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2015年11月

2015年11月30日 (月)

ジュッテン・ニイイチが三島由紀夫を追いつめた(その1) 折々の<状況>

Img_5415 ジュッテン・ニイイチが三島由紀夫を追いつめた(その1)

 

 10・21 私たちにとっては、「ジュッテン・ニイイチ」そのことがよくうなずける展開だ。「なるほど、そういうことだったのか!」。この『三島由紀夫 作品に隠された自決への道』(柴田勝二 祥伝社新書 2012年11月10日第一刷)の展開や終章である「第八章 <神>となるための決起」を読み進めると、確かに。とはいえ、当日、1970年11月25日、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地総監室のバルコニーからまかれたアジびら、檄文を読めば、そのことは一目瞭然だったのだね。

 国際反戦デーはウイキペディアによると、始まりは1966年。当時の総評が「ベトナム反戦スト」を行い、それを世界に呼び掛けたことによるという。68年は新左翼による新宿騒乱となり、翌1969年は新宿を中心に各地で機動隊と衝突、逮捕者1594人を数えたという。檄文で三島はこの国際反戦デーに何が起きたかと問う。「このデモは、圧倒的な警察力の下に不発に終わった。その状況を新宿で見て、私は、『これで憲法は変わらない』痛感した」とつづる。機動隊に新左翼各派が封じ込められたことを以下のように残念がる。少し長いが、三島らの行動の視点がよくわかるところだ。この1969年10月21日の国際反戦デーは「自衛隊にとって悲劇の日」だというのだ。

 

 その日に何が起ったか。政府は極左勢力の限界を見極め、戒厳令にも等しい警察の規制に対する一般民衆の反応を見極め、敢えて「憲法改正」という火中の栗を拾はずとも、事態を収拾しうる自信を得たのである。治安出動は不用になった。政府は政体維持のためには、何ら憲法と抵触しない警察力だけで乗り切る自信を得、国の根本問題に対して頬かぶりをつづける自信を得た。これで、左派勢力には憲法護持の飴玉をしやぶらせつづけ、名を捨てて実をとる方策を固め、自ら、護憲を標榜することの利点を得たのである。名を捨てて、実をとる! 政治家たちにとってはそれでよかろう。しかし自衛隊にとっては、致命傷であることに、政治家は気づかない筈はない。そこでふたたび、前にもまさる偽善と隠蔽、うれしがらせとごまかしがはじまった。
 銘記せよ! 実はこの昭和四十四年十月二十一日という日は、自衛隊にとっては悲劇の日だった。創立以来二十年に亘って、憲法改正を待ちこがれてきた自衛隊にとって、決定的にその希望が裏切られ、憲法改正は政治的プログラムから除外され、相共に議会主義政党を主張する自民党と共産党が、非議会主義的方法の可能性を晴れ晴れと払拭した日だった。論理的に正に、この日を境にして、それまで憲法の私生児であつた自衛隊は、「護憲の軍隊」として認知されたのである。これ以上のパラドックスがあろうか。

 

 「三島由紀夫 作品に隠れた・・・」によると、三島と知己があり、三島の私兵組織『盾の会』の訓練も受け持ったことがある山本勝(きよかつ)の『自衛隊「影の部隊」 ――三島由紀夫を殺した真実の告白』(講談社 2001年)に、国際反戦デーにこんな行動計画があったという。つまり、三島らは、新宿でデモ隊が騒乱状態を起こし、治安出動が必至になったとき、まず、三島と「盾の会」が身を挺してデモ隊を排除し、次いで自衛隊主力が出動し、戒厳令的状態下で首都の治安を回復することを目指すが、万一、デモ隊が皇居に侵入した場合には、「盾の会」の会員がそれを「断固阻止」するという展開を描いていた。その「万一」の場合には、三島はデモ隊を殺傷した責任をとって切腹するはずであり、現に三島は隊員を赤坂に集結させていたという。

 つまり、「現実の事態は、そのはるか手前で収束されてしまったのであり、これによって、憲法改正の可能性も、『盾の会』の存在意義も当面消失したという認識を、三島は抱くことになった」。


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(続く)

 

(折々の<状況>その38 2015・11・30)

2015年11月29日 (日)

