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2011年11月

2011年11月29日 (火)

原発講演会「広島の過ちを繰り返すな」 3月3日に日光に肥田舜太郎さんを招く

Dscn5989 (朝日新聞で現在、連載中の原発企画「プロメテウスの罠」に登場している肥田舜太郎さん)

 原発問題日光実行委員会(代表幹事・福田洋吾)は、軍医としてヒロシマで被曝し、数多くの被爆者の治療にあたるなど、内部被曝問題の第一人者である肥田舜太郎さん(94)の「原発講演会」を3月3日に開く。

 肥田さんに講演を依頼することを決め、これまで日程について調整していた。今夜、実行委員である私のところに入ってきた連絡によると、それが3月3日の日程で固まったという。(肥田さんの原発講演会の詳細は近いうちにアップへ)

 実行委はこれから大車輪でチラシづくりに入る。1月22日にはやはり原発問題日光実行委が鎌仲ひとみ監督のドキュメンタリー原発映画『ミツバチの羽音と地球の回転』の自主上映を決めている。今後、その映画とともに、日光市や日光市教育委員会などの後援を依頼してゆくことになるだろう。

Dscn5880 (肥田さんと「ミツバチの羽音・・」を制作した鎌仲ひとみ監督との共著『内部被曝の脅威』)

 今回、日光での講演が決まったその肥田さんをキーマンにした原発企画記事が今、朝日新聞朝刊で連載中だ。メインカットは「プロメテウスの罠」。シリーズ「無生物の責任」と題して、24日から本日29日で6回目。内部被曝に焦点をあて、10数回の連載になるという。

 その企画の2、3.4.5.6回と、いずれも肥田さんが被曝体験や被爆者治療、研究や証言などをとりあげている。記事によると、フクシマ以後、講演にひっぱりだこ。週平均5回、一日2回のときもあるという。

 テーマは「原発事故でいま、日本に何が起きているか」。記事によると、肥田は決まってこう答える。

 「いま飛散している放射性物質は広島の原爆と同じものです。ですから、広島で起きたことがこれから起こる可能性があります」。会場は静まりかえる。

 「でも、被曝したから発病するとは限りません。広島の被爆者でも、60年たって生きている人がたくさいる。現に私も、広島原爆の被爆者の一人ですから。大切なことは広島のときの過ちを繰り返さないことです」

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肥田 舜太郎(ひだ しゅんたろう、1917年 - )

(「ウィキペディア」から)

日本の医師、医学博士。広島市への原子爆弾投下により自身が被爆しつつ、直後から被爆者救援・治療にあたった。以来被爆者の診察を続け、被爆の実相を語りつつ核兵器廃絶を訴えている。

広島市生まれ。中津川肥田氏の肥田帯刀17代目にあたる。
1943年、日本大学専門部医学科卒業。1944年陸軍軍医学校を卒業、軍医少尉として広島陸軍病院に赴任。1945年8月6日、原爆に被爆、直後から被爆者救援・治療にあたる。広島陸軍病院の山口県熊毛郡伊保庄村への移転にかかわり、1945年12月の厚生省への所管替えに伴って国立柳井病院(現独立行政法人国立病院機構柳井病院)に所属。
1940年代終わり頃、広島に検査だけして治療はしない病院(原爆傷害調査委員会:ABCC)がつくられるとの噂から、依頼を受けて、治療もするようにと厚生大臣や連合国軍総司令部と交渉。結局断られ、理不尽な占領軍の傲慢さに憤って、アメリカの無法と闘うため占領権力に真正面から立ち向っていた日本共産党に入ろう、と決心し入党した。この頃、東京都杉並区、のち埼玉県行田市で、労働者や貧しい人のための診療所をつくる運動に参加。[1]
1953年、全日本民主医療機関連合会(全日本民医連)創立に参加。1956年、行田市議会議員選挙に日本共産党から立候補、3位で当選[1]。全日本民医連理事、埼玉民医連会長、埼玉協同病院院長、日本原水爆被害者団体協議会原爆被爆者中央相談所理事長などを歴任。1975年以降、欧米を中心に計三十数カ国を海外遊説、被爆医師として被爆の実相を語り、核兵器廃絶を訴えた。2005年、イギリスBBC製作のドキュメンタリー"en:Hiroshima: BBC History of World War II"に、また、2006年、ドキュメンタリー映画『ヒロシマナガサキ』(アメリカ合衆国、2007年公開)に出演して、インタビューに答えた。
被爆患者の臨床をふまえて、「原爆ぶらぶら病」とよばれる症状や、内部被曝、微量放射線・低線量被曝の健康影響について研究し、その危険性について述べた。のべ64年間、6000人を超える被爆者の診察を続け、2009年、医業から引退。[2]現在、全日本民医連顧問。
2011年3月の福島第一原発事故後、放射線の健康影響について発言している。

