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2015年3月

2015年3月31日 (火)

『腹板のセンス』で歩くのだ~終える 「詩と思想」5月号特集著者校正

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昼間は忙しいので(笑い)、深夜にならないと、「自分の時間」がとれないのか~。今夜は2日が締め切りの「詩と思想」5月号 特集「壁を超えて」の「政治という壁」。このテーマで書いたエッセイ「『複眼のセンス』で歩くのだ」(黒川純)の著者校正を終え、FAX送りを終えました。ほっと~(ただし、1日は別にこの校正を返信郵送しなければ)。

 

  それにしても「政治資金収支報告書」「確定申告」「市民団体議案書」「同議事録」「自治会救命入門コース申請」「出版記念会出欠挨拶」それに「エッセイ原稿校正」、古書店「霧降文庫」企画、ブログ「懐かしい未来」更新・・・と、毎日のように書くことがあるのは、?です。  

 これからさらに同人誌「序説」連絡、それに岩手県詩人クラブの冊子作品づくりが残っているのです~ふぅ~というところです。読みたい本が、それこそたくさんありますが、この状態のため、「晴耕雨読生活」なのに(どうかな?、笑い)、積読状態も始まっております~。

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2015年3月30日 (月)

常連2人が早くも15冊をゲット 「 霧降文庫」「春季営業」初日

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霧降文庫」「春季営業」初日は、「200円均一市」(550冊)は、常連2人が早くも15冊をゲットー(早い者勝ち?さすがにいい本を手にしていた)、

別の常連が筒井康隆の「パプリカ」を図書室から拝借。なので「大倉庫」からすぐに補充し、本棚をぎしぎしに、いっぱいにしておきました。

次回は4月5(日)、6日(月)。4月の企画は「センス」をキイワードに「厳選100選」を行います。乞うご期待

(そんなに期待されてない?・・・おあとがよろしいようで・・・~)。

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2015年3月29日 (日)

「春季営業」に切り替えます 広いベランダで「200円均一市」

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 「霧降文庫」は3月30日(月)から「春季営業」に切り替えます。ベランダに古書を押し出すのですが、同時に「200円均一市」も始めます。

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 春が遅い霧降高原だが、このごろはぱかぽかと。ベランダで過ごしたほうが気持ちが良い一日も。というわけで、4月を待たず、スタートさせることにしました。お気軽にお越しください~。

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ラインアナップは、ウッドデッキに企画「3・11の<伝言>」の厳選古書120冊(非売品)、それと「200円均一市」550冊、部屋の「霧降文庫」の古書1000冊、付属図書室に2100冊・・・。計・・・3100冊と670冊で、 約3800冊というところでした。

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2015年3月26日 (木)

晴耕雨読はいつになったら~ 修理・自治会・古書・議案・集会・居酒屋~

それにしても「晴耕雨読」がなかなか実現しない。本日も「リコール」があったマイカー・パジェロミニの運転席のライトのスイッチ関連の修理を済ませ、「車検」の打ち合わせを行い、

「霧降自治会」の回覧板づくりで霧降自治会館へ。さらに「平木ちさこさん」の応援カード集めに走り、ついでに「霧降文庫」の古書買い交渉を進め(日本文学全集の全35巻だったか?)、

自宅に戻り、「さよなら原発!日光の会」役員会の議案書案づくりを進め(27日に足尾町で)、「原発ファイル70冊」などの整理を進め、

その途中で、18時半からの「平木ちさこ総決起集会」に参加し、その足で久しぶりに準常連の居酒屋に寄り、その主人に、さらに代行車の「ともだち」にも、「平木応援カード」を依頼。

深夜のただいま、「さよなら原発!日光の会」議案書案の完成へ(この後は吉村昭の「大本営が震えた日」と新田次郎の「新田義貞・上下巻」を読み進めないとー。と

いうことで、私たち仲間で発行している同人誌「序説」の連絡づくりがなかなか進まない~。「晴耕雨読」よ、どこへ~笑い~)。

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2015年3月25日 (水)

平木ちさこ県議を誕生させよう 私の目標は「応援カード100人」

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私も「平木ちさこ総決起集会」に参加したあと、夕飯代わりで居酒屋へ。そこで「応援カード」を頼み、さらに頼んだ「代行車」の方にも郵送付きの「応援カード」を頼みましたー。ただでは美酒を飲みません(笑い)

ただいま「応援ガード」は56人分をいただきました。私個人では「平木応援カード100人」を集めるが目標なので、あと44人足りません。目標達成にご協力をお願いいたします。

告示まで1週間余です。日光市選挙区の(定数2)は、ただいま2議席とも自民独占(安倍政権を支える県議)。なんとか日光の一人は民主公認(そして社民推薦でもある平木ちさこさん)の県議を誕生させないと、日光市民として、恥かしいこと、おびただしいー。

告示までの日数を数えると、残り44人だから、・・・・一日に6人の「応援カード」をいただかないとー。さぁ、忙しくなってきた

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2015年3月22日 (日)

吉村昭の世界は素晴らしい 2日に一冊、読み進めています。

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吉村昭の物語がどれも面白く、このところ、2日に一冊の割合で読む進めています。

 「漂流」、「零式戦闘機」、「戦艦武蔵」、「海も暮れきる」(俳人・尾崎放哉の最後の八ケ月)。。。

 この分だと、いずれ、「霧降文庫」で「吉村昭の世界」の企画へ。それにしても、もう少し読み込んでから~。吉村昭のファンを増やしたいー。

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2015年3月20日 (金)

「読書の春」にようこそ(笑い) 「霧降文庫」は元気です

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 ようやく春めいてきたので、これからは「読書の春」に。「読書の秋」というが、春もいいと思う。長い冬が終わり、初夏に向かう気持ちのいい季節。ここはやはり読書でしょう。「いつ読むの?」「今でしょう」(笑い)。という、「霧降文庫」の宣伝へ。
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 「霧降文庫」は古書店と図書室。古書店は評論、エッセイ、歴史、哲学、人類学、それにコミックなどを中心に約1400冊。一方、図書室は、原発関連が500冊、詩集が500冊など計2000冊。これに毎月のテーマの「厳選100冊」の計2100冊。合わせると3500冊です

