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2015年12月

2015年12月30日 (水)

〈あっ、これが〉という瞬間に遭遇 恒例「東武の古書市」

 
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 Img_5744  師走も残すところ1日の30日、日光から宇都宮に探検に出掛けた「東武の古書市」で買い求めたのは、「老いの人類史」(伊谷純一郎など)、「二番煎じ ものぐさ精神分析」(岸田秀)、「江戸という幻影」(渡辺京二)、それに懐かしい~「共同幻想論」(吉本隆明 1971年8月10日・20版)など8冊でした。
 
 「構造人類学」(レヴイ・ストロース)も欲しかったのだが、とても手が出せるお値段ではありませんでしたので、これは断念ー。いずれにしろ、古書の森を狩人のように巡り、〈あっ、これを手にしたかつたのだ!〉、という瞬間に何度も遭遇した愉しい1時間でした。
 
 会場では、古書とにらめっこ。1時間でもうへとへと。全部のお店を観ることができませんでした。「ともだち」の「かぴぱら堂」さんから見て回り始めましたが、最も長く張り付いていたのは、人文関係が豊富な「利根川古書専門店」でした。
 
 
1月5日までやってます。古書ファンは必見です。
 
【東武古書の市】 2015年12月27日(日)~2016年1月5日(火)まで、東武宇都宮百貨店 5階イベントプラザにて「第65回 東武古書の市」が開催中です。 https://twitter.com/yoshimotoshot…/status/674777246901514242 …...

2015年12月29日 (火)

もうひとつの「3・11物語」 ドキュメンタリー映画「福島のつぶやき」 

Photo ドキュメンタリー映画「福島のつぶやき」、日光市土沢で。「福島の映画」というより、「3・11」の被害が及ぼした「もうひとつの物語」。それぞれの判断、方角、模索、大切にしていくものとは何か?、自分たちが進むべき道とは何か?、音楽とたくさんのコメントから観る人たちにもう一度、生活と人生と未来を問いかける。福島第一原発事故から5年の今だからこそ、足元を直視することの大事さを静かに呼びかける、そんなドキュメンタリー映画だ。上映後、TOKO SHIIKI監督とも作家・音楽家のたくきよしみつさんとも、語り合えました。「行って良かった」、そう思える時間でした。

(この映画について、見事な「解説」を 出演者・作家・作曲家のたくみきよみつさんが書いています)

Threshold: Whispers of Fukushima 『これから映画を御覧になる皆様へ』〜 出演者であり作家/作曲家のたくきよしみつさんからのメッセージ

「フクシマ」の問題はとても複雑かつデリケートで、どんなに言葉を尽くしても実情や問題点を正確に伝えるのは困難です。特に、テレビ番組や映画などの映像 作品は、見る者の好奇心を刺激したり同情や怒りを呼び起こそうという意図の元に編集されるものが多く、私自身、編集で歪曲されるのがいやなので、今では基 本的に取材や出演依頼には応じていません。 「あれ」が起きた当時とは現場の「空気」もずいぶん変わってきました。福島の人たちの口もどんどん重くなっています。怒ってもどうにもならないという諦め や、下手に口にすることで問題を悪化させてしまう、ますます人間関係が分断されてしまうことへの恐れから、どうしても「沈黙は金」になっていきます。 

そんな中で、Shiiki監督が完成させたこの映画は、とてもユニークな存在と言えるでしょう。説明を極力省き、淡々と「つぶやき」や「演奏」(!)をつ ないでいくという手法。 もしかするとこれは「フクシマ」の映画ではないのかもしれません。「フクシマ」が舞台とはなっているけれど、テーマは「原発事故」とか「故郷喪失」とか、 そういうことではなく、生きるとはどういうことか、という根源的なものでしょう。 人それぞれに「生きる」意味、生きがい、人生の目標は違います。だから、これが正しい、これは間違いだということは簡単に言えません。「フクシマ」を経験 した今は、そのことを痛感しています。奇しくも、私を含めたメインの出演者全員がその点では同じことを言っていますね。 
みなさんも、ぜひ先入観や予備知識を一旦捨てて、この映画を見てみてください。そして、自分の生き様や価値観と重ね合わせて、この地球という星に生まれ、 生きていくことの意味を改めて見つめてみる……そんな時間を持つきっかけにしてもらえたら、この映画は成功だと思います。    

たくきよしみつ

2015年12月28日 (月)

法螺貝、三線、朗読 FOLK・・・~なごやかに「霧降文庫忘年会」

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「霧降文庫」忘年会は、吉野杉の樽酒、沖縄三線と沖縄歌、法螺貝、自作詩の朗読、「詩と思想」エッセイの朗読、さらにFOLKSONG「これがぼくらの道なのか」と、文化の香りの高い忘年会となりました。
特に法螺貝の音色は、いかにも独特。和牛の高級ステーキで「乾杯」するというおまけも。
たまたまですが、参加者は「霧降高原」が中心でした。20時、23時、25時と、忘年会の夜は薪ストーブの炎のようにじっくりと過ぎていきました。
「えっ、そんなすごい経験をしてきたの?」
「大学院受験の結果はどのように?」
「日光の定番観光コースを大改革したい」
「一滴のブランデーをたらすことで、高級ワインへ」
「こんなに美味しいポテトケチャップあえの作り方は?」
「もう20年も週二回、絵画教室で教えているのですが、こちらも学んでいるのです」
「兄弟が多いと食べることだけで大変。だから、懸命に学びますね」
おでんパーティと日光B級土産、各家庭の独特な料理ー
ウッドデッキの〈冷蔵庫〉で冷やした瓶ピールで乾杯したのでしたー。
みなさん、よいお年を。
「霧降文庫」は1月上旬まで冬休みに入りました~。

