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2011年10月16日 (日)

詩「影」-誰にもきこえない慟哭をー 詩人・河津聖恵の世界(21)

(河津聖恵さんの詩「影」のBGMにしたエリック・サティの代表曲「ジムノペディ」)

P1130293 (詩の講演会・朗読会の講師をつとめた京都の詩人・河津聖恵さん=1日夕、JR日光駅)

 「震災と原発」をテーマに「『ひとりびとりの死者』へ、『ひとりびとりの生者』から」と題して開いた京都の河津聖恵さんの詩の講演会・朗読会(1日、JR日光駅ホワイトルーム)の模様をこのブログで伝えてきたが、朗読詩そのものをまだアップしていなかった(のだったー)。

 河津さんに朗読してもらおうとした自身の詩は十篇。九篇はいずれもBGMを準備していた。そのうち2番目に読み、「印象に残った詩は?」というアンケートでも挙げられていた詩「影」をまず紹介してみようと思う。なお、会場で朗読できたのは、時間の都合で七篇までだった。

 詩「影」のBGMはエリック・サティの代表曲といわれる「ジムノペディ」。柔らかな旋律が印象的な曲だ。実際に会場で流した曲は私のお気に入りのCDでダニエル・コピアルカが演奏しているもの。ブログでアップしたものよりややテンポが速い。それも演奏はバイオリンが全面に。このコピアルカのCDも入手して聴いてほしい(私のところに訪ねていただければ、いつでもおかけしますー)。

 こうすることで、残念ながら会場に来られなかった実行委員やそのほかの人たちにも、少しはこのときの朗読会の雰囲気を知ってもらえるかもしれない。

 影
                 河津聖恵

瓦礫をふみわける音がする
ふかく くろく
こんもりと影たちが這っている
テレビの画面か それとも
覚めきった夢だろうか
劇しい夢の水が退(ひ)いたあと
光と影だけが残された この世の果てか 

瓦礫の上で
影は音を脱ごうと ひそやかに身をよじる
音はたしかに
生きている証だが
影は生きることを憎むかのように
みずからの音を拒み
実体をふりすてようと
うごきつづける 

背中を見せたきり
永遠にふりむくことのないそのひとに
声をかければ
雪のように溶けていくだろう
残酷なほど青い空につづこうと
言葉は千年前の雲のように
くずおれてしまうだろう
もう神話のひとであるひとに
語りかけるには
きっと神話の言葉がいる
だが誰も思い出すことが出来ず
遠巻きにしりぞいていく
この世ならぬ瓦礫の沈黙の深さだけが
影を撫ぜ
非在の悲しみを抱きとめる
誰にもきこえない慟哭を
水のように受け入れてくれるのは
影の世界だ

やがて時間がふるえ
音が蘇り始める
ふみしめる爪先に吸われるように 
そのひとはしゃがみ込む
影はやっとただの影になり
濃くちぢかまる
大きなリュックがかすかに揺れる
顔の見えないそのひとは
さらに向こうへと身を乗り出した
何を見つけたか
あるいはそのひと自身が見つけられたのか
恐ろしい深淵に あるいは
宝石のように輝く何かに──
だが誰もたしかめることが出来ず
遠巻きにしりぞいていく
希望も絶望も どんな言葉も
そこに回り込めないから
そのひとは今 眼の前にただあるものと
ふたりきり
言葉のない言葉を交わしつづけている
死にゆく孤独の時のように あるいは
生まれてきたあの
苦痛の時間のように──
大きなリュックに
見えない雪をふりつもらせ
ときおり悲しみのように 救いのように
こぼれおとしながら

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