  2月のテーマは今をときめくピケティ教授の「21世紀の資本」との関係から「身近な経済学」。最終週にはその「21世紀の資本」を読み解く自主講座も開きました。3月は4年目を迎えた「3・11」から「3・11の<伝言>」。その厳選100冊を用意しています(いずれも非売品)。

 古書の探索だけではなく、「霧降文庫」はいわば情報交換の場としても想定しています。このため、お客さんであろうとなかろうと、訪れた人すべてに可否(珈琲)をふるまっています(サービスしています)。可否を片手に世の中や本の世界やマスコミや政治などについて、あれこれ語ろうという広場でもあります。つまりは週末の小さなコミュニティをめざしているのです。なので、お気軽にお越しください。

11時~17時

日光市所野1541-2546 0288-25-3348

(希望者はこの3500冊の他に5000冊の蔵書・倉庫へ)

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2015年3月19日 (木)

21.22.23日は3連投です  「霧降文庫」(古書店兼図書室)

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たまには「宣伝」もー(笑い)

「霧降文庫」(古書店兼図書室)は、21(祝日)、22(日)、23(月)と 3連休~・・・ではなく、3連投しておりますー。

3月のテーマは「3・11の<伝言>」です。 古書店1400冊、図書室2100冊ー

11時~17時

日光市所野1541-2546 0288-25-3348

(希望者はこの3500冊の他に5000冊の蔵書・倉庫へ)

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(霧降文庫の春から秋は上記のような環境に。冬の今は、ベランダの古書はゲストルームへ。もうすぐ、こんな光景になることだろう

2015年3月18日 (水)

とても忙しかった一日とは~  治療・報告・修理・買物・読書・・・・ 

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 「整体治療院」(3週間に一度)を終えて、今、話題の「政治資金収支報告書」(政治団体「富岡洋一郎と『懐かしい未来』の会)を県庁8階の県選挙管理委員会に届け(訂正印何か所か)、

 宇都宮から日光への帰りに「平木ちさこ」さんの「応援カード」集めに歩き、「リコール」があったマイカー「パジェロミニ」の部品交換手続きと室内灯修理を済ませ、

 郊外のパン屋さんで食パンを、コンビニで入浴剤と手塚治虫の「シュマリ」(上下巻)を買い求めと・・・(これらは関係ないか~笑い~)、

 ともかく忙しい18日(水曜日)でありましたー(夜にその「シュマリ」994頁を読み終えたこともあり。とてもいい手塚治虫本でした)。

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2015年3月17日 (火)

吉村昭を次々と読破へ 今度は「戦艦武蔵」と「零式戦闘機」

 

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村昭の「漂流」が、時を忘れるほど、あまりに魅力的だったので、本日は、別の用事のついでに寄ったTSUTAYA今市店で、「戦艦武蔵」(70年ぶりに海底で発見されたというニュースも)と「零式戦闘機」を買い求めたのです。

その次は「天狗争乱」と「アメリカ彦蔵」かな?ー(それにしても、吉村昭は新潮文庫だけでも40冊近くもある~-)。

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2015年3月16日 (月)

時の経つのも忘れしまいます  吉村昭の長編「漂流」

 

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 時の経つのも忘れてしまう長編の面白さー。ただいま、500頁のうち300頁ぐらいのところ。たまたたま先週の本屋でふと買い求めた「漂流」。

 吉村昭の本では、今冬だと「総員起シ」と「帰艦セズ」も。これは短篇物だが、これもよかった。大昔に「大黒屋光太夫」を読んだことがあるが、彼の「漂流物」は、ともかくリアル。主人公と一緒に暮しているみたいですー。

 

 

 

「霧降文庫」には隠れた吉村昭ァンが内外から?訪れますが、話題にすると、「吉村昭は、いいよね~」と言い合っております(笑い)。

 

 

たまたま、こんなブロぐを見つけたので、これも貼り付けます(無断借用、問題があったら、削除いたします)

(新)緑陰漫筆

ゆらぎの読書日記
 ーリタイアーした熟年ビジネスマンの日々
読書 吉村昭の作品~『漂流』

2013-12-09 | 読書
 
読書/エッセイ 吉村昭の作品について~『漂流』

 記録小説というべきか、はたまたノンフィクション作家というべきか。吉村昭は、『戦艦武蔵』や『ポーツマスの旗』など数多くの長編小説を書き残している。しかし、最近に至るまで、彼の作品を本格的には読んでこなかった。それが、ふとしたことから彼の作品である『漂流』を読み、また震災記念日に『関東大震災』を手にするに至った。いずれも、綿密な取材に基づいた優れた記録文学であるが、その作品の中に、いくつかの社会時評的な意味合いもあり、一度きちんと読書記録を書いて見ようと思った次第である。そうしているうちに、これも偶然の所産であるが、彼の自伝的エッセイ『私の引出し』を、また加賀乙彦と津村節子(小説家にして吉村昭の妻)の対談『愛する伴侶を失って』など、吉村昭の人間像をも明らかにするような本を読んだので、ここにそれらを踏まえて感想文を書いてみることにした。


(『漂流』(新潮文庫 1980年11月))
 この本は、江戸時代天明5年のこと、土佐の漁村にすむ一人の男、長平の漂流の記録である。土佐藩は、飢餓に落ちいった農民の窮状を救うべく、蔵米250俵を田野・奈半利両村に届けるべく。このお救米を運ぶ役を引き受けたのが水手長平たちの船であった。船は、260俵の米俵を無事下ろし、赤岡村に戻ることになった。ところが海を黒雲が覆い、天候は激変した。船は大きく揺れ、黒潮にひきずられ、吹き流されていった。跡ずさりなど、強風よけの操船を試みたが、何らの効果もなく、波浪で船は損傷し、さらに東へ東へと。碇も捨てた、波はますます激しくなり、船の櫓が船体から離れ、帆柱も切り離された。潮流が運んだ先は、絶海の孤島であった。

 ここから、物語が本格的に展開してゆく。読者が、この本を手にとられることもないかもしれないので、長文にはなるが、あえて超訳スタイルでご紹介することにした。ただし、引用を主体とした。