著作

E.J.スターングラス著、肥田舜太郎訳『死にすぎた赤ん坊 : 低レベル放射線の恐怖』時事通信社、1978.8
『広島の消えた日 : 被爆軍医の証言』日中出版, 1982.5、増補新版 影書房, 2010.3
『いろは養生訓』生活ジャーナル, 1989.6
『ヒロシマ・ナガサキを世界へ』あけび書房, 1991.8
『ヒロシマを生きのびて』(シリーズ時代を創る人びと 2)あけび書房, 2004.2.
鎌仲ひとみとの共著『内部被曝の脅威 : 原爆から劣化ウラン弾まで』筑摩書房, ちくま新書、2005.6.
ドネル W.ボードマン著、肥田舜太郎訳『放射線の衝撃 : 低線量放射線の人間への影響(被曝者医療の手引き) : アヒンサー』PKO法「雑則」を広める会, 2008.11
ジェイ・マーティン・グールド,ベンジャミン・A.ゴルドマン共著、肥田舜太郎,斎藤紀共訳『死にいたる虚構 : 国家による低線量放射線の隠蔽 : アヒンサー』PKO法「雑則」を広める会, 2009.3
ジェイ・マーティン・グールド著、肥田舜太郎,齋藤紀,戸田清,竹野内真理共訳『低線量内部被曝の脅威 : 原子炉周辺の健康破壊と疫学的立証の記録』緑風出版, 2011.4
CiNii論文検索

2011年11月28日 (月)

店主と客のやりとりがおかしいー やきとり・スタジオの「よし川」

Dscn5958 (もう「やきとりや」そのものの「よし川」の赤ちょうちん=27日、足利市井草町)

 店内はカウンターと4人が座れる座席がひとつ、9人で満席というこじんまりとしたお店だが、やきとりの味は絶品。それに店主と客の会話がおかしい。自然に耳に飛び込んでくるやりとりがそのまま酒の肴といった具合だ。足利市井草町の路地にある「やきとり・スタジオ」の「よし川」だ。

 「やきとり」のお店のほか、路地の斜め向かいに「スタジオ」もあり、カラオケも社交ダンスもできる空間がある。そのため、「やきとり店」のメニューの下には「夜(あるいは午後)10時ごろになったら、カラオケをどうぞ」(たぶん)といった案内もある。

Dscn5952 (「おまかせ」ででてきたのは各種そろえたやきとり5本。ともかく美味いー)

 店主の社交ダンス歴は20年以上(「欧州に行って衝撃を受けてやろう」と。年季はもっとだったか?)。60代中盤に入るところだが、その若々しいこと。それをめぐるやりとりや店主の常連客の会話がいかにもおかしかったので、アップすることに。ツイッターでつぶやいたものに少し付け加えた。

「どうしてそんなに若さを保っていられるの?」(私)。

「そりゃ、ホルモンとフェロモンをたくさんとっているからさ」(店主)

Dscn5951(この若さでこの道38年目だというやきとりの「よし川」のご主人=足利市)

「えー、お会計は3600円になります」(店主)

常連の女性客は3000円を出して、「はい、お釣りはいらないから」

「えっ~。うちのおかあさんに怒られちまうよ。次回に上乗せしておくからね」(店主)

Dscn5956

「(冗談気味に)この子に、あのひともおとうさん、このひともおとうさんて、言っていたんだよねー」(常連の女性客) 

「そしたら?」(店主)

「『ぼく、おとうさんがたくさんいてすごいね』って」(常連の女性客)

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やきとり・スタジオよしかわ 基本情報

店名やきとり・スタジオよしかわ
住所〒326-0811 栃木県足利市井草町2408
アクセス両毛線足利駅北口 徒歩11分
TEL0284-21-9021

※お問合せはぐるなびを見たとお伝えください。

営業時間月曜日以外 17:00〜24:00
定休日月曜日
TEL
0284-21-9021
※お問合せはぐるなびを見たとお伝えください。
問い合わせ先やきとり・スタジオよしかわ

2011年11月25日 (金)

日光でも「ミツバチの羽音と地球の回転」 原発問題実行委が1月22日に

アンコール上映決定!! 6月4日~ 渋谷ユーロスペース
この映画は日本のエネルギーの最前線、上関原発計画に向き合う祝島の人々とスウェーデンで持続可能な社会を構築する人々の取り組みの両方を一本の映画で描いている。いかにして、自分たちのエネルギーの未来を切り開くのか?現場からの問いかけは私達に選択を迫ってくる。また同時に不可能と思われていることを可能にする人間のエネルギーが、私たちと同じ全く普通の人々の感性と思いが、国の違いを超えて交差し新しいビジョンを描き出す。

映画『ミツバチの羽音と地球の回転』

(いずれも「ミツバチの羽音と地球の回転」の公式ページから転載)

 「原発問題日光実行委員会」(代表幹事・福田洋吾)は24日夜、1月22日(日)に2回(午前10時と午後2時)、鎌仲ひとみ監督のドキュメンタリー映画「ミツバチの羽音と地球の回転」を自主上映することを正式決定した。

