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2013年8月

2013年8月31日 (土)

大盛況でしたー感謝します。映画「フタバから遠く離れて」自主上映会

  1. 大盛況でしたー。ありがとうございました。福島原発ドキュメンタリー映画「フタバから遠く離れて」(舩橋淳監督、96分)。8月30日(金)15時~、日光総合会館大会議室体「さよなら原発!日光の会」第2回総会・記念映画会の会場はこんな状態でした。1dscn2925
     
    1dscn2949会場内で参加者に手渡した資料(お知らせ、ニュース、チラシ、議案書、呼び掛け、署名など)は、10種類以上だった~(こんなにあったのか~)。大盛況だった映画「フタバから遠く離れて」上映会で。1dscn2661同名の著書30冊「フタバから遠く離れて」(岩波書店)も会場内で完売させていただきましたー。

2013年8月29日 (木)

いよいよ30日(金)上映ですー福島原発ドキュメンタリー映画「フタバから遠く離れて」

いよいよあす・30日(金)ですー。当日参加、あと少し可ですー。

「さよなら原発!日光の会」第2会総会記念映画会、ドキュメンタリー「フタバから遠く離れて」(舩橋淳監督。8月30日午後3時~、日光総合会館・大会議室、大人700円)1dscn2547

 会場では舩橋監督の同名の著書「フタバから遠く離れて」も頒布します(消費税抜き1500円)。30部あったが、8冊まで頒布、残りは22冊ですー。お早めに会場でお求めくださいー。
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2013年8月25日 (日)

読みたい本が次々とー「原発本」は「霧降文庫」の貸出図書コーナーへ

 このところ、「原発」も含め、読みたい本が続々と発刊されているー。半月間に何度かネット経由で注文し、手にしたブックがこれ。表題だけでも中身の豊かさがわかろうというものだー。1dscn2882

「原発」はいずれも古書店「霧降文庫」の「図書館コーナー」の無料貸出書棚に置くことに。これらをいっぺんに読めるものでもないのでー。

 とりあえず、本日発売の「東海村・村長の『脱原発』論」(集英社新書)の頁をめくってゆこうー

2013年8月20日 (火)

屋根に積った落ち葉落とし  「砂時計家」懸案のひとつをやっと終える

 ベランダの屋根や母屋に積った落ち葉、これを落とすのが懸案だった。本日はその作業へ。結果はごらんの通り~。午後4時半から2時間。屋根から落とした落ち葉は45㍑ごみ袋に3つ。いやはやー。

 ベランダの3分の1ほどに透明な屋根をかけたのはもう2年近く前か。これまで一度も積った落ち葉を落としていない(やろうとしていたのだがー)。「今年はー」と。長い箒や熊手を買い求め、作業用靴をそろえ、軍手も新調。アノラック姿で屋根へ。

 あした20日(火)は同じく懸案課題だったウッドデッキの防腐剤塗り。午後一番にはもうその作業に入る。ひとりではもったいないので(笑い)、デッキ補修の<遊戯労働>に参加を希望する方は20日午後に「砂時計家」へ。

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2013年8月19日 (月)

盛夏の「霧降文庫」の表情ー 古書3200、図書3300をめぐるー

 盛夏、8月18日(日)正午過ぎの日光の森の中の古書店「霧降文庫」-。古書3200冊、図書3300冊、計6500冊、ほかにCD1000枚が。9月から本格的に「古書店・図書館」へ少し衣替えしようと思っています。

 

 宣伝がネットのみでもあり、なかなか商いになりにくい。でも、これからじわじわと(という期待を込めて)。本を中心にしたひととひとの出会いの場、地域のミニ公民館的な機能になっていけばいいなー。そう思っているのですー。

 基本は毎週、土、日、祝日(いずれも正午~日没)。ご来店者にはほっと珈琲やあいす珈琲をさしあげていますー。深い緑と快い風の世界でほっとしたひとときをー。8月第4週は24日(土)は臨時休業、再開は25日(日)ですー。

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2013年8月18日 (日)

ひぇ~久しぶりに「じんましん」 抗ヒスタミン錠などで数時間後にはほぼ回復

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 じんましん~。午後3時過ぎ、突然、じんましんに。腕も顔も腰も背中も~。みみずはれ。10数年ぶりかな?ー。

 サバであたったでもないし(食べていない)、食べ物でもない。「家庭医学百科」で、抗ヒスタミン錠がいいと。薬局に飛んでいって、ともあれ3錠を。夜になったら、ほぼ消えてきたが、ややかゆいー。