     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 流れ着いて島は、八丈島の南方海上にある鳥島であった。活火山があり、土佐からはおよそ660キロ離れている。長平たちが上陸してすぐに波浪で船は押し流され、岩礁に激突して木片と化した。4人の物語が始まる。食料もなく、水もない、生活に必要な道具もない。、そこで最も重要なことは、固い結束のもとで、飢えをしのぐことであった。浜辺の貝や海藻、それから島に大量にいるアホウ鳥を捕らえて食糧にした。火がないので、鳥の肉を海水で洗って食べた。そのうち、鳥の干物をつくる。その近くで洞窟をみつけた。人が住んでいた跡だ。赤錆びた鉄器があった。雨水を木桶に受けて、飲水とした。

 長平は、”必ず船が通る。それを心の支えとして、身をすこやかにして生きてゆこう”と他のものを励ました。流れ着いた舟板から引き抜いいた釘を曲げ、釣り針状にし、浜で拾った網を解きほぐして紐をつくり、それで魚を釣った。

 島に漂着して以来、長平は洞窟近くの土の上に石と貝がらを並べ、月日を数える目安とした。貝がらは日、石は月を意味するものであった。

 しばらく平穏な日々がつづいた。しかし、鳥肉を食べる意欲がなくなった音吉と甚平は衰弱しつつあった。そのうち甚兵衛は、次第に身体に痛みを覚えるようになり、特に足の関節の痛みが増して、近くを歩きまわることもできなくなっていった。音吉も、そのうち食欲がなくなった。長平一人を残して、二人は死んでしまった。
 ”なぜ、みんなは俺一人を残して死んでしまったのだ”、と長平は号泣する。入水を、と決めて海に足を踏み入れるが、幼い頃から海と川に親しんで、泳ぎのうまい長平は死ねない。

 ”生きてみるか・・・と、或る日、美しい夕日の沈むのを眼にしながら、彼はつぶやいてみた。自分だけが生き残ったのも、神仏み心によるものかもしれぬ、と思った。彼は、くずれかける気持ちをふるい立たせて体力をつけることにつとめた。”

 ”長平は音吉と甚平の死亡した原因について慎重に考えてみた。、鳥の肉を食べて体を動かすこともしなかったことが、彼らを死に追いやった原因だということに気づいた。生き長らえるためには、同じ失敗をくりかえさないことが必要であった”

 島に漂着した天明5年2月から2年が経過した。長平は孤独感にも耐えてゆかねばと思い、念仏を耐えず称えて精神のやすらぎを得るように務めた。生活も規則正しいものにと、磯歩きをし魚も釣った。その年の2月、岩山の上に人影を見つけた。十人ほどの難破した男たち。彼らは、長平がこの島に一人だけ、ということを知って、深い失望感におそわれた。長平も眼に涙を浮かべながら言った。
 ”あなた方の嘆きは、もっともです。しかし、気がくじけては、この島で生きてゆくことは叶いません。あなた方に最も大切なことは、石にかじりついても生きながらえようという強い気持ちです。命さえあれば、いずれは帰国できる時もあるはずです”

彼は、言葉を継いだ。
 ”私は、この3年間この島で暮らし、一年半前からは一人になりました。さびしくて命を絶とうと何度思ったかしれませぬ。そのたびに念仏を唱えて、死ぬことを思いとどまってきました。これからは、みなで心を合わせ生きて行こうではではないですか” 石にかじりついてでも、生きてゆこうという固い決意であった。


 岩のくぼみにこびりついている塩をかき落とし、布にあつめることもやった。残っていた小豆から酒を造ることも試みた。小豆で酒などできる筈はないと長平も思っていた。

 ”しかし、長平は、たとえ失敗してもそのようなことを試みようとする青蔵と三之助に好感をいだいた。単調な島での生活の中で、最も恐ろしいことは生きる意欲を失うことだった。それだけに、青蔵たちが酒を造りだそうとしていることは、他の者たちにも好ましい影響を与えてくれるのだ”

 ある年、沖に漂う船を見た。薩州の伝馬船である。6人が乗っていた・鹿児島の船だ。その船の中にが、生活に必要なものが多くあった。髪結道具、筆と硯、巻紙も。また船用の大工道具一式もあった。人数は、6人増えて16人となった。この時点で。長平が島に来て5年が経過していた。

 しかし希望のない日を送るうち、入水を図るため海に入るものもあった。入水を企てた男、薩州船の沖船頭の栄右衛門は、”長平さんは、ただ一人でこの島に暮らしてきたのだ、そうした長平さんに恥ずかしいとは思わぬか”とみなを諭すように叱った。

 ”長平さんは、お念仏を友にして生きてきたというが、神仏にお祈りすれば、心も安まる。生きてさえいれば、故国へ帰る道がひらけぬとも限らぬ。生きてゆくのだ、生きるのだ”

 池をつくり水を溜めるようになった。鳥の首に木片をくくりつけ、助けを求めることもした。百羽のあほう鳥に。船に残っていた朝顔の種をまいた。花が咲いた。

 栄右衛門は、神仏の加護にお縋りしなければならぬでしょうが、自分たちも努力をはらわなけれな神仏もお力をお貸しくださらぬのではないでしょうか、と云い、狼煙をあげることなどを提案する。

 そうした努力も虚しく、8年が経ち寛政五年。長平は32歳になった。ある時、長平はこれまでを顧みて、こう思った。”どうせ島で朽ち果てる身であることを考えれば、命を惜しむ必要もない。今までは、生きることのみを念頭において日を送っていたが、これからは死を恐れず行動すべきだと思った”
 ある日、長平は薩州船の持ってきた大工道具をみて、こういった。
 ”大工道具だ。あれを使って船を造る。島を抜け出し、故国へ帰るのだ”

 船材もない、船板もない、かんじんの釘もない。しかし、みなを説き伏せ、船を造る
ことに必死の努力を傾ける。流れてきた材木、破船の敷木から舟板をとった。ふいごを吹き、釘をつくりだした。そうした努力にも拘わらず、容易に船をつくることはできなかった。

