無料ブログはココログ

ブログランキング

  • ブログランキング
    人気ブログランキングへ

« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

2012年2月

2012年2月25日 (土)

「脱原発」の陳情を日光市議会常任委が採択  栃木県内初、3月本会議でも採択確実

Dscn7324 (日光市議会産業観光常任委が24日に賛成多数で採択した「脱原発」の陳情)

Dscn7326 (陳情が求めているのは「原発の比率を縮小し、完全廃止を最終目標とする」など3項目)

 日光市議会(定数30)の産業観光常任委員会(亀井鎭夫委員長、委員計7人)は24日、「原発いらない栃木の会」と「原発問題日光実行委員会」が連名で提出していた「原発から再生可能エネルギーの推進へエネルギー政策の転換を求める陳情」を5対1の賛成多数(委員長除く)で採択した。

 「原発の比率を縮小し、完全廃止を最終目標とする」、いわゆる「脱原発」を求めた陳情。この種の陳情を議会が採択したのは、「原発いらない栃木の会」事務局によると、県内の各議会では初めて。

 常任委員会で賛成した会派は、「成和」(7人)、「グループ響」(7人、わたしと同じ「日光原発問題実行委」の市議もいる)、「日光」(3人)、それと無会派1人。反対は「市民フォーラム志向」(3人)。

常任委員会では、最初に陳情の趣旨について、議会事務局が読み上げた。「1 再生エネルギー及び節電その他の省エネルギーの推進をエネルギー政策の中核に据えること  2 原子力発電の比率を縮小し、完全廃止を最終目標とすること 3 エネルギー政策について国民の積極的な参画を求めること」まで(「陳情の理由」までは読みあげなかった)

 審議では、一番手で三好國章氏(会派「日光」)が、「(陳情が求めているのは)最終的には3番目のエネルギー政策の見直しだと思う。わたしは採択すべきだと思う」と、陳情採択について、きっぱりと賛成で発言した。

 次いで、同委員会副委員長の筒井巌氏(会派「成和」)が、「原発はトイレのないマンションといわれるが、危険な(施設)であるのは、みなさんも承知。陳情の1、2、3のうちの真ん中の2は「廃止を目標とする」。、即刻廃止、即刻停止ではない。(即刻廃止、即刻停止では)、産業構造の中で非常に難しいのではないか。将来的に原発を廃止していく方向ということで、採択を求める」と、基本的に陳情賛成の立場で発言した。

 委員長が「ほかに」と各委員に促したが、ほかに発言はなく、すぐに挙手採決へ。採決では委員長を除く6人のうち野沢一敏氏(「市民フォーラム志向」代表)のみ、「腕組み」。残る5人は挙手。常任委員会では5対1の「賛成多数」で採択を決めた。

 3月16日の本会議の見通しだが、各会派のうち、「市民フォーラム志向」が反対に回ると想定、さらに「公明党」(2人)がどうでるか。ただ、「成和」「グループ響」「日光」や無会派の複数市議(そのなかには「日光原発問題実行委」の共産市議も)、それに「志民ネット」も採択賛成に回る見込み。この結果、議長を除く29人のうち、少なくても20人以上の圧倒的賛成多数で「脱原発」意見書として採択されるのは確実だ。

ブログランキング
人気ブログランキングへあなたの「一票」が頼りですー。

2012年2月22日 (水)

「3・11」は福島・フクシマで声を大にー 「原発いらない!福島県民大集会(郡山)へ

3・11はなんといっても、犠牲者を鎮魂しなければならない。同時にフクシマについて尖鋭的に問い直す日にしなければならない。問い直すというより、もはやは国内で原発を稼働させることは犯罪に等しいことを声を大にしなければならない。

ということで、「3・11原発いらない福島県民大集会」へ。みなさんもどうでしょう。わたしも会員である「原発いらない栃木の会」でも、3・11当日、宇都宮からバスで郡山の会場へ。弁当付き往復3000円で。問合せなどは以下の「栃木の会」HPで は誰でも見られます