 原因はー。考えられるのはベランダでムシに刺されたこと、台所で古い長ネギを処理していたこと、急激にかきむしった「機械的刺激」を与えたことー。いずれにしろ、免疫能力が落ちてきたというkとだろう。あなたも気をつけてー

2013年8月17日 (土)

今夏も故郷で「尾島ねぷたまつり」  2013年8月14日、15日・第35回

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2013年8月16日 (金)

批判のための批判の印象も  『トロツキー』(上下巻、ロバート・サーヴィス)

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今市図書館から借り出した『トロツキー』(上巻・下巻、ロバート・サ
ーヴィス、白水社、8400円)をようやく読み終えたー。約700頁を半月間で。トロツキーについてさまざまなえぴそーどをちりばめ、最後は1940年8月20日、メキシコで暗殺されてしまい、妻・ナターリャや家族などのその後を伝える第52章「遺族と遺産」まで。

 彼を刺殺した犯人「ジャクソン」は懲役20年を言い渡され、1960年に刑期を終了。「ソ連国家保安委員会(KGB)将官の位を授けられていたとわかったのは、ずっと後になってからだ」という。もっともキューバに移住し、1978年に亡くなったということだ。

 詳細に調べられた「伝記」の大冊ではあるが、トロツキー思想の紹介が少なく、権力闘争史が主体の文章が続く。それも全体的にトーンはトロツキー批判に彩られている。というか、事実以上に意地悪く書かれている印象が否めない。確かにクロンシュタットの反乱鎮圧でみせた残虐さなどはその通りなのだろうがー。

 本文以上に「ふ~む」と、静かに読み込むしかなかったのは、訳者である山形浩生の「訳者解説」にある以下の文章だ。

 「ロシア革命は他のあらゆる歴史事象と同じく、レーニンとそのボルシェヴェキーーそしてトロツキーーーを含む各種の条件が絶妙に組み合わさることで実現した。一回限りの偶然だ。そしてそれがたどった現実の悲しい運命こそは必然だった」

2013年8月13日 (火)

古書店・図書館へ少し衣替え 日光の古書店「霧降文庫」

 古書店・図書館へー。日光の森の中の古書店「霧降文庫」は少し装いを変えて、古書店・図書館へ変身します(変身というほどでもないがー)。古書3000冊、原発震災本や詩集などの図書3000冊、計6000冊が自由に閲覧できるようにします(希望者は別室「図書室」の蔵書4000冊も案内します。つまり10000冊・1万冊を視ることが可能です)。

 写真は新たに加えた図書館部分です(の一部です)。このさい、広く利用をしてもらおうと思ってのことです(図書館3000冊、プラス4000冊の計7000冊はもちろん、無料ですー貸し出しノートに記載。貸出期間は半月間~1カ月)。これまで蔵書は非公開にしていましたが、いっそのこと、たくさんの人に使ってもらおうと。1dscn2698

2013年8月12日 (月)

耳を傾ける(その3) 舩橋淳「フタバから遠く離れて」から

こうした指摘はこの著作で初めて知ったー。井戸川町長がいかに「転換」していったのかー。これもどきゅめんたりーのひとつの側面だろうー。1dscn2661


耳を傾ける(その5) 「フタバから遠く離れて」(舩橋淳)
「もとはバリバリの推進派」(
その5はFACEBOOK上の番号です)

 ネットなどで調べてみると、井戸川町長は町の原発政策を擁護して2005年に当選。2007年六月には7、8号機の増設を町議会で承認させ、2011年四月には着工予定だったという。

 震災が起こらなければ、新規増設を進めていたバリバリの推進派だったということを知った。そんな町長が今、福島県から最も遠くまで避難することを決断し、この廃校に寝泊まりしている。その胸中はどんなものだろうか、と興味が掻き立てられた。

2013年8月10日 (土)

涼みながら古書など1万点の探索へー日光の森の古書店・図書館「霧降文庫」へ

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 霧降高原で涼みながら、店内10000点の散策へー。厳選された古書3000冊、原発震災本を中心に図書館1000冊(宣伝はしていないが、実際は店外室内書棚も含め6000冊)、JAZZを中心にしたCD1000枚、計1万点・10000点が楽しめる「霧降文庫」へー。