 ”十年がたってしまった・・・と、長平はつぶやいた。島に漂着したのは24歳、いまは34歳になったことになる。池の水にうつる顔も決して若くはなく・・・十年という歳月が重く感じられた”

 寛政七年三月六日、船据えという造船を始める行事を行った。無事な完工をねがう祝の儀式も行われた。

 秋風が立ち、そして年が明けた。一月中旬には大きな流木が吹き寄せられ、帆柱の基部となった。しかし、工事はなかなか進行しない。”釘が欲しい”という悲痛な声がでた。そうして、また年が明けた。鉄製の碇、おそらく船から投げ出されたものこれを引き上げ、火で熱して釘を作った。また、流木が寄せられた。みんな、狂ったように働きつづけ、、とうとう船ができあがった。伊勢丸と命名された。長平が、島にきてから12年半ちかくを経過していた。

 彼らは、その船で出帆し、夜は北極星の位置を頼りに航行した。霧のなかから島が現れた。青ヶ島である。そこは岩石でおおわれ、船をつけるところはなかった。しかし、風待ちしたあと、航行をつづけ、ようやく八丈島に辿りついた。
ようやく故国の土を踏むことができた。

     ~~~~~~~~~~~~~~~~~

 長平は、ほかのものが死んでゆくなかで、絶望に打ちひしがれながらも、どうして生き残ったのか。彼、神の存在を信じたのである。希望をいだいたのである。ドストエフスキー不朽の名作『カラマーゾフの兄弟』の中で、大審問官が、「神は存在するのか」と問う。物理的、論理的に考えれば、神など存在しない。いや、存在することはあり得ない。

 しかし、神という存在を人間が信じたからこそ、未来の世に人は希望を抱き、生きつづけ、文明をつくり上げることができたのである。おそらく、長平も、そのように思うことによって、死線を乗り越えたのであろう。
この400頁を越える大作を、私は飽きることなく読み続け、繰り返し読んだ。そうさせたのは、著者吉村昭氏の筆力のなせる業である。綿密かつ克明な取材に裏打ちされた描写ーたとえば和船の構造、太平洋の四季の気象の変化、島の風土、鳥の生態、などなど。こういう微に入り細を穿った描写があればこそ、読むものを飽きることなく惹きつける。まさに、”神は細部に宿る”、という言葉の通りである。
 
 まことに素晴らしい筆力と感じ入った次第である。もう一つつけ加えておくと、解説を書かれている高井有一氏の言葉が印象に残る。

 ”随筆集などで読んだ内容から察するのだが、吉村氏は、資料だけを頼りに小説を作り上げはしないのらしい。必ず歩いて取材をする。ある時は背景となる土地を訪ね、或る時は体験者、目撃者に会って話を聴く。必要とあれば、専門の学者に教えを乞うのを決しておっくうがらない。人に話を聞くなんて簡単な事のようだが、相手に通じるだけの気持ちの深さが聞き手の方にない限り、実のある話はひきだせない。”

 これは、まさに臨床心理学でいう、「聴く力」である。ということで、筆を置くにあたって、茨木のり子の詩「聴く力」を記しておくことにする。


(聴く力 茨木のり子)ひとのこころの湖水
その深浅に
立ちどまり耳澄ます
ということがない

風の音に驚いたり
鳥の声にほうけたり
ひとり耳そばだてる
そんなしぐさからも遠ざかるばかり

小鳥の会話がわかったせいで
古い樹木の難儀を救い
きれいな娘の病気まで直した民話
「聴耳頭巾」を持っていた うからやから

その末裔(すえ)は我がことのみに無我夢中
舌ばかかりほの赤くくるくると空転し
どう言いくるめようか
どう圧倒してやろうか

だが
どうして言葉たり得よう
他のものを じっと
受けとめる力がなければ


     ~~~~~~~~終わり~~~~~~~~


 長い間、お待たせしたうえ、またながながと詩を書きました。筆がすべりました。お許しください。『関東大震災』については、続編で書きます。

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2015年3月15日 (日)

たぶん、4カ月ぶり、外で熱燗を飲むのは。本日は日光の「ヨイノチ」

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  1. たぶん、4カ月ぶり、外で熱燗を飲むのは。本日は日光の「ヨイノチ」で。体調がかなり戻ってきたので、その「確認」?も含めて、
  2. 壁に架けてある「しゅんや」の絵の素晴らしいことー。買いたいが、高いだろうな~(店主は「絶対、動かさない!」と、抵抗しているがー
  3. (本日の「霧降文庫」は、9人連れの一行など計12人、夕方まで、休む時間がありませんでした。いわゆる嬉しい悲鳴だったので、自分の時間も持ちたいとー)

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2015年3月13日 (金)

われわれは死者の言葉を読んでいる  池田晶子「幸福に死ぬための哲学」

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 かつての哲学者たちは、今はみんな死んでいる人たちです。つまり、死者の言葉をわれわれは読んでいるわけです。哲学書に限らず、文学書を読むのもそうですが、われわれは死者の言葉を読んでいるのです。そうしてみると・・・・

 以上はこの本の「言葉 言葉が人を創る」の中の「死者の言葉」から。初出は・・というと、「人生のほんとう」だった(という注釈がどのことばにもあるのです)

 今年2015年2月23日第一刷のこの『幸福に死ぬための哲学 池田晶子の言葉』(講談社)もそのひとつだ。筆者の彼女(美人哲学者)も、もう8年前、2007年2月23日に亡くなっている。

 彼女は1960年生まれだから、47歳という若さだったのだね。今、気づいたら、この本が発行された2月23日は、彼女の命日。<どうも、中途半端な日付に発刊すると思ったことだった>。

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2015年3月12日 (木)

ピケティがさまざまな「波紋」 FACEBOOKに書き込んだもの

 「21世紀の資本」について、「ともだち」がFACEBOOKにかなり同意できる内容を書き込んでいたので、私もそれに少しコメントを。

 もっとも、私は600頁のうち、まだ450頁まで。でも全体像はだいたいさまざまな書評でいかがえる。それにしても、きっちりした見解を示すには、読み終えないとね。でも、次々と魅力的な書籍が出版されているので、どうしても平行読みとなってしまう~。