 チラシづくりはこれからだが、今のところ、自主上映会の会場は日光市今市中央公民館・中ホール。「協力券」として、一人1000円(高校生以下無料)を見込んでいる。

 同時に鎌仲監督と一緒に名著『内部被曝の脅威ー原爆から劣化ウラン弾まで』(ちくま新書)を執筆するなどで知られ、ヒロシマで被曝医療に長年携わってきた肥田舜太郎医師も、別に招くことを決めた。3・11をとらえ、3月上旬で日程調整しているところだ。

 自主上映会と講演会はそれぞれ別に行うことになるが、ひとつの流れ。肥田舜太郎さんは鎌仲監督の以前の映画「ヒバクシャ」にも出演しているほか、『内部被曝の脅威』も一緒に執筆したり、対談したりしている。

Dscn5882 (自主上映会開催を決めたことを伝える原発問題日光実行委員会の「ニュース」)

 「原発問題日光実行委員会」の母体は『どうなる原発 どうする原発』実行委員会。この題名で9月17日、日光市日光総合会館に原発問題住民運動全国連絡センター事務局次長の野村存生(よしお)さんを招き、講演会を開いている。

 それを母体に名を「原発問題日光実行委員会」に切り替えた(私が実行委員として参加したのは第2回から)。全国各地や県内、日光でも原発の講演会などがあったが、どうも内容がしっくりしない。

 ということで実行委員会で話し合い、白羽の矢を立てたのが今や、全国各地で高い評価を得ている「ミツバチの羽音と地球の回転」。高い評価もなにも、つい最近、この映画は今年度の早稲田ジャーナリズム大賞の文化貢献奨励賞に決まり、つい最近、その受賞式があったばかりだ。

Dscn5880 (鎌仲監督と「内部被曝の脅威」を刊行した肥田舜太郎医師も招こうと企画中だ)

 「原発問題日光実行委員会」の次回・第5回実行委は、12月6日夜、日光市日光中央公民館(旧日光市の日光消防署の裏の日光図書館と併設の2階)で。この日までに、「ミツバチ・・・・」のチラシを完成させ、こここから「用意ドン」になる会議だ。

 実行委員のひとりであるわたしは、あいにく、6、7、8日の2泊3日で南三陸の災害支援へ。「チーム日光」のメンバーとして、被災者のみなさんの集会場づくりへ向かうことにしている。そのため、次回の会議にはでられない。が、ツイッターを通じて、知らせたところ、「ぜひ参加したい」という日光の方からリツィートをいただいた。

 自主上映会にしろ、原発講演会にしろ、もっと、もっとおおくの市民が、とくに若い人たちが実行委員に加わってほしい、そう思っている。自分もさらに学び、ともに暮らす人たちに広く知らせる一方、脱原発に向けて、やれることをやっていくべきではないかと。

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(以下は早稲田ジャーナリズム大賞の公式ページから転載)

早稲田ジャーナリズム大賞

第11回(2011年度)奨励賞

文化貢献部門

作品名受賞者/発表媒体
ドキュメンタリー映画
「ミツバチの羽音と地球の回転」
映画監督 鎌仲ひとみ
/渋谷ユーロスペース他劇場と全国約400ヶ所の自主上映

2011年11月23日 (水)

乾杯!やってよかった詩の講演会・朗読会 最終回・詩人・河津聖恵の世界(24)

Dscn5829 (大成功を共に喜びあう河津聖恵実行委員会のメンバー=22日、霧降高原・砂時計家)

 「乾杯~!」。河津聖恵実行委員会の総括(という名の慰労会・打ち上げ会)は22日夜、霧降高原の砂時計家で行われた。10月1日夕、「震災と原発」をテーマに京都の詩人、河津聖恵さんを招き、詩の講演会・朗読会をやってから、50日も過ぎる。

 反省会にしてはやや遅いが、10月からの秋本番はみんな忙しい。それもあり、冬に入ってきたこの時期を選んだ。24日~26日には災害支援「チーム日光」の一員として、南三陸のボランティアにでかけるメンバーもいることもあった。

 実行委員メンバーは19人。そのうち「翌朝、獅子舞の稽古があるので」「急に風邪をひいたようなので」「23日まで忙しさのピークなんだ」「行くつもりだったが、急に行けなくなりました」などで、参加者は11人(飛び入りでトイツの観光客も加わり、12人に)。

Dscn5856 (全12頁の「河津聖恵実行委員会」の総括資料~という慰労会・大打ち上げ会~)

 資料で事務局のわたしが会計報告などそれぞれについて説明。「ふりかえって」などを20分ほど。そのあと、ひとりづつ、「1分間」の感想スピーチをしてもらった。それぞれに味わいある感想を述べてもらったが、かなりの人が「強引な砂時計さんに誘われて困ったが~」と(いやはや、恐縮です)。

