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2012年1月

2012年1月26日 (木)

死者の視点から今の自分をー 『原発と祈り』(内田×名越×橋口)から

Dscn7065 (第8章が読ませる『価値観再生道場 原発と祈り』 (株)メディアファクトリー)

 一気に読んだ『原発と祈り』。かなり読み飛ばすような読み方をしてしまった。それでも、そのうち最後の8章「今をいきるための心構え」は、それなりに読ませた。その周辺からお気に入り、というか、<なるほど~>と思ったフレーズが以下。

 ツイッターでつぶやいたばかりだが、ブログを視てくれる人もいるので、ツィートをコピーし、さっそくアップへ。わたしの好きなフロイト学者、岸田秀さんの『ものぐさ精神分析』にも異口同音のような文章があったと思う。

 ただし、フクシマ原発で、内田樹さんが話している「死者の視点」というのが、さらにリアルになってきた、そう思うことができる。たぶん、言葉、とくに詩は東日本大震災の膨大な「死者」の「ひとりびとり」を背景にうたうこと、うたわざるをえないこと、その理由の一端がこの本にある、そう感じたのだった。

(以下はツイッターでもつぶやいた同書での語り)

「生き残った人間が死んだ人間に対して、鎮魂の儀礼をするっていうのが人間の営みのほとんど、8割ぐらいを占めているんじゃないかな。」

「いつでも楽しいことがあるたびに『これが最後かもしれない』って思う習慣を持つのはたいせつだと思いますよ。そう思うと、過ごしている時間がすごく濃密になるからね。」

「死者の視点から今の自分を見るっていうのが、物事の価値、意味を深く理解するうえでは一番いい。」

「場に引かれていくうちに個性や人格が作られる。そういう場の優位性みたいなものがあるんじゃないかな。

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2012年1月23日 (月)

大成功でした!「ミツバチの羽音と・・・」上映会 日光の公民館に約240人、「祝島写真展」も

Dscn6990 (午前123人、午後100人以上が参加した「ミツバチ」上映会 写真は午後=22日、日光)

 昨春から話題になっていたドキュメンタリー映画「ミツバチの羽音と地球の回転」(鎌仲ひとみ監督)の上映会(「原発問題日光実行委員会」主催、日光市、日光市教育委員会後援)が22日、日光市今市中央公民館中ホールであった。会場に足を運んだのは(「参加者名簿」を書いてくれた人だけでも)午前の部が123人、午後が100人以上、これに実行委員を加えると約240人(あるいは250人)を数えた。

 道路に雪が残るあいにくの天候だったが、日光はもちろん、鹿沼や宇都宮などからも。会場の定員は「150人」。午前の部はほとんど満席の状態だった。いわゆる「フィルム代」の支払いから言うと、「200人」が収支決算の分かれ目。収支の上でもこれをクリア。もともと黒字がでたら、3月3日に日光総合会館(旧日光市)で予定する「肥田舜太郎氏講演会」に回すつもりでいた。財政面でも大助かり。大成功の自主上映会となった。

 今回は「祝島写真展」も同時開催した。映画の主要な舞台となったのが瀬戸内海(山口県)に浮かぶ祝島。中国電力が同島の対岸3.5㌔に「上関原発」を計画しており、島民は30年近くも島ぐるみで反対運動を続けている。そこに暮らす人々や風景など約20点を会場入り口に展示した。

 写真ジャーナリズム誌「days japan」のフォトジャーナリズム学校第一期生たちが撮った写真で、その仲間の一人が日光と縁があることがわかった。「縁」がというより、その撮影家の一人が今市出身だという。東京の大学4年生、馬場加奈子さんで、昨年大みそかに初めて会い、急きょ、同時開催することにした。

 会場では脱原発を掲げる「さようなら1000万人アクションプログラム」(大江健三郎さんや澤地久枝、内橋克人、鶴見俊輔、鎌田慧らの各氏が提唱)の署名簿も用意。事前に告知していたわけでもないが、ふたを開けてみると、なんと、100人以上の署名が寄せられた。私もこの2カ月、自宅を訪れる友人たちに促してきたが、集まった署名は30人弱。それだけにこの1日だけで100人以上の署名があったことは特筆されるのではないか。脱原発問題について、県内、日光での関心の高さを示す好例だと思う。

