無料ブログはココログ

ブログランキング

  • ブログランキング
    人気ブログランキングへ

« 霧降高原、早くもl初雪です   26日未明、「冬将軍」へ | トップページ | この時代と三島由紀夫  「霧降文庫」でスタート »

2015年11月28日 (土)

つねに早すぎると同時に遅すぎる  ジジェク「事件! 哲学とは何か」

久しぶりに手ごわい哲学本に出会ってしまった。新聞の書評に魅かれて手に。最初は柔らかい内容だったが、次第に深く豊かに。ヘーゲル、フランス構造主義、プラトン、デカルトがひょいと登場。かなり哲学的素養がないと、全体を読み込めない。私なども「これは硬いな~」と思いながらも、最後まで。そのうち、以下の箇所は「なるほどねー」と。
Img_5404 なかでも「政治的事件」について。この項はドイツ革命で知られるローザ・ルクセンブルクとエドゥアルト・ベルンシュタインとの「権力を掌握するのは時期尚早」論争に触れてから。もちろん、ルクセンブルクの「時期尚早の行動こそが、最終的勝利の政治的諸条件を築きあげるのだ」に、軍配をあげる。以下の文章はそれらのあとで。
 
(以下は本文の一部です)
もちろん問題は、行為と言うものはつねに早すぎると同時に遅すぎるということだ。一方では条件が整うことなどありえない。緊急性に屈服せざるを得ない。じゅうぶん待つ時間などない。戦略を練り上げる時間はない。行為はそれ自身の諸条件を遡及的に確立するという確信と危険性を覚悟しなければならない。他方では、緊急だという事態そのものが、行為が遅すぎたということを物語っている。もっと早く行動すべきだったのだ。行為はつねに、我々の行為が遅すぎたために生じた状況に対する反応である。要するに、行為にとってちょうどよい時期などないのだ。ちょうどいい時期を待っていたら、その行為は事物の秩序内のひとつの出来事にすぎなくなってしまう(スラヴォイ・ジジェク『事件!哲学とは何か』「支線4-3真理は誤謬から生まれる」122頁~123頁)。 (折々の<状況>その37)

« 霧降高原、早くもl初雪です   26日未明、「冬将軍」へ | トップページ | この時代と三島由紀夫  「霧降文庫」でスタート »

「霧降文庫」」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1378275/62723696

この記事へのトラックバック一覧です: つねに早すぎると同時に遅すぎる  ジジェク「事件! 哲学とは何か」:

« 霧降高原、早くもl初雪です   26日未明、「冬将軍」へ | トップページ | この時代と三島由紀夫  「霧降文庫」でスタート »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30