 印象に残ったのは「詩とは無縁だったが、今回の機会に接して親しみを覚えるように」「堅そうに思えた河津さんが意外とやわらかく、人柄の良さを感じた」「会場の準備をみているうちにいい雰囲気だなと」。

 あるいは「講演会は詩論から始めたが、最初に詩を少し朗読してもらったらわかりやすかったかも」「友人たちにあたったが、やはり詩に興味を示すものは少ない」「会場には来られなかったが、フクシマの友人が呼びかけに反応してくれ、うれしかった」

 さらに「チケットは詩のファンのコアの人たちへ。そこに届くようなことができたら」「チケット売りはそれが得意なプロ的なメンバーがやればさらにいけたかも」「詩の講演会・朗読会の開催の意義をもう少し早めに広くやっていれば」なども。

 そうそう、「とにか≪やるんだ!≫ということで、実際にやってしまい、成功してしまうのだからねー」。「強引だね」だったが、「無謀だね」だったが、その種の驚きというか、<よくやったもんだね~>みたいな評もあったのだった。

 ということで、「反省会」は約50分にも。話し合いは1時間以内というのが、わたしの持論?なので、そうそうに打ち上げへ。時間はすでに21時過ぎ。そこから楽しい時間が過ぎていったのだ(いつもの?詩の朗読会、唄声酒場、歌のミニコンサートも)

Dscn5842_2 (打ち上げにはドイツからの観光客も飛び入りし、ものすごくうまい歌を披露した)

 (以下は実行委員会に示した事務局の「ふりかえって」)

河津講演会・朗読会をふりかえって
(項目 順不同)
1 JR日光駅ホワイトルームの過去最大集客数55人までいかなかったが、50人が会場に。マイナーな詩の世界のイベントとしては大いに成功した

2 JR日光駅が無償で会場を貸し出し、「エカト」がチラシづくりを、「森のうた」が宿泊代無料に。「霧降高原チロリン村」が音響機材を借り出したうえ、専門家の「なるちゃん」も派遣。「まつもとくん」に資料用紙を提供してもらい、手早い完成に力を貸してもらうなど、各方面の協力で実現できた。

3 チケットの販売が特定の実行委員に集中してしまったきらいがある。さらに全体的にもう少し予約券が頒布できていたらと。

4 アンケート回収は6枚。内容もさることながら、受付でボールペンをひとりづつ手渡すべきだった。後日、郵送でていねいな回答を寄せていただいた東京の女性の方も。

5 懇親会は最低20人を見込んでいたが、16人どまり。会場で足がない方は実行委員会が車を用意するなどを伝えておけばと。

6 広報・宣伝では朝日、下野の「告知」に掲載され、日光観光協会の公式HPにも登場。各新聞・テレビにも送付したが、反応はなかった。というか、マスコミ経由での集客はほとんどみられなかつた。人気ブログ「日光ふぃふぁ山荘」に3回もアップしてもらったが、実行委員の働きかけ、口コミが一番かと。

7 河津さん自身も「栃木の詩人」に今回の開催を告知するはがき60枚を出している。しかし、その方面の反応はまずなかったといえる。このところは首をひねるところだ。

8 実行委員である「巣み家」が途中で「スマイルジャパンプロジェクト」を提案。会場の一角で展示するサプライズも。今回のイベントの意義をさらに高めた好企画だった。

9 「震災と原発」をテーマにした詩の講演会・朗読会を開くこと自体が全国的にたいへんに珍しいこと。その会場で50人がその時間を共有できたことの意味は大きい。これからのステップになっていくだろうと。

Dscn5858 (「さよなら原発」の署名チラシを手渡し、各実行委員にも署名を呼びかけた)

Dscn5860_2(メンバーのコヅカさんが持参してきた自身が通う「栃木農業大学校」の「農大祭」ポスター。あす、あさっての26、27の2日間ですよ)

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2011年11月20日 (日)

全文初めてひらがなの作品に 詩・それははじまっていたのだ 

Dscn3994 (定置網の漁網をみんなで引きだす災害支援「チーム日光」などのボランティア=今夏、南三陸町歌津)

詩 それははじまっていたのだ

                                           黒川純

それははじまっていた
ゆっくりとしたはるかぜとともに
のびのびとせのびするわかばのように
もともとあるほんとうのために
だれかのだれかのためにいきてゆく
じぶんのじぶんのためだと
めびうすのわで とほうにくれるが
さんりくにいきたひとりびとりが
わるいゆめのように いっしゅんのうちに 
ざぶざぶとうねるうみにのみこまれた
だれかのだれかのためなら
はっきりしたちょくせんがみえる                                                    
                                                     
さむざむとしたおいかぜはもうけっこう
ぎすぎすしたあいさつもいらない
ぎゃくだちしたつくえともおさらばさ
だれもそうとはおもわないうちに
くちからくちにしないうちに
あたたかいくうきをおよごうとしている
やわらかなみどりのかぜにむかっている
じもんじとうをくりかえしながら
たいきのながれそのものになろうと
いきてゆくほんとうにみをさらす
それがはじまっていた
おおくのだれかで
                                                                                                              
