況を支えた縁の下の力持ちたち」→ http://nikkosunadokei.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-cadf.html

これらのブログ記事を読み、あらためて当日の会場の熱気を思い出しています。じつはこの講演会・朗読会は、ネットを介して知り合った富岡さんが、私のツイートを読み、内容に共感して下さり、私に白羽の矢を立ててくれ実現したものです。「震災と原発」と「詩」という、一見なかなか結びつけがたいようでいて、しかしもしかしたら最も深く結びついているかもしれないこの二つについて、この講演の準備の中で私も私なりに関連をさぐることが出来ました。そういう意味でもいい機会を与えてくれて、感謝しています。また会場となった、大正元年に建てられた姿のままのJR日光駅の駅舎の一角にあるホワイトルームは、(上記ブログの写真でも分かるように)優美なシャンデリアにあかるく照らし出された木造の空間で、講演会・朗読会の会場として最上のものだと感動しました。声やまなざしが白い木造の壁に柔らかに吸いこまれるようでした。そうした会場の雰囲気と、何よりもこちらの言葉を熱心に聞き入って下さる観客の方々の姿に、講演・朗読する私も、心がそれほどたかぶることなく話せたと思います。朗読には音楽を付けていただきましたが、選曲も心を落ち着かせるもので、音の響きもほどよく声が放ちやすかったです。

ちなみに駅舎というのは、私の詩でも、もかつて夢の風景を旅する詩や、ドイツなどの異国の駅に触発されて書いた詩で、頻繁に出てきたモチーフです。そんな自分の詩のエッセンスのような空間で、50名もの方々に現在の自分の詩的思いを訴え、また朗読でき、それをそれぞれの思いの中で受け止め響かせていただいたことは、忘れがたい出来事でしたし、何よりも勇気を与えていただきました。

今、当日を思い返し、JR日光駅という詩のあらたな始発駅=原点から、また詩の旅を続けていこう、という新鮮な気持になっています。もちろん集っていただいた50名の方々と共に始める気持で、原発事故と震災を乗り越える未知の詩の旅を

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2011年10月 6日 (木)

大盛況を支えた縁の下の力持ちたち 詩人・河津聖恵の世界(18)

 「震災と原発」をテーマに「『ひとりびとりの死者』へ、『ひとりびとりの生者』から」を演題にした詩の講演会・朗読会は、JR日光駅2階ホワイトルームで、1日夕、京都の詩人、河津聖恵さんを講師に開き、大盛況のうちに終えることができた

 ふだんはあまりなじみがない詩の世界。そこに県内外から大勢の人たちが駆けつけてくれた。それを支えたのはボランティアの実行委員たちだ。それこそさまざまな仕事を抱えながらも、会を盛り上げようと、縁の下の力持ちをしてくれた。今回はその姿を紹介したい。

P1130302  詩人の講演会・朗読会「『ひとりびとりに死者』へ、『ひとりびとりの生者』jから」で、自身の詩を朗読する河津聖恵さん=1日夕、JR日光駅2階ホワイトルーム。

Dscn5021 詩の講演会・朗読会が終わったら、その夜は霧降高原の砂時計家で懇親会。その懇親会の「」おにぎり」「いなり」づくりに余念がない、「森のうた」のよしなりくん(左)と誘導・駐車を担当したおおしまさん=1日昼ごろ、日光霧降高原

P1130223  演題をどんな位置に置こうか?、と話し合いながら、取り付け作業中の誘導・駐車担当のこづかさん(右から二人目)と実行委員=1日午後3時過ぎ

P1130260  詩の講演会・朗読会が開かれる2階ホワイトルームの「会場案内板」を設置する音楽担当のゲストハウス・巣み家のさとうさんら実行委員=1日3時過ぎ

P1130219  音響担当なるちゃんの作業を見守る警備担当のぬまおさん(左端)と実行委員=1日午後3時過ぎ

P1130229  会場の音響機器のセットを一手に引き受けてくれた霧降高原チロリン村のなるちゃんは黙々と作業をこなしていた=1日3時過ぎ

P1130247  会場の受付係などを担当したしらかわさん(左)とじゅみさん。しらかわさんは夜の懇親会の調理長も引き受けてくれた=1日午後4時ごろ

P1130234 「ジャパンがんばれ」など、外国人観光客らが震災日本に思いを込めた色紙を集めた「スマイルジャパンプロジェクト」。その展示作業中の受付・出納長の巣み家・くみこさん(右)とさとうさん=1日午後3時過ぎ、JR日光駅2階ホワイトルーム