たまたま、なぜ脱原発かー。書き始めたら、これもあれも。結局、15項目にも。今の時点のブログ「砂時計主義」(黒川純)の主張としよう

①地球の地盤の構造上、地震大国である日本、島国で津波が自然に襲来する地形になっているニッポンに原発を林立させてきた恥ずべき決定を白紙にすべきだ②第二のフクシマが起きたら、ほんとうに迷惑を受ける世界から孤立し、「日本沈没」という事態になりかねない想像力を持つべきだ③化石燃料に比べて、資源がそれほどでもないウランの採掘から原発稼働、保守、点検まで、底辺労働者の被曝者を生む歪んだ経済産業構造は許されない。

④原発はいったん深刻な事故が起きれば、海や山や農地や林地、さらに水や魚、農産物、動植物たちにまで深刻な被害を及ぼすのは、フクシマで起きたことだ⑤豊かな自然や土地が荒涼たる姿となり、廃墟の風景が現出し、多くの人たちが先祖からの故郷を追われてしまい、共同体も崩されてしまう⑥チェルノブイリでみるごとく、子どもたちは成長する未来まで内部被曝の脅威にさらされて生きなければならない

⑦「平和利用」をうたいながら、核兵器製造能力保持というときの権力の欲望をいいかげんにここらで断ち切る機会になる⑧半減期でも2万4000年というプルトニューム239など、今に責任がまったくない未来の人類たちにたいする犯罪そのものだ⑨原発みずから生み出した核のゴミを棄てる場所さえ確保できない技術水準にある

⑩わたしたちから3000世代後の「10万年後の安全」の工事が北欧ですでに進められているが、それさえも「完全な安全」を語れないでいる⑪熱や風や石炭、石油などの化石燃料ももとは太陽の恵みから。その太陽エネルギーではない、核というパンドラの箱を開けてつかんだ原発は人類には手に負えない代物だとしるべきだ⑫原発がゼロになっても火力や水力、風力など、さまざまな再生可能エネルギーで電力がまかなえることが明らかになってしまった

⑬エネルギーとして安価だといわれていた原発だったが、いったん事故が起きると、人々や農林漁業、観光宿泊、教育施設など関係方面の避難や補償や除染などもろもろの費用が生じ、実は経済的にも安くないことも知ってしまった⑭フクシマが起きてしまったことで、水を米や野菜や牛乳などの食べ物の汚染度に気を使わせられ、明日の不安を常に抱えさせるそんな代物をなぜ存続させるのか⑮原発がないと雇用が生まれず、企業活動も停滞してしまうなどの反論があるが、雇用も企業活動もわたしやあなたの、わたしたちの命を豊かにするためであり、それを脅かす原発を推進しようとするのは、それこそ本末転倒だ。

以下は主催者の公式サイトから転載。http://fukushima-kenmin311.jp/

日時
 2012年3月11日(日) 12:00~開場 13:00~開始 ⇒集会順序(予定)

 会場
 郡山市 開成山野球場
 (福島県郡山市開成1丁目5−12)
 会場アクセス方法
■郡山駅西口より福島交通バス・各方面行きで「郡山市役所」下車後徒歩2分
■郡山駅西口からタクシーで約10分
■東北自動車道・郡山ICより車で約15分

 駐車場案内
 駐車場は団体バス専用の駐車場のみ、事前予約を受け付けています。それ以外の駐車場は準備できません。郡山駅周辺等の有料駐車場、または公共交通機関をご利用ください。
 集会順序 (変更あり)
<予定>
 12:00~ 開場

 13:00~ オープニング・コンサート
          加藤登紀子 ほか

 14:00~ 県民大集会
          開会あいさつ
          呼びかけ人あいさつ
          大江健三郎さんの連帯あいさつ
          県民の訴え
          黙祷(14:46)
          集会宣言採択
          閉会の言葉

 15:00~ 行進説明
 15:15~ 行進開始

 主催
呼びかけ人により呼びかけを行い、趣旨に賛同する県内の各種団体で実行委員会を結成して主催します。

【呼びかけ人】
 青木千代美 (福島県女性団体連絡協議会会長)
 大石 邦子 (エッセイスト)
 小渕 真理 (アウシュヴィッツ平和博物館館長)
 片岡 正彦 (弁護士)
 熊谷 純一 (福島県生活協同組合連合会会長)
 國井 常夫 (福島県森林組合連合会長)
 玄侑 宗久 (作家・福聚寺住職)
 清水 修二 (福島大学副学長) 呼びかけ人代表
 庄條 德一 (福島県農業協同組合中央会会長)
 野崎  哲 (福島県漁業協同組合連合会会長)
 山﨑 捷子 (国際女性教育振興会会長)

