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2014年12月

2014年12月30日 (火)

原発は「全体問題」なのだー  『8.15と3.11』に触れて

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「原発は、まさに3・11が事実として露骨に示したように、いやおうなくだれをも巻き込んでしまう権力装置といわざるを得ない」。

  『8・15と3・11 戦後史の死角』(笠井潔)にある指摘だ。

 

  同書は、原発というシステムについて、私たち市民を排除する原発の専門家たちの権力が増殖されていくこと、プルトニウムを守るための監視強化と自由の制限が進むこと、放射線被曝にさらされる労働者を生み出す差別構造を前提にすることが不可欠だということ、それらを挙げる。

  私は思う。これらの指摘のうえにさらに以下を加えることが必要だ。いわく、原発は、採掘から運転まで被曝労働者を生み出すという犠牲で成り立ち、いったん大事故が起きた際は、大自然を汚染したうえ、故郷に戻れない大量の現代の難民を生み出す。なにより「10万年」という気が遠くなるような未来の空まで汚してしまう。自然、社会、倫理からも根源的に許されないシステムだということがいえる。

 それらを加えて、さらに同書を読み進めると、だから、「危険だから原発反対」は出発点にすぎないと断定する(それは私もそう考える)。加えて原発再稼動に反対し、即時の原発ゼロを求めるとしたら、「われわれ一人一人が自分の生活を大きく変える覚悟が避けられない」という。

 そのうえで、「それはまた、戦後日本の政治・経済・社会の根本的な変革にいたるはずだ」とみる。 その過程を辿り、「日本独自の歴史意識が形成されはじめることを期待しよう。それは、われわれがニッポン・イデオロギーの呪縛から解放される第一歩となるだろうから」と結んでゆく。

  先の総選挙で、各マスコミは原発問題については「個別課題」だとしたが、実は原発は「個別」課題というのではなく、この『8・15と3・11』が語るように「政治・経済・社会」そのものが問題になる「全体課題」なのだ。その視点に立つとき、私たち一人ひとりの「自分の生活を大きく変える」、そのことが前提になる。「3・11」からそういう時代に入ったということを私たちは、意識的にも、無意識的でも、いやおうなく自覚しはじめている。

 その2015年が、3・11から4年目の「新しい年」がまもなく始まる。 私たちは、その「自覚」をいかに具体的に「生活の変革」へと結びつけてゆくことができるか、それを前提に、いかに私たちの「世間」から始まり、「社会」「経済」「政治」の根本的な変革に手をつけ、変化を促し、影響を与え、求める結果をある形にすることができるのか。

 「喉元過ぎれば熱さを忘れる」。その空気を払いのけながら、取り組んでゆく構えを改めて噛み締めてゆく、その覚悟に向き合ってゆくだろう

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2014年12月29日 (月)

私が選んだ年間ベスト10本!  2014年「霧降文庫」の場合ー

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             (写真をクリックすると、大きな画面になります)

  私が選んだ2014年の年間ベスト本をアップすることにしました新聞では識者が「私の3冊」といったかたちで、何人もの方が、この年のべストを挙げています。それに合わせて、私「霧降文庫」が選んだら、どんな本が?。ということで、本棚をあちこちに散らばっているベスト本を探して並べてみました

 というのも、新聞での「私の3冊」には、私が読んだ本はほどんどありませんでしたので。今年は古書店経営もあり、かなり意識的に読んでいます。それも外れはほとんどなく、だいたいが当たりー。さまざまな知を得ることができたと思っています。その魅力的な本が紹介されていない。?ー。ということで、むしろ、今はこういう本が大事なんだーということを伝えたいという思いもあります。

 2.16事件へと至る序奏であることがわかる「血盟団事件」はもちろん、これはぜひもの「資本主義の終焉と歴史の危機」、大いに笑えてためになる「内田樹の大市民講座」、「街場の文体論」(内田樹本はどれもいまが旬だ)、それに私の「標語」?でもある「懐かしい未来」、さらに「虚構のナチズム」(今年はナチス・ヒトラー関係本はほかにかなり読み込んだ)。

 そうそう、ベストセラーにもなった実際に新たな動きが山陰地方で根を張ろうとしている現状を報告している「里山資本主義」、原発問題にかなり正面から突っ込んだ正論を展開している論考である「8・15と3・11」・・・などなど。これに・・。う~ん、さらに10冊を加えたベスト20本をアップする必要があるかもしれないな~。

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2014年12月28日 (日)

年末年始の「霧降文庫」  1月は4日(日)の「楽市楽座」からー

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朝令暮改ー
新春は4日の「楽市楽座」(幾何楽堂)から。
(正月は休もう~と。というか、1月のテーマ「抜け道の〈哲学〉の選定作業がありました~)

お知らせ...
(訂正あり)
2015年1月の「霧降文庫」
お正月の4日(日)は霧降高原・幾何楽堂の「楽市楽座」に「とみさんカレー」を出店させます。25日(日)は、霧降自治会の「非常食試食会」と「救命救急講座」参加のため臨時休業ですー。

オープンは基本的に日、月、祝日です(午前11時~午後5時)
★新春 1月4日(土)ー幾何楽堂ー、5日(月)、
11日(日)、12日(月)、18日(日)、19日(月)、26日(月)。

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栃木県日光市所野1541-2546

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霧降高原、ペンション「ポコ・ア・ポコ」の裏手5軒目。

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2014年12月27日 (土)

28,29日もオープンしています 霧降高原の「霧降文庫」

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「霧降文庫」は、28日(日)、29日(月)と、オープンしています。12月の主題「劇画、<紅い>遠泳術」。厳選120冊ぐらいを(だいたい・・・笑い)が待ってますー。

 もちろん、それとは別に薪ストーブのある部屋に厳選古書約1500冊が。それにテーマ部屋には2000冊の図書館機能を持った図書室もありますよー。

可否タイムを味わう気分でやってきてください。(実際、可否をサービスしております。Photo


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いずれも午前11時~午後5時

栃木県日光市所野1541-2546

0288-25-3348

霧降高原、ペンション「ポコ・ア・ポコ」の裏手5軒目。

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2014年12月25日 (木)

夜中に「どどど~ん」とー。薪の山がどかんと崩壊で泣く

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 夜中に「どどどど~と」。大音響がー。<直下型地震かな!>と、一瞬、思ったが、あまりに近い音なので、ベランダを覗くとー。そこは薪が散乱の図~。

 半月前に積み上げていたときから、崩壊しており、これで計4度目。たまたま、近所のNさんが「可否時間」に来ていたので、手伝ってもらい、下から、また積み直しへ。

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 崩れたのは、薪小屋の3列目。2列までは屋根もあり、左右も柱がある。今冬は3列目も積み上げることができた。青空の高い壁。慎重に積んだつもりだが、よく見ると、最初の3段目あたりがやや傾いていた。そこからーど~と。

 さて、きょう25日、きちんと積んだ3列目。5度目も崩れたらー。崩れたら、<もう、知らん!>ー。見なかったこと、なかったことにしようー(笑い)-。そうもいかないだろうが、そう思いたいー。

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2014年12月24日 (水)

「3.11以後」」の詩を問う  栃木県現代詩人会講演レジュメ

栃木県現代詩人会で「3・11以後」の詩を問う、というテーマで講演したのは12月7日。すでにこのBLOGでレジュメ(といっても20枚、現物は写真が何枚かあります)を、アップしていないことに、きょう25日に気づいたのです。

レジュメ小項目だけはアップしていたが、全体はまだ。といっても、講演ではさらにこのレジュに肉付けした説明をしてたのだが。それでも一定の方向、というか、どういうことを言いたかったのか、それはこの資料でくみとってもらえると思う。なので、あえて、記録としても記載することにー。

下の写真はレジュメの表紙。2011年9月。日光市のJR日光駅舎で。京都の詩人、河津聖恵さんを講師に招き、実行委員会方式で行った詩と詩の朗読の講演会の様子です。テーマは「震災と原発」でした。

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「3・11以後」の詩を問う

「野蛮」に「野蛮」を重ねるな、

問われる倫理の根源ー

 

栃木県現代詩人会・研究会 宇都宮ホテル丸治 2014年12月7日    黒川 純

 

1 はじめに 厚かましくも詩人たちの集まりに・課題だった「3・11以後」の詩

 

2 黒川純―吉本隆明、清水昶からスタート・2004年「怒りの苦さまた青さ」

 

3 2011・3・11東日本大震災・三陸の惨状と災害ボランティア・防災士

 

4アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮だ フクシマ以後、詩を書くことは野蛮か

 

5 「ひとりびとりの死者」へ、「ひとりびとりの生者」から・辺見庸の世界

 

6 「震災と原発」をテーマに京都の詩人・河津聖恵さん詩の講演・朗読会

 

7 「フクシマ以後に沈黙していることは野蛮である」・高橋郁男『渚と修羅』

 

8 『福島核災棄民』・南相馬の詩人、若松丈太郎の詩「神隠しされた街」

 

9『脱原発 自然エネルギー218人詩集』・3・11以後が生んだ詩「だれ?」

 

10 ほとばしるように生まれた震災詩・東梅洋子さん『うねり 70篇 大槌町で』

 

11 進歩の定義を変え、未来の設計図を変え・「懐かしい未来」の方へ

 

12 詩とは何か・詩は運針の針のように、ズレの体感をきっかけにー

(以上、各項)

 

 

1 厚かましくも詩人たちの集まりに・課題だった「3・11以後」の詩

(以下、本論)

2 黒川純―学生時代の吉本隆明、清水昶からスタート・1974年月刊詩誌「詩と思想」編集部アルバイト・2003年イラク戦争・北上詩の会 詩集「怒りの苦さまた青さ-詩・論「反戦詩」とその世界―」(2004年)、詩集「砂時計主義」(2008年)

 

怒りの苦さまた青さ

(4行7連の一連)

大地の命がめらめらと燃え

乾いた喉がひりひりと熱い

真っ赤なマグマにまたがり

今にも土石流になりそうだ

・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・・・・

(最終連)

哀しみを抱きしめるために

眼や耳で未来まで歩くために

ひとつの詩で深夜が凍る

そんな力が詩にあるうちに

 

3 2011・3・11東日本大震災・災害ボランティア・花巻、陸前高田、相馬、石巻、南三陸へ twitterBLOG・防災士資格取得・5月から詩作再開―。

 

陸前高田の甚大な被害に言葉を失うー

BLOG「懐かしい未来」2011年5月2日

昨夜はツイッター(140字制限)で大震災に絡む詩を6篇、つぶやいた、とういうか、つぶやいていた。題名はとくに付けずにツイートしたのだが、それをブログ「砂時計主義」へ(当初のBLOG名、2014年春から「懐かしい未来」へ変更)。詩の題名はこのブログで初めてつけた。いずれも書いた詩の言葉から。大震災小詩篇(1)といったところか。(いうずれも下野新聞文藝欄に投稿・記載。「そのけなげな表情を」は、)

そのけなげな表情を

私は忘れないだろう/哀しみでもない/悲しむでもない/肩を落とすでもない/不満というのでもない/訴ったえるでもない/責任を問うでもない/怒るでもない/頼るわけでもない/でも/私の視点をぐらぐらと揺らし/ざわめきを呼び出し/先が視えない暮らしを/頬を伝わる涙で伝える/そのけなげな表情を