 評判の映画でもあり、それなりの参加者があるとは思っていた。だが、会場がほぼいっぱいになるとまでは正直、思っていなかった。会場内では笑ったり、怒ったり、泣いたりする様子が手にとるように。というのも、わたしは最前列で「映写技師」?をやっていたため。背中でそんな様子がわかつた。それほど盛り上がった映画会だと思う。

 映画は試写会も含め、わたしは計3回、観た。毎回、「主人公」が署名簿(確か段ボールに詰められた61万通だったか)とともに上京。国と交渉する場面になると、わがことのようになってしまう。文章を読み上げるような答弁を続ける官僚に「とにかく現場へ」(祝島を訪れ、島の暮らしと原発は相いれない現実を視てくれー)と心の底から訴える思いに共感してしまうのか、涙がぽろぽろ(なんだかカッコ悪いと思ってしまうので、そっとハンカチで拭っていたのだった)。

 TWITTERでは昨日のうちに御礼をつぶやいているが、このブログでも。たくさんの人たちに「協力券」という前売券(1000円)を頒布させていただいた。チケットを持っていて、会場に来ることができたのはそのうちの半数。仕事などで来場できなかったと思うが、今の時代に「必見」の映画なので、ぜひ、別の機会で観て欲しい。ありがとうございました。

Dscn6302 (「原発問題日光実行委員会」がつくった映画「ミツバチ」のポスターの部分拡大)

Dscn6978 (次々参加者が訪れた午前の部の「ミツバチ」上映会受付=今市中央公民館中ホール)

Dscn6995 (「ミツバチ」上映会と同時に開催した「祝島写真展」も多くの方が足を止めていた)

Dscn6966 (約20点が展示された「祝島写真展」のなかの作品のひとつ)

Dscn6984 (「祝島写真展」について会場で説明する日光出身の大学生、馬場加奈子さん)

Dscn3339_2(「さようなら原発1000万人」署名にも参加者の100人以上に署名していただいた)

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2012年1月18日 (水)

ひとりでも愉快に過ごせない人がいくら集まっても・・・ ときには「アフォリズム」的なつぶやきも 

Dscn6922 (わたしが青年期に影響を受けた好著、フロイト学者・岸田秀さんの『ものぐさ 精神分析』)

 ツイッターで20ほど「アフォリズム」(警句)的なものをつぶやいたので、そのうちのいくつかをブログ「砂時計主義」でもアップしておくことに。「村の船頭さん」の年齢になったことが、こうした試みを促したのだと思う。

 

ひとりでも愉快に過ごせない人がいくら集まっても愉快になれない。ひとりでも愉快な人が集まるとさらに愉快になれる(「戦後詩の長女」茨木のり子さんの詩「一人は賑やか」にそんなフレーズがあるが~)

 世の中は白か黒かなんてめったにない。大半は灰色であり、それも濃い灰色から薄い灰色までさまざま。そこからいかに黒っぽいものを見分けてゆくか。そのための知識と経験と情熱の大切さがわかるだろう。

今ある仕事や事柄、あるいは課題にせいいっぱい真正面から取り組んでゆくこと。成功でも失敗でもいいが、そこから思わぬ場面に抜け出したり、縁に出会うだろう。それがきみの道なのだ。

 ほんとうの美しさはもっとも普通のところにある。みんなの求める中心点に向かうと、それが平均になるからだ。普通になることほど難しいものはない。


 ほんとうの言葉はだれかに教えられた言葉ではなく、本人も気づかないうちにだれかのだれかに向けた駆け引きのないことばに潜んでいる。

 死んだことがないので、死んだあとのことはわたしもあなたもわからないが、これだけはいえる。死ぬのが辛いのは後悔が残ってしまうことだ。後悔のない人生ならば、これほどいい人生はない。

 あれをやるべきか やめておくか。どうしようか悩んだときはとにかく一歩踏み出してみること。やることの方に向かうこと。後悔をいかに少なくしてゆくか(とはいえ、人生は後悔の連続ではあるのだが~)。

 とにかく走りながら取り組んでみる、あるいは走る前に予習を繰り返す。さらには走って予習してまた走って。どのパターンをとるかは自分の経験知や直感力から。何度も失敗してまた次の課題へ

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2012年1月15日 (日)