【実行委員会構成団体】
 福島県平和フォーラム
 福島県女性団体連絡協議会
 福島県生活協同組合連合会  他

【後援団体】
 福島民報社
 福島民友新聞社
 東日本大震災復興市民総決起大会実行委員会

  • ブログランキング
    人気ブログランキングへ あなたの「一票」を頼りにしています~。
  • 2012年2月20日 (月)

    我が家の生命線が「SOS」  薪ストーブ生活がついに危機状態~

    Dscn7284  霧降高原の冬本番は薪ストーブが主役。というか、生活の生命線。それがついにここにきて危うくなってきた。それどころではない。あと1日でもう薪は底をつく。この1週間ほどは宇都宮の薪ストーブ専門店から一束(367円)を14束買ってしのいでいた。それも万事休す。ベランダの板材を燃やしてしまおう、そんな妄想も抱きかねない状況だ。

    Dscn7282 ということで、その薪を補完する、というか、太い薪を焚く際に火勢を強める薄い板材を大量に投入へ。きょうはその作業に熱中した。といってもほんの小一時間だけ。ナタを使って次々と「エィ!」と折る作業。次々と作業を進めると、わずかの時間に木片の段ボール箱が四つ、できあがった。

    Dscn7287

    Dscn7286

    「薪がない~」。と叫んで嘆いても仕方がない。昨春に今冬の需要見込みを誤っただけ。今年度は薪小屋を新たにつくり、それを一杯にしたので、「もう大丈夫」と思った。それが浅はかだった。今年は薪小屋をさらに増築し、それが一杯にすることに。

    Dscn7293 ということで、本日はついに「追加薪」を友人の薪ストーブ専門屋さんに緊急連絡してしまったのだった。今冬は灯油を使わず、ずべて薪だけ。「石油」は使わずに済んだが、その暮らしもかんじんの薪が終われば、根底から冬の生活が崩れてしまう。あたりまえのことだが、それがわが身に。霧降高原生活の冬は「王様は薪」(地域通貨になるかも?)、そんな思いを改めてー。

  • ブログランキング
    人気ブログランキングへ あなたの一票が「励み」になります~。
  • 2012年2月19日 (日)

    異次元の世界がわたしたちのすぐ隣に ドキュメンタリー映画「100、000年後の安全」

    Dscn7276  矢板市の文化会館小ホールで「10万年後の安全」(制作2009年、上映時間79分、マイケル・マドセン監督、「矢板市民映画会」主催)を観た。というか、ようやく観ることができた。ほぼ期待どおり、すごいドキュメンタリーだ。2011年4月に緊急公開されただけのことはある。現場とインタビューをうまくかみあわせており、心の奥に迫るものがある。

    「10万年後の安全」で、やはりと思ったのは3000世代先の人間にこの現場が「高レベル放射性廃棄物」を密封した場所であり、いかに危険かを知らせようとする「知恵?」。そこであのムンクの「叫び」が訴える方法として登場する場面だ。

    Dscn7278 高レベル放射性廃棄物は「人間の好奇心」から逃れられるか。『10万年後の安全』でマイケル・マドセン監督がパンフでこう伝えている。「調べていく中で最も驚いたのは、この施設ごと隠してしまって、どうにかして忘却のふちに沈めてしまうのが最善策だと、フィンランドで検討されていたことです」

     映画を観ながら思ったのはジル・ドウルーズがなぜ毎週末、映画館や美術館に行くのか、その問いに「私は待ち構えているのだ」の返答。『暇と退屈の倫理学』からの〈人間〉〈動物〉だけではない、なにかのひらめきがそこに~。この映画はお薦めです。Dscn7280

    2012年2月 7日 (火)

    下血、目、鼻、口からも血が吹き出す 凄惨な「内部被曝死」-  肥田舜太郎『広島の消えた日』

    Dscn7141_2 (肥田舜太郎さんの著書『広島の消えた日』と鎌仲監督との共著『内部被曝の脅威』)

