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2012年4月14日 (土)

原発がそれぞれの人生を狂わせた 監視下のゴーストタウン描く映画「プリピャチ」

Dscn8011

  「ここで生まれて、ここで生きてきた。もう少し生きたいよ」

 「私たちは自主帰還者だそうだ。戻ってきてはいけないのに、戻ってきた」

 「助けなんてない。放置されたのよ。人間扱いされていない」

Dscn8008 (原発事故で街の住民が当時のソ連全域に避難し、ゴーストタウンとなったプリピャチ)

 全国各地で上映会が行われているドキュメンタリー映画「プリピャチ」(ニコラウス・ゲイハルター監督、1999年、オーストリア、イスタンブール国際映画祭ドキュメンタリー賞など受賞)。1986年の惨事以降、チェルノブイリ原発の周辺地域には30㌔圏の立ち入り制限区域が設けられた。映画は事故から12年後にいまだにそこに暮らし、働く人々の記録だ。

 映画のパンフによると、プリチャチは原発から約4㌔離れ、発電所の労働者が暮らす街だった。事故直後に住民5万人が避難。それ以降、荒廃した街の立ち入りは特別許可証が必要となった。厳格な監視下に置かれたゴーストタウンだ。

 「ゾーン」と呼ばれる周辺30㌔は有刺鉄線で囲まれている。そこは立ち入り禁止区域だが、比較的に高齢な人々約700人が住んでいるという。望郷の思いから故郷に帰還した老夫婦は当局に黙認されたままひっそりと暮らしている。あるいは約束された移住を何年も待ち続けている人たちなど。

 映画のポスターにも使われている夫婦は1993年に戻ってきたという。健康のリスクにさらされていることを承知で、故郷に住んでいる。原発の脇を通ってドニエプル川にそそぐ故郷の川、プリピャチ。映画では凍ったその川に天秤棒で水汲みに向かう場面などをたんたんと描く。下の画面はそれらの一場面だ。

Dscn8009  映画に登場するのは「ゾーン」内の住人のほか、「ゾーン」警備にあたる警察官、放射線研究所スタッフ、チェルノブイリ原発の安全責任者、医師、患者、汚染した車両場主任、水質調査員など。

 たまたま、きょう届いた月刊紙『救援』第516号のコラム≪シネマで考える≫で、映像ジャーナリスト・楠山忠之さんがこのプリピャチをとりあげていた。それによると、映画制作の撮影期間は2年、「ゾーン」の中には3回に分けて入り、滞在は3カ月程度。注意は怠らなかったが、住民と同じ普通の格好で生活を送り、防護服は着用したかったという。

 この映画紹介エッセイで楠山さんはこんな見方をしている。

 「思い思いの語りから炙(あぶ)り出された言葉は一つ。『原発さえなかったら』と私には聞えてくる」

 私がこの映画を観たのはつい数日前、8日(日)。「シネフィル宇都宮」が宇都宮の「とちぎ福祉プラザ」で上映会を企画してくれたので(原発映画「アンダーグラウンド」も「シネフィル宇都宮」の上映会で観ている)

 私が聞えてきたのは?。そう自問自答したら、浮かんできたのは、こんな言葉だ。

 「原発が人生をズタズタにして、狂わせてしまった」

(以下は映画の予告編。映画は100分。そのうちの1分34秒)

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