地元高校生にも観賞呼びかけ(急きょ 中止に)1週間後に迫った「ミツバチ」「祝島写真展」

きはち

Dscn63021 

 日光の今市中央公民館中ホールで22日の午前10時、午後2時の一日2回開く 自主上映「ミツバチの羽音と地球の回転」(135分、鎌仲ひとみ監督)と同時開催の「祝島写真展」まであと1週間と迫った。

 原発問題日光実行委は14日夜開き、これまでに「協力券」(前売券1000円)が約200になったことを確認した。フィルム料10万円のほか、ポスターやチラシ5千枚の印刷費、実行委員会の会場を借りる会議費などで(これに郵送費、電話料、資料費や交通費などが加わる)計20万円はかかるという。

 赤字はなんとか避けられそうだが、会場の定員は150人(最大200)。2回上映なので300人は来場してほしい。当日に来場する方もいると思うが、まだまだ「協力券」を頒布しなければ(「協力券」にご協力を)。

 映画は「高校生以下不要」。中学生や高校生は無料だ。開催まで1週間と迫ったので、地元高校生たちにも観覧を呼びかけることにした。チラシを16日からの週の一日、高校生らに「ビラ配り」ならぬ「チラシ配り」をすることを決めた(のだが、チラシが足らなくなり、18日に予定したチラシ配りは中止に)

 中学生や高校生といった伸び盛りのときにこうした優れたドキュメンタリー映画を(それも原発問題のー)視ることは非常にいいことだと思う。黒澤明の「七人の侍」や「生きる」など、岡本喜八の「肉弾」「吶喊」などを観る一方、こうした現実を真正面から切り取った映画に触れることも大事だ。

22日(日)の日程

午前8時半 実行委員ら集合・上映会場づくり

午前9時半 開場・受付開始

午前10時  開催挨拶と訴え

午前10時5分 一回目上映開始(上映時間135分)

午後12時20分 一回目終了

午後13時半 2回目開場・受付

午後14時から 一回目と同じ日程

終了 午後16時20分

問い合わせは代表幹事の福田洋吾
tel&fax 0288・32・2250
携帯  090・8803・9790
e-mail yogo_453@ybb.ne.jp

あるいは 黒川純=富岡洋一郎 

tel&fax 0288・25・3348 eーmail qk3y-tmok@asahi-net.or.jp

「作品解説・紹介 - ミツバチの羽音と地球の回転」

「『ヒバクシャ――世界の終わりに』『六ヶ所村ラプソディ』に続く、鎌仲ひとみ監督&グループ現代製作による三部作の“完結編”。本作は、山口県上関原発の問題と向き合う祝島の人々と、スウェーデンでの、地域自立型のエネルギーを創り出し持続可能な社会を模索する人々の取り組みを追ったドキュメンタリー。祝島の原発予定地には、絶滅危惧種とされている希少生物が棲息しており、エネルギーと自然の共存がいかに大切かを観る者に問いかける。原発重視かつ電力独占体制の日本のエネルギー政策は、果たしてこのままでいいのか。決して他人事ではないエネルギー問題を、真摯に考えるきっかけを提供してくれる作品と言っていいだろう。

日本のエネルギーの最前線、上関原発計画に向き合う祝島の島民と、スウェーデンで持続可能な社会を構築する取り組みを行う人々の両面から現代のエネルギー問題を描き出すドキュメンタリー。監督は「六ヶ所村ラプソディー」の鎌仲ひとみ。瀬戸内海に浮かぶ祝島の真正面に、原発建設計画が持ち上がってから28年。島民は一貫して建設に反対してきた。島では海藻や鯛をとり、無農薬のびわを栽培して千年も前から生活が続けられている。最も若い働き手、山戸孝さんは妻子を抱えて自立を模索しているが、その行方を阻むように着々と進められる原発計画。島民は一体となって阻止行動に出る。孝さんの眼差しの先にはスウェーデンの取り組みがある。足元にある資源で地域自立型のエネルギーを作り出すスウェーデンの人々が目指すのは、持続可能な社会。それを支えるのは電力の自由市場だ。原発重視かつ電力独占体制の日本のエネルギー政策を変えるためにはどうしたらいいのか。そして、祝島の未来はどうなるのか。決して他人事ではないエネルギー問題を、真摯に考えるきっかけを提供してくれる作品と言っていいだろう。」(ネット検索で)