2015年12月27日 (日)

「霧降文庫」忘年会でデビューします FOLKSONGの世界へ

Img_5657_2 http://www.uta-net.com/movie/30112/

2015年12月26日 (土)

「霧降文庫」の忘年会は27日(日)  「肴一品」持参を

ゆく年くる年 「霧降文庫」の最終日の「日没以後」は、「最終日忘年会」という名の宴会へ。2015年を振り返り、2016年の収穫作戦へ。参加なされるお方は「肴一品」のご持参を。夕方から深夜まで。1年を振り返る「動画上映会」からスタート。どうやら「歌姫」の参加もありそうなので、そんな楽しい時間も。この日付がなかった(笑い)。27日(日)です。
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2015年12月25日 (金)

障子張り作業が楽しめます  12月26日(土)、霧降文庫で

 年末の大掃除へ。天気がよいので、まずは和室の「障子張り替え」を。試験的に一枚。あと3枚は26日に。「霧降文庫」のお客さんになると、この作業に特別に参加できます(笑い)。きょうは「この政治記事は取材が甘い」とか、言いながら新聞記事を批判しながら、作業を進めていると。と、あれ?~。〈障子の糊が少ない〉。微風で障子紙がはがれる場面もありました。こっも「見通しが甘かった」と、反省へ~。
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2015年12月24日 (木)

最終日の日没後は忘年会?  「霧降文庫」の師走27日(日)

「霧降文庫」は27日(土)が今年の最終日。13時~日没。なので、「日没後」は、流れとして、「霧降文庫忘年会」になりそうな気配がどこからか(笑い)。「吉野杉」の樽酒とともに、激動の2015年を「総括」するために常連さんたちと一杯やることになるか?ー。 Photo
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2015年12月23日 (水)

 「霧降文庫」も師走の本番へ  27日(日)が今年の最終日

 さあさあ、2015年の師走も本番ー。「霧降文庫」もまた。23日(祝日)から27日(日)まで、連続オープン。というか、27日(日)が今年の最終日。お客さんがいないときは、ベランダで薪づくりをしていますー笑いー。28日からは大掃除などで正月休業へ。再開は来年1月上旬から。今のところ、1月8日(金)あたりか?(最終決定はまだですー)。

 

 12月企画は「この時代と三島由紀夫」。1月は東日本大震災・福島第一原発事故から5年がすぐなので、この企画へ。(仮題)「『3・11』から5年ー。東日本大震災と福島第一原発事故」。もともと「霧降文庫」は「3・11図書室」でもあり、原発を中心に「3.11」本だけで約500冊あります。そのうち厳選100冊を企画しようと思ってます。

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霧降文庫」の2015年の年末は、23日(祝日)から連続で。23、24.25.26.27日と、5日間、連続でオープンさせます。午後1時から日没まで。企画は「この時代と三島由紀夫」(70冊)。さらに「古書」(1800冊)と「図書室」(2200冊)も。ぜひ、可否を片手に古書の散策を。 PhotoPhoto_2

Photo_3 「霧降文庫」は、〒 栃木県日光市所野1541-2546

電話は0288-25-3348 霧降高原のペンション「ポコ・ア・ポコ」が目印。道路からこのペンションにあたったら、左へ。道なりに行くと、5軒目ぐらい(地図では「砂時計邸」です)。庭に薪が。パジェロ・ミニも駐車してます。幹線道路から外れた別荘地なので、車は宅配便や郵便屋さんぐらい。なので、「霧降文庫」の道路沿いに駐車できます。ナビを入れると、ピタリと「霧降文庫」前へー。


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2015年12月22日 (火)

」越冬」へさらに薪を 仲間の寄贈薪を軽トラで

Img_5601霧降高原の「越冬」に向けてさらに力を(笑い)。薪不足のところ、市民活動仲間から「薪ならなんとかなるよ」、という仏のような声をかけていただき、ご近所からお借りした軽トラで今市へ。このありがたい薪、きょうは庭に「ど~ん」と放り込んだだけ。明日22日(火)からはこれをチェンソーなどで切断し、薪小屋に積み上げる作業へ。年内いっぱいはさらに「薪探し」をやっていくことになるだろう~(いや、年を越すか?)