この時代と三島由紀夫  「霧降文庫」でスタート

Img_5388 「この時代と三島由紀夫 生誕90年 没後45年」、スタートしました。「霧降文庫」。29日(日)も開いています。13時~19時。といっても、16時半ごろには太陽が落ちてしまう(実際は地球の霧降高原が太陽から離れているのだが)。12月の基本的には、週末と祝日、それと23日から27日までは開いています(28日から大晦日前までは「霧降文庫」の大掃除へ。1月を開くか?、あるいは春まで冬季休業するのか?、下旬に決めたいと思っています

2015年11月28日 (土)

つねに早すぎると同時に遅すぎる  ジジェク「事件! 哲学とは何か」

久しぶりに手ごわい哲学本に出会ってしまった。新聞の書評に魅かれて手に。最初は柔らかい内容だったが、次第に深く豊かに。ヘーゲル、フランス構造主義、プラトン、デカルトがひょいと登場。かなり哲学的素養がないと、全体を読み込めない。私なども「これは硬いな~」と思いながらも、最後まで。そのうち、以下の箇所は「なるほどねー」と。
Img_5404 なかでも「政治的事件」について。この項はドイツ革命で知られるローザ・ルクセンブルクとエドゥアルト・ベルンシュタインとの「権力を掌握するのは時期尚早」論争に触れてから。もちろん、ルクセンブルクの「時期尚早の行動こそが、最終的勝利の政治的諸条件を築きあげるのだ」に、軍配をあげる。以下の文章はそれらのあとで。
 
(以下は本文の一部です)
もちろん問題は、行為と言うものはつねに早すぎると同時に遅すぎるということだ。一方では条件が整うことなどありえない。緊急性に屈服せざるを得ない。じゅうぶん待つ時間などない。戦略を練り上げる時間はない。行為はそれ自身の諸条件を遡及的に確立するという確信と危険性を覚悟しなければならない。他方では、緊急だという事態そのものが、行為が遅すぎたということを物語っている。もっと早く行動すべきだったのだ。行為はつねに、我々の行為が遅すぎたために生じた状況に対する反応である。要するに、行為にとってちょうどよい時期などないのだ。ちょうどいい時期を待っていたら、その行為は事物の秩序内のひとつの出来事にすぎなくなってしまう(スラヴォイ・ジジェク『事件!哲学とは何か』「支線4-3真理は誤謬から生まれる」122頁~123頁)。 (折々の<状況>その37)

2015年11月27日 (金)

霧降高原、早くもl初雪です   26日未明、「冬将軍」へ

霧降高原に初雪。早い。2015年は11月26日未明でした。facebookにアップしたら、みなさんも、びっくり。というか、私の方が、目を丸くしました。例年は12月下旬ですから。ともあれ、冬本番へ。そんな霧降高原です。薪づくりを急がないといけないー。
Photo  やっぱり日光は雪ですか!寒いですもんね(。>д<)
富岡 洋一郎 それにしても早い~。
 本当に‼びっくりしました。こちらもみぞれでも降りそうな寒さです。
富岡 洋一郎 北海道では40センチ以上。初冬では記録的とか。
 この時期には聞いたことがないような…どうしちゃったんでしょうね?
富岡 洋一郎 ほんと。例年だと、12月下旬ですが~。
 こっちもですか…
 寒そう~!これから本格的に冬に突入ですね。
Yo
九州も今朝は寒いですが、日光は雪ですか、日本は広いですね、
Hir こちらよりも1,2か月は早いです。
 いよいよですねー
富岡 洋一郎 早い冬将軍です。
富岡 洋一郎
返信する…

2015年11月26日 (木)

「この時代と三島由紀夫」 28日から「霧降文庫」で特集

Img_5312 Img_5375
Img_5379
あさって28日(土)から「霧降文庫」は、「生誕90年没後45年」の三島由紀夫特集です。「この時代と三島由紀夫」(仮題)。13時~19時。日光市所野1541-2546 0288-25-3348。気軽にお問い合わせください。
                                                                                               Img_5373
 三島由紀夫収集家が集めた初版本のかなりの単行本もそうですが、これらの文庫本も。「潮騒」「憂国」など、みなさんも親しんでいることでしょう。
 
12月いっぱいは、三島由紀夫特集です。薪ストーブの「霧降文庫」へ、どうぞ(笑い)(実際、きのう、きょうは薪ストーブ全開です)。

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2015年11月25日 (水)