A0144335_23503237_3(「祝島写真展」の作品のひとつ)

2012年1月13日 (金)

薪ストーブの12畳に19人の新年会~  日光霧降高原の「砂時計家」

Dscn6892 (薪ストーブが焚かれた12畳の居間に19人の新年会=12日夜、霧降高原・砂時計家で)

 霧降高原の「砂時計家」で12日夜、「日光かいわい新年会」を開いた。集まったのは、最初7人だったが、雪だるま式?に増え、とうとう19人に。数人は立って飲むようだった。

 というのも薪ストーブを焚いている居間は12畳ほど。10人くらいで、と思っていたが、「あの人に声をかけたら、この人にも声をかけないと」。ということで、その人数に。

 ほんとうはあと3人が参加する予定だったが、当日、都合がつかなくなり、キャンセル。この3人が加わっていたら、22人。畳1枚に2人づつという新年会になるところだった。

Dscn6856 (その日夕、準備した霧降高原「砂時計家」の新年会会場。ここに19人が~)

 定年退職後、霧降高原で迎える正月は2回目。それ以前から友人付き合いをしていただいている人もいるが、災害支援のボランティアなどで知り合った人が次々と。

 そんなこんなで日光地域に限って、ふだん会っている友人たちに声をかけたところ、「一人一品持ち込み」に次々と参加してきた。

 これからタイなどの海外の旅に出る人、スキー学校の先生から一時帰って来た人、春には東京に家族で引っ越す人、正月から新たに職を得た人、三陸の災害支援ボランティアから戻ってきた人、ペンションの仕事を終えて駆けつけてくれた人など、それこそさまざま。

 

Dscn6887 Dscn6891 Dscn6890 (新年会は「一品持ち寄り」。酒も料理も盛りだくさん~)

  飲み会もいいが、それぞれが全員を知っているわけでもないので、一人1分の自己紹介タイム(次々と質問が飛び、これだけで1時間も)、さらに「詩人」の館、砂時計家なので、「第2部」?で詩の朗読会も。

 わたしが「いよいよ恐怖の時間がやってきました」と断って」(「エッー」という脅える声がかなりー)、黒川純の詩2篇を朗読したり、朗読してもらったり。(ひとつの詩は参加者からのリクエストでもありました。エヘン!。ゴホゴホ・・・)

 「第3部」?は唄・歌の時間。さぶちゃんの「風雪流れ旅」の演歌が出たので、わたしが新民謡「上州小唄」(野口雨情作詞、中山晋平作曲)、さらに若いころから歌い続けている高知県のマグロ漁船の歌「おいらの船は300トン」を。いずれも手拍子で。

 「第4部」?は「かくし芸」を考えていたが、その用意をしていなかったので、パス。とうのも参加した仲間には「ヴィォリニスト」や「横笛の名手」、「フォークギター達人」や「瞬間芸の名人」などが。次回はぜひ、「演奏会」も含めて計画しようと思う(そうすれば、もっと楽しい新年会になると思うが、どうだろうか?)。

Dscn6861(陸前高田の詩友、松崎みき子さんからその日届いた三陸の「海の幸」)

Dscn6893 (最後に当日の新年会の模様を示す1枚。このあとのわたしは飲むことに専念ー)

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2012年1月10日 (火)

映画「ミツバチ」の日光上映まで十日余 マスコミ各社にも広報依頼

 日光市(市今市中央公民館中ホール)で22日の午前10時と午後2時の2回、自主上映するドキュメンタリー映画『ミツバチの羽音と地球の回転』(鎌仲ひとみ監督)まで10日余と迫った。

 この日程をにらみながら、きょう10日は日光市役所内にある「日光記者クラブ」の各社宛てにチラシと広報依頼文を市広報広聴係長を通じて投げ込んできた。それも「ミツバチ」だけでなく、日光市と縁がある撮影集団の手による「祝島写真展」も同時に開催するという連絡だ。

 もともと、地元紙・下野新聞と毎日新聞は実行委員のひとりが、直接、手渡すという。なので、この2紙はパス。残る朝日、読売、東京、産経、NHK、とちぎテレビのボックスに。といっても、産経新聞は宇都宮の記者が記者クラブ゙内で仕事をしていたので、直接、手渡した。