東日本大震災を悼む
詩劇『鎮魂と復興のうた』

主催:現代京都詩話会
共催:財団法人京都市国際交流協会
後援:第26回国民文化祭京都府実行委員会・京都市・
京都新聞社・関西詩人協会・日本現代詩人会
  とき   2011年10月18日(火) 受付18:00 開演18:30
  ところ  京都市国際交流会館イベントホール
チャリティ協力金  1500円(剰余金は全て日赤を通じて寄付します)  (「そのけなげな表情を」。これは詩劇中で朗読される詩のひとつです。ぜひ聴いてください。詩があなたのこころを揺すぶることでしょう)


 
凍土から言葉を掘り出せ

ほんとうのことを語ると/世界が凍ってしまう/ある詩人が書いたことがある/だが/3・11でほんとうのことが噴出し/世界はそのまま凍ってしまったのだ/いや言葉が凍ってしまったのだ/この世界のほんとうのことを/見せられてしまったわたしやあなたは/言葉を掘り出さねばならない/その凍土から

 

4 「アウシュビッツ以後 詩を書くことは野蛮だ」・「フクシマ以後、詩を書くことは野蛮か」・和合亮一「詩の礫」・河津聖恵の視点

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「フクシマ以後詩を書くことは野蛮か」(一)

「アウシュヴィッツ以後詩を書くことは野蛮だ」。

ドイツの哲学者アドルノが1949年に書いたこのテーゼを
最近、ある詩人がエッセイで引用していました。

詩人はこう言っています。

大震災の未曾有の悲劇の後、そして今もなお続く原発事故の被害が深刻化する今
このテーゼをふたたび当てはめることができるのではないか。
つまり
「フクシマ以後詩を書く詩を書くことは野蛮だ」。
そういえるのではないか。
なぜなら無理に書いてしまえば、
それこそ想像力を欠いた野蛮な言葉になってしまいそうだからだ。
こんな惨状に対し比喩なんて無理だ。
だから詩は無力であるといわざるをえない。
この悲劇を前に、比喩は死んだのだ。
たとえそれが詩の死を意味しないとしても。
比喩の死という事態こそが、新たな詩の境地をたしかにひらくのだ──

高名な詩人による文章だったので、唖然としました。

東日本大震災から五ヶ月という時期にもなって何を言っているのでしょうか?
内容以前に
その「平静」さ、あるいは「超然」とした言い放ちに、暗澹たる気持になりました。

震災当初は、たしかにアパシー(無気力、思考停止)に陥ってしまい
誰しも比喩が砕け散るのは仕方がなかったでしょう。

しかし、結局は比喩こそは詩の存在理由となるのではないでしょうか。
現実との関わりから、比喩を見出し、あるいはたたかいとることこそが
書き手と読み手双方に、詩の喜びやカタルシスを生むのではないでしょうか。

けれどよく考えれば「比喩の死」というのは
じつは震災によって初めてもたらされたものでは決してありません。
現代詩はずっと、思考の長い射程を必要とする比喩というものを
欲望することも尊重することもなく、
それこそ無力のままみずから捨て去りつづけてきました。
正確には、現実と関わって思考や言葉の力を鍛えることを放棄したために、
詩の方が比喩に見捨てられてきたのでした。
いつしか「ゼロ年代の詩」とさえ自称していたではないですか。

この震災の前で詩は無力だ、比喩は死んだとこともなげにいってしまうことは
まさに不誠実そのものです。
ツェランなどの苦悩をもふまえたアドルノのテーゼで自己正当化するのは
あまりにも自己本位としか思えません。

むしろ詩は、この震災という深い断層の切れ目からこそ
痛々しい、美しい比喩の結晶を生みだすべきなのです

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「フクシマ以後詩を書くことは野蛮か(三)」

アドルノは1949年に語った『アウシュヴィッツ以後詩を書くことは野蛮である』というテーゼを
1966年の『否定的弁証法』で次のように訂正しています。

「絶え間なく続く苦しみは、拷問にかけられた人がうめき声をあげるのと同様に、表現への権利を持つ。それゆえ、アウシュヴィッツ以後もはや詩は書かれえない、と言ったのは、間違いであったかもしれない。」

この「訂正」には、パウル・ツェランとの対話と、その詩を読んだことも一つの要因としてあったようです(関口裕昭『評伝 パウル・ツェラン』)。

しかし同時に同書では
「アウシュヴィッツ以後の文化は、それに対する痛烈な批判もひっくるめて、すべて、ゴミ屑だ」とも書いています。

つまりアドルノは、ツェランによって詩の希望を与えられながらも、それ以外はゴミ屑としか見えない絶望との間で、揺れ動き続けたのでしょう。

しかしツェランの詩はどのように、「アウシュヴィッツ以後の野蛮」を乗り越えているのか──それは、最初の引用部分の、「絶え間なく続く苦しみ」からあげられた「うめき声」があるからだ、ということでしょう。

うめき声、傷、痛み、うったえ、うた、歌──それが彼の詩には真実のあり方で存在しているということです。

その痛みは、たしかに死者の痛みに共振している。だからこそ、アウシュヴィッツ以後、表現の権利があるのです。

つまり大切なのは、表象=イメージ=見ることの支配欲(それこそがアウシュヴィッツを生みだした全能感に繋がります)を離れて、無となって、耳を澄ませ、共振すること──
その結果、摑まれた比喩やイメージであれば、野蛮ではないのです

和合亮一「詩の礫」からー。

放射能が降っています。静かな夜です(3月16日)

放射能が降っています。静かな静かな夜です(同)

あなたにとって故郷とはどのようなものですが。私は故郷を捨てません。故郷はわたしのすべてです(同)

どんな理由があって命は生まれ、死にに行くのか。何の権利があって、誕生と死滅はあるのか。破壊と再生はもたらされるのか(同)

 

あなた 大切なあなた あなたの頬に涙(5月26日)

いつか 安らぎの一筋となるよう 祈ります(同)

船を 詩を 櫂を 漕ぎましょう(同)

新しい詩を生きるために(同)

共に信じる ここに記す()

祈りとして この言に託す(同)

明けない夜はない(同)

  • 詩論の現在
     
    守中高明「カタストロフィーと言葉――「フクシマ」以後、詩を書くことは可能か?

ネット上からの引用 「現代詩手帳5、6月号」・「カタストロフィー言葉」(守中高明)

「和合亮一はカタストロフィーの被害者という立場とそこから生じた感性的反応のあれこれを、結局はみずからの詩人としての〈文化資本〉に翻訳し、蓄積するのみであった(略)いずれにしても、和合亮一が詩人とその詩法においても、その零時的・倫理的態度においても、現代日本文学の最もネガティブな類型の体現者であることは疑う余地がない」

  • 守中高明「カタストロフィーと言葉(下)」(「現代詩手帖」6月号)は「詩壇」内でようやく出た真っ当な和合亮一批判だが、遅すぎる。和合や和合翼賛してぬるま湯に漬かっていた詩人たちは正面から応答するんか

「現代詩手帖」6月号(2014年)の守中高明の評論「カタストロフィーと言葉(下)」を読む。ひさびさに気合いの入った論考だ。和合亮一の詩を単純な同語反復による自己再帰型のメッセージ」と断定しているところは明快

 

5 「ひとりびとりの死者」へ、「ひとりびとりの生者」から  石巻出身、辺見庸、命令法の魅力・小熊秀雄と吉本隆明

 詩人は「3・11」にどう向き合っていくべきか、ひとりひとりの死者にどんなまなざしを向けるべきか、そのとき、言葉が立ちあがるために、どんな視線や見方が、つまり構え方が、必要となるのか。河津さんは詩人にして作家、ジャーナリストである辺見庸さんの詩篇を挙げて、最大限の賛辞を送りながら、方向を見定める。彼、辺見庸は(石巻市出身)大震災後、いち早く、圧倒的な迫力で問うべき状況と見方を新聞紙上で明らかにしている。地元紙・岩手日報でのそのエッセイは「非常無比にして壮厳なもの」。6月20日発行の辺見庸『水の透視画法』(共同通信社)にも収められている。3月のそのときからずっと、その「非常無比・・・」のエッセイの以下の部分を繰り返し振り返っていた。

 「時は、しかし、この広漠とした廃墟から、『新しい日常』と『新しい秩序』とを、じょじょにつくりだすことだろう。新しいそれらが大震災前の日常と秩序とどのようなこととなるのか、いまはしかと見えない。ただはっきりわかっていることがいくつかある。われわれはこれから、ひととして生きるための倫理の根源を問われるだろう。逆にいえば、非倫理的な実相が意外にもむきだされるかもしれない。つまり、愛や誠実、やさしさ、勇気といった、いまあるべき徳目の真価が問われている」

 河津さんは、辺見庸の詩についても、以下のように展開している。

 

詩の欲望は3.11へ向かって(二)河津聖恵さんのブログ「詩空間」(7月18日)から。

 「文學界」6月号に発表された辺見庸さんの詩篇「眼の海──わたしの死者たちに」は、震災後、一気に書かれた詩群です。

 ここにある詩のことばは、これまでにこの国で書かれたどんな詩よりも、冷たく悲しく私の胸に浸透してきました。私もまた、とめどなく世界の、自分の眼からあふれた海の中にいるのだと感じたのです。この詩篇に書かれた詩のことばすべて、名もなき死者たちの一人一人の死に、かすかにふるえながら、永遠に慟哭しています。すべての詩は死者たちの死にこまかな穴を開けられ、みずから食い荒らされるように、痛み、悼んでいます。世界が壊れて、歴史や存在の底からあふれてきた水にみずから溺れながら、みずからの苦しみを通して死者の苦しみに近付こうと、ことばは、この上なく繊細に、しかし意志的に差し向けられつづけています。私が最も感動した作品は、NHKで放映された辺見さんが語られた番組「瓦礫の中からことばを」でも紹介された。

「死者にことばをあてがえ」(全文)

 わたしの死者ひとりびとりの肺に
 ことなる それだけの歌をあてがえ
 死者の唇ひとつひとつに
 他とことなる それだけしかないことばを吸わせよ
 類化しない 統べない かれやかのじょのことばを
 百年かけて
 海とその影から掬(すく)
 砂いっぱいの死者にどうかことばをあてがえ
 水いっぱいの死者はそれまでどうか眠りにおちるな
 石いっぱいの死者はそれまでどうか語れ
 夜ふけの浜辺にあおむいて
 わたしの死者よ
 どうかひとりでうたえ
 浜菊はまだ咲くな
 畔唐菜(アゼトウナ)はまだ悼むな
 わたしの死者ひとりびとりの肺に 
 ことなる それだけのふさわしいことばが
 あてがわれるまで
  