もはや行き着く先が見えてしまったような今日では   『終わり方の美学」

Img_5358 「二十五年間に希望を一つ一つ失って、もはや行き着く先が見えてしまったような今日では、その幾多の希望がいかに空疎で、いかに俗悪で、しかも希望に要したエネルギーがいかに膨大であったかに唖然とする。これだけのエネルギーを絶望に使っていたら、もう少しどうにかなっていたのではないか。」

 

 

 これだけ絶望していたとは。今回のこのエッセイ「私の中の25年」から。「事件」が(今、スラヴォイ・ジジュクの「事件!」を読んでいる途中だったので、思わず)起きたそのわずかか4カ月のこと。その日は1970年11月25日、45年前のきょう。陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地東部方面総監室を占拠、バルコニーから檄文をまき、大演説を行ってから、「盾の会」の会員の介錯により切腹した。そう、作家・三島由紀夫。45歳だった。

 

 冒頭にあげたのは、帯文に「生誕90年、没後45年…三島の遺した日本人への伝言」とある徳間文庫カレッジの『終わり方の美学 戦後ニッポン論考集 三島由紀夫』(高丘卓編)から。「二・二六事件」のとき、三島は「事件」が起きた現場周辺にある学習院の初等科の11歳の少年だった。この文庫には、それらについて、自身の口から語られているエッセイ「ニ・二六事件と私」もある。少年の衝撃は容易に想像できるが、三島少年が感じた当時の空気や感覚が書かれているのが、興味深い。というか、後年の三島がいかに「二・二六事件」を生きてきたか、その証言になっている。

 

 三島が学習院出身なのは知っていたが、その日の学校のことが書かれていたのは、今回初めて知った。これまで三島の良き読者ではなかったので、当然といえば当然だ。以下は本文から。

 

 その日、登校した私と級友である子爵の息子とのやりとりも、貴重だろう。

 「総理が殺されたんだって」

 と声をひそめて囁くのをきいた。私は、

 「ソーリって何だ」

 とききかえし、総理大臣のことだと教えられた。

 

世に出たのは1966(昭和41年6月「英霊の声」)だが、そこで三島は「鬱屈」が日ましにつのってきている状況を伝えながら、「二・二六事件」の青年将校の歎きに思いをはせる。その心情が「憂国」などを書かせた背景であることがうかがえるようになっている。 

 「徐々に目的を知らぬ憤りと悲しみは私の身内に堆積し、それがやがて二・二六事件の青年将校たちのあの劇烈な慨きに結びつくのは、時間の問題であった。なぜなら二・二六事件は、無意識と意識の間を往復しつつ、この30年間、たえず私と共にあったからである。」(折々の<状況>その37)

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2015年11月24日 (火)

死を公言し、実行してしまった  三島由紀夫について『1968年』

  Img_5344_2 ウイキペディアによると、福田和也は、絓秀実(すが・ひでみ)について、「十年来もっともラディカルな文芸批評家であり続けている」と評したという。そのすが・ひでみは、『反原発の思想史』(2012年)を書いているのだが、三島由紀夫を<探して>いたら、たまたま彼・すがが書いた『1968年』(2006年 ちくま新書)へ。
 
  その『1968年』にやはり三島が登場、というか、1970年11月に自決する三島は欠かせないだろう。そこに難しいが、考えさせられる彼・すがの見方が示されている。いわくー・  「遺作の『豊饒の海』も、、まさに一連の偽史的な『年代記』ものであった。しかも、三島はそうした『虚構』=ヴァーチャルリアリティを打ち破るのが死だと公言し、そのことを自ら実行してしまったのである。」  
 
 これ以下は、村上春樹が最も下敷きにしている作家が、三島由紀夫だとする指摘などを示したうえで、「だとすれば、三島由紀夫と70年代の7・7以降の偽史的実践運動の差異はどこにあったと言うべきであろうか」と。
 
 「だとすれば」いうが、その意味はそのままでは、わからない。「最も難しい批評家」と評されているだけになおさら。今は、こうした指摘が「1968年」の中にある、そのことを紹介してみたかったのです

2015年11月23日 (月)

とんぼをとることで自分自身を生産している 岩波新書「資本論の世界」

Img_5305 「つまり、どんぼを生産するというとおかしいけれど、とんぼをとることを通じて彼は自分自身を生産している。それだから、労働が楽しい。子供が、かりに、文章を自由に駆使出来れば、今日一日何を作ったか~~~~~あるいはわれわれの眼から見れば、何をこわしたか~~~~を、今日一日の生きてきた記録として書くでしょう。子供が、ふすまに制作した絵を見ていますと、未開人の制作と同じで、稚拙ながら芸術を感じさせることがあります。全力投球で、しかもピカソにでもなってやろうなどというみみっちい気持がないから、かえって芸術になっている。未開人の制作物と似たところがあります」   。