 あした11日は県庁記者クラブの共同通信、時事通信、日本経済新聞や日本テレビ、フジテレビ、TBS、テレビ朝日などの宇都宮支局、さらに栃木放送、えふえむ栃木などの各社にもfaxでチラシと依頼文を送るつもりだ。

 すでに下野新聞は代表幹事に取材しているようなので、そのうち記事化されるだろう。さらに各社の一部でも今回の「ミツバチ」上映を告知してくれたら、ありがたい。すでに「とちぎ朝日」は紙面で紹介してくれている。こうしたマスコミ報道と実行委員がひとりひとりに声をかけてゆくことで、さらに「ミツバチ」が日光や栃木県内に広まってゆくことだろう。

Dscn6855(以下は10日に各社に投げ込んだ依頼文)

2012年1月10日(火)
報道各社さま
            原発問題日光実行委員会(代表幹事・福田洋吾)

ドキュメンタリー映画『ミツバチの羽音と地球の回転』(鎌仲ひとみ監督)
1月22日(日)午前10時と午後2時の2回、日光市今市中央公民館中ホールで。実行委による自主上映会(日光市、日光市教育委員会後援)を行います。同映画は今年度の早稲田ジャーナリズム大賞の文化貢献奨励賞を受賞したばかり。ぜひ多くのみなさんに観ていただきたく、広くお伝えいただければと。映画のチラシを添付させていただきます。

今回の上映会場では映画の主要な舞台となった瀬戸内海に浮かぶ祝島(山口県上関町)の人々などを写し撮った「祝島写真展」も開催します。写真ジャーナリズム誌「DAYS JAPAN」のジャーナリズム学校第一期生たちによる祝島の写真約20点(2009年)。日光市出身で、現在、東京で学ぶ女子大生が撮影者の一人だったという縁から。今回、とんとん拍子で「映画」と「写真」のコラボという企画になりました。

問い合わせは代表幹事の福田洋吾
tel&fax 0288・32・2250
携帯  090・8803・9790
e-mail yogo_453@ybb.ne.jp

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       (「祝島写真展」の作品のひとつ)A0144335_23503237_3

2012年1月 9日 (月)

赤城山から風が吹き出して~ 野口雨情が作詞していた「上州小唄」 

Akagiannai (ネットで「赤城山」「写真」で検索。そこから転載させてもらった「赤城山」遠景)

赤城山から風が吹き出して~

風でちょうちょが飛ばされる

 こんな調子のよい地元・上州の民謡が群馬育ちのわたしの耳にずっと残っていた。母親が歌っていたのを少年のころに聴いていた。確か、最初のフレーズだけ、教えてもらった。赤城おろしの空っ風をいやいうほど、味わっているだけに、うろおぼえながら、この唄にずっと親しみを覚えてきた。

 きょう、なんだか、急にこの唄の(当時は新民謡と呼んだようだ)歌詞を知りたくなった。<そうだ、ネット検索で>。いままで、気になってはいたが、ネットで調べようとまでは思いつかなかった。「赤城山から風が吹き出して」の言葉で検索するとー。

 なんと、昭和初期に地元に依頼された野口雨情が作詞し、中山晋平が作曲したとある。いやはや、そんなことも知らないで、なにげなくずっと口ずさんでいたのか~。そう思い、改めてさすがこのコンビならではの歌・唄の力を知ったのだった。

 え~、私の宴会の十八番は、若いころに覚えた四国の「室戸水産高等学校寮歌」なのだが、この「上州小唄」もそのひとつに。と、思ってはいるが、なにしろ、八番まであるからどこまで覚えられるやら?。

 この唄の歌と踊りを動画でアップしたものがあったので、それも紹介しよう。でも、わたしが知っている「上州小唄」はこの動画より、もっと、アップテンポで、歯切れもよい。そのうち、関係者は(わたしの「砂時計邸」に遊びに訪れる人たちは無理やり~)聴かせられることになるだろう。

「伊香保温泉観光協会会長で、日本温泉協会初代会長を務めた木暮武太夫の依頼で、昭和4(1929)年、野口雨情(1882-1945)が作詞、中山晋平(1887-1952)が作曲した新民謡。雨情は、珍しく苦吟して出来ず、遂に帰京を申し出たが、一度帰ると他の仕事に紛れて作詞が後回しになることを恐れた木暮たちが無理に引き止め、ようやく出来上がった。作られた当初は、歌詞の評判が悪かったが、次第に人気を呼ぶ。 ○大野  美幸」(ネット「野口雨情」 「上州小唄」、「赤城山から」検索)
 

