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2015年3月 4日 (水)

「敬意が生む関係の深さ」 むのたけじさんの「視点」ー

朝日新聞岩手版で、元朝日新聞記者というか(「戦争責任」を感じて、朝日新聞社を退社)、その後「たいまつ」を主宰してきた「むのたけじ」さんの連載「再思三考」を、先輩に教えられた。最新のエッセイである「イスラム国」をめぐる内容もすごく切れ味がいいが、この記事もさすがの視点だー。

 そう思ったので、BLOGに掲載することに。朝日新聞デジタル岩手版(2015年2月6日だったか)からの転載。無断だが、私もデジタル購読者なので、いいことに(問題があったら、なにか言ってくるだろうー)。

 とくに最後の文章である「1対1できっちり敬い合う。尊敬しあうことがすべての始まりなんだと思いますよ」という結ぶは、「なるほどー」というか、「確かにそういうことだよね」と、改めて思わされたのです。

敬意が生む関係の深さ(むのたけじ)

写真・図版

 

 100歳になって、祝いの会をやろうという誘いは全部断ったんですが、代わりに「100歳のつどい」というのをやったんです。祝ってもらうのではなく、私が、これまでお世話になった人に感謝する会です。友達、仲間にお礼が言いたかったんです。

 そこで一人の男の話をしました。信夫(しのぶ)韓一郎という先輩記者のことです。私より15歳年上ですから、もうとうに死んでいます。仲良く何回も会ったかというとそうじゃないの。覚えているのは三つの出来事しかないんです。

 一つは、太平洋戦争が始まってジャワに朝日新聞の特派員団が組織されたとき。キャップが信夫で私は一記者。3万人の日本軍団が台湾から1カ月もかかってインドネシアに攻めにいった。その間、各社の特派員もいて、たいてい皆同じ食堂で昼食をとっていた。

 ある時そこに、陸軍中尉が来て「新聞記者どもがここにいるのか」と言ってギラギラの軍刀を振り回すんです。100人ばかりいた客がみんな逃げていった。気がついたら残っていたのは信夫さんと私だけだった。それが一つ目。

 それからジャワに行って彼が支局長。ジャワは熱いから彼は汗をだらだら垂らしている。記者が原稿を書いて持って行くと、彼はつぶやくように言ったんです。若い記者が熱心に書いた原稿をびしょびしょの体で読んじゃいかんなって。そして水をかぶってきて、きちっとした姿で読んでいた。そして感想をしゃべった。これが二つ目。

 半年したら信夫さんは転勤だ。支局に誰もいないときに突然きて大声で「むの君、君は俺が好きか。俺は君が好きだ」って。つきあったのはこれだけですよ。たったこれだけの中に、私にとって、人間の付き合いの大事なものが現れているんです。

 それは何かというと、脅迫には屈しないという、ジャーナリストの鉄則を守ったこと。他人の労働を大事にしたこと。好きです、嫌いです、やります、やりませんという動詞を堂々と大きな声で言ったこと。それらを信夫さんはやってくれた。

 後に朝日新聞の重役になっても、豆新聞をやっていた私をバカにせず、戦後の新聞をどうやって本来の姿に戻すかと一生懸命話しました。それが友なんです。

 黙っていれば何のつながりもない中で、何かの機会に心と心の結びつきが生まれる。職場の同僚だから、労働組合のメンバーだからという人間関係とは違うの。ある意味では、親子や夫婦や親戚とのつながりより深い意味を持つ人間関係です。

 それは、人間としてお互い努力しているから生まれるんじゃありませんか。1対1できっちり敬い合う。尊敬しあうことがすべての始まりなんだと思いますよ

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