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2014年1月11日 (土)

日光市議選に立候補します 強い「決意表明」をアップー。

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里山市民主義の「懐かしい未来」へ

「市民総幸福量」(GCH)の都市を

脱原発社会をみんなでつくろう!

 

日光市議選(定数28 4月6日告示、同13日投開票)に、富岡洋一郎(とみおか・よういちろう)=元朝日新聞日光支局長、市民団体「さよなら原発!日光の会」代表、防災士=も、出馬、立候補します。9日夜、日光市長選への立候補を表明した平木ちさこさんの「応援する会」結成総会がありましたので、席上、「平木市長候補を全面的に支える市議の一人となるべく、富岡も市議選に立候補します」と、表明しました(「政治団体」の設立届けなど、最低でも取りかかるべきこともまだ準備はできておりませんので、当夜は立候補の決意のみです)。

 

 私は「全共闘運動」を経て、新聞記者を35年やってきました。記者活動をしていたのは「海運労働新報」、「栃木新聞」、「朝日新聞」の3紙。労働紙、地方紙、中央紙と、舞台はそれぞれ少しずつ違っておりましたが、いずれも大半は第一線の現場記者でした。一貫して思ってきたことは、何か危ない状態や嫌な臭いを感じたら、それを半歩早く伝える「社会のカナリア」でありたい、そう自らに言い聞かせておりました。栃木新聞労働組合執行委員長(3期3年)や新聞労連中央委員(同)を務めたのも、その流れです。4年前の「60歳定年」の潮目に、「晴耕雨読へ」と、思ったのですー。

 

しかし、それもつかの間~。「第二の戦後」となる2011年の「3・11」が起きてしまいました。三陸や福島の災害ボランティアをやりながら、さらに少しでも災害に役立てられるならと、「防災士」にもなりました。この間、余りに非倫理的、非人間的、非社会的、であり、今や非経済的でもある原発社会が「神話」の世界から浮上し、その「犯罪性」を露わにしてきました。

このため、脱原発社会をめざす市民団体「さよなら原発!日光の会」(会員109人)に参加し、その代表(2期目)として、脱原発のデモ・パレード、署名、講演会、映画会や再稼働抗議声明送付はもちろん、栃木県議会、日光市、日光市議会への陳情、要請、懇談会や質問状など、さまざまな働きかけを行ってきました。

 

そして今度は「逆政権交代」による安倍政権が三ザル法である「秘密保護法」を無理やり成立させました。中央の「ねじれ」が解消したことの結果が戦前回帰を思わせる右翼国家の出現です。予想した通りのおごり高ぶった暴政が始まっています。当然、次の国政選挙で「倍返し」をしますが、同時にそれまでの間にも、地方から「ねじれ」を生み出すことが必要です。市民の暮らしを守る地道な議会活動の一方で、国政の空気とは違うもうひとつの空気を地方の自治体でつくる必要があります。

 

「3・11」が私や私たちに問いかけています。国民総生産量(Gross National ProductGNP)ではなく、今や、国民総幸福量(Gross National Happinessの哲学、発想に基づいた社会、世間、暮らしが求められていると。この考えは、すでに以前からありましたが、今回の「3・11」で、改めてその生活スタイルが見直され、身近なものになってきております。

 そこから、脱原発の生活に向かうのは、あまりに普通の発想であり、当たり前のことです。観光都市・日光、里山都市・日光、宗教都市・日光なら、なおさらです。当然、栃木県自治体で初めてとなる「地域再生可能エネルギー条例」(仮称)づくりも必要となるでしょう。「非核宣言都市」ならぬ「脱原発宣言都市」(仮称)となることも、求められます。もちろん「市民総幸福量」(GCH)をキイワードにしたさまざまな施策も求められます。

 

観光・里山・宗教の都市を支える「日光学芸工科大学」(仮称)の創立を構想すべきなのも、この流れです。「観光」「自然」「工芸」「環境」「歴史」「宗教」「地域」などの学科が考えられます。それらの「知」をバックにした「岩波新書」ならぬ「日光新書」シリーズも続々と発刊すべきでしょう。観光、災害などにも役立てる「コミニュテイFM日光」(仮称)も早急に立ちあげるべきです。魅力的な日光をさらに磨き、「おもてなし」を徹底させ、日光ファンを増やし、活性化や移住の入り口となる「日光特別市民制度」(仮称)もぜひ取り入れるべきです。

 

きちんとした「政策」づくりはこれからですが、学生運動から労働記者へ、労働運動ら事件・災害記者へ、司法、防災、炭坑、選挙、地方自治や街づくりなど、東日本の各地を転勤しながら、さまざまな場面に立ち会ってきましたが、結果的に、これらの「仕事」は、日光市の行政・議会のために役に立てることができるでしょう。 

なにより巨大な「団塊世代」の最後の塊(1950年2月生まれ)として、あるいは、世を騒がした「戦後の鬼っ子」世代として、今、ここで「言うべきこと、語るべきこと、伝えるべきこと」を、と思ったのです。市議会では問題点を、「監視」し、「判断」し、「評価」し、「指摘」し、「批判」し、「是正」し、「提案」し、「追及」し、「実行」させてゆく、少なくても、これら九つの構えが必要になるでしょう、それをやってゆきます。 

大学3年の「71年安保・沖縄闘争」に参加し、逮捕・拘留・起訴。秋から春まで東京拘置所で独房生活も送りました。保釈・裁判・判決。公務執行妨害罪などで懲役1年半、執行猶予3年。在籍していた足利工業大学建築学科都市計画コースに復帰しましたが、結局、6年生で退学・除籍しました。社会的にはマイナスですが、この時期の「全共闘」に参加したことが、新聞記者人生の背骨になりました。季節は巡り、その後、警察や司法を「監視」する事件記者・司法記者になったことも、歴史の皮肉です。 

 ちょうど1年前から古書店(兼図書館)の『霧降文庫』を開き、栃木県内各地の「一箱古本市」に出店したり、霧降高原の自宅でお店を開いたりしてきました(毎週、土、日、祝日)。これも今回の表明で、当分、「冬季休業」とするつもりです。(詳しい政策はのちほどに、走り書き的に、思いを、伝えます)

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