2015年12月21日 (月)

「詩と思想」コラム「詩人の眼」 3月号原稿を20日に送稿ー。

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この2、3日間は、月刊詩誌「詩と思想」のコラム「詩人の眼」の作業に集中。締め切り日の20日ぎりぎりで編集委員会に送信~(3月号から半年間、担当筆者になる、その第一回目)。その一部をFACEBOOKへ。誌面になるのは来春なので、さわりだけ。私が愛読している「詩と思想」の宣伝も兼ねてー。

「詩と思想」2016年3月号 「詩人の眼」原稿 
(2015年12月20日)

「事件」・・・・新しい何かが突然に
                        黒川純

私たちは、今、いや、今も、「事件」でいっぱいの世の中にいる。それも表層でも深層でも。飛び込んでくる事象だけでなく、眼を大きく見開くことで視えてくるそれも。あれから5年目を迎える東日本大震災・福島第一原発事故、それはもちろん、芸能人の最新スキャンダルも、暴力的な政治変動も、さらに個人的な決断も「事件」だー。スロヴェニア生まれの思想界の奇才と呼ばれる、スラヴォイ・ジジェクは『事件! 哲学とは何か』で、これらをあげたうえで、事件の定義のひとつを示す。「事件とは、すべての安定した図式を覆すような新しい何かが突然に出現することだ」、あるいは「事件とは、何よりも原因を超えているように見える結果のことである」と。

 

「原因を超えているように見える結果・・・・」の例として、『事件!』は、恋に落ちた例をあげる。これなどはだれもが胸に手を当てれば、「なるほど!」に。「私たちは特定の理由、(彼女の唇、あの微笑み、など)で恋に落ちるわけではない。 すでに彼女に恋しているから、唇やその他が私を惹き付けるのだ。だから、恋愛もまた事件的である。恋愛は、事件の結果が遡及的にその原因あるいは理由を決定するという循環構造の好例である」

 

 

「新しい何かが突然に出現する・・・」、その典型的な場面に2015年秋、私はたまたま立ち会っている。というか、私の体感をそのまま言葉で明らかにした素晴らしいスピーチを会場で聴いた。東京・代々木公園で開かれた「9・23 さようなら原発さようなら戦争全国集会」。檀上で、上野千鶴子(東大名誉教授)は、感慨深そうに、それでも、「一語一語」をていねいに、いわば、この時代を「総括」した。「70年安保」(もう45年前にもなる!)に関わった彼女はメモを片手にこう語っていた(これで全体の5分の1強かー。続きは、「詩と思想」3月号でー笑いー)。

 

2015年12月19日 (土)

「最後の手段」から「最初の手段」へ 「アトムズ・フォー・ピース」

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最後の手段」から「最初の手段」へ

     「アトムズ・フォー・ピース」について

 

 ピーター・カズニック(アメリカン大学歴史学教授)は、日本の原子力導入について、広島市立大学の田中利幸教授と『原発とヒロシマ「原子力平和利用の真相』(岩波ブックレット 2011年)を共著したことに触れて、以下のように「原子力の平和利用!」(お~平和利用~!)について、驚くべき舞台裏を明かしている。「驚くべき」と書いたが、実際、「裏の『事実』はそういうことだったのか!」、思わずそんな声を出してしまうだろうー。アイゼンハワーの有名な演説「アトムズ・フォー・ピース」についてだ。

 平和のための原子力、核の平和利用とも呼ばれる「アトムズ・フォー・ピース」は、東西冷戦下の1953年12月、アイゼンハワーが国連総会で演説したキイワード。そのことは私たちも知ってはいるが、その狙いとするところは、意外と知られてはこなかったのではないか。

 

 というのも、例えば、有馬哲夫の『原発・正力・CIA 機密文書で読む昭和裏面史』(新潮新書)では、アイゼンハワーの演説の思惑について、こんな緩やかな見方を示しているからだ。同書のこの部分は以下の通りだ。

 

 アメリカの持つ原子力関連技術をむしろ積極的に同盟国と第三世界に供与し、これらに国々と共同研究・開発を行おう。そうすれば、これを誘い水として第三世界を自陣営にとりこみ、それによって東側諸国に対する優位を確立できる。さらに、自らの主導で原子力平和利用の世界機関を設立すれば、この機関を通じて世界各国の原子力開発の状況を把握し、それをコントロールすることができる。

 

 もっとも同書では、アメリカはその後も水爆実験を続け、各兵器の威力を大きくする技術の開発を続けたとする。実際、第五福竜丸事件を起こしたビキニ環礁での水爆実験は国連総会演説後の3カ月後だったと、指摘してはいる。

 

 それにしても、以下に紹介する本当の「事実」からは、かなり遠い。というか、事実に肉薄できないでいる、それを知ることができる。といっても、私もこの「アトミズ・フォー・ピース」については、『原発・正力・CIA』ぐらいの知識でしかなかったのだがー。

 

以下は『オリバー・ストーンが語る日米史の真実 よし、戦争について話をしよう。戦争の本質について話をしようじゃないか!』(2014年8月20日初版)にある「外国人特派員協会での会見時の応答 世界を変える時間はある」(2013年8月12日)

 

