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2011年12月 4日 (日)

頑張れ!「復興結っこ牡蠣」 南三陸町歌津伊里前の千葉正海さん

伊里前牡蠣復興基金 結っこ基金

『震災後の伊里前湾で育った牡蠣の名前を私たちは、「復興 結っこ牡蠣」と命名しました。「結」とは、南三陸町でも受け継がれてきた、小さな集落や自治単位における相互互助、共同作業の制度です。一人で行なうには多大な費用と期間、労力が必要なものでも、助け合い、協力し合う相互扶助の精神があれば、きっと乗り切っていける、それが「結」。南三陸地方の方言では、親しみをこめて「結っこ」と呼ばれる制度です。相互扶助の「ゆい」の意味のみならず、様々なものや人をつなげる「むすび」の意味の結も、その名前にこめました。皆様お一人おひとりの結の心で、「伊里前牡蠣復興支援 結っこ基金」へ、お力添えとご支援をお願いいたします。ご支援いただいた皆様には、将来的に、ご支援金の50%にあたる5000円相当の「復興 結っこ牡蠣」(包材・送料などを含む)をお送り・お返しする予定です。集まった支援金の使用内訳、牡蠣の育成進捗状況については、その都度ホームページ上にて掲載し、皆様にお知らせしていきます。皆様との「結」の結果、復興へのあゆみを、ご覧いただけると幸いです。歌津に震災前のような温かい町並みが戻り、蘇った伊里前の海で安心・安全な最高の牡蠣を育むことが私たちの使命であり、最大の課題です』

 災害支援「チーム日光」は継続して縁のある南三陸町歌津伊里前の被災者たちを支援しているが、大震災から約9カ月、今度は彼らが本格的に立ちあがることになった。

 江戸時代から続いているという地元相互扶助組織、いわゆる「結」(ゆい)の代表であり、牡蠣養殖を受け継いできた千葉正海さん一家だ。津波ですべてを失っており、牡蠣養殖を再開するには大変な資金がいる。それを「伊里前復興支援 結いっこ基金」という方法でなしとげたいという。

 「さまざまな人たちの協力があり、スタートすることになった」。きょうの夜、その千葉さんから日光霧降高原の砂時計家にうれしい電話があった。<たしかHPができているはず>。そう思って調べたら、なんと、きょう4日、正式にHPが立ちあがっていた。

 晩春に初めて南三陸町の災害支援に出向き、避難所があった歌津中で親しく懇談した際、千葉さんに「全国からオーナーを募り、その人たちには、地元特産品を贈るといったオーナー制度は3・11以前から北海道など各地に生まれている。それも参考にいずれはその方向も」。そう伝えていた。それを覚えていた千葉さんが義理がたく、そのスタートを知らせてくれたのだった。

 たまたまだが、6、7、8日と私も「チーム日光」の一員として、南三陸町歌津の災害支援に向かうことにしている。現地で直接、「スタート、おめでとう」を伝えると同時に、この基金にもぜひ参加しようと思う(詳しくは以下のHPへ)。ともあれ、本日開設のようなので、取り急ぎ、お知らせを。私のブログを訪ねてくれる「少数?」のみなさんの協力を、私からもお願いしたいと思います。

詳しくは以下のHP「結っこ基金 伊里前牡蠣復興支援」へ

http://www.maruta-takuyo.co.jp/donation

「伊里前牡蠣復興支援 結っこ基金」でのご支援は一口1万円\n支援基金の目標額は6000口、6000万円\n支援金の50%は牡蠣筏の設備設置、50%は皆様への御礼に使わせていただきます。

『3月11日午後2:46直後、
大津波が来ると感じて家族を避難させ、船を守るために一人、沖に出ました。
白い泡だらけの海面が前方に迫り、とにかく沖に進まなくてはと、必死に操船しました。
やがて海流の変化で、魚群探知機の画面が真っ赤になり、水深が普段よりも15メートル近くも膨れ上がりました。
それが、南三陸町歌津伊里前を襲った津波の高さだったのでしょう。
翌朝、午前8:30頃、瓦礫が埋め尽くされた海を帰ってくると、わが町は壊滅していました。
無我夢中の避難所生活が過ぎました。
何度も家族で話し合いをし、26歳になる息子と「もう一度、残されたこの船を使い、
50年間継承してきた牡蠣養殖を復活させよう」と、決断しました。
しかし、現在の伊里前には船をつける岸壁はありません。
牡蠣筏(いかだ)もフォークリフトも津波に飲まれて流されました。
さらに、牡蠣剥き場や濾過場、必要なすべてを失いました。
国の援助はいまだ具体的な見通しがつかず、再建には新たに莫大な個人負担が必要です。
牡蠣筏に関しては、将来的に「激甚災害の特別財政援助」が見込まれていますが、領収書類を提出しての
「立て替え・後払い方式」となっているため、無収入の被災者である私達家族は、資金捻出ができません。
さらに深刻なのは、伊里前湾で牡蠣養殖を営んでいた8世帯の漁師が、
高齢を理由に牡蠣養殖の再建を諦め、ワカメ養殖に切り替えたため、協業ができないという現状です。
このままでは、伝統ある伊里前湾の牡蠣養殖が途絶えてしまいます。
牡蠣養殖を中心とする水産業は加工業、飲食店、観光業、すべての産業をつなげる礎です。水産業の復興なくしては、
この歌津の復興はありえません。来春、現実的に「牡蠣筏」を浮かべるための資金援助、行政援助がない
「フォークリフト」購入、「牡蠣剥き処理施設」建設へ向け、皆様のご支援をお願いいたします。ご支援金をもとに、
家族一丸となり、出来うる限りの行動を一歩一歩始め、来春からの牡蠣養殖再開への道を拓いていきます。
どうか今、皆様お一人おひとりの「結」の力をお貸しください。
                           
株式会社 マルタ拓洋水産 代表取締役  千葉 正海』

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