    驚き、感心、驚愕、同情、同感、感動、もう言葉が見つからない。肥田舜太郎さんの著書『広島の消えた日』(影書房)。吉田満さんの名著『戦艦大和ノ最期』を読んだときの感動がよみがえってきた。こんな名著を見過ごしてきたのか、とそんな反省も。こころあるひとたちにぜひ一読を強くお薦めしたい。

    肥田舜太郎さんの著書『広島の・・・』は今の時代、改めて読まれるべき本だと確信した。3月3日にわたしたち実行委員が肥田さんを日光に招いて原発講演会を開く。その際に『内部被曝の脅威』(鎌仲監督と共著)とともに『広島の消えた日』も会場で頒布できるよう、実行委で提案したい。

    今(6日深夜)、読み終えた肥田舜太郎さんの著書『広島の・・・』、あまりの内容の高さにしばし、言葉を失う。きちんと整理し、いずれわたしのブログ『砂時計主義』で紹介したいが、断片で魅力が伝わるか。3月3日に肥田さんにお会いする際に、その感動を伝えたいー

    以上の3つは6日深夜のツイッターでつぶやいた。著書の断片の紹介ではその魅力は伝わらないのは確か。なので、「目次」と「書評」のひとつを加えることにした。それで役目?を果たしたい。安易なのは承知しているが、ブログを訪れる「少数?」の人たちに早く伝えたいと思ったからでもある。

    そうそう、文中にある部下の近藤少尉と肥田軍医中尉(当時)の会話で、『戦艦大和ノ最期』のある場面を思い起こした。沖縄に向かう途中、特攻出撃について、船内で士官たちが議論する場面だ。その死の意味するところについて、「敗レテ目覚メル。ソレ以外ニドウシテ日本ガ救ワレルカ」。哨戒長の大尉がそう語り、議論に片がつくという、緊張感あふれる場面だ。

    ただし、『広島の・・』ではやや、いや、この大和の論議とは違った場面を用意している。近藤少尉の分厚い封書「いのちがけの遺言」を読むところだ。

    「今はただ一日も早く無益な抵抗はやめて潔く敗北の事実の上に立ち『降伏こそ最善の道』と勇気をもって言うべきと確信しています。国敗れても山河は残り、民族は死滅しません。敗北の痛手に鍛えられて二度と戦争を望まない祖国を築く事業に立ち向かわなければなりません。その日のために、あなたは(肥田舜太郎さん)なんとしても生きのびてほしいと望むばかり・・・」。

    この手紙を肥田さんは終戦間際、ヒロシマ原爆の前日の8月5日に読んだという。当時、こんな手紙を書いたことがわかれば、その人物はすぐに特高が連行するだろう。当然、肥田さんは何度も読み返してから、「その手紙を宿舎の風呂のかまどで灰にした」。

    肥田さんはこの極秘の手紙を読みながら「足が小刻みにふるえてどうにも止まらなかった」という。論旨が「はげしく私の胸をときめかしたが、それが私の行動を左右するには、破局に向かう戦争の規模があまりに巨大すぎたし、第一、私にそんな大それた勇気もあるはずもなかった」と記している。

    『広島の消えた日』の目次

    第一章 破局に向かう日々―広島陸軍病院にて
     銃なき軍隊
     苦闘する四台の培養器
     往くもの、送るもの
     一つの「いのち」
     防空演習と「相良少佐」の死
     一人の軍医の誕生
     対戦車肉薄攻撃
     いのちがけの遺言

    第二章 広島の消えた日
     見よ! 広島に紅蓮の火柱が立つ
     見よ! 一望の焼け野原
     地獄からの出発
       *
    〔旧版〕あとがき
    被爆者たちの戦後―新版へのあとがきにかえて
    著者略年譜

    書評(「影書房」HPから)