 アイゼンハワーは1953年に大統領に就任したとき、米国は1000の核兵器を持っていました。アイゼンハワーが任期終了したときは2万3000もあったのです。アイゼンハワーの予算周期が終わったときには3万に膨れ上がっていました。アイゼンハワー政権下で、各兵器の存在は「最後の手段」から「最初の手段」と位置付けられたのです。核のボタンに指を載せられる人間は一人だったのが、何十人にも増え、米国がアイゼンハワー下でソビエトとの戦争を起こしたら、6億5000万人の死者が出ると予想されました。こんなリスクを抱えることをアイゼンハワーはどうやって世界を納得させたのでしょうか? 彼は「人々に、核というものは良いものなのだと教え込ませないと各兵器を使うことを容認しないだろう」と言いました。そしてアイゼンアワーは1953年12月に「アトムズ・フォー・ピース」の演説をするのです。これはウソで欺瞞に満ちたものでした。詐欺と言ってもいいでしょう!これらの書類を見たら明確に「核兵器を使用可能にするために必要だ」と書いてあります。それが戦略だったのです。

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(折々の<状況>その40 2015.12・18)

2015年12月18日 (金)

この時代と三島由紀夫  「霧降文庫」の12月企画テーマです

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Img_5567_2  
  12月の「霧降文庫」のテーマ企画は、「この時代と三島由紀夫」です。生誕90年、没後45年ー。マスコミでも自決した11月25日前後に報道されていますが、「霧降文庫」は、12月の1カ月間、三島由紀夫特集で。古書や新書など約70冊を用意しました。
  
 「霧降文庫」の常連さんで、「三島由紀夫本収集家」だった「ともだち」がおり、その彼から数十冊を預かっていたのです。それに私が以前から所持していた本、さらに今回、新しくそろえた本、あっー、古書店から集めた本など数種類から。初版本の貴重な三島本もあります。
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 12月は前半に臨時休業が続いたこともあり、後半は少し多めにオープンします。きょうの★18日(金)、それにあすからの★19日〈土)★20日(日)。さらに★23日(祝日の水曜日)から★27日(日)まで連続5日間!。あと、1週間は三島由紀夫特集を。
 
 
28日から正月まで、冬季休業ではなく、正月休みへ。まずは大掃除を。「霧降文庫」は、午後1時~午後7時まで。〒321-1421 日光市所野1541-2546

電話は 0288-25-3348.お気軽にお電話ください。「はい、霧降文庫です」と応えます。

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2015年12月17日 (木)

18日(金)からやってますー 古書店図書室「霧降文庫」

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  古書店兼図書室「霧降文庫」の今週は、18日(金)から。19日(土)、20日(日)と、やってます。今月前半が、臨時休業が多かったので。午後1時~午後7時まで。
 
 〒321ー1421 栃木県日光市所野1541-2546 この番地「霧降文庫」のみ。 マイカーのナビに住所を打ち込むと、「霧降文庫」の庭前にピタリと止まります。東武・JR日光駅から約3.5キロの山の方へ。マイカーだと約7分ぐらいで着きます。、☎は0288-25-3348
 
 お気軽にでお電話ください。途中で迷子になるお客さんが多いので、というか、続出です(笑い)。特集はもちろん「生誕90年、没後45年 三島由紀夫特集」です。
 
「超右翼」をたまには知るのもいいと思います。特集は約70冊、ほかに古書と図書約4000冊です。御自由に御覧ください、ドリップ可否をいつもサービスしています(自分が可否を楽しむついでにお客さんにも、提供しているだけなのですがー。
 
 たまにですが、一部に「人気」がある手軽にできる自家製の「インドチャイ」もサービスしています。「チャイが欲しい」、というお客さんは少ないのですが。無料なのですよね(トホホー)、これがー。いずれにしろ、美味しいですよー笑いー)。

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2015年12月16日 (水)

原発安全神話と皇軍不敗神話 岸田秀『絞り出し ものぐさ精神分析』

  Img_5555_2 いやはや原発絶対安全神話と皇軍不敗神話が「同類」だという指摘があるとは知りませんでした。「不敗の皇軍が敗北する構造は、絶対安全の原発が爆発する構造とまったく同じである」と。
 
 ネットを検索していたら、たまたまフロイト精神分析学者で、私の好きな筆者のひとり、岸田秀さん(1933年生まれ 元和光大教授)が「最新刊」を出していることを知って、すぐに注文へ。人類は本能が壊れた動物であり、すべての行動は自我を安定させるために、幻想・物語に従って行動しているー。御存じ「唯幻論」の大御所。著者44歳のとき、1977年(もう40年弱前なのですねー)に発刊した『ものぐさ精神分析』が爆発的な支持を受けた(岸田さんによると、その逆の批判・非難こうごうも)。
 
 私もこの『ものぐさ精神分析』に夢中になり、自分の行動を<正当化>していた時代もあるので。2008年の『「哀しみ」という感情』以来、<その後がないね?>。と思っていたら、最近、『絞り出し 精神分析』を発刊していたのでした。「今度こそ本当に最後の雑文集」とこの本、「唯幻論始末記」に「唯幻論批判に対す反批判」や「唯幻論の背景」など、いかにも「最後の雑文集」にふさわしい論が立ち並んでいる。
 
 その中に、この精神分析雑文集の一連のエッセイに「原発と皇軍」、あるいは「歴史のなかの原子力発電」も。いずれも10数ページのエッセイだが、さすが「唯幻論」の立場からの斬り方の視点は衰えていない。原発を廃止するかどうかの判断をめぐる岸田さんの方法は、私からすると、いただけない。しかし、これまでの原発安全神話について、以下のような展開をするところは、「なるほど~」と、思わされたのでありました。
 
