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2011年11月23日 (水)

乾杯!やってよかった詩の講演会・朗読会 最終回・詩人・河津聖恵の世界(24)

Dscn5829 (大成功を共に喜びあう河津聖恵実行委員会のメンバー=22日、霧降高原・砂時計家)

 「乾杯~!」。河津聖恵実行委員会の総括(という名の慰労会・打ち上げ会)は22日夜、霧降高原の砂時計家で行われた。10月1日夕、「震災と原発」をテーマに京都の詩人、河津聖恵さんを招き、詩の講演会・朗読会をやってから、50日も過ぎる。

 反省会にしてはやや遅いが、10月からの秋本番はみんな忙しい。それもあり、冬に入ってきたこの時期を選んだ。24日~26日には災害支援「チーム日光」の一員として、南三陸のボランティアにでかけるメンバーもいることもあった。

 実行委員メンバーは19人。そのうち「翌朝、獅子舞の稽古があるので」「急に風邪をひいたようなので」「23日まで忙しさのピークなんだ」「行くつもりだったが、急に行けなくなりました」などで、参加者は11人(飛び入りでトイツの観光客も加わり、12人に)。

Dscn5856 (全12頁の「河津聖恵実行委員会」の総括資料~という慰労会・大打ち上げ会~)

 資料で事務局のわたしが会計報告などそれぞれについて説明。「ふりかえって」などを20分ほど。そのあと、ひとりづつ、「1分間」の感想スピーチをしてもらった。それぞれに味わいある感想を述べてもらったが、かなりの人が「強引な砂時計さんに誘われて困ったが~」と(いやはや、恐縮です)。

 印象に残ったのは「詩とは無縁だったが、今回の機会に接して親しみを覚えるように」「堅そうに思えた河津さんが意外とやわらかく、人柄の良さを感じた」「会場の準備をみているうちにいい雰囲気だなと」。

 あるいは「講演会は詩論から始めたが、最初に詩を少し朗読してもらったらわかりやすかったかも」「友人たちにあたったが、やはり詩に興味を示すものは少ない」「会場には来られなかったが、フクシマの友人が呼びかけに反応してくれ、うれしかった」

 さらに「チケットは詩のファンのコアの人たちへ。そこに届くようなことができたら」「チケット売りはそれが得意なプロ的なメンバーがやればさらにいけたかも」「詩の講演会・朗読会の開催の意義をもう少し早めに広くやっていれば」なども。

 そうそう、「とにか≪やるんだ!≫ということで、実際にやってしまい、成功してしまうのだからねー」。「強引だね」だったが、「無謀だね」だったが、その種の驚きというか、<よくやったもんだね~>みたいな評もあったのだった。

 ということで、「反省会」は約50分にも。話し合いは1時間以内というのが、わたしの持論?なので、そうそうに打ち上げへ。時間はすでに21時過ぎ。そこから楽しい時間が過ぎていったのだ(いつもの?詩の朗読会、唄声酒場、歌のミニコンサートも)

Dscn5842_2 (打ち上げにはドイツからの観光客も飛び入りし、ものすごくうまい歌を披露した)

 (以下は実行委員会に示した事務局の「ふりかえって」)

河津講演会・朗読会をふりかえって
(項目 順不同)
1 JR日光駅ホワイトルームの過去最大集客数55人までいかなかったが、50人が会場に。マイナーな詩の世界のイベントとしては大いに成功した

2 JR日光駅が無償で会場を貸し出し、「エカト」がチラシづくりを、「森のうた」が宿泊代無料に。「霧降高原チロリン村」が音響機材を借り出したうえ、専門家の「なるちゃん」も派遣。「まつもとくん」に資料用紙を提供してもらい、手早い完成に力を貸してもらうなど、各方面の協力で実現できた。

3 チケットの販売が特定の実行委員に集中してしまったきらいがある。さらに全体的にもう少し予約券が頒布できていたらと。

4 アンケート回収は6枚。内容もさることながら、受付でボールペンをひとりづつ手渡すべきだった。後日、郵送でていねいな回答を寄せていただいた東京の女性の方も。

5 懇親会は最低20人を見込んでいたが、16人どまり。会場で足がない方は実行委員会が車を用意するなどを伝えておけばと。

6 広報・宣伝では朝日、下野の「告知」に掲載され、日光観光協会の公式HPにも登場。各新聞・テレビにも送付したが、反応はなかった。というか、マスコミ経由での集客はほとんどみられなかつた。人気ブログ「日光ふぃふぁ山荘」に3回もアップしてもらったが、実行委員の働きかけ、口コミが一番かと。

7 河津さん自身も「栃木の詩人」に今回の開催を告知するはがき60枚を出している。しかし、その方面の反応はまずなかったといえる。このところは首をひねるところだ。

8 実行委員である「巣み家」が途中で「スマイルジャパンプロジェクト」を提案。会場の一角で展示するサプライズも。今回のイベントの意義をさらに高めた好企画だった。

9 「震災と原発」をテーマにした詩の講演会・朗読会を開くこと自体が全国的にたいへんに珍しいこと。その会場で50人がその時間を共有できたことの意味は大きい。これからのステップになっていくだろうと。

Dscn5858 (「さよなら原発」の署名チラシを手渡し、各実行委員にも署名を呼びかけた)

Dscn5860_2(メンバーのコヅカさんが持参してきた自身が通う「栃木農業大学校」の「農大祭」ポスター。あす、あさっての26、27の2日間ですよ)

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