    「北海道新聞」2010年5月23日

    被爆者と向き合う医師
                                 評者=高瀬 毅(フリージャーナリスト

     タイトルだけ見ると、誰もが全編被爆の話が綴られていると思うだろう。だが、ページをめくると、よい意味で裏切られる。

     前半は原爆投下の以前、軍医として赴任した広島陸軍病院での話が中心だ。精神主義がはびこる軍隊の中で、職業人としての責任を果たそうとする著者の行動が描かれる。そこに、曇りのない目で状況をみつめていた若く聡明な少尉が現れ、「一貫して貫くものなし」と痛烈に批判される。著者は少尉を尊敬し、友情を感じながらも、止めようのない巨大な力に押し流されていく。

     やがて破局がやってくる。破壊された広島の町とおびただしい死者。被爆の脅威はそれで収まりはしなかった。瀕死の重傷を負いながらも奇跡的に回復した若い夫婦が、故郷に帰る日、著者に挨拶に来る。部屋を出ようとしたそのとき、夫が血を吐いて倒れた。取りすがって泣く妻の涙にも血の色が混じる。髪の毛が抜け始めた。翌朝、二人はほぼ同時に息絶えた。

     次々に起こる凄絶な死。それを抑制の効いた筆致で畳み掛けるように描写していく。放射能が体内に取り込まれた「内部被曝」の脅威が息苦しいほどに伝わってくる。

     このときの体験は、医師としての進路を決定付け、戦後、著者をして被爆者医療と支援に向かわせる。医療活動から引退した昨年までにかかわった被爆者は6千人を超える。

     本書は、1982年に手記として出した旧版に加筆、新版として復刊した。「被爆者がどのように生き、どのように死んだか。そのいのちに触れて一人の医師が何を教えられたかを書き加え、新たな命を吹き込まれた。」

     現在93歳。著者みずから言うように、「ヒロシマ」とその前後を生きてきた一人の医師、一人の人間の魂の記録にもなっている。後半の被爆の話と併せた二部構成の妙味が読み通してみてわかる。表現上、やや創作的な部分があるものの、若き日に出会った少尉が還らなかったことも深い余韻となって胸に残った。

    ブログランキング
    人気ブログランキングへブログランキングにもご協力を。

    2012年2月 5日 (日)

    3月3日に日光で肥田舜太郎さん講演会 「整理券」(資料代)のお求めを

    Dscn7137(3月3日、日光で原発問題日光実行委が開く肥田舜太郎さん講演会のポスター)

    Dscn7139 (3月3日の肥田舜太郎講演会のプログラムと連絡先、講演会ポスターから) 

     フクシマ・ヒロシマを全国各地で熱く語っている第一人者の医師、肥田舜太郎さん(95)の講演会が3月3日(土)午後2時から日光市(旧日光市)の日光総合会館(東照宮に近い山内交番の道路反対側)である。主催はわたしなど市民有志でつくる「原発問題日光実行委員会」(代表幹事福田洋吾)。

     肥田さんは映画「ミチバチの羽音と地球の回転」を制作した鎌仲ひとみ監督と共著で『内部被曝の脅威』(ちくま新書)を発刊していたり、『被爆軍医の証言 広島の消えた日』(影書房)なども書いたりしている。

     「ミチバチ」は1月22日にやはり実行委員会が日光で上映し、226人に鑑賞していただいた。その「ミチバチ」と今回の肥田さん講演会は、いわばセット。上映会会場でも3月3日の肥田講演会について、お知らせしたが、本格的に広報してゆくのはこれから。

     というか、チラシやポスターはできあがってきたが、「整理券」(資料代ひとり500円)はまだ。週明けにもできあがる予定で、これから(たぶん7日以降か)「頒布」していくところだ。ともかく「必見」ではなく、「必聴?」だと確信するので、ぜひ、「整理券」を。定員250。

    Dscn7141 (鎌仲ひとみ監督との共著『内部被曝の脅威』と肥田さんの著書『広島が決めた日』)

     当日は午後1時半開場

         午後2時 開演 DVD上映と音楽集団公演

     肥田さんの講演は午後2時45分から75分

     肥田さんへ質問は午後4時から30分。

    こんな日程で。「整理券」(資料代、500円)はチラシやポスターにある各地域の実行委員から。電話連絡でも「整理券」を確保します。このブログを見ている方は実行委員でもある「砂時計主義」の黒川純=富岡洋一郎に連絡をいただいても、同様に。連絡先は以下のとおり。