ねがっても てがとどかなかった
まだみぬひだまりのえんがわへ
きづいていたわけではないが
そっとふわりとそのほうへ
でも うすうすかんじてはいる
なんだかとてもきもちがはれる
ほおがあかるくはればれとして
なぜかけなげにうつくしい
しぜんのしゃぼんでみをきよめ
うまれかわったかのように
それはまるでてじなのようだ
それがはじまっていたからだ                                                      
                                           
あのひとと このひとと
あいつと あのこと
うみとともにくらしつづけた
あっちのひと こっちのひとと
あしたのゆめをむざんにひきさかれ
いっぱいのむねんさにただようかれらと
かなしみとあしたのパンをわかちあい
まっすぐなまなざしをこうかんすれば
たくさんのだれかのそのいっぽから
たしかなきぶんと たしかなきもちが
がれきだけのまちのかぜのなかでも
それははじまっていたのだ
              

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2011年11月14日 (月)

「秋の日光マルシェ」にぎやかに 原発の影響はまだまだ続いている

Dscn5694(砂時計主義」など4店が出店した石屋町公園で「CCR」を熱唱する久世隆史くん=13日)

まちなかの公園や駅前、神社、店先などに、さまざままな青空店舗が出現する「秋の日光マルシェ」が、12、13の両日、あった。天候にも恵まれ、深まりゆく秋の日光のまちを楽しむ人々でにぎわった。

 「3・11」直後の春、観光地・日光は震災・津波・原発のパンチをくらい、観光地とは思えないさびしさが続いた。秋本番となり、そのときがうそのような活気があった。だが、それでも、相変わらず、外国人観光客がぐっと少なくなっていることがわかる。まだ以前の「世界の日光」の光景からはほど遠い。

 それでも「日光のまち」を体感してもらおうという試みは、それなりに定着してきたようだ。今回の会場はまちなか8カ所。45店舗ほどがエントリーしたが、まちのにぎわいを観光客も地元の市民もお互いに楽しむためには、もっともっとさまざまな人たちが、さまざまなスペースでお店を。

 私が見た「日光マルシェ」は古本屋の留守番を頼み、その間に歩いたわずかな時間だったが。その雰囲気だけでもと、ブログにアップへ。なお、「砂時計主義」では「震災と原発」を特集した『序説第18号』(私が事務局、一冊に付き300円は災害支援「チーム日光」へ)を3冊、頒布することができた。お買い上げのみなさん、ありがとうございました。

Dscn5647_2 (「秋の日光マルシェ」に参加した古本屋「砂時計主義」=13日、石屋町公園)

Dscn5651 (「砂時計主義」の斜め向かいのお店、暮らしの陶器の「ホシノ」さん)

Dscn5633(「砂時計主義」の右隣りのお店、ひょうたんランプの「地球の灯」さん)

Dscn5656 (「砂時計主義」の左隣は常連の古本屋「アナログ」さん。さすが、しっかりした看板ー)

Dscn5657 (東武日光駅前のお店では申し訳なjいが、頬がゆるんでしまうこんな?告知も)

Dscn5678(その告知の当人、ぎっくり腰の「まさちゃん」に私の珈琲をいれてもらっているところ)

Dscn5661 (東武日光駅前では野菜などさまざまな農産物のお店が複数、出店していた)

Dscn5666_2 (東武日光駅前の「日光マルシェ」本部で観光客に各会場の案内をするスタッフ=13日)

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2011年11月 9日 (水)

おりゃいぎでるあいだにけぁってこうって 照井良平「ばあさんのせなか」

Dscn5431 (詩「ばあさんのせなか」などを朗読する詩人、照井良平さん=5日、日本現代詩歌文学館)

 津波に襲われた故郷、陸前高田を鎮魂した詩「ばあさんのせなか」で、今年の国民文化祭の文部科学大臣賞を受賞した花巻の詩人、照井良平さん。5日、北上市の日本現代詩歌文学館であった「輝け九条! みちのくのつどい」で司会を務める一方、その詩もろうろうと朗読した。

 会場ではたしか、巻物にしたためていたその詩を朗読していた。ただし、ほとんど暗誦していたようで、語りかけるように読みあげていた。いや、熱唱していたといっていいかもしれない。照井さんは、もともと聴かせる朗読の名手だが、この日はさらに磨きがかかったように思えたのだった。

 詩はこの地方に伝わる「ケセン語」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%82%BB%E3%83%B3%E8%AA%9Eで。その独特な言いまわしやアクセントを伴った会話が、痛切な場面をいやがうえでも想起させる、そんな哀しく美しい鎮魂詩だ。

 死者を弔う多くの震災詩が続々と生まれてはいるが、この「ばあさんのせなか」は、「3・11」で達成されたそのひとつではないか、そう思うことしきりだ。多くの人に知らせたい詩だと思う。