 ここにあるのは、剥き出しの単独者としての私=生者が、いまだ剥き出しの死体のままどこかに漂着したままの死者「ひとりびとり」へ向かって放つ慟哭です。今数千とも言われる行方知れない死者たちは、「死者・行方不明者」として「類化」され「統べられ」、「数千」として「量化」されつつあります。けれどかれらは、あくまでも「ひとりびとり」というあり方で生き、死んだのです。だから「私の死者ひとりびとり」として、私たち生者の「ひとりびとり」によって悼まれなくてはならないのです。類化した生者が類化した死者を、一方的に儀式として弔うことはじつは追悼とは真逆なのです。この「ひとりびとりの死者」へ、「ひとりびとりの生者」からことばを差し向ける努力こそが、私は今最も必要であると思うのです。とりわけ詩は、ことばの死者への道筋を、そして死者への道筋をたどるためのことばの力を、みずからの中から絶対的に創造していかなくてはならないのではないでしょうか。

命令法の魅力

わたしの死者ひとりびとりの肺に
 ことなる それだけの歌をあてがえ
 死者の唇ひとつひとつに
 他とことなる それだけしかないことばを吸わせよ

 

小熊秀雄の場合

吉本隆明の場合

 

·  「震災と原発」をテーマにした詩人・河津聖恵さんの詩の講演会・朗読会「ひとりびとりの死者」へ、「ひとりびとりの生者」から」(実行委主催) 2011年10月1日

 私は3・11の陸前高田のかってあった市街地に立ったとき、一瞬、言葉を失った。青い空と砂塵だけしか、視界になかった。「ほんとうのこと」が噴出し、いわば言葉が死んだと思われたが、その言葉を瓦礫から(あるいは凍土から)掘り出すべきだと考えた。そうした思いで震災詩をツイッターでつぶやく一方、震災を、フクシマを追いかけていると、この時代に勇ましく向きあい、的確な指摘や発言を続けている詩人に偶然、ツイッターで出会った。石巻出身の作家・詩人・ジャーナリスト、辺見庸の思念にも共鳴し、3・11を最前線で考えている詩人だった。京都在住のH氏賞受賞詩人、河津聖恵さん。河津さんが8月11日付毎日新聞夕刊・関西版「震災と表現」に寄稿したエッセイ「真実の言葉に耳を澄ませ」がいい。その根幹部分だ。「真実の言葉に耳を澄ませ」から(河津聖恵)。 

言葉や文化の「バベルの塔」が一気に崩れ落ちた、一人一人の「世界崩壊感覚」から上がったはずだから。悲鳴vs言葉。その対立項が今、「沈黙vs言葉」に代わり詩の現場に迫り上がってきている。だが求められているのは、悲鳴を引き写す言葉や、観念にねじ伏せる言葉ではない。悲鳴を素通りし、型通りの美意識のまま書かれる詩ではさらにない。現代詩はポストモダン以降、現実との関わりで「詩とは何か」を考えることを避けてきた。脆弱で曖昧なモダニズムを享受し続けた結果、言葉の力は急速に失われた。3.11の破壊は、詩を根こそぎにするのか。あるいは詩は、破壊の現実と向き合うことで「復興」できるのか。破壊の後にもなお、いや破壊の後だからこそ、ひとは真実の輝きを放つ言葉を求めている。悲鳴と言葉の間。私の中の通路はだが、被災地で拓かれる以前すでに他者の言葉によって掘り進められていた。被災者が体験や思いを語り続ける真実の言葉、あるいは故郷の被災を目の当たりにした痛苦から、「瓦礫の中からことばを」とTVで熱く訴えた作家・詩人辺見庸の言葉、そして3.11以来、応答を求めるように読み続けた、それぞれが史上最悪の破壊を体験した詩人たち原民喜(原爆)、石原吉郎(シベリア抑留)、パウル・ツェラン(アウシュヴィッツ)等の詩によって。かれらはみな言葉を奪われた悲劇の後に、言葉への信頼と使命感を取り戻そうとしている。今日も悲鳴はどこかで上がる。瓦礫の中で応答して言葉が輝く。復興と共に忘却の明るい闇が深まろうとも、詩人は耳を澄ませ聞こえない悲鳴を捉えて、言葉に未知の輝きを見出さなくてはならない。

「メドゥサ」(思想運動875号掲載)     河津聖恵

いつからかそこに
メドゥサは砕かれた額をもたげていた
私たち自身の〝破壊そのもの〟の吐息が
ことばにならない泡を紡ぎながら
海の底から重く重くあふれだしていた
生まれたばかりの〝彼女〟は怒りも喜びもなく
ただ盲目の無の使いとして沈黙を続けていた
ひそやかなその誕生を
本当に誰も知らなかったか
いや、誰もが瀕死の魚のように
みえない鰭の端で感じていたのではないか
(かつて私たちは魚だった、鳥だった)
深海にひそむみずからの喘ぎを
聴き取ろうとしなかっただけではないか
遥か陸上に冷たい粘土の身体を横たえ
鼓動させるだけで精一杯だったとでもいうのか
だが海深くから砂埃をあげてもがく
真実のいのちの苦しみがたしかにあった
私たちは共振するように
夜ごと 凶(わる)い夢を見続けていたではないか
(火の夢を見た、鉛の夢も見た)
眠っている間()
月に照らされた不眠の海を
甲冑姿の死神たちは無へと凱旋行進していた
槍の先に「星を歌う心臓」を突いて掲げ
黒い空の血を浴びながら 死の歌を
木製の声で高らかに歌い上げた
眠る私たちから夢の海へ燃え墜ちていったのは
流れ星ではなく
私たちと世界をつなぐ胞衣(えな)
夢の光も届かない底へ渦巻き吹きだまる
愛や希望や信頼という名さえも腐乱させた嬰児たち
それらはよるべなく抱き合いながら「そのとき」を待った
私たちの幾千もの夜が縊り殺した善き神々もまた
闇の血潮に乗り そこに流れ着き
蛇や鳥や犬の胴に食い込む不信のロープを外し
お互いをきつく結び付け直して「そのとき」を待った
待ち望むでもなく、恐れるでもなく、ひたすら待った
破壊されたすべてが〝破壊そのもの〟として一つになり
ふたたび漆黒の生命(いのち)ごと迫り上がる
時の超新星爆発を

〝そのとき〟

闇の叫びは奪われ 死の叫びさえ凍りついた
空がかつてない残酷な閃光をあげ
世界はやっと気づいた
自分自身がもはやとめどなく狂ったメドゥサの機械であることを
水という水が「私たち」の手負いの傷に苦しみ
風という風が魂の皮で出来た痛みの旗をはためかせていることを
いつからか、なぜか──
問う暇もなく
まったき無根拠の深さで溺れてプレートを踏み外し
轟音とともに世界は
世界自身の悪意へと無限に身を委ねてしまった
青い死のまなざしは未来へと向けられ
ヒュドラはメドゥサの額から陸へ解き放たれ

三月十一日午後二時四十六分──

コノ国ノタマシイカラ封ジ込メラレテイタスベテノ悲鳴ガホトバシリ
人々ハ硝子ノ橋ノ上デ立チ尽クシ石ノバベルハタチマチニ崩レ落チタ

*メドゥサ 古代ギリシア神話に出てくる怪物。見るものを石にする力を持つ。頭は無数の毒蛇。
*ヒュドラ 水蛇

 

 

 

河津聖恵(かわづきよえ) 1961年東京都に生まれる。京都大学文学部卒業。1985年第23回現代詩手帖賞受賞。詩集に『姉の筆端』、『クウカンクラーゲ』、『夏の終わり』(第9回歴程新鋭賞)、『アリア、この夜の裸体のために』(第53回H氏賞)、『青の太陽』『神は外せないイヤホンを』『新鹿』『龍神』『ハッキョへの坂』『現代詩文庫183・河津聖恵詩集』。詩論集に『ルリアンス――他者と共にある詩』。野樹かずみとの共著に『christmas mountain わたしたちの路地』『天秤 わたしたちの空』。『朝鮮学校除外反対アンソロジー』発行人。京都在住

 

7 「フクシマ以後に沈黙していることは野蛮である」・坂本龍一・高橋郁夫の「手記」『渚と修羅』について

「渚と修羅」(2013年3月、コールサック社)

・「再稼動と賢治の『慢』」

2012年初夏 「さよなら原発10万人集会」

坂本龍一さん

「フクシマのあとに沈黙していることは野蛮である」

高橋さんはこう「解釈」した。

―我々は、フクシマの大惨害を体験してしまった。これは人類の痛恨事として永く記憶し、教訓を活かすべきことだ。この惨禍が起きるに至ったことには、それまで大多数の人々が示してきた「沈黙」にも関わりがある。その「沈黙」は、今にして省みれば、いわば「野蛮」なことだった。従って、フクシマを実際に体験した後になってまで「沈黙」し続けることは、野蛮を重ね、野蛮を繰り返すことになる。

 

8 南相馬の詩人、若松丈太郎・1994年5月、詩「神隠しされた街」、『福島原発難民』『福島核災棄民』

詩「神隠しされた街」

若松丈太郎【『悲歌』・連詩「かなしみの土地」より】〈194年8月作品〉

四万五千の人びとが二時間のあいだに消えた
サッカーゲームが終わって競技場から立ち去ったのではない
人びとの暮らしがひとつの都市からそっくり消えたのだ
ラジオ避難警報があって
「三日分の食料を準備してください」
多くの人は三日たてば帰れると思って
ちいさな手提げ袋をもって
なかには仔猫だけを抱いた老婆も
入院加療中の病人も
千百台のバスに乗って
四万五千の人びとが二時間のあいだに消えた
鬼ごっこする子どもたちの歓声が
隣人との垣根ごしのあいさつが
郵便配達夫の自転車のベル音が
ボルシチを煮るにおいが
家々の窓の夜のあかりが
人びとの暮らしが
地図のうえからプリピャチ市が消えた
チェルノブイリ事故発生四十時間後のことである
千百台のバスに乗って
プリピャチ市民が二時間のあいだにちりぢりに
近隣三村あわせて四万九千人が消えた
四万九千人といえば
私の住む原町市の人口にひとしい
さらに
原子力発電所中心半径三〇㎞ゾーンは危険地帯とされ
十一日目の五月六日から三日のあいだに九万二千人が
あわせて約十五万人
人びとは一〇〇㎞や一五〇㎞先の農村にちりぢりに消えた
半径三〇㎞ゾーンといえば
東京電力福島原子力発電所を中心に据えると
双葉町 大熊町
富岡町 楢葉町
浪江町 広野町
川内村 都路村 葛尾村
小高町 いわき市北部
そして私の住む原町市がふくまれる
こちらもあわせて約十五万人
私たちが消えるべき先はどこか
私たちはどこに姿を消せばいいのか
事故六年のちに避難命令が出た村さえもある
事故八年のちの旧プリピャチ市に
私たちは入った
亀裂がはいったペーヴメントの
亀裂をひろげて雑草がたけだけしい
ツバメが飛んでいる
ハトが胸をふくらませている
チョウが草花に羽をやすめている
ハエがおちつきなく動いている
蚊柱が回転している
街路樹の葉が風に身をゆだねている
それなのに
人声のしない都市
人の歩いていない都市
四万五千の人びとがかくれんぼしている都市
鬼の私は捜しまわる
幼稚園のホールに投げ捨てられた玩具
台所のこんろにかけられたシチュー鍋
オフィスの机上のひろげたままの書類
ついさっきまで人がいた気配はどこにもあるのに
日がもう暮れる
鬼の私はとほうに暮れる
友だちがみんな神隠しにあってしまって
私は広場にひとり立ちつくす
デパートもホテルも
文化会館も学校も
集合住宅も
崩れはじめている
すべてはほろびへと向かう
人びとのいのちと
人びとがつくった都市と
ほろびをきそいあう
ストロンチウム九〇 半減期   二七.七年
セシウム一三七   半減期   三〇年
プルトニウム二三九 半減期 二四四〇〇年
セシウム放射線量が八分の一に減るまでに九十年
致死量八倍のセシウムは九十年後も生きものを殺しつづける
人は百年後のことに自分の手を下せないということであれば
人がプルトニウムを扱うのは不遜というべきか
捨てられた幼稚園の広場を歩く
雑草に踏み入れる
雑草に付着していた核種が舞いあがったにちがいない
肺は核種のまじった空気をとりこんだにちがいない
神隠しの街は地上にいっそうふえるにちがいない
私たちの神隠しはきょうかもしれない
うしろで子どもの声がした気がする
ふりむいてもだれもいない
なにかが背筋をぞくっと襲う
広場にひとり立ちつくす

この詩はチェルノブイリ福島県民調査団に参加した後、1994年8月に詠まれた連詩「かなしみの土地」のひとつ。この詩の英訳者アーサー・ビナードがこれは「予言だ」といっているのに対して、詩人若松丈太郎はこう答えている。「わたしは予言者ではまったくない。ただただ観察して、実を読み解こうとしただけのこと(ネット「2ペンスの希望」から)

9 ・『脱原発・自然エネルギー218人詩集』・3・11以後の原発震災詩「だれ?」

詩 だれ?     (空色 まゆ  1963年生まれ 愛知県) 

 地中深く眠っていたわたしを

 起こしたのはだれ?