P1130262  前売券・予約券の頒布で大活躍してくれた日光市議のひらきさん(正面奥)は当日の受付も担当してくれた=1日午後4時半過ぎ

 P1130314 講演会・朗読会の資料づくりを速やかに進め、会場の画像・録音も担当したまつもとくん=1日夕

P11304311  会場の最前列で警備を担当していたあくつさんが、参加者への感謝も含めた閉会のことばを述べてくれた=1日午後7時過ぎ

P1130484  講演会・朗読会を終え、河津さんを囲んだ懇親会は夜8時前から開始。ゲストハウス・巣み家に泊まったタイ、インド、ドイツのバックパッカー4人を含め、河津さんや実行委員など、約20人が霧降高原の実行委事務局の砂時計家のウッドデッキで、なごやかな時間を過ごした

会場や懇親会の写真は、いずれも実行委員会・写真担当、日光「ふぃふぁ山荘」さん。写真で紹介した会場の縁の下の力持ちは、以上のほかに、ふぃふぁ山荘=つじむらさん、さらに詩集・詩論集頒布担当のサイクル市場・ほしのくんがじっと耳を傾けていた。おっと、忘れるところだったー。それに事務局の砂時計・とみおかも

 このほか、チラシ制作を一手に引き受けてくれたとんぼ玉工房・エカト、そのチラシの修正などを助っ人した技術士のないとうさん、前売券頒布で活躍したこばやしさん、実行委員会で河津さんの詩「メドゥサ」を朗読したまさちゃん、チラシを店先に置くなど、宣伝に努めた吉田屋のよしだくん、実行委員会準備会に「乱入」?したまるちゃんも

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2011年10月 5日 (水)

大盛況でした・「震災と原発」テーマの詩の講演会・朗読会 詩人・河津聖恵の世界(17)

 京都のH氏賞詩人、河津聖恵(かわづ・きよえ)さんを日光に招き、「震災と原発」をテーマに、10月1日(土)午後5時から2時間にわたった開いた詩の講演会・朗読会=演題・「『ひとりびとりの死者』へ、『ひとりびとりの生者』へ」=は大盛況のうちに開催された。

 今回は当日の会場の雰囲気や進行の様子などを写真でお伝えることにする。いわゆる堅いイメージに思われてしまう詩の世界に、こんなにたくさんの人たちが耳を傾けてくれたことに実行委は感激している。この場を借りて、みなさんにお礼を申し上げたい(講演、朗読の内容は次回以降に)

P1130330  実行委員会(実行委員21人、うち当日参加13人)が主催し、霧降高原「森の図書館」が後援した1日夕の河津聖恵講演会・朗読会の開会時のJR日光駅ホワイトルームの会場風景(協力・霧降高原チロリン村、小さなホテル・森のうた、とんぼ玉工房・エカト、ゲストハウス・巣み家)

P1130287_2 「震災と原発」をテーマに、石巻市出身のジャーナリスト、芥川賞作家、中原中也賞詩人でもある辺見庸さんの詩や切り口などを背景に詩の講演をする京都の詩人、河津聖恵さん=1日午後5時過ぎ)

P1130252 JR日光駅の白亜の洋館正面。この2階がかつて一等旅客専用待合室だったというホワイトルーム。約100年前に建てられ空間での詩の講演会・朗読会となった。

Dscn5096 会場の参加者それぞれに手渡された河津聖恵講演会・朗読会の資料。河津さんの講演資料6枚と朗読詩9篇・18枚、それに河津さんが撮った石巻門脇小の写真の計25枚。

P1130314 河津さんの詩の講演に耳を傾ける参加者たち。地元・日光を中心に宇都宮や鹿沼、塩谷の各市町から。ネットで検索し、電話で予約してきた東京のご夫妻や茨城県の詩人など、実行委員も含めて約50人が会場を埋めた

P1130386_2 会場のサプライズ?で企画された「スマイルジャパンプロジェクト」。ゲストハウスを訪れた外国人観光客らが寄せた「ジャパンがんばれ」のさまざまな色紙を会場内に展示。講演と朗読の合間の休憩時間に視ていただけるよう呼びかけた

P1130412  第2部?の朗読会でご自身の詩を朗読する河津聖恵さん=1日午後6時過ぎ。参加者へのアンケートでは「印象深かった詩」として、「影」、「ひとは一つの詩とともに生まれてくる」が挙がっていた。

Dscn5100  開催会場や霧降高原に住む事務局・砂時計家の懇親会場で頒布された河津さんの詩集や詩論集。やはり現代詩文庫183の「河津聖恵詩集」に手が伸びていた。残部は事務局の私・砂時計が保管しているので、今から手にとっても遅くはありませんー。

(会場の写真は、いずれも実行委員会・写真担当、日光「ふぃふぁ山荘」さんです)

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