詩 ばあさんのせなか

             照井良平

    ばあさん

         こごさすわって

    なにしてんのす

なんだっでかんだって

こんてぁなツナミ

こねぁば なんねぁのす

おら なんにも

わりごど してねぁのにさぁ

いえのほがに

むすめとまごまで

さらっていがれでしまっただぁ

まあだ 見っかっていねぁのっす

いまごろ こんなさむどこ

どごで なんじょにしているがどおもど

むぜぁくてむぜぁくて

いでもたってもいらくなぐなっでさぁ

ほんで はまさきて

こうしてんのす

     ほんなんで

           がぁんすが

ひとりでいるど

いろんなごどおもってなぁす

せんだって

むすめがら としよりのメガネ

まごがら ツメぎりっこ

プレゼントってやつ もらってさぁ

おもしょがったなあす

それもツナミに

もっていがれでしまっただあ

ほんだがらえんす

がっかりしてしまってなぁす

それおもど はやぐはやぐ

むすめどまごんどごさ いぎであども

おりゃ いなぐなるどだれも

むすめどまごが見つがったどぎ

おがんであげるひとがいなぐなるがらさぁ

ほんでぁ むすめとまごが

むぜぁがらし

わがりぁんすか

このむねのながっこ

ほんだがら むすめどまごだじがら見える

こごんどこの たがいどこさきて

手をあわせ はやぐけぁってこう

おりゃいぎでるあいだにけぁってこうって

まいにち よんでんのす

いぎるって このとしになっても

ままになんねぁもんで

がぁんすなあ

      はやぐ

          あっだがぐなれば

          よがぁんすなぁ

      ばあさん

花巻市本館3丁目の花巻東高非常勤講師、照井良平さん(65)は第26回国民文化祭・京都2011の「現代詩フェスティバル」一般の部で、文部科学大臣賞を受賞した。震災後、生まれ育った陸前高田市米崎町で出会ったお年寄りをモデルに書き上げた受賞作「ばあさんのせなか」。変わり果てた古里への深い悲しみと、復興への願いを込めた。

 照井さんとお年寄りの対話形式の詩で、気仙地方の方言「気仙語」で語られる。平仮名で方言の軟らかさを表現し、「見」だけ3カ所を漢字にして「早く見つかってほしい」という思いを強調した。

 一般の部は応募総数320作品で、文部科学大臣賞は1人。表彰式は30日に京都市で行われ、照井さんは受賞作を朗読する。「自分にできることは記録すること。受賞したことで生まれ故郷を元気づけられたらうれしい」との思いを込める(10月29日、岩手日報)

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2011年11月 8日 (火)

視えない種から明日が予感できるように  詩 「東日本」のために・黒川純

Dscn5543( 区画整理されたように縦横に走るアスファルト道路だけが「3・11以前」、ここにたくさんの人たちが暮らした気仙町があったことを示している=11月6日、陸前高田市)

詩 「東日本」のために

     
                    黒川 純

風の中でだれかのだれかを呼んでいる
今夜の月夜を愛でるひとりひとりとして
パンドラの箱を開けてからわずか六十年
勘違いした短い歴史の方程式が導き出した
だれにも本当の数字がわからない確率で
それこそ暴力装置そのものである因子で
世界にばらまかれてしまった死の灰が

やがて
だれかの身体をミクロから蝕み
届かない海の底からの嘆きを
私たちは私とともに抱え込んでしまった
戻れないその哀しみは私自身でもある
いや
あなたの心をこなごなにするかもしれない

その因子は
銀河鉄道ができるかもしれないずっと先まで
そう 二万四千年先でも
桃源郷そのものの紅葉も踏みにじるだろう
だから
だれもが脅えるDNAに冷や汗を覚えながらも 
長い海岸線に落とされた涙という涙を集めて
ほんとうの倫理が地上の星に育つよう
根源的なもともとの優しさが思い出せるよう
錬金術をもう一度よみがえらせてみたい

善悪を超えて汚された空から降りている
不可視の種がわたしたちのすぐそばに
それもほんのかすかな種にちがいない
わたしたちそれぞれが共鳴しあうように
視えない種から明日が予感できるように
その香りを世界にばらまくてはならぬ
だれかのだれかのわたしたちのために
死者も生者もひとりびとり今も海や空に漂う
「東日本」のために

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2011年11月 7日 (月)

問われ続けている倫理の根源 「九条みちのくのつどい」トーク要旨

Dscn5416_2  (パネルトーク「大震災のこと 平和憲法のこと」で登壇した私たち4人=5日、北上市の日本現代詩歌文学館)

 岩手県北上市の日本現代詩歌文学館で5日、「輝け9条! みちのくのつどい」(九条の会・詩人の輪、実行委員会主催)があった。ひょんなことから「大震災のこと 平和憲法のこと」をテーマにしたパネルトークに呼ばれ、参加してきた。