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ピケティの功績は市民派経済というか、経済を市民にというか。大きな物語を関係者でしかわからない数式ではなく、わかりやすく世間に示そうとしたところにあると思っています。

現実に起きてしまう、さらに拡大してゆこうとする今とさらに今後の「格差」、そしてその「拡大」について、(それが極大になれば、「革命」になってしまうことも指摘していますね)再配分の方法を提示しているところも現実的です。

同時に投資マネー、金融マネーに網をかける必要もあるのではないかと。だからこそ、今の資本主義そのものの仕組みを肯定しつつ、論を立てているのですが、どうもそれだけでは物足りない。

一方で「利子率革命」による資本主義の終焉、そして新たな定常型社会の水野和夫理論も基本的にはうなづけます。しかし、その水野史学も何かが足らないとも。

トッドの反グロール主義が示されおりますが、私は大塚久雄経済学の「局地的市場圏」(やはり地域で生産物を回してゆく)のほうに親近感があります。

さらにその地域経済圏での内田樹ふうの「贈与」の役割が大事になるとも。それから先に「懐かしい未来」を考えてはいるのですがー

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2015年3月10日 (火)

10冊を同時並行で読んでます?  次々と魅力的な新刊本がー

 

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次々と魅力的な新刊本が発刊されているので、「21世紀の資本」(ピケティ)と同時並行でこれらの本も読んでおりますー~(積んでおります?)。

実際は、毎日、そんなに読書時間がとれるわけではないので、トホホ・・・~の状態ではあります(でも、ぜひ読み終えたい本ばかりですー笑いー

 それでも、「昭和戦前期の政党政治」は、もう8割ぐらい読む進めることができた。「新・資本論」は、魅力的なテーマをいくつか。

 「日本戦後史論」は、きょう10日、買い求め、「まえがき」と「あとがき」を読んだところ。これなどもわくわくしながら、読むことができるだろう。いずれ、書評的な記事を書きたい

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2015年3月 9日 (月)

ところが全然違う  作家 高村薫さんに聞く「原発と日本」

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 「東日本大震災後、日本人は自分たちが築いた文明に懐疑的になり、立ち止まって考えると思った。ところが全然違う。一体、日本人は何人死んだら立ち止まるのか。1万5千人余りでは足らないのだろうか。だいたい太平洋戦争で300万人も亡くなったというのに、今の政治家は懲りてないというか、戦争の反省がない。本当に愚かとしかいいようがない」。

 作家・高村薫さんのインタビュー記事の中の言葉だ。本日9日付東京新聞「作家 高村薫さんに聞く『原発と日本』」。3面に載っていた。 

 もともと、高村さんの文明評の切れの良さは定評があり、彼女のこの手の「評論」(インタビューだが、評論だ)は、知れば、目を通すことにしている。

 

 「3・11」4年目だけに、この記事も高村さんの厳しい見方が全編に。厳しいというか、とても重い指摘があちこちに。その中でも、印象に残ったのが、上記の「本当に愚かとしかいいようがない」

 

 その前の「懐疑的になり、立ち止まって考えると思った。ところが全然違う」も、<確かにね>と、最初は思っていた。それも少し時間が過ぎたら、そう簡単なことではないとも。確かに政党レベル、政権レベルではそうかもしれない。「3・11」がなかったかのように、当たり前に「再稼動」も進めると言っているのだから。

 

 私からも「なんという愚かさよ」と言いたいが、その前に「懐疑的になり、立ち止まって考える」、その部分では「全然違う」とまでは言えないのではないか。そう言い切ってしまっていいのだろうかと。というのも、脱原発、再稼動反対は4年が過ぎる今でも世間の大勢であり、そのことを公然と世の中に語ることができる。20万人規模とはいかないが、まだ万単位のデモも組むことができている。地方でも繰り返し、脱原発デモが続いているのだ。

 

 福島の悲劇の「風化」が進んでいる、という感覚は私の周りでもうすうす感じてはいる。でも、まだまだ、どっこい、脱原発の思いはどっしりと根付いている、そう実感している。生活レベルでも。市民レベルでは「懐疑的になり、立ち止まって考える」、そんな人たちが国内のあちこちに。栃木県の観光地、この日光でもその姿を示すようになってきている。というか、そのような姿勢を示しても、そんなスタイルもあるだろうと、見られている(かつては、いわゆる『白い眼』で見られていた)。

 

 1986年のチェルノブイリ事故以後の数年間の脱原発の動きを現場で取材してきた私からすれば、隔世の感がある。というのは、当時の脱原発活動は、社会の中ではかなりの少数派、あるいは傍流派だった。今の脱原発の運動を見ていると、それが主流となっている(少しトーン、盛り上がりがダウンしてはいるが)。

 

 この違いは大きい、というか、決定的に違う。高村さんの言うように、政治の世界では「本当に愚かといかいいようがない」としか言えない「再稼動」が既定方針のように大手を振って歩いている。その面では高村さんと一緒に嘆いてはいる。

 

 でも、世の中は、「3・11」を経て、体験して、見聞きして、確実に変わってきている。その潮流がそのまま政治に反映されていないという「矛盾」もあるのだがー。先の総選挙で自民大勝という結果はとても信じられないのだ。(現実を分析すると、そうなるらしいが)。

 

 その意味では市民レベル、地方レベルから、民意を汲み上げてゆくことが大事になる(だから、そのことも含め、今から1年前の日光市議選に私も立候補したのだがー準備不足などもあり、惨敗に終わったがー)。つまり、この春の統一地方選が大事だ。そのことを伝えたかったのかも。 

 (そうだ、平木ちさこさんの「応援カード」をさらに集め、この数日のうちに事務所に届かないといけない)-ということも忘備録としてー。最後は笑いでした。

 

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2015年3月 8日 (日)

「霧降文庫」は図書室も兼ねてます 3月企画は「『3・11』の<伝言>」

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「霧降文庫」は図書室でもあります(無料ノート貸し出し)。毎週、日、月と祝日にオープン。

9日(月)も、雨上がりの霧降高原で、ひっそりと(笑い)・・やってます。(道路の雪はまったくありません)。

日光市所野1541-2546のナビでやると、ピタリ。8日はそれで来訪してきた茨城県のお客さんもおりました

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「霧降文庫」は、日、月、祝日オープン。11時から17時まで。