 地球の奥深くで重い体を横たえていたわたしを.

 地表に連れ出したのはだれ?

 重力という結界で守られていたわたしを

 地表に引っ張り出したのはだれ?


地中に閉じ込めたわたしの力を

 「解放せよ」と命じたのはだれ?

 何十万年、何百万年と燃え続けても

なおあまりあるわたしの力を

 「うまく使いこなせる」と挑んだのはだれ?


地表に引き上げられ解き放たれたわたしが

 小さな箱の中で

 おとなしく言われるままにすると信じたのはだれ?

 

あなたはわたしの力を利用した

そして

あなたがわたしの力を制御できなくなったとき

わたしを遠ざけ忌み嫌い

わたしを憎み

わたしから受けた恩恵を

なかったことのように消そうとした

 

地表に満ちたわたしの力を

わたしは消すことができない

わたしのもっている力を

そっくりそのまま太陽にゆずって

地中深くの

わたしが安らげる場所にもどりたい

けれどもわたしは

自分でわたしの居場所にもどることはできない

 

地中深く眠っていたわたしを

地表に呼び寄せたのはだれ?

 

詩 危険な神話   黒川 純

遠い遠い何万年か後の列島のある朝

黄色い風がびゅーびゅーと巻き上げる大地に

大騒ぎの末に抑え込んだ放射性廃棄物

半減期2万4千年のプルトニウム239

永遠にゼロにならないそれが姿を現す

完全に封じ込めたはずだと強弁したが

どんなに危険な未来への遺産であるのか

私たちの子孫はわかってくれるだろうか?

日本語はずっと途絶えることはないか?

治す技術や使える資材も伝わっているのか?

そこまで人類は生き続けているのかどうか?

集落の守り神、両眼を失ったモアイたちだけが

海原と大地を視つめて黙って立ち尽くしていた

太平洋に浮かぶ孤島・イースター島

その歴史をもう一度繰り返すのかどうか0

10 ほとばしるように生まれた震災詩・東梅洋子『うねり 70篇 大槌町で』

東梅洋子(とうばいようこ)「うねり」(2013年3月) 1951年、岩手県大槌町生まれ、北上市在住

 

詩 3月11日の午後

同級生の彼女/何十年ぶりかの再会

一ケ月後/生まれ育った/海辺の町に現れた
巨大な影と/たわむれて/帰る道を/忘れたと

どこで道草してる/桜のつぼみが/咲く頃 もどるのね/帰るのよ

11 「進歩の定義を変え、未来の設計図を変え」・「懐かしい未来」の方へ・2014年春、「砂時計主義」を「懐かしい未来」に

12 再び問われる「詩とは何か」・河津聖恵さん詩論集『ルリアンス 他者と共にある詩』の角度

詩は運針の針のように

「つまり『詩とは何か』という問いかけは、それが原理的なものである限り、解答を論理的に出そうとしたり、すでにある解答にプロテストする姿勢に終わるものではない。それは詩への疑いを呼びおこし、『生きることとは何か』をめぐる思考をも巻き込む(あるいはむしろそこに巻き込まれる)思考のうごめきそのもののことである。それは、生きることのリアリティのただなかで運針の針のように消えてはあらわれ、あらわれては消える思考と感性の戦いだが、その栄光と悲惨の痕跡は、詩論というよりはやはり詩の言葉となってこそ残されるだろう」(河津聖恵・詩論集『ルリアンス』(「原理へ」、2007年6月、思潮社)

ズレの体感をきっかけに

詩ははじまりにおいては純粋な「自己表出」だ。なにかをいいあてたい。この世に流通する言葉ではいいあてられないなにかを、というかすかなズレのような欲望が、書き手自身もさだかでないただなかから生成するとき、詩ははじまる、とここでは考えた。しがそのようにして書き手のただなかから生まれるものであるかぎり、それは時代や社会にとって「違和」として存在する。詩がいいあてられない、けれどいいあてたいなにかとは、未知のいいしれない魅惑的な価値にささえられている。その未知の価値が詩を詩たらしめるが、それは今ここに生きていることがどこかちがうというズレの体感をきっかけとしてこそ予感しうると思う。(同・「潜り込み、溶けこむ」)           

   (了)

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「10万年後の安全」のインパクト  3年と9カ月の原発映画でー

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 福島第一原発事故から3年と9カ月。脱原発の立場から、原発に関するドキュメンタリー映画をいくつか観てきたが、これまでで、特に印象が深かった、というか、インパクトを受けたのは、(私にとっては)このドキュメタリー映画「10万年後の安全」だった

 

 もちろん、私たちの市民団体「さよなら原発!日光の会」主催で自主上映した「ミツバチの羽音と地球の回転」とか、「フタバから遠く離れてー第一部ー」、「A2-B-C」も、それはそれで非常に良い作品だった。選んで良かったと思えたドキュメンタリー映画だ。

 

 ただし、それらの映画は、この「10万年後の安全」とは違った素材なのだ。だから、少し角度が違う評価になるのだろう。放射性物質をいかに地下深くに閉じ込めるか?、そのためにどんな気の遠くなる試みが海外でなされているか?。

 

 

 まぁ、映画のそのそもの材料が違う。映像の対象は人ではなく、物。それも荒涼たる地下深くの放射性廃棄物保管施設が「主題」なのだ。それにこの映画はフクシマではなく、舞台は北欧のフィンランド。それも、フクシマ以前に制作された映画だ。

 

 それでもそのインパクトは大きく、実際に現場を観た小泉元首相がこれをきっかけに大きく脱原発派へ。「パフォーマンスではないか」などの野次があがったが、私は彼は本気だとすぐに確信していた。

 

 

 とにかく今回のフクシマ第一原発事故・放射能問題を真正面から、根底的にとらえ、それを思考し、理解し、頭の中を整理してゆくには、この映画が最も適しているのではないかと思う。、もし、まだ視ていなかったら、一度、観ておくことをぜひお勧めしたいー。

(以下はウィキペディアから)

フィンランド西スオミ州サタクンタ県の自治体ユーラヨキオルキルオト島にある放射性廃棄物

処理施設(オンカロ[2])が廃棄物で満杯になった100年後までに発生する安全性の確保だけでなく、安全なレベルに達するまで10万年掛るとされる放射性廃棄物の危険性を後世の人類や知的生命体に伝えることの難しさを説いたドキュメンタリー映画

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2014年12月23日 (火)

大瀧詠一さんを見直しました  「大市民講座」(内田樹)から

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 わっはっはっは」とか、「なるほどねー」、あるいは「そうきたか~」、「私も同感ー」「おっ!、そんな見方も?」-。どの頁を開いても、さまざまに楽しめて「耳学問」?になる、そんな本にはめったに出会わないが、この本はその数少ない書物のひとつ(だと、私は思うー笑いー)

「それは初めて聴いたー」(私が浅学非才のためー)というのが、「あとがき」に。

 「大瀧詠一さん(音楽家、「はっぴいえんど」)は1950年から58年まで、ウィーヴァーズの『グッドナイト・アイリーン』からキングストン・トリオの『トム・ドゥーリー』までの間、フォークソングが一曲もアメリカのポップスヒットチャードで一位になっていないという事実を(おかしい)と思いました。ふつうはそんなことは思いません。(流行ってなかっただろ)と思うだけです。

でも、大瀧さんはそうせずに、そこからマッカーシズムが50年代のフォーク・シンガーたちにどのような政治的圧力を加えたのかをさまざまな資料を駆使して明らかにしてゆきました。淡々と歴史的事実だけを語った後、大瀧さんはFBIから活動停止を命じられていたウィーヴァーズのカ...ーネギーホールでの56年の再結成コンサートのライブ録音盤をかけます」

「私も同じですね~」というのが、以下の「マルクスの修辞学を愛す」。

「何より私はマルクスの修辞学を愛す。彼はしばしば論理上の難点をレトリックひとつで切り抜ける。それゆえ私は若い人たちにマルクスを社会理論
としてではなく、卓越した『言葉の使い手』として読むことを勧めている」

ほかにも「『無法を止める』から始める基地問題」も、まさしくー。

「日本についてだけアメリカが基地撤去を受け容れないのは、東アジア唯一の敗戦国に対しては『無法が通る』と思っているからである。それとまったく同じように、日本政府が沖縄県民に犠牲を強いているのは、明治以降に併合された辺境の地に対しては『無法が通る』と思っているかあらである。日本政府はまずおのれの『無法を止める』ところから始めるしかないだろう

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2014年12月22日 (月)

「3・11以後」の詩を問う  栃木県現代詩人会講演演テキスト

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忘備録としてー〈そういえば、あのとき、資料はどんな本から?〉ー。と、

 ふと思いついて、栃木県現代詩人会で講演した「『3・11以後』の詩を問う 〈野蛮〉に〈野蛮〉を重ねるな 問われる倫理の根源」(12月7日、宇都宮)で使ったテキストは?ーと。

 きょう本棚から抜き出してみたら、こんなところからー。約30冊ありました。いやはや、その直前は、「読書集中週間」でした。

 詩や詩論に集中して親しむ機会はめったにないので、講演した私こそ〈勉強〉になりましたー

 (まぁ、自分が「3・11のひとつの区切り」として、学ぶ機会になるかも?と、いったんは断った講演をあえて引き受けたのでした)。

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2014年12月21日 (日)

22日、23日もやってます  「〈紅い〉遠泳術」の「霧降文庫」

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  「霧降文庫」は21、22、23日とオープンしていますー(午前11時~午後5時、0288-25-3348 日光市所野1541-2546)。21日はあまりにも真っ青な空だったので、たくさんの人が外へ。意外と古書店は不人気でした。おかげで?、薪づくりにいそしみ、過去最高の薪を積み増すことができました(笑い)

1dscn4640
 

 12月のテーマは「劇画 〈紅い〉遠泳術」。紅いはつげ義春さんの「紅い花」から連想して。どうもこの〈紅い〉が気になってしまい、とうとうテーマにも。「紅衛兵」も連想できるし、「紅い旗」のイメージも。いずれにしろ、白ではなく、紅。ぱっと咲く紅い花が似合うかも。

1dscn4322

 連なる「遠泳術」は、肺活量との関係から。世の中をきちんと泳ぐためには、肺活量を高めて、ぐっと潜水できることが大切だ。その前にいかに大海原を渡ってゆくか。あまり力を使わずに、それほど意識せずに、遠くまで行けるコツがある。魅力的な劇画にはそのヒントがたくさんある。それを12月のテーマにしたのです。

Photo

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2014年12月20日 (土)

1月4日は「楽市楽座」  霧降高原・幾何楽堂で

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1月4日(日)は霧降高原の幾何楽堂の「楽市楽座」へ。「霧降文庫」も「とみさんカレー」で参加します。「古書店」もか?。いずれにしろ、当日はご近所の幾何楽堂で「お正月」を楽しみましょうー。

「楽市楽座」とは・・・
年始め、人々が集い、それぞれの得意分野を披露し交流を深められる場になればと考えております。
其の日の幾何楽堂は座談の大広間、皆々様でこれからの1年、酒を片手に大いに語り合いましょう。

(以下は「幾何楽堂」からの呼び掛けです)

...