 ネットを中心に「ご気軽に」と、誘っているのだが、お客さんがこのところさっぱり。珈琲はもちろん、ときにインドチャイも提供し、「霧降文庫」が「カレー」をつくっていることを知っているお客さんには、(そうたくさんはできないので)特製の美味しいカレーを出している。それもいずれも無料、ただ、サービスで。

 高原の40畳のウッドデッキで廉価な文庫本、あるいは貴重な単行本でも読みながら、無料の珈琲、カレーを味わい、図書館機能で本を探し、JAZZなどのCDも借りられる(これも無料)、と、お金はほとんど使わないで、これらのサービスが受けられのだが、お客さんはポツリポツリ(こんなところがあれば、私が行きたい。「ともだち」のだれかが、そんなお店を出したら、すぐに訪ねるのだがー)ー。1dscn2673

 

 世の中、忙しいので、わざわざ、高原の森まで足を運びたくないのか、それぞれのサービスを無料にしているところが、信じられないということなのか、求めていた図書・古書があるかもしれない、そう思うほどの興味が沸かないのかー

 あるいは「原発震災文庫」を常設しているような古書店は怪しからんと思っているのか、脱原発運動の拠点であることはそれなりに知られており、それで敬遠されているのかー。それにしても、どうにも理解ができないー。

 

 もっとも一人10冊無料の本・500冊イベントをやったときは、かなりのお客さんが訪れていた(無料の10冊を選び、珈琲を楽しんで帰っていったつわものが何人も~)。ふ~む、。本は古書でも有料で買って読むから、真剣に。私なぞはそう思っている。だが、世の中はそうでもないのだろうか?ー。首をひねっているこのごろです。

 そうそう、11日(日)は正午~日没でやってます。基本は土日、祝日営業ー(場所は下の地図で。「砂時計邸」が「霧降文庫」です(0288-25-3348 090-5351-3440)。そうか、脱原発活動でけっこう、土日閉店のときがある。開店日が決まっているようで決まっていない。これが敬遠されている理由のひとつかもしれない(これは確かにそのひとつだとは思うが、それにしてもー)ー。ログランキング

人気ブログランキングへブログランキングに「ご協力」を。ただいま栃木19位ー。「ぽちっ」とー「地域情報」のランクがわかりますー。めったに「協力」を呼び掛けないでいるが、かなり低迷しているのでーお願いへ。

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2013年8月 9日 (金)

核は無用の長物なのだー  ヒロシマ・ナガサキの空に

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「火葬場の少年」ジョー・オダネル
Brothers at Cremation Site by Joe O'Donnell

核は使えない、使ってはいけない、使うべきではない、ー、

 そうした最初から鍵がかかっていて、使えないものをどうして用意し、保持し、必要とするのか?。まったく無駄なものなのだ。小学生でもわかる論理だ。

 

 確かにヒロシマで、ナガサキで米国が使ってしまった。だが、もうそれ以上使えないものなのだ。ひとを、人類を破滅させる悪魔の殺人の炎であること、それが証明されてしまったので。

 米国の元軍事ナンバーワン、パウエルも朝日新聞に最近、語っているように。核はひとを殺すための武器としては使えない、使ってはいけないから、武器としてとして成り立たない。そうした発言をしていた。そのことはこうもいえるだろう。武器としての性格を超越してしまった。超武器ー。それを身にしみて知るべきなのだ。

 7月11日朝日新聞オピニオン面(15頁)で、彼・フパウエルがインタビューで答えている。 

---なぜ核兵兵器が不必要だと思うのでしょうか

「極めてむごい兵器だからだ。まともなリーダーならば、核兵器を使用するという最後の一線を踏み込みたいと決して思わない。使わないのであれば、基本的に無用だ」

 彼自身は「軍事的には無用」だが、「政治的」には北朝鮮がそうであるいように「核抑止力」として生きているとみる。だからこそ、「核軍縮」であり、将来的な「核廃絶」に理解を示す。

 

 だが、わかったようでこの論理はおかしい。軍事的に「無用」なら、「政治的」にも無用であっていい。いや、「政治的」に無用としなければならない。使えないものを威嚇の材料にしてどうするー。現実の世界ではその前提でざまざまな駆け引きが行われているのは周知のようだ。

 だが、その「核武装」とか、「核抑止力」という発想そのものは「核無用論」を前提にしてぐけば、その論理が成り立たない、そのことをふつうに知るべきなのだ。それにとりつかれている人は大勢いるのだがー。1945年8月から。ヒロシマ、ナガサキでいやっというほどわかってしまったのだ。