1966年11月初版。今から半世紀前に発刊された岩波新書だが、さまざまな刺激を受けることができる。これまで下宿を転々としたり、転職や転勤をしたりで、東日本を引っ越しすること10数回。それを重ねるうちに、この本、『資本論の世界』(内田義彦)を、どこかに失っていた。が、つい最近、ご近所の「ともだち」と世間話をしているうちに、「資本論」で盛り上がり、借用することに。この本は、講談調というか、小さな教室で語り掛けるような語り口が魅力的だ。第5章の「相対的剰余価値」、第六章の「資本と人間の再生産」が最も力の入ったところだが、私は第四章の「労働と疎外」がすんなりと。その展開を懐かしく読んだ。その中でも、ここがいいね!が、上記に挙げた文章だ。
  私は20代から30代にかけて、労働と制作、労働と仕事、遊戯と労働について、「資本論」を中心にその仕組み、構造、背景を追いかけていた。それを1970年代から80年代にかけて、自分たちの同人誌『序説』に「労働論ノート」として連載するほどだった(確認してみたら、第5号から1981年の第12号まで8回連読で掲載していた。その連載をきっかけに労働業界紙に入り、その後、地方紙、中央紙へ。計35年間の記者生活をスタートさせている)。それほど、「労働」が当時の大きな<課題>だった。『自動車絶望工場』(鎌田慧)や『国家のなかの国家』(熊沢誠)などを手がかりに、仕事の傍ら、暗中模索し、メモに残していた。そのことを「資本論の世界」を読み進めながら、想い出したのだ。その「労働論ノート」、未完のままだが、さて、どうしよう?-(2015年11月23日 折々の<状況>その37

2015年11月22日 (日)

「杉浦日向子的世界」は23日まで。 12月から「三島由紀夫特集」へ

 「霧降文庫」の「杉浦日向子的世界」は、23日(祝日)が最終日ですー。
 
 Photo 「霧降文庫」」のお知らせ~。企画「江戸へようこそ 杉浦日向子的世界」は、あす23日(祝日)が最終日です。お早めにどうぞ(笑い) とぃっても、23日(月)の1日だけですがー。ぜひ、可否でも楽しみながら、杉浦日向子の世界へ。お薦めです。
 
28日(土)から12月は、1970年11月25日、自衛隊市ヶ谷駐屯地で自決した作家・三島由紀夫をとりあげます。 
 
  「没後45年・生誕90年 三島由紀夫特集」。展示(販売も少し)の半分強は霧降高原に暮らしている三島由紀夫収集家から長く預かっていた貴重な三島由紀夫だけの古書(初版本などがあり、非常に高価です)。
 
  新刊本には、ちまたでブームだという『命 賈ります』。1968年12月発行の初版本が。さらに、「核兵器を持った人類の滅亡をめぐる現代的な不安をSF的技法で描いた」という『美しい星』も(浅学非才にも、三島がこんなテーマで書いているなんて~、今回、初めて知りました~)。
 
   もちろん、『討論 三島由紀夫と東大全共闘』も。平成18年6月再販の文庫もそうだが、1969年7月10日の珍しいきちんとした初期本も。分厚い「三島由紀夫全集」もね。
 
 このところ、新聞では三島由紀夫に関する記事があちこちに。きょう22日の東京新聞の「文化」欄でも。三島の生き方とモチーフに戦後70年の日本を考える小説『憂国者たち』(講談社)を今月、刊行したという作家・三輪太郎さんの寄稿文も。記事は「続く三島からの問い」。

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2015年11月21日 (土)

薪づくりも楽しめる「霧降文庫」 「杉浦日向子的世界」へ、ようこそ。

 古書店図書室「霧降文庫」の今週は、21、22、23日とオープンしています。21日の天候はまあまあだったが、22日の予報は「曇り」、23日は?。

 

 今月の企画展示(即売も一部)は「江戸へようこそ 杉浦日向子的世界」。もう没後10年。それに合わせて彼女の特集を組んだ雑誌も。<それならうちもやろう~>。

 

 ということで、今回の11月の企画は杉浦日向子さん。合わせて「カムイ伝講義」(六大学初めての総長、法政大の田中優子さん)なども一緒に。

 