〒321-1421 日光市所野1541-2546 0288-25-3348です

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2015年3月 7日 (土)

「3・11」の<伝言>  「霧降文庫」、3月の企画テーマです

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 古書店兼図書室「霧降文庫」の3月は8日(日)から始まります。3月のテーマは当然、「3・11」にちなむもの。4年目です。そこで今回は「3・11」の<伝言>をテーマに、厳選100冊を用意しました関連本は400冊。今回は図書室の本ばかり。貸し出しのみの非売品です

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 ただし、単に東日本大震災、福島第一原発事故に関連した本だけではなく、「3・11以後」について考え、学び、行く、そんな本も用意しました。特に福島第一原発事故については、まだ、収束しておらず、現在進行形です。その意味でも放射能問題はかなりさまざまな視点を出してみました

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 霧降高原では7日、約5センチの降雪がありましたが、道路はもう消えております。暦の上ではもう春。初春の霧降高原へ。「霧降文庫」は、日、月、祝日オープン。11時から17時まで。

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2015年3月 6日 (金)

沖縄の米軍基地はなくすべきだ 米国国務省が1946年に

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「沖縄のような大きな人口の地域を支配下におけば、アメリカは帝国主義だという批判にさらされることになる」。沖縄を「非軍事化」したうえで、つまり基本的に米軍基地をなくしたうえで、日本に返還すべきだと主張していた。それは太平洋憲章の「領土不拡大」という大原則があったため、だと。

戦後70年が過ぎても、沖縄は米軍基地化しているが、かの当時、これは「偽装された領土の併合」ではないかという批判が・・・。こんな沖縄非軍事化構想を主張していたのは、だれだと思いますか。・・・・・

 答えは、アメリカ国務省ー。だったというのだ。といっても、戦後2年目、1946(昭和21)年6月だという。これは『日本はなぜ、[基地]と[原発]を止められないか』(矢部宏治)から。この指摘は『戦後史の正体』にあったかと思ったら、勘違い。この本だった(「戦後史の正体」でもこのあたりの記述が欲しいところだが)。

冷戦が始まる前の米国国務省はこんな考えをしていたとは。沖縄は1972年に返還された。が、その後の軍事基地の固定化はご承知の通り。1971年秋、沖縄返還協定批准を阻もうと、つまり、沖縄の非...軍事基地化での解放・返還を求め、連日のデモー。当時、私も国会へ向けて「進撃」したが、途中で機動隊に阻止されて・・・。といういわゆる「八派全学連」の大方針は、なんのことはない~、米国国務省が1946年に言っていたことだったのだー。

いやはや、「歴史」はきっちり知りたいねー。

2015年3月 4日 (水)

「敬意が生む関係の深さ」 むのたけじさんの「視点」ー

朝日新聞岩手版で、元朝日新聞記者というか(「戦争責任」を感じて、朝日新聞社を退社)、その後「たいまつ」を主宰してきた「むのたけじ」さんの連載「再思三考」を、先輩に教えられた。最新のエッセイである「イスラム国」をめぐる内容もすごく切れ味がいいが、この記事もさすがの視点だー。

 そう思ったので、BLOGに掲載することに。朝日新聞デジタル岩手版(2015年2月6日だったか)からの転載。無断だが、私もデジタル購読者なので、いいことに(問題があったら、なにか言ってくるだろうー)。

 とくに最後の文章である「1対1できっちり敬い合う。尊敬しあうことがすべての始まりなんだと思いますよ」という結ぶは、「なるほどー」というか、「確かにそういうことだよね」と、改めて思わされたのです。

敬意が生む関係の深さ(むのたけじ)

写真・図版

 

 100歳になって、祝いの会をやろうという誘いは全部断ったんですが、代わりに「100歳のつどい」というのをやったんです。祝ってもらうのではなく、私が、これまでお世話になった人に感謝する会です。友達、仲間にお礼が言いたかったんです。

 そこで一人の男の話をしました。信夫(しのぶ)韓一郎という先輩記者のことです。私より15歳年上ですから、もうとうに死んでいます。仲良く何回も会ったかというとそうじゃないの。覚えているのは三つの出来事しかないんです。

 一つは、太平洋戦争が始まってジャワに朝日新聞の特派員団が組織されたとき。キャップが信夫で私は一記者。3万人の日本軍団が台湾から1カ月もかかってインドネシアに攻めにいった。その間、各社の特派員もいて、たいてい皆同じ食堂で昼食をとっていた。

 ある時そこに、陸軍中尉が来て「新聞記者どもがここにいるのか」と言ってギラギラの軍刀を振り回すんです。100人ばかりいた客がみんな逃げていった。気がついたら残っていたのは信夫さんと私だけだった。それが一つ目。

 それからジャワに行って彼が支局長。ジャワは熱いから彼は汗をだらだら垂らしている。記者が原稿を書いて持って行くと、彼はつぶやくように言ったんです。若い記者が熱心に書いた原稿をびしょびしょの体で読んじゃいかんなって。そして水をかぶってきて、きちっとした姿で読んでいた。そして感想をしゃべった。これが二つ目。

 半年したら信夫さんは転勤だ。支局に誰もいないときに突然きて大声で「むの君、君は俺が好きか。俺は君が好きだ」って。つきあったのはこれだけですよ。たったこれだけの中に、私にとって、人間の付き合いの大事なものが現れているんです。

 それは何かというと、脅迫には屈しないという、ジャーナリストの鉄則を守ったこと。他人の労働を大事にしたこと。好きです、嫌いです、やります、やりませんという動詞を堂々と大きな声で言ったこと。それらを信夫さんはやってくれた。

 後に朝日新聞の重役になっても、豆新聞をやっていた私をバカにせず、戦後の新聞をどうやって本来の姿に戻すかと一生懸命話しました。それが友なんです。

 黙っていれば何のつながりもない中で、何かの機会に心と心の結びつきが生まれる。職場の同僚だから、労働組合のメンバーだからという人間関係とは違うの。ある意味では、親子や夫婦や親戚とのつながりより深い意味を持つ人間関係です。