 その膨大な犠牲から学ばないでどうするのかー。学んでいないからまだ「核兵器削減交渉」とか「六者協議」とか、核心の周囲ですましている。根本のところ、つまりいまだに膨大な核を保有しながら、他国に核放棄を迫る矛盾を横目に、小手先だけの交渉事になっている。マスコミのニュースもまたしかりだ。

 だから潜在的核能力を示す原発維持論も基本のところで破綻している。そのことを互いに確認すべきなのだ。だが、未だにそれにしがみついている「エライ」学者や政治家、官僚が権力の中心にいる、それが信じらないー。

 「戦争は反対で、避けたいが、国を守るために核武装は必要だ」。私からすると、その手の発想そもののの土台が崩れているのだ。いかに国を、郷土を愛しているかのようにふるまいながら、実は国や郷土の精神や心を引き裂く、というか、毒を自らあおってしまう発想なのだ。

 自然に考えれば、いわば狂気の沙汰なのだが、倫理の基本に立ち返ることができない相手はそれがどうにもわからないらしい。改めて核も、原発もいらない、自然にそう口にできる社会や国へ。

2013年8月 7日 (水)

「耳を傾ける」(その2)  舩橋淳「フタバから遠く離れて」から

「耳を傾ける」(その2)

核難民キャンプ」

後日町長にお会いしたときに「双葉町は『核難民キャンプ』として世界中が注目し、心配しているんですよ」と私が申し上げて、「そうなの?」と驚かれることになるのだが、世界からの関心が埼玉のちっぽけな廃校に集まっている、ということに映画作家として興奮を覚えた、ということは確かにある(13頁)

「まるで思いもよらなかった人間性の発見」

私は、大学時代に師事したこともある故・佐藤真監督の考えを思い出していた。日本ドキュメンタリー史上最高の思想書『ドキュメンタリー映画の地平』(上・下)にも詳しく述べられているが、佐藤はドキュメンタリー映画の大原則の一つに、長期取材を挙げた。ニュース性のある事実を掬い取るのではなく、時間と共に、自分の想定を覆しまるで思いもよらなかった人間性を発見してゆくのがドキュメンタリーであり、それを可能とするためには長期にわたる取材が必要と佐藤は説いた。この思想が大きなヒントとなった(16頁)

「元市民活動家」

事故後の対応をあれだけ叩かれていた菅首相だが、5月の訪問時には50以上あるすべての教室をくまなく廻り、町民の話に耳を傾けた。昼頃到着したのだが、終わった頃にはもう辺りは真っ暗だった。町民の話によれば、最初は教室訪問するだけの予定だったそうだが、徐々に延長して全教室になってしまったそうである。「町にはいつ帰れるんですか?」・・・・・・など、町民の直言を聞き、一人一人丁寧に応えてゆくうちに、元市民活動家としてのエンジンがかかったのだろう(22頁)17

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2013年8月 6日 (火)

「耳を傾ける」文章があちこちにー本『フタバから遠く離れて』(舩橋淳)

 ぱらぱらとめくっていたら、その内容の豊かさに魅かれ、一気に読み終えた(おかげで寝不足~)。ドキュメンタリー映画『フタバから遠く離れて』、その同名の著書だ。

 映画を制作した舩橋淳監督がどのようなアプローチで撮影し、取材を進め、映画にまとめていったのか(撮影した映像はもともとは300時間分だという)、その結果、何を考え、何が視え、何を示そうとしたのかー。さらに当時の双葉町長へのロングインタビューなど。

 200頁余の本に「これは伝えたい」と思った文章が数十カ所もあった。こんな読書体験はめったにないことだ。<この内容は「ともだち」にも伝えよう、きっと映画そのものをぜひ観たいと思うことになるに違いない>。なので「耳を傾ける(その〓)」に引用してゆこうと。

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これからそれをたくさんアップしてゆこうと思っているので、あしからず~(私のBLOGやTWITTERでも記事やつぶやきへ。映画鑑賞もさることながら、この本もぜひ読まれることをお薦めしますブログランキング
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耳を傾ける(その1)『フタバから遠く離れて』(舩橋淳)

