福島第一は終わっていないー。読み応えがある『東海村・村長の「脱原発」論』
やはり、読み応えがあったこの新書、『東海村・村長の「脱原発」論』ー。原発本にはあたりはずれがあるが、この新書は「当たり」。対談であるのも、読みやすい要因かもしれないー。講演を聴くような感じで、読み進めることができる。お薦めです。
1日の昨夜から手にしていたが、2日の今夜、一気に。3・11で東海第二原発がいかに危機的敵状況だったか、というよりほとんど福島第一状態に近かったか、「間一髪」で危機を脱していたのだったー。
その経緯を知り、東海第二の危険さを改めて認識させられた。ともあれ、いくつもの傾聴すべき「警句」があるが、facebookでは、以下のひとつだけを伝えたいー。
「要するに、福島第一の事故というのは、終わっていないんですよ。それは、技術的に見れば、まだ核燃料が取り出せていないということでもあるし、社会的に見れば、日本社会がまったく反省できていない・・・」
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