鋭い視点なので、紹介へ。
 
(以下は『絞り出し ものぐさ精神分析』から)
  この原発絶対安全神話は、かつての日本軍における皇軍不敗の神話、死を恐れぬ忠勇無双の日本兵は絶対に強いという神話と同類である。軍の上層部には、この神話を本気で信じている者がいたらしい。とにかく何らかの神秘的理由で、皇軍は不敗なのだと思っているから、敗北する可能性を検討して、それを防ぐ具体的対策を立てるなんて面倒で不必要なことはしないし、そもそも敗北する可能性を考えることが敗北を招くという言霊信仰のようなものもあるから、作戦計画は粗雑になり、必然的に敗北することになる・・・・不敗の皇軍が敗北する構造は、絶対安全の原発が爆発する構造とまったく同じである(「原発と皇軍」 岸田秀『同書』18頁 2014年5月30日第一刷発行 青土社)  

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(折々の<状況>その39)

2015年12月14日 (月)

「市民運動」をどう広げていくか 内田樹の研究室」から考える

「内田樹」研究室のBLOGから、市民運動の方向性について、示唆すべきことが。つまり、さまざまに課題をとりこみ、綱領や政策の緻密さを追い求めていくと、参加者のハードルをあげてしまい、むしろ、求める仲間を失っていく結果に。「学者の会」でそんな議論があったことが紹介されておりました。つまり、別の政策で考えが合わない人は排除へ。これは栃木県の市民運動を考える際のひとつの判断基軸になるかも。じっくり考えてみることにー。

 

というのも、「さよなら原発!日光の会」の役員のかなりが「日光九条の会」の役員や会員。なので、「戦争法反対」や「安倍政権打倒」を掲げるのは、簡単で、「日光の会」として、その行動に入ることもできるだろう。その思いの人たちが大半ではあるから。現実に政権が打倒されないと脱原発の政策は果たされないだろう。

 

 それは確かなのだが、それでは、結果的に身近な生活から電力から離れるなどで、脱原発をアピールし、それを果たしたいという市民、あるいは、「さよなら原発」の思いで支持や支援をしてくれている人たち、私たちの行動について、遠くから共感している人たち、私たちの運動に親近感を持って欲しいと声を掛けている人たちと「距離」をおいてしまう、・・

 

ウイングを広げることで、政策や思いを狭くしてしまい、結果的にだが、強くしようとして、むしろ弱くしてしまう、そんな「勇み足」になりはしないか?。脱原発」に「戦争反対」を加えることで、その条件を付け加えてしまう。「戦争反対」は、当然、声高にすべきことだが、そこから重なる辺野古基地問題、安倍内閣打倒、秘密法反対など、それらの課題や政策が複数になっていくことで、「これこれの条件を満たさない人の支援はいらない」、そう言外に伝えてしまう、そんな構図ができはしないかー(私はもちろん、これらの課題に取り組むことは急務だと思っているのだが)。

意識的無意識的にもそう感じられるので、「さよなら原発!日光の会」が「戦争反対・内閣打倒」もそのまま組み込むことは少し違うのではないかーと。そんな議論があり、新春には「日光九条の会」(日光では、「今市九条の会」「日光九条の会」「足尾九条の会」と三つの九条の会の連絡会があります)など、さまざまに平和を希求する市民たちで、(仮称)「さよなら戦争!日光市民の会」を発足させたらいいのではないかー。そう「提案」したばかりです。

 

もちろん、その中核は「さよなら原発!日光の会」の、私を含めた役員が担うという前提で。栃木県は私も呼びかけ人の一人である「戦争させない全国署名栃木県連絡会」と「栃木九条の会」の二者が「戦争法廃案」に向けた全栃木県連絡会を新春にも立ち上げようという呼び掛けがなされようとしているため。佐野、栃木、鹿沼などに(ほかにもか?)それぞれ新しいこの種の、「戦争反対」の市民団体が生まれており、そのひとつとして、(仮称)「さよなら戦争!日光市民の会」の立ち上げを!

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『内田樹の研究室』の記事の転載(コピペ)です-(FACEBOOKでmその紹介があったので、「内田樹の研究室」の記事のみ転載します)