 それは、人間としてお互い努力しているから生まれるんじゃありませんか。1対1できっちり敬い合う。尊敬しあうことがすべての始まりなんだと思いますよ

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2015年3月 2日 (月)

この外国紙の記事は非常に鋭い  「イスラム国」人質殺害事件

 いやはや、きちんとした記事、すじが通った論理です。国内のメディアでは今まで私としては読んでいない見方です。説得力もありますね。シェアします

 

上記のようにFACEBOOKに書いたのでした。FACEBOOKでたまたまシェアされたこの記事を読んで、えらく共感。なので、ぜひ、このBLOGにも掲載したいーそう思い、以下に転載したします(転載不許可となったら、仕方がないがー)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150226-00128242-kana-l14

ヤフーニュースです

時代の正体 「イスラム国」は問う 議論も起こらず懸念 英経済紙「エコノミスト」特派員 ディビッド・マックニールさん カナロコ by 神奈川新聞 2月26日(木)12時14分配信 .

時代の正体 「イスラム国」は問う 議論も起こらず懸念 英経済紙「エコノミスト」特派員 ディビッド・マックニールさん ディビッド・マックニールさん  

政治家が持ち出す自己責任論、そして責任が問われない政治家-。英経済紙「エコノミスト」特派員、ディビッド・マックニールさんは、そうして肝心なことが論じられないこの国の先行きが心配でならない。過激派組織「イスラム国」による邦人人質事件は、海外から向けられる奇異のまなざしをあらためて浮かび上がらせてもいる。  

 後藤健二さんが殺害された時、米ホワイトハウスは声明を発表し、オバマ大統領は「後藤健二さんは報道を通じ、勇気を持ってシリアの人々の窮状を世界に伝えようとした。われわれの心は後藤さんの家族や彼を愛する人々とともにある」と、ジャーナリストである彼をたたえました。  

 一方、安倍晋三首相は「テロに屈しない」「テロリストたちを決して許さない」とは言いましたが、後藤さんへの評価は一切口にしなかった。  このことは私たち外国特派員に「安倍首相は後藤さん自身のことは大して気に掛けていなかった」という印象を強く与えました。興味があったのは、殺害されたのが後藤さんだったということでも、危険を冒してでも中東で何が起きているのかを世界に伝えようとしたジャーナリストだったということでもない。「日本人だった」ということだったのです。  

 安倍政権が憲法9条を改正し、戦後70年にわたって築き上げた平和国家を変えようとしているというのは、誰もが知るところです。殺害された後藤さんの映像が公開された翌日、安倍首相は自衛隊による在外邦人の救出に向けた法整備の必要性を主張しました。安倍政権は人質事件を根拠にして一連の政策を推し進めようとしているのだ、と私は思いました。

 事件後、日本では「自己責任」だとして、後藤さんと湯川遥菜さんを批判する声が上がりました。海外メディアにとっては理解し難い反応ですが、仮にそれが日本特有の考え方とするなら、なぜ、政治家の責任は追及されないのでしょう。  安倍首相は「国民の命、安全を守るのは政府の責任。その最高責任者は私」と発言しています。政治家として事件をめぐっての対応は適切だったといえるのでしょうか。

 日本政府は、後藤さんが中東で拘束されている事実を知っていた。にもかかわらず、中東地域を歴訪して「イスラム国と戦う周辺各国を支援する」と演説し、総額2億ドルの人道支援を発表しました。イスラム国が2人の殺害を予告したのは、その直後です。  日本人が人質に取られている状況下で、支援を公に表明することが適切だったとは私には思えません。

   自己責任論は政治家にとっては非常に有利に働きます。政治家自身は追及されることはなく、責任逃れができる。何をしようとも無罪放免というわけです。  安倍政権の責任も含めて、今回の事件で何が起き、政府はどう対応したのかを分析すべきだと私は思います。

  ■批判勢力なく  最も懸念しているのは、人質事件後、日本が今後、テロを含めた国際情勢にどう対処していくのか、議論がほとんど起こらないことです。なぜか。理由の一つに、メディアが機能していないことが挙げられます。  安倍首相や彼が影響力を持つ保守勢力は、右翼思想の人たちに多く支持されていますが、メディアにも同様のことが言えます。読売新聞や産経新聞、複数の週刊誌は右翼的な声に支配されており、議論を交わす状況を阻んでいるように見えます。  安倍政権がメディアに直接、圧力を与えたという証拠はありませんが、「右翼」や「ネット右翼」と呼ばれる人々が一般市民を威圧する空気を政権が自らつくり出しているように思うのです。

   私自身、戦争犯罪や従軍慰安婦、南京大虐殺などの記事を書くと「ネット右翼」から強いバッシングがありますが、驚いたのはそのこと自体ではありません。  外務省には外国特派員らの担当者がいますが、昨年12月、担当者が各特派員らに「慰安婦のことを取材する際は、今まで取材してきた人ではなく、この学者を取材してください」と言ってきたのです。外務省が取材相手を勧めてくることなど、過去に例がないし、あり得ないことです。

   安倍政権の支配力は強く、それに対抗できるだけの勢力も存在しない。いまや日本は右翼思想に包まれている。今回の事件で政府の責任を追及しない、議論が起こらないというのは、こういった問題が潜んでいるからだと思います。

  ■列強のリスク  安倍首相は日本を軍事的にも政治的にも世界規模の影響力を持つ「列強」にしようとしています。このまま突き進めば、憲法を改正し、有志連合に加わり、テロとの戦いに自衛隊が派遣されることになるでしょう。その先にはどんな事態が待っているのでしょう。  米国と同盟関係にある英国はかつて「テロとの戦い」を推進しました。

 イラク戦争では国民の反対があったにもかかわらず、米国とともに武力行使に踏み切った。  しかし、武力行使の根拠となった大量破壊兵器はイラクに存在しなかった。そして2005年にはロンドン同時爆破事件が発生し、国民が犠牲になりました。  日本は英国のように米国と強い同盟関係にある国を目指しているのかもしれません。米国とともに歩んでいく道を進もうとしているのかもしれない。それは必ずリスクを伴います。