昭和4年(1929年)7月発行
歌謡集『波浮の港』より
 

上州小唄
(作詞・野口雨情 作曲・中山晋平)
 
   1
赤城山から風が吹出して
風で蝶々が とばされる
  さアさ 妙義の山ほととぎす
  朝の草刈る目をさませ
   ホラ、ギツチヨン、ギツチヨン
     チヨンチヨン
  (以下囃子言葉省略)

   2
榛名山から雲が脚出して
またも伊香保に 雨ふらす
  さアさ 前橋高崎までも
  ゴロリ、ピカリと雨がくる。

   3
利根の河原の 一本蓬(ひともとよもぎ)

流れ流れて 花咲いた
  さアさ 上州花咲くところ
  河原蓬も花が咲く

   4
湧いて流れる 草津の湯さへ
別れ惜しさに 霧となる
  さアさ 山越え谷川越えて
  四万は浮世の 外にある

   5
赤城つつぢは 赤城の山に
ひるの螢は 草の葉に
  さアさ スキーは赤城のシヤンツエ
  踏んでとけない 雪が降る

   6
桐生伊勢崎 空の月や晴れた
機場夜さりの 月となる
  さアさ 機場は生糸がたより
  糸は蚕の繭だより

   7
桑にや川霧 桜にや日和

山には山霧 野にや雲雀
 さアさ 二度摘み四度摘む桑の
  摘めば緑の 芽ものびる

   8
天道さま出て この世を照らす
新田高山 国照らす
  さアさ 上州は音にもひゞけ
  男伊達なら負とらぬ

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2012年1月 8日 (日)

視えない種から明日が予感できるように 詩「『東日本』のために」・黒川純

Dscn6840 (同人である詩誌『堅香子』第10号に寄せたわたしの詩 「『東日本』のために」)

 わたしも創刊同人である詩誌『堅香子(かたかご)』の第10号がきょう、我が家に届いた。岩手県の詩人や岩手県に縁がある詩人たちでつくる同人誌で、年2回刊行。すでに丸5年、いつもしっかりした内容の詩誌に仕上がっている。

 同人は今回3人が加わり、26人に。力作がそろっているが、まずは自分の詩「『東日本』のために」。大きな題だが、確か作家・池澤夏樹さんのエッセーに刺激を受け、晩秋に寄稿したものだ。 

 冊子は2012年の新春発行だが、「『東日本』のために」は、結果的にそれにふさわしい詩になっているのではー。だれもいわないので、自画自賛することに。実際はそれほどでもないのだが、「視えない種から明日が予感できるように」、そうした思いを詩に込めた。新春のブログにふさわしいのではないか?

Dscn6835 (シンプルだが、魅力的な田村晴樹さん装丁の詩誌『堅香子』第10号表紙)

詩   「東日本」のために

     
                  黒川 純

風の中でだれかのだれかを呼んでいる
今夜の月夜を愛でるひとりひとりとして
パンドラの箱を開けてからわずか六十年
勘違いした短い歴史の方程式が導き出した
だれにも本当の数字がわからない確率で
それこそ暴力装置そのものである因子で
世界にばらまかれてしまった死の灰が

やがて
だれかの身体をミクロから蝕み
届かない海の底からの嘆きを
私たちは私とともに抱え込んでしまった
戻れないその哀しみは私自身でもある
いや
あなたの心をこなごなにするかもしれない

その因子は
銀河鉄道ができるかもしれないずっと先まで
そう 二万四千年先でも
桃源郷そのものの紅葉も踏みにじるだろう
だから
だれもが脅えるDNAに冷や汗を覚えながらも 
長い海岸線に落とされた涙という涙を集めて
ほんとうの倫理が地上の星に育つよう
根源的なもともとの優しさが思い出せるよう
錬金術をもう一度よみがえらせてみたい

善悪を超えて汚された空から降りている
不可視の種がわたしたちのすぐそばに
それもほんのかすかな種にちがいない
わたしたちそれぞれが共鳴しあうように
視えない種から明日が予感できるように
その香りを世界にばらまくてはならぬ
だれかのだれかのわたしたちのために
死者も生者もひとりびとり今も海や空に漂う
「東日本」のために