『あるインタビューから』

ある市民団体の機関紙のインタビューを受けた。一般の方の眼にはあまり触れる機会のないものなので、ここに転載しておく。

「安倍政治の暴走をゆるさない 国民の力に確信を 内田樹神戸女学院大学名誉教授に聞きました」

-安保法制改悪案の強行採決から2ヶ月になりますがいまの状況をどのように判断されていますか
◆その後に大阪の知事・市長のダブル選挙での維新の勝利もあり、安倍政権の支持率が47~48%という結果も出ています。正直言って、日本国民が今の政治をどう評価しているのか理解に苦しむところです。
どう考えてみても国民生活にとってははっきり不利益になる方向に政治は進んでいます。政権運営は安保法制の強行採決、辺野古基地の工事の強行に見られるように際立って強権的・抑圧的ですし、アベノミクスはあらゆる経済指標が失敗を告げており、メディアや大学に対する干渉もどんどん現場を萎縮させている。市民生活が直接攻撃されているにもかかわらず、当の国民が自分たちの生活をおしつぶそうとしている政権に支持を与えている。論理的に考えるとありえないことです。なぜこんなことがまかり通っているのか。
思想的には「戦前回帰」ですが、戦前の日本には軍部と治安維持法という実効的な暴力装置がありました。今の日本にはそういうものはありません。ですから、市民が政府に怯えて政府の暴走を看過しているということではない。市民自身がその暴走を「よいこと」だと思っているということです。
国民の半数が政権の暴走にある種の期待や好感を寄せているという事実を私たちはまず冷静に見つめる必要があります。当否の判断はさておき、多くの国民は「今のシステムを根本から変えたい」という強烈な「リセット願望」を持っている。安倍政権は「戦後レジームからの脱却」を掲げて登場してきた過激な改革派政権です。現在の自民党は保守ではなく革新なのです。その点を見落とすと高い支持率の意味が理解できなくなる。
政権は憲法という国の骨格の背骨の部分を否定し、それに基づく立憲デモクラシー、教育、メディアなどのありかたをほとんど否定しようとしています。彼らがめざすのは「革新」であり、ほとんど「革命」に近い。
そして、それに対する国民の側からの反対運動も看板では「革新」を掲げている。現状の日本のシステムはダメだ、改革しなければならないと言っている。つまり、政権も政権に反対する側も「劇的な変化」を望むという言葉のレベルでは同じことを言っているのです。
ですから、従来のような右翼/左翼、保守/革新、独裁/民主という二項対立では現状は説明できません。安倍政権の暴走を止める理論的根拠を示すためには、それとは違う新しい構図を持ってこなければならない。

-国民の意識が反転されたような形で出てくる原因はどこにあるのでしょうか
◆戦後70年の最も大きな変化の一つは、かつては人口の50%を占めていた農村人口が人口比1.5%にまで激減したということです。それは農村共同体的な合意形成の仕組みが放棄され、「会社」の仕組みがマジョリティを形成するに至ったということです。統治のスタイルもそれに応じて変化しました。それが社会のすべての制度の「株式会社化」をもたらした。
株式会社は民主主義によっては運営されていません。CEOに権限情報も集中させ、すべてが上意下達のトップダウン組織です。従業員の合意を取り付けてから経営方針を決めるというような鈍くさい企業は生き残ることができません。経営政策の適否について従業員は判断することが許されない。それはCEOの専管事項です。
でも、そのようなワンマン経営が是とされるのは、その「独裁的経営者」のさらに市場が存在するからです。経営判断の適否は市場がただちに売り上げや株価として評価する。商品がどれほどジャンクなものであっても、雇用環境が非人間的であっても、市場が評価して売り上げが伸び、株価が上がる限り、CEOは「成功者」とみなされる。
そういう仕組みに現代日本人は慣れ切っている。生まれてから、そういう組織しか見たことがないという人がもう人口の過半です。彼らにしてみると「民主主義的合意形成って何?」というのが実感でしょう。家庭でも学校でもクラブ活動でもバイト先でも、これまでの人生でそんなもの一度も経験したことがないのですから。知っているのは株式会社的トップダウン組織だけであり、その経営の適否は組織成員たちの判断によってではなく、上位にある市場が決定する。
自分の生き方が正しかったかどうかを決めるのは、試験の成績であり、入学した学校の偏差値であり、就職した会社のグレードや年収であるという「成果主義」「結果主義」にサラリーマンは慣れ切っています。その心性が安倍政権を批判することができない知的な無能を生み出す土壌だと私は考えています。
安倍晋三も橋下徹も「文句があったら選挙で落とせばいい」という言葉をよく使います。これは彼らが選挙を市場と同じものだと考えていることをはしなくも露呈しています。選挙とは市場における競合他社とのシェア争いと同じものである。それに勝てば政策は正しかったことになる。どんなジャンクな商品でも、パッケージデザインや広告がうまければシェア争いで勝つことができ、勝てばそれは「よい商品」だったということになる。
「大阪都」構想をめぐる住民投票で負けた後、橋下市長は「負けたということは政策が間違っていたということでしょう」と言い放ちました。しかし、選挙の勝ち負けと政策の良否は次元の違う話です。政策の良否はそれが実施された後の何年、何十年のちの、本当の意味での「成果」を見なければ判定できない。でも、彼らはそんなことには関心がない。次の選挙の勝敗だけが重要であるというのは株式会社の「当期利益至上主義」と同質のものです。