 登壇したのは、詩誌「コールサック」共同編集者で小熊秀雄賞詩人の佐相憲一さん(東京都)を案内役として、実行委員長で詩人の斎藤彰吾さん(北上市)、弁護士で詩人のみちのく赤鬼人(本名・庄司捷彦さん 石巻市)、黒川純(日光市)。詩人のこの4人で語り合った。

 そこでの私の発言は「発言要旨」として手元にまとめていた。それをアップすることに。「資料1」から「資料11」まで用意して手渡したいと考えてはいたが、結局、いずれも口頭になった。こんな「資料」も参考にしていただければと思っていたのだがー(作成するとなると、大変はことは大変なのだが)。

(以下は私の手元の「メモ」から)

パネル・トーク「大震災のこと 平和憲法のこと」
黒川純・発言要旨

1 3・11の惨状に対する驚き,問われた倫理の根源
3.30~4・1 大震災で立ち上がった岩手県のボランティア団体「結っこ」花巻への支援物資輸送。北上から陸前高田へ。十勝岳噴火、釧路沖地震、有珠山爆発など、朝日新聞記者として数々の災害現場取材を体験してきたが、これほどの惨状は眼にしたことはない、その驚き。石巻出身の元共同通信記者・中原中也賞詩人、辺見庸の岩手日報のエッセイ「非情無比にして荘厳なもの」への共感。「ひとして生きるための倫理の根源が問われるだろう」
資料1「非情無比にして荘厳なもの」

2 ツイッター開始・ブログ 震災詩へ
4月上旬からツイッター開始。福島県の中原中也賞詩人、和合亮一(わごうりょういち)さんの「詩の礫」などを知り、最大140字の世界へ。1日に7篇など、春から夏に計約40篇をつぶやき、昨年6月から始めたブログ「砂時計主義」にも掲載。事務局を務める同人誌「序説第18号」に35篇を一挙掲載(一部は詩誌「堅香子9号」に掲載)。地方紙「下野新聞」にも初めて投稿する。

資料2 詩「ほんとうのことに向き合わねば」(「コールサック69号」)
資料3 詩「そのけなげな表情を」(下野新聞「しもつけ文芸」6月6日)・東大震災を悼む詩劇「鎮魂と復興のうた」(10月18日、京都市)でも朗読。
資料4 「大震災・フクシマ特集」の『序説第18号』(7月30日表紙)

3 災害支援ボランティアから防災士へ
春から災害支援「チーム日光」のメンバーとして、石巻、南三陸へ。日光市被災者支援ボランティアとしても、4月に日光市と縁が深い福島県相馬へ。いずれも泥出しや漂流物撤去、定置網整理など。この流れで災害時に役に立つだろう地域防災の担い手「防災士」をめざすことに。7月に日光市主催の養成講座を受講し、講義・訓練・試験のうえ、日本防災士機構が認定する民間資格を取得した。

資料5 大震災支援ボランティア・ブログ「砂時計主義」記事
資料6 防災士資料「防災士」認証状(10月24日)
資料7 詩「詩人は 詩人たちは?」(「詩と思想」8月号)

4 「震災・原発」詩の講演会・朗読会 脱原発へ
「3・11以後」は表現活動、とくに言葉の世界は一変するだろう、いや、そうなるべきだ。その思いをツイッターを通じて共有することになった京都のH氏賞詩人、河津聖恵(かわづきよえ)さんと情報交換。「今のテーマは震災と原発」で一致。日光に招き、「震災と原発」をテーマにした詩の講演会・朗読会を計画し、10月1日にJR日光駅ホワイトルームで開催。約50人の聴衆を得た。並行して詩誌「コールサック70号」に脱原発詩5篇を寄稿する。
資料8 詩の講演会・朗読会「『ひとりびとりの死者』へ、『ひとりびとりの生者』から」チラシ(10月1日、JR日光駅ホワイトルーム)

資料9 詩「危険な神話」(「コールサック70号」)・原発詩5篇から)

5 平和に対する脅威・潜在的核兵器保持への批判
脱原発に向けた「1千万人アクションプログラム」に署名する一方、原発問題についての講演会にこれまで3回、足を運ぶ。放射能の脅威に対する備えだけでなく、脱原発社会を実現させるための行動が必要とされる。その一環して、「原発問題日光実行委員会」(「どうなる原発?、どうする原発?」を衣替え)に参加。新たな講演会や自主上映会などを視野に4日夜もその第2回会合に参加してきたばかりだ。

もともと、1988年8月、北海道泊原発(1989年6月に1号機が稼働)の運転差し止め提訴のとき、朝日新聞北海道報道部の司法記者として、この訴訟を担当。「将来の放射能汚染を事前に防ぐ訴えの権利」として「人格権と環境権」を全面に打ち出した原告1000人のマンモス訴訟だった。判決は10年以上たった1999年2月で、結局は請求を棄却した。この判決も「危険性はない」と結論づけていたが、その判断がどうだったかは、今回のフクシマで見る通りだ。