   考えてみてください。そもそもなぜ、日本人がイスラム国に殺されなければならなかったのでしょう。私はアイルランド人ですが、アイルランド人は一人も殺害されていません。なぜなら、アイルランドは中東諸国のどこかの国や勢力に肩入れすることをせず、戦争にも参加していない。軍隊も送らず、シリアも攻撃していないからです。  中東諸国は日本を尊敬していました。先の大戦で国家を破壊されたが、自力で発展を遂げ、経済大国に上り詰めた。そういった日本に対して敬意を表す親日派は多かった。しかし、そのイメージも変わろうとしています。  

 外務省はすでに海外渡航の制限をかけ始めています。今後、そうしたことが当たり前のようになるでしょう。日本のパスポートを持っているというだけで、テロの対象になり得るのです。  代償を支払わなければならないのは政治家ではなく国民なのです」

 。私には日本人の妻との間に3歳の息子がいます。代償の支払いをさせられるのは私の子どもであり、あなたの子どもたちです。  政府が推し進めようとしている政策は、私たちの子どもたちが代償を支払ってでも果たすべきものなのでしょうか。今回の事件は、そういった重い課題を突きつけているのだと思います。

 ディビッド・マックニール アイルランド出身。ジャーナリスト、上智大講師。2000年に来日し、現在は英紙「エコノミスト」「インディペンデント」などに執筆。49歳

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2015年3月 1日 (日)

初の自主講座がスタート 「『21世紀の資本』の世界(霧降文庫)

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  「霧降文庫」主催の初めての自主講座が3月1日、スタートした。会場は日光の「霧降文庫」の薪ストーブの部屋。初回は今、話題の「21世紀の資本」をテーマにした「『21世紀の資本』の世界」。当日は報告者の内藤猛美さんと私、それに3人の計5人が午後1時から午後3時半まで、熟議をしたのでありました
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 もともと定員は10人で募集。硬いテーマなので、まあ、7~8人ぐらいの講座になるかと、踏んでいた。ネットで呼びかけたが、意外と反応は低かった。今の格差問題に切り込むにはかっこうの自主講座なので、もっと関心を寄せてくれてもいい、そう思っていたのだがー。

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  ピケティのこの本は基本的には「統計歴史学」、というか、「歴史社会経済学」といえるかもしれない。それでも、格差を生み出す構造をきちんと数字で明らかにしており、政治や経済、社会の中でさまざまに活かすことができる(実際、今の国会で民主と自民が論戦している)。とはいえ、最後の「討議」の時間では、利子率革命の水野和夫さんの歴史経済学やマスクスの「資本論」の大きな論点である価値論がこの本にはないといった指摘と、「資本論」の擁護の見方、あるいはウォール街占拠と「99%」問題との関わりなどをめぐり、「熱い討議」が展開されたのでした

 特に水野和夫さんの内容の濃い新書「資本主義の終焉と歴史」は共通の話題となった。参加者の一人が強調した。「今の日本のゼロに近い利子率は資本主義が成立して以来、イタリア・ジェノバの歴史上、最低の利子率の期間を上回っている。日本の今はその最長を更新する停滞であり、いわば資本主義の終焉を迎えたことをそのまま示唆している。それを切れ味よく分析を展開しつつ、次の時代の基本的な構え、定常型社会が展望されている。ピケティのこの大著にはそれがないのではないか」といった見方が出されていた。

 この水野さんの著書はなぜ、キリスト教は利子を禁じてきたかの歴史(利子は時間が生む、しかし、時間は神のものであり、だから、神の時間に触れることはできない)、それを超えて利子がいかに黙認、許可されてきたかという分析もあり、上記の見方も含めて、とても魅力的だ。それについて、私もそんな読み方を伝えた。ただ、もっと基本的なところでピケティの分析の疑問の声も。例えば、ピケティの内容はこれまでも私たちが当たり前に知っていることであり、目新しい内容ではないのではないか」と。

 それに対し、「そうした感覚は私たちも覚えているが、それを200年といった長いスパンをとって、数字で、統計で示すことで、つまり、格差の構造や資本収益率が経済成長率よりも上回ること、ようするに、資本の増大の秘密を明らかにしている、いわば、現代の『コロンボスの卵』の仕事だ。これまでの貧乏人の分析ではなく、富める者、金持ちに視点を向けた仕事で、逆に言うと、上位と下位の格差が実証的に浮き出てくるものであり、その傾向に対処策も含めて警鐘を鳴らしている」といった、評価する立場からの意見もあった。

 さらに「永続敗戦論」(白井聡)、「日本はなぜ、基地と原発が止められないのか」(矢部宏司)、「戦後史の正体」(孫崎享)などの話題の著書に触れ、戦後史、原発、砂川判決、沖縄返還、安保闘争などについて、論が飛び交う状態に。しかし、いかんせん、すでに予定時間を1時間もオーバー。「タイムアウト的」に第一回自主講座を閉じることにしたのでした

 この手の、いわゆる社会的な、政治的、経済的な議論はふだんなかなかできない。それだけに、いずれにしても、この長い午後時間について、各人はそれなりに「満足」を覚えたよう。「討議」を終え、一人の参加者はさっそく、「霧降文庫」から自主講座で話題となった「資本主義の終焉と歴史の危機」、それに、水野和夫さんと近藤康太郎さんとの対談本、「成長のない社会で、わたしたちはいかに生きていくべきか」の2冊を借り出していったのでした。

 自主講座は全部でも5人と、少人数だったが(当初からそんなものだろうとみてはいたのですがー)、初の試みとしては悪くはないのではないかと。でも、部屋の大きさからだと、7~8人ぐらいか適当かも。「討議」をするにもそれくらいかなと。きょうの予定では2時半に終えるつもりだったが、1時間延びて3時半に。それでもあっという間だった(休憩時間10分を入れて)。「霧降文庫」では、これからも毎月のテーマに合わせ、第2回、第3回と企画してゆくので、このブログ読者のみなさんも手を挙げてくださいねー。

 あっ、ところで、「霧降文庫」の2日(月)は、いろいろな用事があるの、「臨時休業」になります。告知まで

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