-SEALDsの活動はそういう状態に風穴をあけた感じがありますね
◆SEALDsの活動の際立った特性はそれが現代日本の政治状況における例外的な「保守」の運動だということです。彼らの主張は「憲法を護れ」「戦争反対」「議会制民主主義を守れ」ということです。国民主権、立憲デモクラシー、三権分立の「現状」を護ることを若者たちが叫んでいる。
老人たちのつくる政権はあとさき考えずに暴走し、若者たちが「少し落ち着け」と彼らに冷水を浴びせている。まるで反対です。こんな不思議な構図を私たちはかつて見たことがない。だから、今起きていることをよく理解できないのです。
この夏に国会内外で起きたのは、国会内では年寄りの過激派たちが殴り合い、国会外では保守的な若者たちが「冷静に」と呼びかけたという私たちがかつて見たことのない光景でした。あれを60年安保になぞらえるのは不適切だと私は思います。日本人は「あんな光景」をかつて見たことないのですから。
それに気がつかないと今何が起きているのかがわからなくなる。今の日本の政治状況の対立図式はひとことで言えば「暴走/停止」なのです。
この保守的な護憲運動の特徴は、支持者のウィングを拡げるために「安保法制反対」という「ワン・イシュー」に限定したことです。通常の市民運動はそこから原理的に同一の政策をどんどん綱領に取り込みます。原発問題、沖縄基地問題、人権問題、移民問題、LGBT問題へとどんどん横に拡げて、網羅的な政策リストを作ろうとする。けれども、そうやって政策の幅を拡げることで、市民運動への参加者のハードルはむしろ上がってしまう。
「学者の会」に対しでも、安保法案反対という以外の政策についても会としての統一見解を語るべきだという人がいました。他の政策について意見の違う会員を「除名しろ」という意見を述べた会員もいました。彼らはそうやって政策の整合性や精密性を追求すればするほど仲間が減って行くということはあまり気にならないらしい。
SEALDsはその点ではむしろ「大人」だったという気がします。彼らは政治目標を法案反対一点に絞って政策集団としての綱領的な純粋性や整合性をめざさなかった。だから、あれだけ多くの賛同者を惹きつけることができたのだと思います。
彼らは法案に反対しているだけで「よく戦わないもの」を罵倒したり、冷笑したりすることがなかった。できる範囲のことだけでいいから自分たちの運動を支援して欲しいとていねいに、実に礼儀正しく市民たちに訴えた。世間の耳目を集める政治運動がこれほど謙虚であった例を私は過去に知りません。それだけ彼らの危機感が強かったということだと私は思います。文字通り「猫の手も借りたい」くらいに彼らはせっぱ詰まっていた。だから、「これこれの条件を満たさないような人からの支援は要らない」というような欲張ったことを言わなかった。その例外的な礼儀正しさに、彼らがほんとうに肌に粟を生じるほどに安倍政権の暴走を恐怖していることが私には伝わってきました。

-年があけて2016年は夏に参院選があり、ここでまた国民の次の判断が求められます。改悪戦争法の破棄、集団的自衛権容認の閣議取り消しをもとめる一点集中の政府実現のために野党共闘が呼びかけられています。また、「戦争法廃止、憲法九条守れ」の2000万人署名が総がかり運動としてすすめられています。いま大事なことはどういうことでしょうか
◆「保守と革新」という対立軸がいつのまにか逆転していることに気づかなければ、何をすべきかは見えてこないと思います。市民生活を守るために、私たちがまず言わなければならないのは「落ち着け」ということです。「止まれ」と言うことです。議論なんかしている暇はない、全権を官邸に委ねてお前たちは黙ってついてくればいいんだという前のめりの政治家たちに対して「少し落ち着きなさい。ゆっくり時間をかけて議論して、ていねいに合意形成をはかりましょう」と告げることだと思います。暴走する政治家たちの決まり文句はいつでも「一刻の遅れも許されない」「バスに乗り遅れるな」ですけれど、これまでの経緯を振り返れば、それが「嘘」だということははっきりしています。決定に要した時間と政策の適切性の間には何の関係もありません。
逆説的ですが、今の市民運動に求められるのは「急激には変化しないこと」です。国のかたちの根本部分は浮き足立って変えてはならない。そのための惰性的な力として市民運動は存在します。それは市民運動のベースが生身の身体であり、生身の身体は急激な変化を望まないからです。
痛み、傷つき、飢え、渇き、病む、脆い生身の身体をベースにしている運動は独特の時間を刻んで進みます。その「人間的な時間」の上に展開される市民運動がいま一番必要とされているものだと私は思います。
まずは来夏の参院選で政権の暴走を止めるために、「立ち止まって、ゆっくり考える」というただ一つの政治目標の下にできるだけ多くの国民を結集させることが最優先だと思います。

-以上、『内田樹の研究室』の記事の転載(コピペ)おわり-

2015年12月13日 (日)

薪のプレゼントを  珍しく私が「贈与」してきましたー。

  Img_5483 12日(土)の本日は「ともだち」の助けも借りて、「霧降文庫」の越冬薪づくりを進める一方、ご近所の「ともだち」に薪の「クリスマス?プレゼント」として、10個の土嚢袋(薪500本、ふたつに割ると1000本)をつくり、さしあげてきました。
 
 
 薪をいただくと、私も心から温まるので(笑い)。ーかって、つい3年ぐらい前は、冬の終わりに薪不足が深刻になると、自分の家のベランダの板をはがして、燃やすことにーそんなせっぱつまった思いもありました。
 
(なので、薪の供給については、「ともだち」のみなさんも、そこのところ、よろしくー笑いー)

2015年12月12日 (土)