「とするならば、脱原発・反原発は、同時に脱原爆・反原爆でなければならないと言えよう。・・・核兵器保有の潜在的能力を高めなければならないという岸(信介元総理)の倒錯した論理を、原発とともに過去のものとしなければならないであろう」(山本義隆「福島の原発事故をめぐって」)

「我々はこれからずっと脅えて暮らすことになる。冷戦の時代にいつ起こるかわからない全面核戦争に脅えて暮らしたように、今度は唐突に自分の身に起こる癌死の可能性に脅えて暮らさなくてはならない。我々はヒロシマ・ナガサキを生き延びた人たちと同じ資格を得た」(「池澤夏樹「春を恨んだりはしない 震災をめぐって考えたこと」。

資料10 山本義隆「福島の原発事故をめぐって」から
資料11 池澤夏樹「春を恨んだりはしない 震災をめぐって考えたこと」から

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2011年11月 2日 (水)

詩と平和をー九条の会・詩人の輪 5日に北上の日本現代詩歌文学館で集い

Dscn5344 (5日に日本現代詩歌文学館で開く「輝け9条!みちのくのつどい」を伝えるチラシ)

輝け9条! みちのくのつどい

何よりも詩と平和をー九条の会・詩人の輪

< 全国通算13回目 >

    2011年11月5日(土) pm1:00開場
       1:30開会~4:30 資料代:1,000円

日本現代詩歌文学館講堂
岩手県北上市本石町2-5-60(TEL0197-65-1728)
(JR東北新幹線北上駅下車 徒歩20分)

当 日 の プ ロ グ ラ ム 予 定

◎詩群読:おくにことば憲法九条―北上編―
小原麗子・児玉智江・佐藤春子・渡邉満子 ほか

◎パネル・トーク「大震災のこと、平和憲法のこと」
*トーク前に北上ケーブルテレビ放送の詩の映像あり
斎藤彰吾(詩人・岩手県北上市在住・元北上市図書館館長)
みちのく赤鬼人(詩人・宮城県石巻市在住・弁護士)
黒川純(詩人・栃木県日光市在住・元新聞記者)
佐相憲一(詩人の輪よびかけ人)

◎詩の朗読
東梅洋子(岩手県北上市)・照井良平(岩手県花巻市)
佐藤文夫(千葉県佐倉市)・堀内みちこ(東京都品川区)

◎うた
山中満子(こ風呂敷の会・北上市)

◎閉会の言葉:渡邉眞吾(詩人・岩手県北上市在住)
◎閉会の言葉:鈴木太郎(詩人の輪事務局長)
◎司会:照井良平/荒波剛

*協力:こ風呂敷の会(北上・憲法風呂敷)

『九条の会』・詩人の輪のお誘い
「九条の会」アピールに賛同する詩人の輪

ご参加のお願い

みなさまの日ごろのご健筆に敬意を表します。
 すでにご承知かと思いますが、井上ひさし、大江健三郎ら九氏による「九条の会」が発足し、「アピール」が発表さ
れました。そのなかで、憲法九条を守り、生かすために、所属する分野で賛同者をひろげることがよびかけられてい
ます。すでに発足記念講演会も開かれ、六七六名の賛同者一覧も公表されました(「アピール」および賛同者一覧は
別紙同封)。
私たちも、より多くの詩人の声をつなぐために「『九条の会』アピールに賛同する詩人の輪」を立ちあげようと考えまし
た。そこで、より広い詩人のみなさまに、ご賛同いただきたいと思っております。ぜひともみなさまの声と力をお寄せく
ださるようお願い申します。
返信用の葉書を同封いたしました。「詩人の輪」へのご参加、今後の活動などについての、ご意見をお聞かせくださ
い。なお、返信はFAX、Eメールもご活用ください。
また、運営資金はみなさまの寄金をもってまかないたいと考えています。失礼を省みず郵便振替用紙を同封させて
いただきましたので、お志をお寄せいただければ幸いです。

                                            2004年9月1日

 よびかけ人 葵生川玲 青木はるみ 秋村 宏 浅井 薫 浅尾忠男
         有馬 敲 安藤元雄 茨木のり子 大崎二郎 甲田四郎
         小海永二 小坂太郎 小森香子 佐相憲一 芝 憲子
         嶋岡 晨 白石かずこ 杉谷昭人 宗 左近 土井大助
         中 正敏 野田寿子 福中都生子 黛 元男 ワシオト・トシヒコ

事務局 荒波 剛 鈴木太郎 美異亜 赤木比佐江 宮本勝夫

連絡先〒170‐0005
東京都豊島区南大塚1‐60‐20 第3協立ビル 詩人会議内
        電話・FAX03(3946)2191
ホームページhttp://www18.ocn.ne.jp/~shijinwa
e-mail kyujou-sijinnowa@bird.ocn.ne.jp

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