日時  2015年1月4日 正午12時開催


参加費 壱千円(中学生以下無料)


※1品持ち寄り大歓迎

 
会場  幾何楽堂


内容  一斗樽振舞酒, 餅つき、書初め、その他自由市
  自由市の準備・片付等は各自の責任にてお願い致します)

「お餅つき」の意味
餅つきをお正月に行う意味は正月が家に歳神様を迎え祝う行事の為だそうです。
歳神とは1年の初めにやってきて、その年の作物の豊作と家族の健康を約束してくれる神様です。
餅は、『望』を意味しており、家族みんなが幸せで希望が叶うようにという願いを込めて、神仏にお供えし、おめでたい儀式に用いる仕来りでした。
餅を食べることで、神の霊力を体内に迎え生命力の再生と補強を願い、1年で最も重要な神祭のお正月を年玉(年魂)といい、昔は家族やゆかりの人たちに餅を配る風習があったそうです。

自由市の面白屋台さんのご紹介~♪

12時から始まる楽市楽座のセレモニーは
◎大旗師 将斗君の「風日祈(かざひのみ)」から始まります。
風日祈とは豊作となるよう風日(天)の恵みを祈ります。

<フリースペース>

◎風の音 ライブ&獅子舞
篠笛:中嶋竜一
ジャンベ、ギター:中嶋大輔
舞踊家、カリンバ:オソダミホ
朗読:鵜飼雅子

◎:ジェンべアンサンブル「 ナンカマ」
アフリカは西、マリンケ王国の伝統音楽をベースに、電気も水道も無いアフリカの村で演奏されてきた太鼓とダンスのお祭りをお届けします♪

◎カメラマン千葉さんによる「新春みんなで記念写真」&「初春ワンコイン・インスタントフィルム写真館」

「初春ワンコイン・インスタントフィルム写真館」 - 何が起きても責任取りません!でもきっと面白いあなたの一瞬が!世界でたった一枚の写真」(^▼^)
※ご希望のか方をインスタントフィルムで撮ります一枚500円

◎霧降文庫 古本市&「とみーさんカレー

<幾何楽堂内>

◎幾何楽堂内の展示は「かやぶきの家」の織り作家「渡邊恵美子」先生の作品が展示されます。

◎斎藤氏による投扇興(とうせんきょう)遊び

<ツキヨミテラス内>

◎日光くじら食堂さんの『当日お楽しみ飯!』

◎廻りカフェさん♪
*野菜と麻の実のトマトクリームスープ
*フェアトレード雑貨
*メヘンディforむすび募金:ヘナタトゥー
(メヘンディの売り上げは全てむすび募金に寄付します)

◎ニコニコファームさん
美味しい焼き芋屋さんと御米売り♪

◎佐渡ヶ島直送『ぱん屋六百萬』めちゃくちゃ元気な作り手と酵母の「天然酵母ぱん」です♪

◎黄金の比蜜 クニオパパが手がけた「生きた蜂蜜」♪

◎七田さん フェアトレードで薪焙煎!とっても美味しい「珈琲」屋さん♪

◎香川大介君のなんじゃもんじゃでお楽しみ店♪

◎房恵さんの「マジョマジョ」店(^▼^)
〜不思議グッズ多々揃えておりま~す~
クッキー、ブレンドハーブティー、パン、パワーストーン、メッセージ、波動もの、霊気ヒーリング

◎佳子さんのNipotowe(ニポトウェ)
アートセラピー&神様カード等の新春セラピー♪
たろう君のハガキも展示します♪

◎日向庵さんの『占術』!!!
日向庵さんは夕刻からの参加になります(^^)皆さん、お楽しみに♪

その他、夜の宴でも楽しくやりましょう!

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2014年12月19日 (金)

社会の未来の課題は・・・・ 未来にいかに〈誇りうる〉社会にー

 

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「自民党の勝利」(東京新聞19日、社会時評 吉見俊哉さん)。

「私たちの社会の未来の課題は・・・」、「富の獲得ではなくリスクのマネジメントである」と。

その例として、人口減少、社会保障、教育、大災害、原発ーを挙げる。それはそれで「なるほど」ではあるが

私なら~。つまり、「リスクのマネジメント」もそれはそれで大事だが、特に原発などはそうだ。だが、それを同時に高度に発達した資本主義国家、いや、資本主義が、自分で自分の姿を変身させようとする国家や世界で、いかにまだ視ぬ新たな姿をつくりあげるかー。

 

 超高齢化社会、史上初めての人口減少社会、市町村が消える試算、年金財政の不安、国家を超えた国家・世界企業の進展、超高度に進んだ情報網・・・・などなど。

 日本が世界のどこかの国の(かっては米国であり、さらに北欧だったーあるいは自主管理国家などでもあった)モデルを学び、追い越すのではなく、まったくどこの国も経験したことがない未知の領域に向かう。その手探り、暗中模索の世界へ。そのためにはー。

 人の誕生から、生まれつき、いや、両親・家庭や社会・世間から育てられるうちにだれもが無意識にも持たざるを得ない〈根源的な倫理〉を基本にして、「3・11東日本大震災・福島第一原発事故」に対し、まともに、真摯に向き合い、振り返り、教訓に、謙虚さを取り戻しー、

 エネルギー問題、特に原発の反社会性と未来に対する犯罪性をきちんと把握し、自らの生活を見直し、そのうえで、従来の知恵を活かしながら、工夫を重ね、これから先の未来に責任が持てる社会づくり、あるいは、未来に誇れる社会の姿、それこそが求められるものだ

 

 だから「私たちの社会の未来の課題は」

 とくれば、「富の獲得でなく、リスクのマネジメントを進める一方、心身の羽を伸ばし、幸せな世間に高めるための環境や関係、制度の仕組みを積み重ね、未来に対し、いかに〈責任〉が持て、いかに〈誇りうる〉社会をつくりあげられるか、である」と。

 

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2014年12月18日 (木)

どう生きるか?を問うべき 内田樹さん「東京新聞」18日記事

このbBLOG名そのもの、「懐かしい未来」の基本的な発想が語られている。18日、東京新聞の1面で。FACEBOOKでシェアしたが、このBLOGにも登場へ。

(以下は、18日の私のFACEBOOKでも掲載しております)

さすが、内田樹さん、骨格、中核、最大のポイントのみを的確に語っている、たくさんの言葉の中で、これをあえて伝えているのですね。シェアします

<衆院選を終えて>「カネ優先」見直す時 思想家・内田 樹氏
2014年12月18日   東京新聞朝刊

 

 有権者の二人に一人が棄権した衆院選。結果は自民党が二百九十議席を獲得し、「一強」の時代が続くことになった。私たちはこの時代をどのように受け止めて生きていくべきなのか、識者に意見を聞いた。

 今回の選挙で有権者が示した判断は、判断しないということでした。ある人は経済が悪くなったと言い、自民党は良くなっていると言う。どちらが本当か分からない。だから、判断を保留した。いずれ判断するけれど、今は中腰(ちゅうごし)の姿勢で見ているという感じです。

 結局、有権者数を分母にした全国の比例代表の得票数でみれば自民党は千七百七十万票で、17%にすぎない。それを圧勝というのはおかしい。戦後最低の投票率も「安倍政権の結果が出るまでもうちょっと待とう」と大きな変化を望まなかったせい。世の中を変えたいと思えば、若い人たちも投票するわけですから。

 自民党は「争点はアベノミクス」と言った。要は経済成長すればいいんでしょう、と。有権者の多くも最優先事はカネだと同意した。ならば結論は簡単で、国を株式会社みたいに管理運営すればカネがもうかるようになりますよ-となる。

 国を株式会社化するのに民主主義は邪魔です。独断で早く決めて、早く結果が出るのが好ましい。株式会社のサラリーマンのそんなマインドが国民に共有されてきている。それがトップダウン好きの安倍さんとマッチして急速に強権的な政治が定着してきています。

 いわばワンマン社長のような安倍さんですが、その政権は戦後最も危険だと思います。自民党の改憲草案では、首相が緊急事態を宣言すれば、憲法を停止する形で事実上の独裁が可能になる。集団的自衛権も米国が要請すればですが、中東で米軍の戦闘行為の下請けのようなことをやる。人を殺したり殺されたりして、結果的に国内外でテロの標的になって民間人が殺傷されるということは起こりえます。

 日本の戦後七十年の民主主義の政体を根本から変える問題です。安倍さんはそれを語らず争点隠しをした。逆から言えば、何をしようとしているか分かった段階で国民の支持が失われるのを彼らは知っている。最後までウソをつき、だましながら、ひそかに実現できるのか。安倍政権が抱える最大のジレンマです。

 私たちにできるのは、カネ以外のことを考えてみることです。カネもうけを考えると、原発を動かすとか、武器輸出しようとか、戦争やろうとか、カジノ呼ぼうという話になる。かつて皇軍無敵と言い続けたように経済成長を追い求めるプランもあるけれど、経済成長なしでも生きていけるプランBも用意しないと。

 日本国は倒産しましたのであとは勝手に生きてください、とはいきません。「grow(グロウ) or(オア) die(ダイ)(成長か死か)」じゃ駄目なんです。経済成長なき世界での「how(ハウ) to    (トゥ) live(リブ)(どう生きるか)」を問うべきときではないでしょうか。

  (聞き手・辻渕智之)

<うちだ・たつる> 神戸女学院大名誉教授。思想家、武道家。専門はフランス現代思想。近著に「街場の戦争論」。東京都大田区出身。64歳。

<衆院選を終えて>「カネ優先」見直す時 思想家・内田 樹氏
2014年12月18日   東京新聞朝刊

...