「原発避難所」

 この原発避難所という矛盾の魂を記録すれば何らかの映画ができるのではないか、と漠然と感じているに過ぎなかった。その理由のまず一つに、原発事故による長期避難はチェルノブイリ以降、人類史上2度目であり(スリーマイルアイランド原発事故では周辺住民は長期避難していない)、民族紛争や宗教戦争でなく、人類が自ら生み出した文明の暴走により、町や故郷を追いやられてしまう「難民」というのは希だし、アイロニーに満ちている点(12頁)

(続く)

2013年8月 5日 (月)

「神隠しされた街」 改めて若松丈太郎『福島核災棄民』へ

ふと、この詩を読みたくなった。もう5回目かー。1994年の作品なのだ。加藤登紀子さんもこの詩を歌に。この本には巻末にそのCDも添付されているのですー。このブログでもきちんと紹介しないといけないー。そう思ったで、ここに。この詩をかみしめてもらえればー。

1dscn2656 神隠しされた街   若松丈太郎

四万五千の人びとが二時間のあいだに消えた
サッカーゲームが終わって競技場から立ち去ったのではない
人びとの暮らしがひとつの都市からそっくり消えたのだ
ラジオで避難警報があって
「三日分の食料を準備してください」
多くの人は三日たてば帰れると思って
ちいさな手提げ袋をもって
なかには仔猫だけを抱いた老婆も
入院加療中の病人も
千百台のバスに乗って
四万五千の人びとが二時間のあいだに消えた
鬼ごっこする子どもたちの歓声が
隣人との垣根ごしのあいさつが
郵便配達夫の自転車のベル音が
ボルシチを煮るにおいが
家々の窓の夜のあかりが
人びとの暮らしが
地図のうえからプリピャチ市が消えた
チェルノブイリ事故発生四十時間後のことである
千百台のバスに乗って
プリピャチ市民が二時間のあいだにちりぢりに
近隣三村あわせて四万九千人が消えた
四万九千人といえば
私の住む原町市の人口にひとしい
さらに
原子力発電所中心半径三〇㎞ゾーンは危険地帯とされ
十一日目の五月六日から三日のあいだに九万二千人が
あわせて約十五万人
人びとは一〇〇㎞や一五〇㎞先の農村にちりぢりに消えた
半径三〇㎞ゾーンといえば
東京電力福島原子力発電所を中心に据えると
双葉町 大熊町
富岡町 楢葉町
浪江町 広野町
川内村 都路村 葛尾村
小高町 いわき市北部
そして私の住む原町市がふくまれる
こちらもあわせて約十五万人
私たちが消えるべき先はどこか
私たちはどこに姿を消せばいいのか
事故六年のちに避難命令が出た村さえもある
事故八年のちの旧プリピャチ市に
私たちは入った
亀裂がはいったペーヴメントの
亀裂をひろげて雑草がたけだけしい
ツバメが飛んでいる
ハトが胸をふくらませている
チョウが草花に羽をやすめている
ハエがおちつきなく動いている
蚊柱が回転している
街路樹の葉が風に身をゆだねている
それなのに
人声のしない都市
人の歩いていない都市
四万五千の人びとがかくれんぼしている都市
鬼の私は捜しまわる
幼稚園のホールに投げ捨てられた玩具
台所のこんろにかけられたシチュー鍋
オフィスの机上のひろげたままの書類
ついさっきまで人がいた気配はどこにもあるのに
日がもう暮れる
鬼の私はとほうに暮れる
友だちがみんな神隠しにあってしまって
私は広場にひとり立ちつくす
デパートもホテルも
文化会館も学校も
集合住宅も
崩れはじめている
すべてはほろびへと向かう
人びとのいのちと
人びとがつくった都市と
ほろびをきそいあう
ストロンチウム九〇 半減期   二七.七年
セシウム一三七   半減期      三〇年
プルトニウム二三九 半減期 二四四〇〇年
セシウムの放射線量が八分の一に減るまでに九十年
致死量八倍のセシウムは九十年後も生きものを殺しつづける
人は百年後のことに自分の手を下せないということであれば
人がプルトニウムを扱うのは不遜というべきか
捨てられた幼稚園の広場を歩く
雑草に踏み入れる
雑草に付着していた核種が舞いあがったにちがいない
肺は核種のまじった空気をとりこんだにちがいない
神隠しの街は地上にいっそうふえるにちがいない
私たちの神隠しはきょうかもしれない
うしろで子どもの声がした気がする
ふりむいてもだれもいない
なにかが背筋をぞくっと襲う
広場にひとり立ちつくす

                    連詩「かなしみの土地」より

2013年8月 4日 (日)

