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2015年11月30日 (月)

ジュッテン・ニイイチが三島由紀夫を追いつめた(その1) 折々の<状況>

Img_5415 ジュッテン・ニイイチが三島由紀夫を追いつめた(その1)

 

 10・21 私たちにとっては、「ジュッテン・ニイイチ」そのことがよくうなずける展開だ。「なるほど、そういうことだったのか!」。この『三島由紀夫 作品に隠された自決への道』(柴田勝二 祥伝社新書 2012年11月10日第一刷)の展開や終章である「第八章 <神>となるための決起」を読み進めると、確かに。とはいえ、当日、1970年11月25日、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地総監室のバルコニーからまかれたアジびら、檄文を読めば、そのことは一目瞭然だったのだね。

 国際反戦デーはウイキペディアによると、始まりは1966年。当時の総評が「ベトナム反戦スト」を行い、それを世界に呼び掛けたことによるという。68年は新左翼による新宿騒乱となり、翌1969年は新宿を中心に各地で機動隊と衝突、逮捕者1594人を数えたという。檄文で三島はこの国際反戦デーに何が起きたかと問う。「このデモは、圧倒的な警察力の下に不発に終わった。その状況を新宿で見て、私は、『これで憲法は変わらない』痛感した」とつづる。機動隊に新左翼各派が封じ込められたことを以下のように残念がる。少し長いが、三島らの行動の視点がよくわかるところだ。この1969年10月21日の国際反戦デーは「自衛隊にとって悲劇の日」だというのだ。

 

 その日に何が起ったか。政府は極左勢力の限界を見極め、戒厳令にも等しい警察の規制に対する一般民衆の反応を見極め、敢えて「憲法改正」という火中の栗を拾はずとも、事態を収拾しうる自信を得たのである。治安出動は不用になった。政府は政体維持のためには、何ら憲法と抵触しない警察力だけで乗り切る自信を得、国の根本問題に対して頬かぶりをつづける自信を得た。これで、左派勢力には憲法護持の飴玉をしやぶらせつづけ、名を捨てて実をとる方策を固め、自ら、護憲を標榜することの利点を得たのである。名を捨てて、実をとる! 政治家たちにとってはそれでよかろう。しかし自衛隊にとっては、致命傷であることに、政治家は気づかない筈はない。そこでふたたび、前にもまさる偽善と隠蔽、うれしがらせとごまかしがはじまった。
 銘記せよ! 実はこの昭和四十四年十月二十一日という日は、自衛隊にとっては悲劇の日だった。創立以来二十年に亘って、憲法改正を待ちこがれてきた自衛隊にとって、決定的にその希望が裏切られ、憲法改正は政治的プログラムから除外され、相共に議会主義政党を主張する自民党と共産党が、非議会主義的方法の可能性を晴れ晴れと払拭した日だった。論理的に正に、この日を境にして、それまで憲法の私生児であつた自衛隊は、「護憲の軍隊」として認知されたのである。これ以上のパラドックスがあろうか。

 

 「三島由紀夫 作品に隠れた・・・」によると、三島と知己があり、三島の私兵組織『盾の会』の訓練も受け持ったことがある山本勝(きよかつ)の『自衛隊「影の部隊」 ――三島由紀夫を殺した真実の告白』(講談社 2001年)に、国際反戦デーにこんな行動計画があったという。つまり、三島らは、新宿でデモ隊が騒乱状態を起こし、治安出動が必至になったとき、まず、三島と「盾の会」が身を挺してデモ隊を排除し、次いで自衛隊主力が出動し、戒厳令的状態下で首都の治安を回復することを目指すが、万一、デモ隊が皇居に侵入した場合には、「盾の会」の会員がそれを「断固阻止」するという展開を描いていた。その「万一」の場合には、三島はデモ隊を殺傷した責任をとって切腹するはずであり、現に三島は隊員を赤坂に集結させていたという。

 つまり、「現実の事態は、そのはるか手前で収束されてしまったのであり、これによって、憲法改正の可能性も、『盾の会』の存在意義も当面消失したという認識を、三島は抱くことになった」。


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(続く)

 

(折々の<状況>その38 2015・11・30)

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