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2012年6月20日 (水)

私の人生で最高に楽しく毎日を過ごせた時期と言えば 「表現の周辺 4」(上)冨岡弘

Dscn9539_2 (6月30日発行予定の同人誌『序説 第19号』。10日も前に私の手元に届いたー)  

 戦後の鬼っ子たち、つまり全共闘世代である私たちを中心にした同人誌『序説19号』が完成し、きょう20日、わたしの家に届いた。出版社はわたしの友人が経営している宇都宮の随想舎。第13号から毎年、一年に一回、この時期に発行している。もう季節の風物詩?のようなものだ。

 同人は関東地方が中心だ。事務局のわたしが暮らす栃木県のほか、群馬県、茨城県、さらに東京や福島県にも。仲間は現在は12人。このほか、過去に執筆している友人2人が準同人で(わたしが勝手に準同人にしているのだがー)。

Dscn9540_2

 定価は一冊「1000円+税」にしているが、今回は基本的には非売品で。部数も前号18号(「東日本大震災・フクシマ原発特集号」)の半分のため、読書が好きな友人・知人に手渡すぐらい(「いや、ぜひ買いたい」という、ありがたい人はよろしくお願いいたします)。

 冊子の完成を伝えるだけでは、もったいないので、今号の巻頭を飾った「表現の周辺 4」をブログにアップへ。「私の人生で最高に楽しく毎日を過ごせた時期と言えば」で始まる、美術家のエッセイ。非常に読ませるので、3回に分けてアップしようと思う。

  表現の周辺 4(上)   冨岡 弘  

 私の人生で最高に楽しく毎日を過ごせた時期と言えば、小学生のころだろう。学校の登下校の際の道草はあたりまえで、徒歩で片道四十分はかかるみちのりを一時間以上かけて通ったものだ。特に帰り道は途中に何ヶ所も遊ぶスポットがあり、その日の気分とか天候により、どんなスポットに寄っていくか決まる。スポットは桑畑であったり、川の堰の周辺や自宅近くの小さな森であったり、線路なども格好の遊び場であった。田舎なのでどっちを向いても自然ばかりで、通学路も砂利の敷かれただけの粗末な未舗装のガタガタのものであった。少し足が取られたりしながら歩いて行くうちに、小石が運動靴に潜りこんできて、そのたびに靴を脱いで小石を振り落とす。舗装道路になれてしまった昨今では考えられないことだろうが、そんなことは当たり前であった。

                                                                                                                         砂利道にはくぼみもいたる所にあり、雨が降れば水たまりができ、アメンボウがすいすい泳いでいて、そいつを棒でかまったり、掌にすくい取ってながめたりもした。子供のうちは誰でもそうだろうが、どんなものでもたちまち遊び相手になってしまう。線路もなかなかの遊び場で、レールの下に敷かれた石の中から、金色に怪しく輝く金属が含まれている物を探しだすと、素早くズボンのポケットの中にしまい込む。家に持ち帰ると何時でも手にとってながめられるところに置いておく。小学生の頃は、金色に光るので勝手に黄金であると思い込み、大切な宝物として扱っていた。後に、少し知識がつくと、全く違う金属であるということが分ってしまい幻滅した。知識は時に勝手な幻想を打ち砕く厄介なものだだ。                                                                                                      

学校帰りの道のりは、毎日が冒険している様なもので、子供の好奇心を満たすのに余りある素材が潜んでいた。家に到着すれば、庭で近所の仲間と野球の真似ごとに興じ、飽きたらビー玉や鬼ごっことネタは尽きない。手元がかすむくらい暗くなるまで遊ぶ。皆泣いたり笑ったりと忙しく、孤独などという文明病に付き合っている時間など勿論ない。毎日が充足していて、勉強しなければなどという強迫観念も勿論微塵もなくて、当然のごとく成績は良くない。今思えば、親は偉かった。勉強しなさいなどと怒られた記憶は全くない。むしろ家の中にくすぶっていると、子供は外で遊んで来いと言われる始末で、雨の日でも、近所の軒下でベーゴマやビー玉遊びをすることが当たり前であった。

                                                                 待ちに待った夏休みが到来すれば、家のすぐ裏手を流れる川があり、そこがもっぱらの遊び場となる。川には堰があり、堰の上流は子供が泳ぐのに丁度いい深さになっていて、村の子供はほぼ全員そこで泳ぎを覚える。上流から下流に向かって泳ぐと、流れに乗っているので、素晴らしく速く泳げる。まるでオリンピック選手にでもなったかのような気分で泳ぐ。対岸に近い流れの緩やかなトロ場には、水藻が茂り藻の中に潜って分け入ると、藻が体全体に微かに触れて気持ちよく、目を見開いたまま前進するにつれ景気が刻一刻変化する。これはもう別世界で、不思議の国のアリス状態である。少年の好奇心は尽きない。

