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2013年8月 2日 (金)

脱原発社会に向けて(その5) 「脱原発日月抄」黒川純(『序説第20号』から)

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7・29脱原発国会大包囲」に参加して
(2012年9月)

 盛夏だが、もう夕方が近い。国会正門に向かう坂道でたくさんの背中を追い抜くうち、300㍍先ぐらいか、夕闇にくろぐろとした独特の建物が浮かび上がってきた。国会議事堂だ。辺りの道路脇で参加者がめいめいにキャンドルを手にしている。正門に近づくと、「再稼働反対!」「再稼働反対!」「再稼働反対!」。そう叫ぶ声があちこちに広がる。

 ドラム、ボンゴ、尺八、笛(これは私~)、林立する幟旗、さまざまなキャンドル、あちこちでハンドマイクが訴える。怒りの波がどんどん膨らみ、道路はいっぱいになる。演説が始まった。「脱原発」を説いているようだが、広がる原発反対の声でほとんど聴こえない。次から次に人の波が正門前へ。とー、突然、閉ざされていた正門前の道路が開放された。どっと道路いっぱいに抗議の波が広がった。

 「7・29脱原発国会大包囲」(首都圏反原発連合主催)。午後7時からの抗議行動は原発再稼働に対する怒りの声に満ちていた。私は「6・29首相官邸前10万人抗議」、さらに「7・16さようなら原発10万人集会」(主催者発表17万人)に参加してきた。だが、一度は「国会議事堂」を人の輪で取り囲み、「正門」で声を上げなければ。そう強く思ってきた。

 その日、東京電力本店周辺の約1・6㌔のデモ行進が終わるころ、私は霞が関駅に。交差点は到着するデモ隊が次々。すると、TWITTERなどの画像で聴きなれた掛け声が聴こえるではないか。「ヘイー、野田! ヘイー、野田! メルトダウンだぜ!」―

 高知県四万十市の「脱原発四万十行動」という運動のデモにおいて歌われていたものだ。その名も「メルトダウンブルース」。調子の良さと言葉の響きが奇妙に合っており、脱原発を訴えるのにぴったり。そのメンバーが四国から駆け付け、デモと抗議へ。

 さっそくカメラを構えると、ファインダーに見慣れた姿が。シャボン玉を吹きながら、輪の中に。「さよなら原発!日光の会」の大貫知子さんだった。「メルトダウンブルース」の声を聴いて、少しの時間、グループに加わったという。終点では同会の大貫剛さん、「原発いらない栃木の会」の会員でもある平木ちさこさんたちにもばったり。

 午後7時半過ぎ、広い道路が開放された国会正門。警察車両が大岩のようにどかっと居座っているが、辺りはもう解放区だ。「再稼働反対!」の声がさらに広がる。たまたま、近くのグループ(あとでわかったのが、「戦争を許さない市民の会」だった)が、ハンドマイクで訴えていた。「私にも訴えさせて」。そう身振りで伝えると、すぐにハンドマイクごと手渡された。

 確か、「原発廃炉!」「子どもを守れ!」「大人が守れ!」、さらに国会正門前なので、思わず、「政府が守れ」「国家が守れ」とも。タイムアップ後、携帯電話で「山!」「川!」―。「お互いにご苦労さま」。TWITTERでたまたま知り合った都内の参加者と正門前で、エールを交換した。そんなエピソードもあった脱原発国会大包囲だった。

 

大飯原発3、4号機の再稼働に抗議する!
(2012年7月)

 「セシウム」に「プルトニウム」、「シーベルト」に「ベクレル」―。それまで縁のなかった記号や単位に向き合わされている国民・市民は耳を疑った。脱原発依存ではなく、国内外の批判や懸念をよそに、むしろ、原発依存に舵を切るかのような姿勢を逆に示したからだ。野田佳彦首相が6月8日の記者会見で関西電力大飯原発3、4号機を再稼働させるとした、その発言だ。

 動かさないと計画停電に迫られ、電気料金も上がる、経済・雇用にも影響が及ぶという。それも「国民生活を守るため」という、いかにもまやかしの理由ならぬ理由で。肝心の安全については、「安全対策に絶対はない」としながら、安全策は暫定基準のままで再稼働させるという矛盾そのものだ。