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2012年1月 7日 (土)

「祝島写真展」も上映会場で 日光で22日上映の映画「ミツバチ・・・」

Dscn6295 (A0144335_23503237(「祝島写真展」の写真の中の一枚)

 22日に日光で自主上映する(今市中央公民館中ホール)ドキュメンタリー映画「ミツバチの羽音と地球の回転」に強力なイベントが加わる。映画の舞台となっている山口県の祝島の人々などを写した写真を会場で展示することになったからだ。

 写真ジャーナリズム誌「DAYS JAPAN」のジャーナリズム学校第一期生たちによる祝島の写真約20点。2009年の撮影だという。その一人が今市出身で東京の大学に通っているという馬場加奈子さん。

 「日光」で「ミツバチ」が上映されることを知った彼女からTWITTERのDMなどで連絡があったのが12月30日。翌大晦日には代表幹事と一緒に帰省中の彼女と会った。「DAYS JAPAN」誌などを拝見、すぐに「祝島写真展」をやろう、でまとまった。

「DAYS JAPAN(デイズ・ジャパン)は、かつて講談社から発行されていた同名誌(以下「旧DAYS JAPAN」)に関わっていた人が中心となり、株式会社デイズジャパンが発行しているフォトジャーナリズム誌。 創刊号は2004年4月号で、現在も月刊で発行されている。「一枚の写真が歴史を変えることもある」「人々の意志が戦争を止める日が必ず来る」を表紙に掲げる硬派を創刊当時から貫く。編集長は、旧DAYS JAPANでも主要な寄稿者であった広河隆一が務めている。」(ウイキペディアから)

 それにしてもTWITTERの威力は大したもの。12月下旬までまったく面識のなかった人とつぶやきあい、31日にはもうひとつのイベントをともに作り上げていく仲間に。馬場さんもすぐに「原発問題日光実行委員会」の実行委員を引きうけてくれた。

 冒頭に掲げた写真は「祝島写真展」の作品のひとつとして展示されるだろう一枚。「一期生」の人たちが祝島に渡り、撮ってきたもの。「ミツバチ」はスウェーデンと祝島を舞台にした映画だが、メインは祝島。写真展でさらに「ミツバチ」の理解が深まることに。相乗効果も含めて、いいタイミングのコラボだと思う。

Profile_reasonably_small_3 (「祝島写真展」もと申しこんできた「華の女子大生」の馬場さん=TWITTERプロフィールから)

 「華の女子大生」だという馬場さんご本人もツイッターで祝島写真展についてツイートしている。そのつぶやきも半端ではなく、なんと約2万2000(2200ではない)、そのつぶやきをフォローしている人も約3500人(350人ではない)。彼女が一言つぶやくと、3500人の人が聴いているというわけだ。その「影響力」を使って欲しい。そのつぶやきのひとつが以下のこれ。

「1月22日の「ミツバチ」上映会@日光の実行委員の  さんに早速お会いしてきた!実行委員長の方も!とういことで22日は一緒に 一期生の祝島写真展もやることが決定しました!ありがとうございます! 

 「ミツバチ」は1月22日(午前10時と午後2時の2回、「協力券」という前売り1000円、「当日券」1300円、高校生以下不要)まで、半月。券をまだ入手できていない人はご連絡を。このブログ「砂時計主義」のコメント欄からでも、携帯090・5351・3440、あるいはメールqk3y-tmok@asahi-net.or.jpでもけっこうです。黒川純=冨岡洋一郎。

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2012年1月 5日 (木)

「だけど僕らはくじけない」 「進め ひょうたん島」の朝日新聞連載記事に期待

Dscn6833 (4日から連載が始まった「進め ひょうたん島」の第1回目の見出しと全体 写真上・下)Dscn6834

 いわば、意表を突く表題だ。朝日新聞の人気連載欄、「ニッポン人脈記」の「進め ひょうたん島」。見出しも「だけど僕らはくじけない」。それも担当しているのが、震災後に岩手県大槌町に移り住んで、現地を駈けまわっている東野真和記者。<これは期待できるぞ>。そう思って4日付夕刊の第1回目を読んだのだった。

 住民の約1割を失った大槌町。津波で当時の町長も失っている。その大槌町の蓬莱(ほうらい)島」が「ひょうたん島」のモデルとも言われる、とある。私も確か、そんなことをかって聴いたことがあるが、それを表題にした連載にするとはー。