 有権者の二人に一人が棄権した衆院選。結果は自民党が二百九十議席を獲得し、「一強」の時代が続くことになった。私たちはこの時代をどのように受け止めて生きていくべきなのか、識者に意見を聞いた。

 今回の選挙で有権者が示した判断は、判断しないということでした。ある人は経済が悪くなったと言い、自民党は良くなっていると言う。どちらが本当か分からない。だから、判断を保留した。いずれ判断するけれど、今は中腰(ちゅうごし)の姿勢で見ているという感じです。

 結局、有権者数を分母にした全国の比例代表の得票数でみれば自民党は千七百七十万票で、17%にすぎない。それを圧勝というのはおかしい。戦後最低の投票率も「安倍政権の結果が出るまでもうちょっと待とう」と大きな変化を望まなかったせい。世の中を変えたいと思えば、若い人たちも投票するわけですから。

 自民党は「争点はアベノミクス」と言った。要は経済成長すればいいんでしょう、と。有権者の多くも最優先事はカネだと同意した。ならば結論は簡単で、国を株式会社みたいに管理運営すればカネがもうかるようになりますよ-となる。

 国を株式会社化するのに民主主義は邪魔です。独断で早く決めて、早く結果が出るのが好ましい。株式会社のサラリーマンのそんなマインドが国民に共有されてきている。それがトップダウン好きの安倍さんとマッチして急速に強権的な政治が定着してきています。

 いわばワンマン社長のような安倍さんですが、その政権は戦後最も危険だと思います。自民党の改憲草案では、首相が緊急事態を宣言すれば、憲法を停止する形で事実上の独裁が可能になる。集団的自衛権も米国が要請すればですが、中東で米軍の戦闘行為の下請けのようなことをやる。人を殺したり殺されたりして、結果的に国内外でテロの標的になって民間人が殺傷されるということは起こりえます。

 日本の戦後七十年の民主主義の政体を根本から変える問題です。安倍さんはそれを語らず争点隠しをした。逆から言えば、何をしようとしているか分かった段階で国民の支持が失われるのを彼らは知っている。最後までウソをつき、だましながら、ひそかに実現できるのか。安倍政権が抱える最大のジレンマです。

 私たちにできるのは、カネ以外のことを考えてみることです。カネもうけを考えると、原発を動かすとか、武器輸出しようとか、戦争やろうとか、カジノ呼ぼうという話になる。かつて皇軍無敵と言い続けたように経済成長を追い求めるプランもあるけれど、経済成長なしでも生きていけるプランBも用意しないと。

 日本国は倒産しましたのであとは勝手に生きてください、とはいきません。「grow(グロウ) or(オア) die(ダイ)(成長か死か)」じゃ駄目なんです。経済成長なき世界での「how(ハウ) to    (トゥ) live(リブ)(どう生きるか)」を問うべきときではないでしょうか。

  (聞き手・辻渕智之)

<うちだ・たつる> 神戸女学院大名誉教授。思想家、武道家。専門はフランス現代思想。近著に「街場の戦争論」。東京都大田区出身。64歳。

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2014年12月15日 (月)

問わなかったことを・・・・「自公大勝 3分の2」について

  

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  総選挙はこの図が示す通り、自公が大勝し、安倍政権は鼻高々に。それでも、民主が微増、共産が躍進という構図も。とくに沖縄では4選挙区のすべてが非自民で決まった。

 その面で、「沖縄方式」について、野党はしっかり学ぶ必要があるだろう。自民だけが強いわけではない。私が暮らす栃木2区(鹿沼、日光、塩谷など)では、現職の農林大臣を民主候補が接戦の末、小選挙区で勝利してもいる。

 結果の分析はこれからさらに。きょうは選挙後の構えについて、この一言だけは大事ー、そう思えたことを伝えたい。朝日新聞15日付・20面(14版)「座標軸」(論説主幹 大野博人)の結びの指摘だ。

 「選挙で政治家が問わなかったことを問い返す。今日からの主権者の仕事だ」

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2014年12月14日 (日)

「霧降文庫」は冬季営業へ! テーマ本をら図書室に移動ー

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 「霧降文庫」は14日から冬季営業に入りました。冬季営業って?。と思うでしょう。それはベランダに出していたテーマ本厳選100冊を部屋、図書室(2000冊)の中へ。

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 理由は?。もう冬に入り、「寒い」のでー。ということで、これからは、古本本店の薪ストーブ部屋に1000冊、それに隣の図書室にテーマ本100冊と図書本2000冊。ベランダにおいていた100円本500冊は店じまいかな?ー。
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 14日(日)は、お客さんが来そうにないので、薪づくりへ。SOSをあげたところ、4人が応じてくれ、数時間も汗を流した。その結果、積み上げた薪は1・5メートルぐらいまで。15日(月)も薪づくりをやるつもりなので、よろしく(笑いー可否タイムもあります~)。

 

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2014年12月13日 (土)

「霧降文庫」は2週間ぶり開店! 図書室の「原発本」がさらに充実~

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 「霧降文庫」は、14日(日)、15日(月)と開きます。毎週、日曜日と月曜日、それに祝日のオープン。。。。ですが、先週は2日間とも臨時休業でしたので、2週間ぶりです。どうぞ、お気軽に、ご来店をー。

 時間は午前11時~午後5時。日没でも同じことですね。ただいま、というか、12月のテーマは「劇画、〈紅い〉遠泳術」。厳選100冊をそろえています。

 同時に伝えたいのは、脱原発を中心とした原発本の充実ぶり。きょう13日も「ゴミ問題を考える栃木県連絡会」の総会で2冊をゲット。それに「原発利権を追う」なども。約500冊(というか、もっと多いかも)。

 福島県内の図書館には原発をテーマにした本約1200冊というのを新聞で読んだ記憶があります。それ以外では、というか、栃木県で原発本がこれだけあるのは、この「霧降文庫」がトップクラスではないか?(というPRですー笑いーでも、脱原発運動の拠点だから、当然ではありますー)。

 といっても、「霧降文庫」図書室の貸し出しは無料です。詩集も約500冊あります(詩については、いずれテーマ企画を打ち、さらに広報しないといけない、そう思っています)。図書室全体ではさらに哲学など、計約2000冊です。

 貸し出し期間については、日光市内が半月間、市外が1カ月間という目安で貸し出しております。でも、「延長」「延長」を重ね、数か月も借りている読書家もおります(それはそれでいいと思います)

「霧降文庫」の案内~

 〒321-1421 日光市所野1541-2546

 

0288-25-3348 地図は以下の通り(砂時計邸です)

Photo

 

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2014年12月12日 (金)

とても変な町です・・・・若松丈太郎さん詩集『わが大地よ、ああ』

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知っていますか

こどもたちがいない町を

こどもたちがいない町に

住んだことがありますか

 

課後の時間になっても
子どもたちの声が聞こえない
ある日そんな町ができました
とてもへんな町です

 

家のなかにひそんでいます
外で遊びたい気持ちを抑えて
残っているこどもたちは
 
親たちは判断を迫られました
町から出なくていいのか
町に残っていていいのか
 

詩「年間放射線量五ミリシーベルト」

若松丈太郎 詩集『わが大地よ、ああ』(土曜美術社出版販売、2014年12月20日)

その中の一篇です。
きょう12日、「謹呈」で、贈られてきた詩集です。


若松さんは南相馬市の詩人、3・11の17年ぐらい前に書いた「神隠しされた街」(歌手、加藤登紀子さんが歌にしています)を書いた詩人として知られています。


3・11以前から私は知り合っており、先輩の「詩友」です。その若松さんが3・11以後に書いたいずれも原発詩33篇。
それが収められた詩集。図書室「霧降文庫」で借りることができます。

(このことが伝えたかったのだねーと・・・、今、これを書きながら思う

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~笑いー)。

2014年12月11日 (木)

もしかしたら今回が最後に・・・・総選挙について考える

 実質的な「選択の自由」が与えられた環境で国民が投票できる選挙は、もしかしたら今回が最後になるかもしれない。

 ほとんどの日本人は、そんな風には考えていないでしょうが、古今東西の戦史や紛争史を調べれば、それと気付かないまま「最後の民主的選挙」を通り過ぎて、後戻りのできない「別の政治体制」へと移行した例は、決して少なくありません。

 「投票で政治を変えることはできない」という指摘は、現状では正しい部分もありますが、権力者は「投票結果を武器として、盾として、最大限に利用する」ことも事実です。

 現在の選挙制度では、「棄権」や「白票」は与党に投票したのと同等の効果を持ちます。

山崎雅弘
戦史/紛争史研究家

【総選挙2014】首相が「どの論点を避けているか」にも目を向けてみる

現在の内閣を構成するほとんどの国会議員は、「戦前・戦中レジーム」の精神的支柱であった「国家神道」系の宗教的政治団体に所属

(以下はFACEBOOKに書いた私の見方です)

 自公による安倍内閣の2年間と自民党のこれまでの主張と行動を追ってゆくと、確かに山崎雅弘さんが指摘するように、じわじわと全体主義というファシズムがせりあがっている。「自由な選挙」は今回が最後になるかもしれないー。

 そうならないことがいいのだが、そのように危惧せざるを得ない情況が時間と共に造られつつあるのが現状だ。言論界ではそれを「熱狂なきファシズム」と表現したり、「低温ファシズム」と言ってみたりしている。

 ナチスのヒトラーが第一次大戦で手痛い目に遭ったドイツの政権を完全に掌握してゆく過程にかなり似ているのは確かだ。国家主義、精神主義、道徳への強い関与、大企業への接近と提携(法人税減税と政権与党寄付、ただし、ナチスは富裕層優遇とまではやってなかったはず。弁護士、公務員、教職など豊かなユダヤ人締め出しの法律を次々と施行させてもいる)、みかけの雇用の「拡大」(非正規が主体)、女性の「活用」という戦略(ナチスによって、女性の職場進出が飛躍的に)、

...