 その稼働も電力の需要が高まる夏場限定にしないとも。夏場の緊急時の再稼働という大義名分を飛び越え、なし崩しの再稼働であることも示した。真意は「電力不足」への対応ではなく、とにかく原発を動かすことが狙いであることを、はからずも赤裸々にした。

 おいおい、その判断はどう考えても違うだろうー。
多くの国民が直感でも論理でも、さらに倫理的にもそう感じている。そもそも東京電力福島第一原発事故の原因がはっきり明らかにされていないばかりか、事故そのものが未だに収束もされてもいない。なおかつ最も危険とされる4号機を鎮めていくことも不透明な状況にある。そのうえ、今回の事故を起こした東京電力や政府の責任も明らかにされておらず、だれも責任をとっていない。

 さらに新しい決定的な安全対策が示されたわけでもなく、緊急時の司令塔となる免震施設の建設や放射能除去フィルターの設置などの対策は先送りのままだ。一方で会見では福島のような地震・津波が起こっても、「事故を防げる対策と態勢は整っている」と強弁する。もはや「安全、対策、責任」の言葉は耳慣れぬ外国語のようだ。それがお題目に過ぎないことは、フクシマの事故で心身ともに手痛い目に遭い、不安な日常を暮らす国民の多くが気づいている。

 そのうえ、原発を稼働させればさせるほど、危険性を伴ったまま処理もできず、未来の世代につけを回す核のゴミをさらに生み出してゆく。ウランの採掘から原発の稼働や保守・点検・管理の、あらゆる過程で原発労働者を被曝させ、福島のような事故が起きれば、放射能で想像もできない被害を地域、地方、国内、さらに海外に飛び火させる。故郷に帰れない原発難民を生み出し、放射能の健康被害を子供たちに押し付ける。そのうえ土や森や海など、豊かな自然にダメージを与え続ける。

 原発はそんな犠牲のシステムで成り立っている。それが世界でも名だたる「地震大国」ニッポンに世界第3位の54基も建っている。そうした事実を多くの国民が今回の事故で身をもって学び知った。「再稼働反対!」。その声が首相官邸前で毎週毎に高まり、6月22日の金曜日にはtwitterなどの呼びかけでついに4
5千人という数に達した。主婦や会社員らの市民に加え子供たちまでが国の方針に否の声を上げた。大飯原発再稼働がいかに民意に反した判断であることがわかろうというものだ。

 再稼働がいかに福島の事故の教訓からかけ離れているか、脱原発を鮮明にしたドイツ政府の判断を促した「倫理委員会」(安全なエネルギー供給に関する倫理委員会)の見解がそれを示している。

 同委員会は、原子炉に対する技術的なリスク評価について、福島の事故で明らかになったのは、「地震に対する安全性や津波の高さといった特定の想定に基づいていたが、しかし、現実はそのような想定を覆し得る、ということである」と指摘。

 そのうえ、「民意の大部分にとっては、もはや『原子力に賛成か否か?』といった問いではなく、脱原発についての問いが、したがって、『脱原発は早期にか、それとも徐々に?』といった問いが重要になっている」と述べ、原発からの10年以内の離脱を結論づけているのだ。

 
 以上からも「国民生活を守る」というのなら、大飯原発の再稼働を断念する方針を明らかにすべきである。そのうえではっきりと新たな原発はつくらない、老朽化でさまざまな事故の危険が高い原発は、廃炉にしてゆく、その一方で福島第一原発事故の原因を徹底的に究明し、事故の責任を明らかにして、その責任をきっちりとらせる。

 
 さらに共に再生可能エネルギーなどを重視した新たなエネルギー社会をつくる覚悟と方法と工程を示してみせる。そうした発言こそ、「3・11」以後の首相・政府に求められているはずだ。わたしたち「原発いらない栃木の会」は4月21日の総会で大飯原発3.4号機の再稼働の断念を求める決議を総意で採択しているが、今回の「再稼働強行」についても、改めて強く抗議する!

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