暑い夏のテーマは「戦争」 八月の古書店「霧降文庫」ー

 麻生副総理のナチスの「あの手口に学んだらどうかね」というとんでもない暴言が飛び出したことからではないが、八月の暑い夏は「8・15」の記憶がそのまま重なる季節だ。

 

 自民一強体制下での憲法改悪、壊悪へのきなくさい思惑と手法も含めて、今年は特に「戦争」について、意識しないといけないことに。もともと八月は広島、長崎、敗戦記念日と続く。

 先の参院選をみていると、有権者がどこまで自民党、それも安倍政権の危うさを承知しているのか、どうも疑わしい。ここはきちんと、戦前・戦中・戦後をもういちど振り返る時間を。それもヒトラー独裁なども。

 ということで、今夏の「霧降文庫」のテーマを「戦争」とした。書棚を探してみると、けっこうあったのだ。以下の写真にその一部を。今週は4日(日)ー正午~日没ーやってます。ついでに寄ってみてくださいー。

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(朝日デジタル 8月3日)

ナチス発言、苦しい弁明 麻生氏周辺「単なる言い違い」

 麻生太郎副総理は「ナチス発言」について「悪(あ)しき例としてあげた」と説明し、撤回した。ただ、当初の発言との矛盾点も見える。そもそもなぜナチス・ドイツを引き合いに出したのか。麻生氏自身の言葉足らずもあり、疑問がぬぐえない弁明となった。

麻生氏発言に関する記事

 ワイマール憲法下で誕生したヒトラー政権は、議会の機能不全に乗じて対抗勢力を弾圧し、全権委任法や授権法と呼ばれる法律を作った。この歴史的経緯について、麻生氏は7月29日のシンポジウムで「ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった」と語り、こう続けた。

 「あの手口に学んだらどうかね」

 だが、1日に発言を撤回した際のコメントでは「喧騒(けんそう)にまぎれて十分な国民的理解及び議論のないまま進んでしまった悪しき例として経緯をあげた」と説明。麻生氏周辺は「『手口』はマイナスの意味のこもった言葉。ナチスのような悪い手口で憲法が変えられたことを繰り返さないよう歴史に学ぶべきだと言いたかった」と解説する。

 ただ、「手口に学ぶ」は好例として手本にすると受け取られかねない。「単なる言い間違いというのが本人の偽りない気持ち」(周辺)としているが、誤用では済まない波紋を広げた。

 また、麻生氏は憲法問題だけでなく、首相らの靖国神社への参拝問題でも「いつからか騒ぎになった。騒がれたら中国も韓国も騒ぐ。だから(憲法改正は)静かにやろう」という流れでナチス政権の経緯を引用。撤回コメントでは「憲法改正は落ち着いて議論することが極めて重要だと強調する趣旨」とも説明したが、ナチス憲法に変わった経緯を「喧騒にまぎれて」としたこととの食い違いもある。

 自民党三役経験者の一人は「例え話を使えばわかりやすくなるだろうというのは、政治家がよく陥るワナだ。まともな配慮があればナチスの事例は出てこない」と指摘する。麻生氏の辞任を求めた社民党の又市征治幹事長は1日の記者会見で、こう語った。

 「首相もやり、いま副総理をやっている人が何をこんな馬鹿げたことを……。よく字も読み間違えた人だから歴史も読み間違えたんでしょう」

2013年8月 3日 (土)

今季初、「家庭菜園」ジャガイモを収穫 さっそく「霧降文庫カレー」へ

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2013年8月 2日 (金)

脱原発社会に向けて(その5) 「脱原発日月抄」黒川純(『序説第20号』から)

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7・29脱原発国会大包囲」に参加して
(2012年9月)

 盛夏だが、もう夕方が近い。国会正門に向かう坂道でたくさんの背中を追い抜くうち、300㍍先ぐらいか、夕闇にくろぐろとした独特の建物が浮かび上がってきた。国会議事堂だ。辺りの道路脇で参加者がめいめいにキャンドルを手にしている。正門に近づくと、「再稼働反対!」「再稼働反対!」「再稼働反対!」。そう叫ぶ声があちこちに広がる。

 ドラム、ボンゴ、尺八、笛(これは私~)、林立する幟旗、さまざまなキャンドル、あちこちでハンドマイクが訴える。怒りの波がどんどん膨らみ、道路はいっぱいになる。演説が始まった。「脱原発」を説いているようだが、広がる原発反対の声でほとんど聴こえない。次から次に人の波が正門前へ。とー、突然、閉ざされていた正門前の道路が開放された。どっと道路いっぱいに抗議の波が広がった。