 わたしの知っている東野記者はいわゆる政治畑の記者だが、それにとどまらず、事件や社会にも首を突っ込んできた論客。盛岡総局などで、若い記者を育てる嫌われ役の昔でいう「軍曹」もやってきている。

 その彼が震災を受けて、あえて現地に暮らし、被災者たちの日々を視てゆくという決意。そこから発信してきた全国記事は丁寧に読んできた。ときには大槌町を「叱咤激励」するなど、かなり挑戦的な,、いや、挑発的な記事も書いてきている。そのエネルギーにエールを送ろうとしていた。

 そんな東野記者の書きだしは「・・・住民1万5千人の約1割を失い、市街地が壊滅した。震災後、ここに移り住んだ私が出会った、くじけない人々を紹介したい」。さらにー(詳しくは記事で)。いずれにしろ、第1回目の結びがいかにも、今を。被災者とともに生きてきた彼だかからこそ、それを伝えたかったはずだ。「ひょうたん島」の歌を。連載の今後を期待したい。

 悲しいこともあるだろさ

 苦しいこともあるだろさ

 だけどぼくらはくじけない

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2012年1月 3日 (火)

大震災詩 それははじまっていたのだ 黒川純・「コールサック」71号

Dscn6684(昨年12月28日に発行された詩誌「コールサック(石炭袋)」71号)

  新春なので、今年の最初のブログは詩で。考えたら、昨年12月28日発行の詩誌「コールサック」(石炭袋)71号(年3回発行)にわたし・黒川純は詩「それははじまっていたのだ」を寄稿していたのだったー。

 書いているうちにいずれも「ひらがな」ばかり。というか、無意識のうちにひらがなだけの詩になっていた。詩を書いてずいぶんになるが、漢字を一字も使わない詩を書いたの初めて。この詩はひらがなの方が似あう。そう思ったので、そのままに。

 さて、2012年初頭の時代気分にマッチしているかどうか?。全国のさまざまな詩人たちの詩や詩論、評論のなかで読んでくれる人がいるかどうか。えい!ままよー。ブログ「砂時計主義」に掲載へ~。詳しくはhttp://www.coal-sack.com/syosekis/view/522/「COALSACK」(石炭袋)71号 2011年12月28日_)

詩 それははじまっていたのだ

                                      黒川純

それははじまっていた
ゆっくりとしたはるかぜとともに
のびのびとせのびするわかばのように
もともとあるほんとうのために
だれかのだれかのためにいきてゆく
じぶんのじぶんのためだと
めびうすのわで とほうにくれるが
さんりくにいきたひとりびとりが
わるいゆめのように いっしゅんのうちに 
ざぶざぶとうねるうみにのみこまれた
だれかのだれかのためなら
はっきりしたちょくせんがみえる                                                    
                                                     
さむざむとしたおいかぜはもうけっこう
ぎすぎすしたあいさつもいらない
ぎゃくだちしたつくえともおさらばさ
だれもそうとはおもわないうちに
くちからくちにしないうちに
あたたかいくうきをおよごうとしている
やわらかなみどりのかぜにむかっている
じもんじとうをくりかえしながら
たいきのながれそのものになろうと
いきてゆくほんとうにみをさらす
それがはじまっていた
おおくのだれかで
                                                                                                              
ねがっても てがとどかなかった
まだみぬひだまりのえんがわへ
きづいていたわけではないが
そっとふわりとそのほうへ
でも うすうすかんじてはいる
なんだかとてもきもちがはれる
ほおがあかるくはればれとして
なぜかけなげにうつくしい
しぜんのしゃぼんでみをきよめ
うまれかわったかのように
それはまるでてじなのようだ
それがはじまっていたからだ                                                      
                                           
あのひとと このひとと
あいつと あのこと
うみとともにくらしつづけた
あっちのひと こっちのひとと
あしたのゆめをむざんにひきさかれ
いっぱいのむねんさにただようかれらと
かなしみとあしたのパンをわかちあい
まっすぐなまなざしをこうかんすれば
たくさんのだれかのそのいっぽから
たしかなきぶんと たしかなきもちが
がれきだけのまちのかぜのなかでも
それははじまっていたのだ

              (了)

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