 さらに国防軍創設という狙い、思想右派への寛容さ、集団的「交戦権」の閣議決定、強行で成立させた秘密保護法の施行、選挙報道はもちろん、マスコミへの「飴と鞭」、靖国神社参拝強行、原発再稼動(潜在的核保有の立場を維持という幻想)原発輸出、仕上げの憲法改正ー(まだあると思うが、思いつくままでもこれだけあるー)。

 いずれにしろ、これら今回の争点に大きくせりあがっていない個別の課題は、実はそれぞれ連関しているという巨視的な視点が必要になる。「普通の国」という大国願望思想、戦前回帰的な発想、個より公という国家精神主義へ、「積極的平和主義」という攻撃型国家への変身願望などなどー。

 歴史上初めての人口減少社会に突入しているのに、「景気拡大」と「成長戦略」という前時代的な発想、特に大企業を富ませ、それを下請に、労働者へ。中流幻想をふりまきながら、格差を拡大してゆく手法、新たな階級社会を進行させてゆく(すでに始まっているー)、

 ついでに生産性向上のための使い勝手のよい派遣労働者を生み出してゆく労働三法の改悪、「国家主義」を社会一般に高揚させ、自然と流される人々を寄せつけながら、「殺さない国」から「殺せる国」づくりへ(もっとも、そうした国家が欲しいという人たちはそれなりにいるのは確かだ。だから、それらを含めて「自民300超」の事前当選記事がどの新聞でもあるのだがー) 

 

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2014年12月10日 (水)

特別高等警察は怖いね~  開戦から2日間で683人も

毎日、「おやっ」と思えるいい記事に出会うが、きょうの10日はこれ。「封殺された反戦の声」。朝日新聞の9日夕刊の記事だ(私のところは、1日遅れで夕刊が入ってくるので。

なんといっても、開戦から2日で683人が拘束されたというところ。改正治安維持法でたくさんの人たちが逮捕・拘留されたことは知っているが、直後の拘束の情況は今ひとつ、ピンときていなかったので。

非常に「参考」になる企画ですー。

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開戦直後、2日間で683人拘束ー。

古書店経営の渡辺順三さんも(古書店、ひぇ~)。

冬の風景を詠んだ、その渡辺さん(東京・下北沢、1894~1972)の歌に対し、とっこう(特別高等警察)は、どのように取り調べたか。

対象になるその歌はー

「ある子供は 大きな柿の実を描いていて 枯枝の中に一つ、赤々と実を」

(さて?、これがどんな嫌疑になるのかと思って、読み進めるとー)

「赤い実は『弾圧されても共産党は健在だ』ということを暗示している」、s

こう決めつけたという。

保釈は43年3月(というと、41年12月9日から、1年と3ケ月も。

「特高は人がものをどう感じたかにまで踏み込んできた」、

と、渡辺さんは弟子に語ったという。

(朝日新聞9日夕刊、「開戦73年 抑圧 上」)

記事の「下」が楽しみだ~。

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「3・11以後」の詩を問う 黒川純が栃木県現代詩人会で講演

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以下はレジュメというより、資料ー。20枚も。この中に詩が10篇ぐらいか、90分の講演と20分の質疑応答でした。それぞれの項目を語っていくと、BLOGでは12回にもなる。ここでは、表題と各項目のみ。時間ができたときに書いてみようかなと。


「3・11以後」の詩を問う

「野蛮」に「野蛮」を重ねるな、

 問われる倫理の根源ー

1

 

栃木県現代詩人会・研究会 宇都宮ホテル丸治 2014年12月7日    黒川 純

1 はじめに 厚かましくも詩人たちの集まりに・課題だった「3・11以後」の詩

 

2 黒川純―吉本隆明、清水昶からスタート・2004年「怒りの苦さまた青さ」

 

3 2011・3・11東日本大震災・三陸の惨状と災害ボランティア・防災士

 

4アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮だ フクシマ以後、詩を書くことは野蛮か

 

5 「ひとりびとりの死者」へ、「ひとりびとりの生者」から・辺見庸の世界

 

6 「震災と原発」をテーマに京都の詩人・河津聖恵さん詩の講演・朗読会

 

7 「フクシマ以後に沈黙していることは野蛮である」・高橋郁男『渚と修羅』

 

8 『福島核災棄民』・南相馬の詩人、若松丈太郎の詩「神隠しされた街」

 

9『脱原発 自然エネルギー218人詩集』・3・11以後が生んだ詩「だれ?」

 

10 ほとばしるように生まれた震災詩・東梅洋子さん『うねり 70篇 大槌町で』

 

11 進歩の定義を変え、未来の設計図を変え・「懐かしい未来」の方へ

 

12 詩とは何か・詩は運針の針のように、ズレの体感をきっかけにー

(以上、各項)

 

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2014年12月 9日 (火)

恒例の「かんぱぃ~」! 市民団体「さよなら原発!日光の会」

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 「かんぱい~」と。恒例の忘年会を8日夜、霧降高原の「霧降文庫」で。脱原発社会をめざして活動中の市民団体「さよなら原発!日光の会」とその「ともだち」の輪ー。

 集まったのは、日光霧降高原を中心に鹿沼からも。最初は6人だったが、2人が加わり8人に。昨年はこの倍の人数だったが、今年は総選挙中とあってこの程度。というのも、「日光の会」の役員のかなりが今の総選挙で懸命の活動をしているためだ。 

 それにしても、会員に声をかけたが、「出張中」、「夜10時まで仕事」、「宇都宮の実家に帰っているので」、「もう夕飯を終えたので」、「きのう飲みすぎたので、ダウン」、「今回は用事がー」と。だいたいが仕事の都合で。いやはや、みんな忙しいのだね

 少人数だったが、そこは脱原発団体の忘年会。ややあってから、詩「神隠しされた街」(南相馬市の詩人、若松丈太郎さん)を加藤登紀子さんがCD化しているので、それを。この日は、参加した会員の多くが、塩谷町の指定廃棄物処分場「候補地」視察と町長懇談会に出ている。なので、それらの話題もー。

 どういうわけか、この夜は23時に中〆したのだが、さらに24時、午前3時へと。それほど話すことがあったのかー。当然、9日は二日酔いでしたー。片付けは午後2時半から約7時間も。ほとんど、「大掃除」でした(笑い)。

 

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2014年12月 5日 (金)

地中深く眠っていたわたしを・・・  詩 だれ?(空色 まゆ)

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詩 だれ?

(空色 まゆ  1963年生まれ 愛知県) 

 

地中深く眠っていたわたしを

 起こしたのはだれ?


 
地球の奥深くで重い体を横たえていたわたしを...


 
地表に連れ出したのはだれ?


 
重力という結界で守られていたわたしを


 
地表に引っ張り出したのはだれ?


 
地中に閉じ込めたわたしの力を


 
「解放せよ」と命じたのはだれ?


 
何十万年、何百万年と燃え続けても

おあまりあるわたしの力を


 
「うまく使いこなせる」と挑んだのはだれ?


 
地表に引き上げられ解き放たれたわたしが


 
小さな箱の中で


 
おとなしく言われるままにすると信じたのはだれ?

あなたはわたしの力を利用した

そして

あなたがわたしの力を制御できなくなったとき

わたしを遠ざけ忌み嫌い

わたしを憎み

わたしから受けた恩恵を

なかったことのように消そうとした

地表に満ちたわたしの力を

わたしは消すことができない

わたしのもっている力を

そっくりそのまま太陽にゆずって

地中深くの

わたしが安らげる場所にもどりたい

けれどもわたしは

自分でわたしの居場所にもどることはできない

地中深く眠っていたわたしを

地表に呼び寄せたのはだれ?

 

あなたはわたしの力を利用した
 
そして
 
あなたがわたしの力を制御できなくなったとき
 
わたしを遠ざけ忌み嫌い
 
わたしを憎み
 
わたしから受けた恩恵を
 
なかったことのように消そうとした

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地表に満ちたわたしの力を
わたしは消すことができない
わたしのもっている力を
そっくりそのまま太陽にゆずって
地中深くの
わたしが安らげる場所にもどりたい
けれどもわたしは
自分でわたしの居場所にもどることができない

 

地中深く眠っていたわたしを
地表に呼び寄せたのはだれ?

 

(「脱原発 自然エネルギー218人詩集」から)

 

 

あなたはわたしの力を利用した
そして
あなたがわたしの力を制御できなくなったとき
わたしを遠ざけ忌み嫌い
わたしを憎み
わたしから受けた恩恵を
なかったことのように消そうとした

 

地表に満ちたわたしの力を
わたしは消すことができない
わたしのもっている力を
そっくりそのまま太陽にゆずって
地中深くの
わたしが安らげる場所にもどりたい
けれどもわたしは
自分でわたしの居場所にもどることができない

 

地中深く眠っていたわたしを
地表に呼び寄せたのはだれ?

 

(「脱原発 自然エネルギー218人詩集」から)

 

2014年12月 4日 (木)

「3・11以後」の詩を問う(仮題)  講演のレジュメづくりに大わらわ

Cimg1109(この同人誌「序説第21号」を読んだ栃木県現代詩人会の役員から講演を依頼されたのですー)


「3・11以後」の詩を問う(仮題) 

厚かましくも県内の詩人たちの団体「栃木県現代詩人会」で講演(7日、「研究会」といっていたかー)することになり、そのテーマのレジュメづくりに追われる。

  4日の一日で「第一章」から「第12章」までA4版・16枚までまとめたが、さらに内容を詰める視点の作業が残っている。5日中にはなんとかものにしたいなぁ~と(実際、やらないと当日に間に合わない~)。

 と、いう久しぶりに詩集や詩論の山と格闘しております(3・11以後、一度はやらねばと思っていた自分の「使命」?でもありました)

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2014年12月 3日 (水)

エッセイ「壁を超えて」  月刊詩誌「詩と思想」に寄稿へ

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 愛読誌、月刊詩誌「詩と思想」編集委員会から5月号に原稿送れの連絡あり~。当方の事情をよく知る編集委員である、さる高名な詩人のコメントありで、「政治という壁」(仮題)について寄稿せよと。原稿用紙6枚半。

 ・・・だが、新聞記事にすると、約210行-。新聞だとめったに書かない大原稿(長文でもだいたいが90行、長くても120行ぐらいなのです。これに写真がありようなら、大変な記事)ー。

 でも、今回のテーマ「壁を超えて」だけは書いて送りたい(壁は超えられなかったが~・・・)。締め切りは2月。先はかなりあるとおもっていると、その締切は、すぐにやってくる~・。しっかり覚えておかないといけない。

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2014年12月 2日 (火)

栃木県現代詩人会の講演へ さて、あと3日、「視点」をいかにー。

 吉本隆明に関する「人気ブログ」にたまたまいきついたら、その2番目に私のブログが載っていた。そこで、改めて読んでみたら、もう3年近くになることもともあり、自分でも「なるほど、そうだったのか~」、あるいは「突っ込み不足ではないか?」などと(それにしても、時間がこれだけ過ぎると、この記事も他人言のように読めるのですねー)。

 こんな作業をしているのも、12月7日(日)(あと少しだー)に宇都宮で「栃木県現代詩人会」という詩人たちの集まりで講演を行う羽目?になったため。私たちの同人誌「序説第21号」(創刊40周年記念号)を読んだ、詩人会の役員から「黒川さん、ぜひ講演をー」と、促されてしまったため。

 薪割りや脱原発活動など、ふだんの「忙しさ」(笑い)もあり、一度は「とてもその任にはありません」と、断ってはいる。だが、よくよく考えると、「3・11以後の詩を考えるいい機会かも」と、浅はかにも引き受けてしまったのだー。

 講演内容としては「3・11以後」の詩を問う」(仮題)を考えているのだが、それを90分やるとなると、それなりの「勉強」が。こんなテーマについては、「3・11以後」繰り返し考え、自分でも実際にそういう行動をしたり、書いたりしてはいるー。

 だが、このテーマについて、断片的ではなく、系統だって組み立てて、話すことができるかー。それが問題だ。もともと詩人としてよりも「元新聞記者」(それも事件記者)の視点を求められているとは思うのだがー。

 講演では当然にきょうのBLOGにあげた思想家(戦後最大の思想家という言い方がされるがー)、その吉本隆明に触れざるを得ないだろう。というのも、以下に明らかにしているが、もともと私の詩の「原点」だから。だが、彼については、肯定的な評価の一方で、マイナスも。