    BLOG「砂時計主義」

    TWITTER「sunadokeiha」

    e-mail  qk3y-tmok@asahi-net.or.jp

    tel&fax 0288・25・3348

    mobile  090・5351・3440

    (以下は2月4日、広島で講演した肥田舜太郎さんの毎日新聞記事。どんな講演をするのか、おおよその輪郭がつかめるのではないか、と。記事は2月5日付)   

    2012-02-05

    〔肥田舜太郎さん〕 講演:「安全な日本に」 医師・肥田舜太郎さん力説 原発事故思い「生きている者の務め」--原爆資料館 /広島

     毎日新聞 → http://mainichi.jp/area/hiroshima/news/20120205ddlk34040366000c.html

     
     広島陸軍病院時代に広島で被爆し、数多くの被爆者の治療に尽力した医師、肥田舜太郎さん(95)が4日、中区の原爆資料館で、東京電力福島第1原発事故などについて講演した。「核兵器と原発はあって良いことは一つもない。目の黒いうちに、安全な日本にすることが生きている者の務めだ」と力説した。【矢追健介記者】

     同資料館の公開講座の一環で、数多くの市民が耳を傾けた。肥田さんは原爆投下後、「ぶらぶら病」と呼ばれる無気力で動けない被爆者が頻出したことについて「怠け者と呼ばれて苦しみ、自殺した人もいた」。さらに「放射線の影響かどうかは、現代の医学では検査しても分からない。原爆から66年もたっているのに、放射線の影響を研究してこなかったのは国のサボタージュだ」と指摘した。

     その上で、原発事故について「日本中どこに行っても逃げられない。放射線に触れた人は、広島や長崎の被爆者がたどった経験をおそらくしなくちゃならないだろうと思っている」と解説。「放射線を受けたらみんな病気で死ぬかと言えばそうじゃない。僕のように95歳まで生きる人もいる」と話し、早寝早起きやよくかんで食べることなど「放射線との戦い方は、原始に近い生き方をする。これに尽きる」と説明した。

     最近、東京から自主避難してきたという30代女性=東区=は、0歳の子どもを抱えて参加。「原発事故は決して遠い場所の出来事ではない。広島で自分のこととして考えてほしい」と話した。

    ブログランキング
    人気ブログランキングへ

    2012年2月 4日 (土)

    別の方法がないこともありません 武田邦彦・中部大学教授の『放射能と原発のこれから』

    Dscn7132  きょうは積んでおいた武田邦彦・中部大学教授の『放射能と原発のこれから』(KKベストセラーズ)と『放射能列島 日本でこれから起きること』(朝日新書)を一気に読んだ。

     なかでも、『放射能・・・・』のある部分は私の関心領域について解説していたので(前半部だが)、それを少数の人たちに伝えたいと。『放射脳列島・・・』は少し期待外れぎみではあったが~。

     内容はツイッター(sunadokeiha)でつぶやいたもの。①から⑩まで。それに少しだけ手直ししてブログ「砂時計主義」にアップ。基本的にはTwitterでツイートしたもの。詳しくは両書で、ということに。

    (以下は武田邦彦さんの著書から。ツイッターでツイートしたもの)

    「原発がボンと爆発してキノコ雲とともに舞い上がって風にのった『放射性物質』というのはチリや花粉のようなものです。それがホコリと一緒になって、みなさんの口や鼻から身体に入ることがあります」(続く)(武田邦彦さん『放射能と原発のこれから』その①)

    「これがおおよそ0・1ミリシーベルトぐらいなら大丈夫かなという感じです。つまり、なにもしなくても水と空気で0・2ですから、残りの0・8をいかに被ばくしないように過ごすかということが、ポイントとなってきます」(続く)(武田邦彦さん『放射能と原発のこれから』その②)

    「基本的には身体を貫かれる『外部被ばく』を0・4ミリシーベツト、魚や野菜などの食べものから身体の中に入ってくる『内部被ばく』を0・4ミリシーベルトにとどめるということでしょう」(続く)(武田邦彦さん『放射能と原発のこれから』その③)


    「1シーベルトというのは1000ミリシーベルトというお話をしましたが、もっと小さなものを『マイクロシーベルト』という単位であらわします。1ミリシーベルトが1000マイクロシーベルトです」(続く)(武田邦彦さん『放射能と原発のこれから』その④)

