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2011年12月10日 (土)

着々と進む被災者の「集会場」づくり 南三陸歌津に災害支援「チーム日光」(1)

Dscn6245 (9日午前11時段階の被災者の「集会場」建設現場。深さ1㍍の穴掘りは終わり、柱を立てる穴を掘る作業へと進んだ。右が災害支援「チーム日光」の小坂憲正代表)Dscn6149 (被災者の「集会場」の完成模型。竪穴式住居形式。夏は涼しく、冬は暖かいという。上から眺めると前方後円墳のような姿になる)Dscn6096 (6日午前4時過ぎに日光を発ち、11時前に現地に到着。柱材や機材を降ろし、午後から作業へ。土というよりも石や粘土、砂利との悪戦苦闘が続いた)

Dscn6106 (6日午後の段階では、左側はまだまだ手つかずのような状態だった。まずはツルハシで砕いてから先の尖ったスコップでかきあげ、一輪車で運び出す作業が続いた)

Dscn6121_2(7日の1日で全体的に深さ1㍍の円の掘削に成功。私は何度も一輪車ごと転倒してしまったが、疲れを知らない超人的な活躍をした元気なボランティアが何人も)

Dscn6232(8日は日光から測量の専門家兼焼きそば屋さんも朝から駆けつけ、慎重に柱を立てる位置を正確に測った)

Dscn6252(8日の午前11時で柱を立てる直径約40㌢、深さ約65㌢の穴がいくつも。底に5㌢ほどの砂を入れ、その上に水平のバランスをとりながら、丸い石材を敷いていった)

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(被災者の「集会場」づくりについては、7日付・朝日新聞栃木版が簡潔に記事にしており、アサヒコムでも読むことができる。以下はアサヒコムからの引用記事だ)

東日本大震災の直後から被災地でボランティア活動を続けている日光市の市民団体「チーム日光」が、被災者のための集会所を宮城県南三陸町に建てる。6日、資材を現地に搬入した。木と土による竪穴式住居の手法を取り入れた建物で、年内の棟上げを目指す。チーム代表の小坂憲正さん(43)は「新たな絆を生んで欲しい」と話している。

 チームは3月末に結成。南三陸町歌津地区では5月から延べ約160人のチーム員が現地に入り、山際の斜面で津波による漂着物の除去などを行ってきた。

 被災者は避難所から仮設住宅に移ったが、人々が立ち寄って話し合う場所がないことに気付き、今回の集会所建設が持ち上がった。

 建設するのは、約50平方メートルの木造建造物。竪穴式住居のように町有地の地面を1メートル掘り下げて整地し、柱を29本立てる。外観は前方後円墳のような形になるという。最も高い部分は地上約3メートル。建築の話を聞いた小坂さんの三重県の知人が、尾鷲ヒノキ82本を無償で提供。チームが11月から樹木の皮むきなどを行い、加工してきた。

 建築に向けて、北海道のアイヌ民族を訪ね、柱の防腐方法などを聞き取った。建築強度は東京の建築士グループと詰めた。木と土の手作り建造物へのこだわりには、誰もが建築を手伝うことができ、そこに新たな出会いが生まれてほしい願いもある。扉作家でログハウス建設なども手がけてきた小坂さんは「竪穴式住居は夏涼しく冬暖かい日本の建築物の原点。地域の迎賓館となって、復興へ人の輪が広がるように期待している」と話す。問い合わせはチーム日光(0288・50・1066)。ブログ「チーム日光のキセキ」はhttp://ameblo.jp/fifasannsou/(服部肇)

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