 というのも、彼は原発について、積極的な容認論者ー。そこは完全にマイナス評価になる。そうしたところも含めて、かなりのレジュメをつくっていかないと。ということで、これは、ほんの入り口。辺見庸さんの詩や,世間に評価されているが、私としては、そうでもないのではないかという和合亮一さんなどへ

 それらについて、この数日、このブロぐにあげてゆくつもりだ。そこには脱原発の詩も、とくに南相馬足の詩人、若松丈太郎さんの「神隠しされた街」(加藤登紀子さんが歌にしています)なども当然に。

 あるいは、3・11以後、その年の秋に日光に招いて詩の講演会にやってきていただいたH氏賞詩人、京都の河津聖恵さんの詩や詩論についても、とりあげることに。被災者の詩もそこにはー。などなど考えていても、手持ち日数はあと3日ほど。さぁ、どこまで迫れるか。問題は「視点」だと思っているのですー。

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追悼・さようなら吉本隆明さん 詩とその原風景(黒川純)

  (わたしの本棚にある吉本隆明コーナー。たぶんリュウメイだけで百数十冊は)

亡くなった詩人、思想家、吉本隆明さんを追悼し、わたしの詩の短いエッセイをアップすることに。わたしが詩にかかわったきっかけは吉本隆明さんだったので。学生時代だから、もう昔、むかしのことになる。だが、このエッセイを書いたのは昨年の春。まだ1年も過ぎていない。

 ほんとうはもっときちっとした「詩とわたしと隆明」を書きたかった。それに清水昶さんの過激で繊細な魅力的な詩の世界のことも。そう思っているうちに月日が過ぎ、そのままに。だが、当のその吉本さんがこの世から消えてしまった。追悼するには、わたしのつたないこの詩のエッセイを示すのがよいだろう、そう思ったので。

 もともとは岩手県の詩人たちを中心にした詩誌『堅香子』9号(2011年6月発行)のリレーエッセイ「詩とその原風景」に寄せたもの。同人の各人がそれぞれ、自分の詩の原点を振り返る小欄だ。同人とその周辺が読んではいるが、ネットでは初めての公開となる(たぶん~)。

 それにしても、もう年なので、覚悟はしていたが、あの吉本隆明さんがー。彼がいなくなったことになんともいえない複雑な思いでいる。その衝撃というか、自分自身への影響はこれからあとでじわじわとやってくるのだろう。吉本隆明さん、長い間、ありがとうございました。合掌ー。

詩とその原風景     (詩誌「堅香子」9号・2011年6月)
ずつと以前のぶんまでとりかえすために


                           黒川 純

 詩にかかわることになった、決定的なきっかけは、やはり吉本隆明体験(私たちはリュウメイと呼んでいた)だったといえる。やはり、というのは団塊世代というか、戦後の鬼っ子と称された全共闘世代である私たちにとって、1970年代のあのとき、60年安保の全学連を支え、70年安保の「叛乱」に根拠を与えていた思想家・詩人、吉本隆明のさまざまな発言は、新鮮で驚きだった。もやもやした若者の心情を批評や詩で代弁してくれていると感じた。砂地に水が浸みこむようにリュウメイの発想に染まっていた。

 私は工業高校から自動車工場へ入ったが、3カ月で嫌気がさし、工業大学へ。1、2年のときは、もっぱら反戦フォークに魅かれ、「戦争は知らない」「イムジン川」などを歌っていた。だが、世の中は騒然としており、反戦歌ですむような時代状況ではなかった。〈この歪んだ時代や体制にまじに向き合わねばならない〉。そんな思いで、仲間たちと「歴史研究会」を発足させた。1971年、大学3年の春だったと思う。差し迫った課題は沖縄問題だった。沖縄の悲劇を知るうち、ごく自然に沖縄返還協定粉砕闘争へ(沖縄返還は1972年5月)。そこから、すぐに、ベトナム反戦、三里塚空港反対、マスプロ教育批判・・・。「造反有理」の反権力へ。

 時代は「三丁目の夕日」の貧しい昭和30年代から豊かな消費社会へと場面が転換する入り口だった。コルトレーンのジャズ、ディープ・パープルと頭脳警察のロック、浅川マキと寺山修司、「黒テント」と緑魔子、つかこうへいの「熱海殺人事件」、フォークゲリラとザ・フォーク・クルセダース、高橋和己の「憂鬱なる党派」、映画「八月の濡れた砂」、長髪とTシャツとジーンズ・・。歌や詩、演劇、映画、ファッションが、芸術が、政治・経済と重層的に絡みながら、尖鋭化していた。

 私も知らずうちに、こうした時代の情況に立ち会っていたが、吉本の『情況への発言』や『全著作集』も手にしていた。さらに、マルクス、レーニン、ローザ・ルクセンブルク、ヘーゲル、シモーニュ・ヴェイユ、メルロー・ポンティなどを乱読していた。その頃の私は1971年秋の沖縄闘争で逮捕・拘留・起訴(東京拘置所の独房に秋から翌年春まで入っていた。連合赤軍事件はこの独房時代に起きている)。判決は大学4年もだいぶ過ぎてから。凶器準備集合罪と公務執行妨害罪で懲役1年半執行猶予3年。その前後の大学闘争は未完に終わり、挫折感の中で魅かれたのが『吉本隆明詩集』や『清水昶詩集』だった。なかでもリュウメイの『転位のための十篇』は、胸の中に沁みた。社会とどう切り結んでいくか、進むべき方向について思い悩んでいた。例えば「ちひさな群への挨拶」などがそうだった。その一部を抜き出すと、こうだ。

ぼくはでてゆく
すべての時刻がむかうかはに加担しても
ぼくたちがしはらつたものを
ずつと以前のぶんまでとりかへすために
すでにいらなくなつたものはそれを思ひしらせるために
ちひさなやさしい群よ
みんなは思ひ出のひとつひとつだ
ぼくはでてゆく
嫌悪のひとつひとつに出逢ふめに
ぼくはでてゆく
無数の敵のどまん中へ
ぼくは疲れてゐる
がぼくの瞋りは無尽蔵だ

「すべての時刻がむかうかわはに加担しても/ぼくたちがしはらったものを/ずつと以前のぶんまでとりかへすために」。私はこうした発想に親しんだ。というのも、リュウメイの『固有時との対話』のキイワードというか、構え方の基本と二重映しになっていたからだ。固有時の恒数をあきらかにしたかったと語ったあとの言葉がそれだ。

「わたしは自らの生存が何らかの目的に到達するための過程であるとは考へなかったのでわたし自らの宿命は決して変革され得るものではないと信じてゐた。わたしはただ何かを加へうるだけだ。しかもわたしは何かを加へるために生きてゐるのではなく、わたしの生存が過去と感じてゐる方向へ抗うことで何かを加へてゐるにちがひないと考へてゐた」

前後して過激だが、美しい抒情をたたえた詩を生み出していた清水昶の詩の世界につかっていた。それまで詩らしきものを書いたことはなかったが、ごく自然に毎日のようにノートに詩を書くようになっていた。どこかに投稿するといった発想はなかった。なぜか「風来坊通信」と名付けたガリ版詩集を街角で売るようになっていた。手元にある『詩稿1973 黒川純』の冊子を開くと、第2号の発行は73年11月。「地下室の党」「敵の町の青年」「ブルースばかりの夜の詩」「遅れてきた青年たちは今」などの題名がある。

 3回目の4年生のときにアルバイトをしていたジャズ喫茶で写真と詩を組み合わせた個展を開き、大学に別れを告げた。「ずつと以前のぶんまでとりかへすために」。そうした思いを抱いていた。詩は私にとって指針であり、思想であり、哲学になっていた。そのため詩の世界にかかわりたいと、愛読していた詩誌『詩と思想』(当時・五反田の日本電通社)に押しかけた(今では、よくそんな行動に出たものだと思う)。仕事をくれないならテコでも動かないという「落語家入門」のような青年に、社長で詩人の出海渓也さん(戦後詩誌『列島』創刊同人だということは後年に知った、数十年後に今度は詩誌『新・現代詩』の主宰者と会員として出逢う奇縁も)が応じてくれた。関根弘さんら詩人たちの原稿を受け取りに行くこともあったが、ようは走り使いだった。出海さんが引き受けた『詩と思想』は確か半年間ぐらいか、その期限が来たことで、私も離れることに。そのあと新聞記者を35年も続けることになるとは、この当時は思ってもみなかった。
 
 それからざっと30年が過ぎて、朝日新聞記者として岩手・北上へ。『詩と思想』を離れてから一度も詩を書いていなかったが、イラク戦争をきっかけに詩を書き始めた。岩手を離れる2004年秋 新書版『怒りの苦さまた青さ 詩・論「反戦詩」とその世界』を自費出版したが、その中に詩「銀ヤンマ」も入れた。冊子「詩稿1973」にあった詩だ。リュウメイや清水昶の影響を色濃く受けたわたしのその詩に、いわば、私が詩にかかわろうとした「原風景」があるのかもしれない。7連ある詩の2、3連だ。

偶然の時間軸を飛んで行くと
過去と感じる方向に抗うことが
進むべき方向だと分かったので
生涯の先まで抱きしめるため
生涯から飛ぶことを決めたのだ

深夜の森林で自問自答すると
空と海をあいまいにしているもの
その操作を司っている者どもの
怪しい教科書を奪ってしまえと
構造力学がその答えを用意した

 現在、ブログ『時計主義―日光霧降高原の「詩的生活」ノート』を継続し、今春からツイッターも始めている。反抗詩から始まり、怒りの詩、さらに風刺詩へと移ってきた私だが、今回の大震災を機に、「3・11」を機に、詩はもちろん、あらゆる文化が「新しい言葉」を必要としているのではないか。岩手、宮城、福島の大震災ボランティアをしながら、陸前高田、石巻、相馬の惨状を知るにつけ、その思いを強くしている。ツイッター(140字まで)で発信したその詩「凍土から言葉を掘り出せ」を紹介し、結びたい。

ほんとうのことを語ると/世界が凍ってしまう/ある詩人が書いたことがある/だが/3・11でほんとうのことが噴出し/世界はそのまま凍ってしまったのだ/いや言葉が凍ってしまったのだ/この世界のほんとうのことを/見せられてしまったわたしやあなたは/言葉を掘り出さねばならない/その凍土から (了)

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2014年12月 1日 (月)

送電をお断りする場合が・・・・なぜ原発電気代も負担するのか!

東電から毎月のいつもの封書が我が家にー。今月は「12月5日以降、電気の送電をお断りする場合があります」。これは毎月の東電と私との「定期便」です。

 もっかのところ(というか、もう2年以上か)、毎月の電気代のうち、電源開発促進税(という原発推進費)110円と、福島第一、第二原発維持費(大変な金額だが、そのうちの)100円の計210円の支払いは拒否している

 初回のときは、東電の出先機関に出向き、抗議文を読み上げ、それを責任者に手渡してきたのです。

 請求書から210円を引いた料金を理由をつけて送っているが、「210円でも、全額払っていないから、電気を止める」と。  

 それにしても、こんな原発電気代をどうして、原発はいらないと言っている家庭に請求するのか?ー。こんなあたりまえで、正当で、まっとうな消費者の言い分を理解しようとしない、東電の頭の構造をのぞいてみたいー1dscn4369

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