 でも、いいことばかりではない。溺れそうになったことも何度もある。黙々と流れる水に、体が翻弄され、死ということが、一瞬少年の脳裏をかすめる。どうにか、流されながら、足先で河床を捉えられる深さまでたどり着いた時、体の緊張はほぐれ、仲間の方に向かって手を振って、何事もなかったかのように、照れ笑いをしたりもした。  溺れている間、当然何度か水を飲んでしまい、せき込んで本当に苦しい思いをする。しかし、あくる日は、同じ場所で懲りもせず平然と泳ぎの練習をする。そうやって、皆泳げるようになるのだ。

 泳ぎ疲れたら、今度は釣りをする。竿は泳ぎに行く時の必需品で、必ず魚釣りもする。餌は川エビやザリガニが主で、時にミミズもつかう。魚の種類によって使い分ける。オイカワやハヤの類は川エビで、フナやナマズはミミズである。釣ったものは庭の池に放すか川に逃がすかで、食べたりはしなかった。寒くなく天気さえ良ければ川で一日を過し、昼飯も摂らず遊び続けることもあった。夜になればもうぐったりして眠るのみ。                

 たまにホタル取をするため、夜の川に繰り出して追いかけるのに夢中になりすぎ、川にドボンと落ちることもあった。こんなことが夏休み中続くのだから、二学期が始まった時は悲惨である。授業中先生の話は全く耳に入らず、頭の中はまだ夏休み状態で、一か月のブランクには、やはり一か月のリハビリが必要だった。蝉の声、水の音、魚の泳ぐ様、クワガタ、オニヤンマなどなどが頭の中を駆け巡り、それらの就縛からなかなか脱出できなかった。でも本人は苦しんでいるどころか、むしろ思い出を楽しんでいるのであった。

                                                                                                                      子供の頃の、骨の髄まで染み込んでしまった記憶は、今でも鮮明に思い浮かべることができる。身体的記憶はたとえ私がボケ老人になっても、残るのだろう。体に触れた魚の感触、カブトムシの独特のにおい、生栗の皮を歯で強引に剥いた時の独特の渋みと薫り、蝉の目眩がするほどの合唱、真冬の川面に張った薄氷に滑るように投げつけた小石の擦れて遠ざかる音。幾らでも出てくる。

 今まで書いたことは昭和三十年代の私の小学生の頃の話でしたが、こんな経験は私だけの特殊なものではなく、同じ時代を過した田舎の少年なら皆共有している経験でしょう。三丁目の夕日という映画がヒットしているようですが、田舎には三丁目など存在しなく、あったのは夕日そのものでした(続く)

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『序説』」カテゴリの記事

コメント

「いや、、、是非買いたい!」笑い

エルさま
毎度~、お買い上げいただき、ありがとうございます。
「序説」の赤字の1割近くをエルさまに支えていただき、
その「ふとっぱら」と「勇気」に感銘しておりますー。

ざっと読み終わりました。
今回の読み物の中で<富岡>さんの記事の前半部分がとても印象に残りました。
子供時代の細かな記憶についてまるで触れるように記述されています。
やはりアートの世界で生きる人の感性の素晴らしさに驚かされました。
私にも<富岡>さんのような子供時代があったはずですがどうも良く思い出せないのです、、、
特に私には弟がいるのですがその弟と過ごした時間がどんな物だったのかほとんど全く記憶から抜け落ちています。
いったい何をして遊んでいたのか思い出せないのです。

弟になんだかとても会いたく成りました。笑い

PS マイナリさんへの<詩>を一人ぐらい詠う詩人が居ても良いと
  思いますがどうでしょう?謝罪もなく飛行機に詰め込んで
  送り返して<終わり>ってそれはないよね。

エルさま
さっそくお読みいただき、ありがとうございます。「冨岡弘」の
「表現の周辺」の少年時代はそのままわたしの少年時代に。
それにしてもよく覚えているものですね。私も少年時代を書きたいと思えるほど。魅力的な世界だったので、今回の巻頭へ。ブログでも3回アップする予定です。少年の彼が今、目の前で駆け回っているかように。そう思えるほど音や匂いや歓声さえ聞こえるよう。いわばタイムスリップしたかのような世界ですね。マイナリさんの詩?ーう~ん、というところではあります。

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