 「7・29脱原発国会大包囲」(首都圏反原発連合主催)。午後7時からの抗議行動は原発再稼働に対する怒りの声に満ちていた。私は「6・29首相官邸前10万人抗議」、さらに「7・16さようなら原発10万人集会」(主催者発表17万人)に参加してきた。だが、一度は「国会議事堂」を人の輪で取り囲み、「正門」で声を上げなければ。そう強く思ってきた。

 その日、東京電力本店周辺の約1・6㌔のデモ行進が終わるころ、私は霞が関駅に。交差点は到着するデモ隊が次々。すると、TWITTERなどの画像で聴きなれた掛け声が聴こえるではないか。「ヘイー、野田! ヘイー、野田! メルトダウンだぜ!」―

 高知県四万十市の「脱原発四万十行動」という運動のデモにおいて歌われていたものだ。その名も「メルトダウンブルース」。調子の良さと言葉の響きが奇妙に合っており、脱原発を訴えるのにぴったり。そのメンバーが四国から駆け付け、デモと抗議へ。

 さっそくカメラを構えると、ファインダーに見慣れた姿が。シャボン玉を吹きながら、輪の中に。「さよなら原発!日光の会」の大貫知子さんだった。「メルトダウンブルース」の声を聴いて、少しの時間、グループに加わったという。終点では同会の大貫剛さん、「原発いらない栃木の会」の会員でもある平木ちさこさんたちにもばったり。

 午後7時半過ぎ、広い道路が開放された国会正門。警察車両が大岩のようにどかっと居座っているが、辺りはもう解放区だ。「再稼働反対!」の声がさらに広がる。たまたま、近くのグループ(あとでわかったのが、「戦争を許さない市民の会」だった)が、ハンドマイクで訴えていた。「私にも訴えさせて」。そう身振りで伝えると、すぐにハンドマイクごと手渡された。

 確か、「原発廃炉!」「子どもを守れ!」「大人が守れ!」、さらに国会正門前なので、思わず、「政府が守れ」「国家が守れ」とも。タイムアップ後、携帯電話で「山!」「川!」―。「お互いにご苦労さま」。TWITTERでたまたま知り合った都内の参加者と正門前で、エールを交換した。そんなエピソードもあった脱原発国会大包囲だった。

 

大飯原発3、4号機の再稼働に抗議する!
(2012年7月)

 「セシウム」に「プルトニウム」、「シーベルト」に「ベクレル」―。それまで縁のなかった記号や単位に向き合わされている国民・市民は耳を疑った。脱原発依存ではなく、国内外の批判や懸念をよそに、むしろ、原発依存に舵を切るかのような姿勢を逆に示したからだ。野田佳彦首相が6月8日の記者会見で関西電力大飯原発3、4号機を再稼働させるとした、その発言だ。

 動かさないと計画停電に迫られ、電気料金も上がる、経済・雇用にも影響が及ぶという。それも「国民生活を守るため」という、いかにもまやかしの理由ならぬ理由で。肝心の安全については、「安全対策に絶対はない」としながら、安全策は暫定基準のままで再稼働させるという矛盾そのものだ。

 その稼働も電力の需要が高まる夏場限定にしないとも。夏場の緊急時の再稼働という大義名分を飛び越え、なし崩しの再稼働であることも示した。真意は「電力不足」への対応ではなく、とにかく原発を動かすことが狙いであることを、はからずも赤裸々にした。

 おいおい、その判断はどう考えても違うだろうー。
多くの国民が直感でも論理でも、さらに倫理的にもそう感じている。そもそも東京電力福島第一原発事故の原因がはっきり明らかにされていないばかりか、事故そのものが未だに収束もされてもいない。なおかつ最も危険とされる4号機を鎮めていくことも不透明な状況にある。そのうえ、今回の事故を起こした東京電力や政府の責任も明らかにされておらず、だれも責任をとっていない。

 さらに新しい決定的な安全対策が示されたわけでもなく、緊急時の司令塔となる免震施設の建設や放射能除去フィルターの設置などの対策は先送りのままだ。一方で会見では福島のような地震・津波が起こっても、「事故を防げる対策と態勢は整っている」と強弁する。もはや「安全、対策、責任」の言葉は耳慣れぬ外国語のようだ。それがお題目に過ぎないことは、フクシマの事故で心身ともに手痛い目に遭い、不安な日常を暮らす国民の多くが気づいている。