 21日にはコンバインなど農機具の梱包材である板材が入荷(ありがとうございます)。天気がそれなりの日は、しばらく、薪を最初にくべる際の小さな板材つくりへ。「霧降文庫」を訪ねると、丸ノコと鉈が使えます(笑い)。

 

 「霧降文庫」は、日光市所野1541-2546.0288-25-3348。午後1時~午後7時まで。

 

Img_4300

 

Photo

 

Img_5300 薪ストーブに最初、小さな火を点ける際の板材が「入荷」したのです。県内の農機具会社がコンバインなどを梱包していた板材で、毎年、この時期にいただいているのです。トラックでやってきて、ごっそりおろしてゆくのです。感謝ー。さっそく、丸ノコとナタで、使い勝手のいいように小さな板材ぶ。それを薪小屋へ。1000枚を数えたら、疲れたので、その後は数えておりません。あした、あさってと、「霧降文庫」をオープンさせながら、この薪材つくりへ。22日の天気予報は曇り・・・「古書と可否と薪材つくり」を楽しみませんか?(笑い)。


2015年11月20日 (金)

またお目にかかる日をたのしみに 「人間の性 三島由紀夫の言葉」

Img_5293 折々の<状況>その36
「またお目にかかる日をたのしみに」 
 
  新聞の新刊本案内にあったので、本屋さんに寄る機会があったら、買い求めようと思っていた。それがたまたまきょう20日だった。新聞を斜め読みした後、手に取って、少し読み始めると、これがなかなか面白く、すでに半分以上の110頁に。
 
 今年が生誕90周年、死後45年、作家・三島由紀夫の新書『人間の性 三島由紀夫の言葉 至極の名言集』(新潮新書 佐藤秀明編)。発行は・・、めくってみたら、そのきょう11月20日。いかにも新刊本だと思わせるぴかぴかの新書だ。「霧降文庫」の12月は「三島由紀夫特集」をやろうと考えていたので、それも併せて手にしたのだ。

 
  名言集だが、これまで読んだところでは、私にとっては、それほど名言があるとは思えない。ところどころに、それなりに魅せられる文句があるのだが、それを反芻し、「ともだち」に紹介したいほどでもない。だが、「Ⅱ 世間の理」のうちの「人の間に悪意は潜む」の章?にあった以下の文章は、特に「なるほど~」、と思わされた。人と人の距離感、関係性の取り方を、挨拶の微妙な言葉の中で例示しているからだ(と、私の場合ではー)。
 
(以下は本文から)
 
「またお目にかかる日をたのしみに」  これは押しつけがましくない、よい結びの文句です。約束を強いない。再会を必ずしも約さない。人生でもう二度と会う日はないかもしれないが、この前会ったときはたのしかった、という気持が言外にあふれている。人生に対して、他人に対して、欲張った望みを持ちすぎない、という、聡明で清潔な人柄が溢れている。腹八分目で、少し物足りないぐらいのところが、人生の最上の美味なのです。「またぜひお目にかかりたいと思います」 という結びは、少し脅迫じみている。「おわりの美学」(「女性自身」昭和41<1966>年2月14日~8月1日)
 
  
 いつもいつもそれぞれが元気な一日ばかりでもない。その面で、いつか、再見できる、出会えることがあればいいね! そんな柔らかな構え方、それが、「またお目にかかる日をたのしみに」、なのではないか。<またいつか、そんなときがあったときは、前のようににこやかに、なごやかに>。肩の力を抜いたそんな問いかけ方に、無理にその人の心に踏み込んでいかない、思いやることができるその人の魅力的な心性が溢れている(ということを、実際の場面で、私がやれるかどうかは別にしてもー笑いー・・・でも、以上のようなことを知っておくことはいいのではないかと)。
(2015年11月20日、BLOG「懐かしい未来」)

2015年11月19日 (木)

七田由利さんのスピーチ さようなら原発!栃木アクション11.15

 さようなら原発!栃木アクション11.15のリレースピーチに登壇した、子育て中のお母さん、日光市の七田由利さん。素晴らしい内容に会場から大きな拍手が。7分弱。じっくり聴いてみてください。YOUTUBEにアップされていたのが、きょう19日、わかったのです。

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2015年11月18日 (水)