    「ですから1年間で0・4ミリシーベルトということは1年間で400マイクロシーベルト。これを365日で割ると、1日に約1・1マイクロシーベルト。これを24時間で割りますと、0・045マイクロシーベルトになります」(続く)(武田邦彦さん『放射能と原発のこれから』その⑤)

    「これに自然放射線がおおよそ0・03から0・04ぐらいありますから、0・045に0・035を足して、0・08マイクロシーベルト(1時間あたり)以上のところに住むことはできないことになります」(続く)(武田邦彦さん『放射能と原発のこれから』その⑥)

    「では、1時間あたり0・08マイクロシーベルトという空間線量というのはどのあたりなのか?。ここから心して聞いて欲しいのですが、2011年11月現在、l福島の原発周辺、茨城県北部、栃木県の一部」(続く)(武田邦彦さん『放射能と原発のこれから』その⑦)

    「それから埼玉や東京の一部はすでに0・1マイクロシーベルトを超えるので、アウトということになります(略)これが現実なのです。では、こういう地域の方たちはどうすればいいのでしょうか」(続く)(武田邦彦さん『放射能と原発のこれから』その⑧)

     武田さんは「引っ越し」がもっともいい方法だと指摘したうえで、「別の方法がないこともありません。あなたが0・2マイクロシーベルトのところに住んでいたとしましょう。しかし、それはあくまでも『平均値』なのであって、生活のなかで注意をすることによって減らすことができるのです」(続く)(『放射能と原発のこれから』その⑨)

    「極端な話、1時間は外にいたけど1時間は家の中にいた。家は完全に除染されていて0・08だった。これなら2時間で0・28マイクロシーベルトだけですから、1時間に0・14となり、1ミリは超えますが、危険はかなり低くなります」(完)(武田邦彦さん『放射能と原発のこれから』その⑩)

    2012年2月 2日 (木)

    取り戻せない悔みを取り返したい 鎮魂詩「三陸の海の底で」黒川純

    Dscn1231 (大震災から3週間後の岩手県陸前高田市気仙町。津波で道路標識が水平近くに傾いていたー=2011年3月下旬)

    鎮魂詩ー三陸の海の底でー

                            黒川純

     
    そのとき語っていたこと
    語りたかったこと
    語ろうとしたこと
    語るべきだったこと
    もう語るにも語れないでいる
    悔みだけが人生だとしても
    準備する時間がなさすぎた
    わたしのあなた あなたのわたし

    どうしたらその声が届くのだろうか
    大蛇のような大波に流されて巻きこまれ
    引き込まれて落ちながら海原に押し出された
    2011年3月11日のそのとき
    ひとりびとりの犠牲者にあしたがあったのに
    だれも視たことがない大波に引き裂かれ
    手も足も
    眼も耳も
    口さえも縛られた

    だから
    幻聴のように響いてくるのか
    歴史がやってきた一瞬の悔みを伝えて
    だれかが そう問いかけるのだ
    いや
    だれかではない
    海底の光と影の境界で漂っているあなたが
    わたしやわたしたちに向かって
    ざわざわと
    そう ざわざわと
    古代がめくれあがった冷たい海底から
    もう取り戻せない悔みを取り返したい
    ほんとうの死者になりきれない

    夢の中であなたがそうささやいたから
    理不尽な哀しみの海に降りてゆき
    涙で視えない瞳をそっと閉じてやり
    漂う身体にじっと光の焦点を当ててやろう
    眩しい輝きが海底から海面を突き破り
    たなびく雲にその姿が乱反射する

    もくもくと立ち上るその雲をスクリーンに
    生きていればいつか願いがかなったときの
    あなたが満面の微笑みで登場する
    そんなことを夢想したい
    そのとき
    あなたは一瞬だけ
    瞳いっぱいの涙を
    ぽろぽろと溶かすかもしれない
    あなたをさらった潮の流れで
    今はただキラキラとあくまで蒼く輝く
    三陸の海の底で

    « 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

    2017年9月
              1 2
    3 4 5 6 7 8 9
    10 11 12 13 14 15 16
    17 18 19 20 21 22 23
    24 25 26 27 28 29 30