 そのうえ、原発を稼働させればさせるほど、危険性を伴ったまま処理もできず、未来の世代につけを回す核のゴミをさらに生み出してゆく。ウランの採掘から原発の稼働や保守・点検・管理の、あらゆる過程で原発労働者を被曝させ、福島のような事故が起きれば、放射能で想像もできない被害を地域、地方、国内、さらに海外に飛び火させる。故郷に帰れない原発難民を生み出し、放射能の健康被害を子供たちに押し付ける。そのうえ土や森や海など、豊かな自然にダメージを与え続ける。

 原発はそんな犠牲のシステムで成り立っている。それが世界でも名だたる「地震大国」ニッポンに世界第3位の54基も建っている。そうした事実を多くの国民が今回の事故で身をもって学び知った。「再稼働反対!」。その声が首相官邸前で毎週毎に高まり、6月22日の金曜日にはtwitterなどの呼びかけでついに4
5千人という数に達した。主婦や会社員らの市民に加え子供たちまでが国の方針に否の声を上げた。大飯原発再稼働がいかに民意に反した判断であることがわかろうというものだ。

 再稼働がいかに福島の事故の教訓からかけ離れているか、脱原発を鮮明にしたドイツ政府の判断を促した「倫理委員会」(安全なエネルギー供給に関する倫理委員会)の見解がそれを示している。

 同委員会は、原子炉に対する技術的なリスク評価について、福島の事故で明らかになったのは、「地震に対する安全性や津波の高さといった特定の想定に基づいていたが、しかし、現実はそのような想定を覆し得る、ということである」と指摘。

 そのうえ、「民意の大部分にとっては、もはや『原子力に賛成か否か?』といった問いではなく、脱原発についての問いが、したがって、『脱原発は早期にか、それとも徐々に?』といった問いが重要になっている」と述べ、原発からの10年以内の離脱を結論づけているのだ。

 
 以上からも「国民生活を守る」というのなら、大飯原発の再稼働を断念する方針を明らかにすべきである。そのうえではっきりと新たな原発はつくらない、老朽化でさまざまな事故の危険が高い原発は、廃炉にしてゆく、その一方で福島第一原発事故の原因を徹底的に究明し、事故の責任を明らかにして、その責任をきっちりとらせる。

 
 さらに共に再生可能エネルギーなどを重視した新たなエネルギー社会をつくる覚悟と方法と工程を示してみせる。そうした発言こそ、「3・11」以後の首相・政府に求められているはずだ。わたしたち「原発いらない栃木の会」は4月21日の総会で大飯原発3.4号機の再稼働の断念を求める決議を総意で採択しているが、今回の「再稼働強行」についても、改めて強く抗議する!

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2013年8月 1日 (木)

映画会ポスター次々と街中へ 8月30日「「フタバから遠く離れて」自主上映会

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さよなら原発!日光の会」第2会総会記念映画会、ドキュメンタリー「フタバから遠く離れて」(舩橋淳監督。8月30日午後3時~、日光総合会館・大会議室、大人700円)のポスター掲示は思いのほか次々とOKがー。

 大半がポスターと同じ内容のA4版チラシ10枚もおいてもらっている(どこにポスターがあるか、その案内と同時に私が依頼した各施設がどこだったか?、その覚書のためにも以下にあげることにした~)。

①日光公民館②日光図書館③今市図書館④日光総合支所

⑤日光郷土センター⑥ゲストハウス・巣み家⑦ペンション・森のうた⑧ゲストハウス・にっこり荘

⑨ホステル・鳴沢ロッヂ⑨幾何楽堂⑩レストラン・めぐり⑪居酒屋・甚平⑫ガラス工房・エカト

⑬朝日新聞販売・日光⑭中華料理・梵天⑮ファミリーマート⑯スナック・夜来香⑰小料理・菜音

⑱観光客業・うたかた⑲古書店・霧降文庫⑳小間物店・銀嶺21スーパー・リオンドール日光店

あす以降も22日光中央公民館23日光社会福祉協議会24リオンドール鬼怒川店25レコード店・NOW

26今市観光協会27日光珈琲28吉田屋酒店29ヨイノクチ30ギャラリー・みたて31ギャラリー・花山椒などへお願いへ。だが、手元にある ポスターはあと4枚だけーさて~

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