2300人が「民意はこっちだ!」 さようなら原発!栃木アクション

 2012年から始まった「さようなら原発!栃木アクション」。2013、2014、そして2015年のことしは、少なくとも2300人が参加。「民意はどっちだ?!」に、「民意はこっちだ!」のコールも初登場した。
 公式のFACEBOOKも、公式のTWITTERも今年が初めて。TWITTERのファロワーは17日現在で、624人ぐらいです(確か~)。曇天模様から一時、小雨も。しかし、集会が始まるころから天気が回復、パレードのときは青空に。快い一日でした。
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2015年11月17日 (火)

2300人で「脱原発!」  さようなら原発!栃木アクション11・15

第4回さようなら原発!栃木アクション11・15は、15日、宇都宮城址公園を会場に2300人(主催者発表、全てのグループをチエックした私は2500人だと思っていますが)が集会とパレードに参加しました。4年8カ月経っても、ここ栃木県では「脱原発に向けた思い」は高い意志のままです。大成功を果たすことができました。ご参加のみなさん、ありがとうございました。
この11・15の準備に追われ、BLOGはお休みにしておりました。また再開します。

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2015年11月16日 (月)

戦争、SF、魂、経済から江戸へ  「霧降文庫」毎月企画一覧~。

Img_4293 初めて振り返りました。あした19日の「天空の収穫祭」の出店の際、店頭に置こうとして。それにしても、この企画、昨夏から始め、すでに14回も。12月は今のところ、「三島由紀夫」が候補のひとつに。あっ、11月は21日から再開し、「江戸へようこそ 杉浦日向子的世界」がテーマです。 「霧降文庫企画」 (2014年夏~2015年冬)
 
2015年12月  三島由紀夫生誕90周年(未定 仮題)  
 
      11月 江戸へようこそ 杉浦日向子的世界
      10月  追悼 鶴見俊輔 永遠の<不良少年>  
       9月  <時>の旅人 筒井康隆の世界
       7月  寺山修司生誕80周年記念
       6月  詩集100冊大放出
       4月  5月  <センス>の鉱脈
       3月  「3・11」の伝言
       2月  身辺の<経済学>
       1月  世界まで何マイル?
 
2014年12月  劇画 <紅い>遠泳術
      11月  魂の潜水法
      10月  丁寧な<暮らし>
      9月  『懐かしい未来』の方へ
      8月  69年目の戦争

2015年11月15日 (日)

19日(木)です、「天空の収穫祭」 ニュー霧降キャンプ場で

Photo_3 11月19日(木)今回で3回目となる霧降高原天空の収穫祭、前売券発売中〜 今回も地元人気店のグルメ5品!+空くじなし新鮮野菜抽選券+小倉山温泉ゆりんの入浴半額券が付いてこのお値段!当日限定メニューも多数!ちょーお得です!日光・霧降高原にはおいしいお店がたくさんあるよ*購入方法:チケットは、 ・ペンショントロールの森  0288-53-1007 ・ペンションレスカル  0288-53-0200 ・高橋平版社  0288-54-1223 にて販売中!120枚の限定となります。〜出店情報チラシはコチラ http://www.kirifurikogen.net/#!/cgy4

2015年11月14日 (土)

合掌 宇江座真理さん  もっと親しむべきだった作家です

Photo_5 宇江佐真理(うえざまり)が亡くなっていたのを知ったのです。訃報は11月7日。表紙に魅かれて読んでいたのが、「余寒の雪」。私は「うざえまり」と思っていましたが、「うえざまり」なのですね。これからさらに彼女の人情もの時代小説に親しもうと思っていた矢先のこと。闘病記を書いていたことも初めて知りました。あまり良い読者ではなかったかも。66歳。この時代、少し早すぎる死です。いまさらですが、合掌。 http://www.asahi.com/articles/ASHC76GKCHC7UCLV008.html

2015年11月 9日 (月)

みなさんの参加を待ってます 「さようなら原発!栃木アクション」

Photo_2 栃木アクションパレード」(連投17)11月15日(日)の集会は13時から。パレードは13時45分から。宇都宮城址公園から市内中心部をパレードし、JR宇都宮駅前の宮の橋で流れ解散。15時終了です。 Dscn4038_2
Photo

2015年11月 8日 (日)

災害時簡易トイレつくり  実り多い段ボール箱講習会

「災害時段ボール型簡易自家製トイレ」、その講習会がきょう15日、霧降自治会館でありました。阪神大震災でも東日本大震災でもそうだが、災害時になくてはならないのが「トイレ」。それを手持ちの段ボール箱でつくってしまおうという、いわば、霧降自治会主催の自主講座だ。

Img_4745

 講師は日光市社会福祉協議会職員。日光地区の自治会でこの講座を行うのは、霧降自治会が初めて。そのためか、同協議会日光支所長も同行し、「視察」?も。用意するのは・・・●段ボール箱3つ●カッター●マジック●線引き●ガムテープ●ひも。さらに「トイレ」の中に入れる●ビニール袋●新聞・・・●砂もあればいいとも。ふ~む、材料は九つなのか~。

Img_4710

 1時間半、ご近所の自治会の人たちとワイワイガヤガヤと。講師はプロジェクターと資料でも説明し、2人一組のあちこちのグループを応援。参加者はいずれも汗も流しながら完成させました。けっこう大変(でも、一度覚えてしまえば、楽に作れると思う)基本は座る際に箱がへこまないため強度作り。ここでは段ボールをカットして三角柱を2本つくること。実際に使うことはめったにないとは思うが、水洗トイレも使えないときは、これは大事になる。

  「使用後」のものは「可燃ごみ」扱いだという。災害時はもちろん、キャンプや高速道路の渋滞、山登りなど、さまざまな場面で応用が効くのではないかと。非常に学ぶことが多かった実践編の防災講座でありました。
市販ではひとつのキットで5000円というのが、あるそうな。それなら自分でつくるほうが愉しくもあり、よほど自家製がいいね!と。「災害用簡易トイレ」をつくりたい方は私に問い合わせを(笑い)

2015年11月 7日 (土)

宇都宮で街頭ちらしまき 「11・15」を広めるために

7日(土)は

「栃木アクション11・15」実行委員会による宇都宮の街頭ちらしまき。正午から1時間。1時半から実行委員会。それまでかなりの人数が街頭へ。打率は1割5分くらいの感じdした。

Photo_3

 

二荒山神社前では、実行委員会代表の大木一俊弁護士をはじめ各幹事らが四つ角に散って、「脱原発の集会とパレードがあります」と声を掛けながら、通行人にチラシを差し出したのです。いかにもの写真を示します。

2015年11月 2日 (月)

11・15まであと12日間 北関東最大規模の「脱原発」を!

「第4回さようなら原発!栃木アクション11.15(日)」(宇都宮城址公園 13時から集会 実行委員会主催) 
 (チラシは今年の最終板。写真は昨年の様子です)Dscn4038
Img_4108
 Dscn3957 脱原発の「3000人集会パレード」まであと、2週間ー。さらに仲間に声をかけてくださいね。「さよなら原発!日光の会」では、貸切マイクロバスで会場の宇都宮城址公園に駆けつけます。
 
その関係でプログラムや署名・カンパ集めの会場スタッフ5人は、ほとんど日光市以外の「日光の会」の会員に頼みました。ほかに「原発いらない栃木の会」も10人の会場スタッフを用意することになっています。
 
この会場スタッフ15人のほか、各グループことに1人のカンパ役を配置します。さらにパレードの保安要員が数十人、ほかに受付、舞台つくりの裏方、救護所、授乳所、音響、動画・写真などの記録、ゴミ担当、司会、挨拶、リレートーク、プレコンサート出演者、先導役、コーラーなどなどー。
 
この大半がボランティアとして盛り上げることにしています。改めて、11月15日、超党派で脱原発を内外に発信する「さようなら原発!栃木アクション」にご参加をー。正午からプレコンサート、13時に集会、13時45分から2・2キロのパレード・デモへ。北関東最大規模の脱原発アピールへ、一人ひとりから!

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2015年11月 1日 (日)

タイミングよいポスター 「杉浦日向子的世界」のスタートに

「ともだち」が宅配便で贈ってくれた映画のポスター 「霧降文庫」で始まった没後10周年記念「江戸へようこそ 杉浦日向子的世界」、そのために。ありがとうございます。本日、居間に貼り出しました。
企画 「没後10周年 江戸へようこそ 杉浦日向子的世界」
13時~19時
 
〒321-1421 日光市所野1541-2546 
0288-25-3348
 
オープン
11月2日(月) 
   Img_4467_2
   3日(祝日)
   19日(木 「天空」イベント ニュー霧降キャンプ場))
   21日(土)
   22日(月) 
   23日(祝日)    
28日(土)  
  29日(日)
 
(7、8、14,15日は臨時休業します)
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