13日、宇都宮で広瀬隆講演会が 栃木県「ゴミ連」総会記念で

 
Img_5507_3 13日(日)午後1時45分から、広瀬隆講演会、宇都宮市の清原工業団地管理センター大会議室で(宇都宮市清原工業団地15蕃地の1)。私も参加します。「聴いてみたい」人はだれでも歓迎です。「ゴミ問題を考える栃木県連絡会」総会記念講演会です。
 
(以下は参加を呼びかける「ゴミ問題を考える栃木県連絡会」書記長、高際澄雄さんからのアピールです)  
 
 
ゴミ問題を考える栃木県連絡会では、12月13日に添付の通り、総会を開催 し、その後記念講演会を開催します。記念講演会には、常に根本的な問題提起と、現実の綿密な調査に基づいた正確な予測を行っている、広瀬隆氏を招き、講演いただきます。  ゴミ連では2010年10月より、民主党政権がベトナムに原発輸出を決めたと喜んでいることに腹を立て、12月5日(日)に広瀬隆氏を招いて講演会を開催しました。広瀬氏はその年の7月に『原子炉時限爆弾』を発行したばかりで、私たちとしては危機意識を持っていました。
 
 講演会にはたった35人しか参加しませんでしたが、その的確な内容に感銘を受け、2011年の1月に合宿を行い、反原発の運動を組み立てようと話し合って、3月機関誌『ゴミ連ニュース』を発送して、3日後に福島原発事故が発生しました。それから、島田委員長が講演会を3回開催して、9月に原発いらない栃木の会を結成し、鎌田慧さんを呼んで記念講演会を開催したことは、ご承知の通りです。
 
 今の日本の状況は当時にも劣らず危険極まりありません。とりわけ、栃木県内には塩谷に指定廃棄物処分場を建設されようとしており、馬頭県営処分場にも、産業廃棄物として放射性廃棄物が持ち込まれる危険がきわめて大きくなっています。このような時に広瀬隆氏の意見を謙虚に聞く必要があると考えています。 多くの皆さんにご参加いただくとともに、拡散を心からお願いいたします。
 ゴミ問題を考える栃木県連絡会 書記長 高際澄雄

2015年12月11日 (金)

「冬の星座」と三線と動画で 「さよなら原発!日光の会」忘年会

  Img_5466
 
 市民団体「さよなら原発!日光の会」忘年会。10日(木)夜18時半から、日光市石屋町の「養老の瀧」日光店で。
 
 参加者11人の一人ひとりがこの一年間の最も印象的なことと来年に向けた「安倍政権打倒」の抱負を。そのあとはもちろん、「呑めや歌えや」~。
 
 沖縄の三線の調べに乗せて、あくまで透明な「冬の星座」と「アメージング・グレイス」を声楽家の伸びやかな美声で。私はただただ、おちょこの熱燗をぐいぐいとあおりながら、じっくりと。
 
 盛り上がり始めたところで、「さようなら原発!栃木アクション11.15」の集会とパレードの動画2本・5分も「養老の瀧」の壁をスクリーンに緊急上映しました。
 
 
 いやな時代と並走し、追いかけていく市民集団の師走、こんなに楽しく有意義な忘年会はめったにないでしょう~笑い~(さぞや忙がしい脱原発派の県議会議員、平木ちさこさんも駆けつけてくれました)

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2015年12月 8日 (火)

10日は「養老の瀧」で忘年会 「さよなら原発!日光の会」

Photo_2  10日(木)の夜は、市民団体「さようなら原発!日光の会」の2015年忘年会です。
 
 2300人が参加した「さようなら原発!11.15栃木アクション」や春の「東海第二原発運転差止訴訟」講座、初夏の「非電化工房見学会」、盛夏の第4回総会と「5アンペア生活をやってみた」講演会、今秋の「福島視察報告会」講座、「さようなら原発1000万人署名」街頭署名活動など、さまざまなことに取り組んできた私たちの2015年を振り返り、2016年への「英気」を養うために。
 
ところ 日光市石屋町 「養老の瀧」日光店
こんな 9品 呑み放題
ふたん 一人3500円
 
 
会員と会員の「ともだち」も、ふるってご参加を。8日現在で、12人の参加申し込みがあります。追加参加の最終申し込み締め切りは、9日(木)18時まで。連絡はこのBLOGのコメント欄へ。

2015年12月 5日 (土)

ごくろうさま・よいおとしを 今年最初の忘年会は宇都宮で

Img_5457 「今年はごくろうさまでした。良いお年をお迎えください」(もうそんな季節になったのですね~)。

 

今年最初の忘年会は「原発いらない栃木の会」(会員277人と10団体)。5日(土)、宇都宮で。

 

次は10日(木)の「さよなら原発!日光の会」(会員90人ぐらいか?)の忘年会を、もちろん、日光で。

2015年12月 3日 (木)

地球的次元とローカル性と客観と主観 さまざまな「メディアと社会」

 Img_5450 2日と3日と、上、下で2頁にわたってアップされた朝日新聞の「メディアのこれから」がいい!。計12人の論者がそれぞれの専門分野を背景に、それぞれの視点から、メディア、とくに新聞とネットについて、その関係などについて、語っている。よく読むと、「玉石混交」といった感じだが、何人かは「さすが」「なるほど」「そうか」といった指摘、批判、提案、提起があった。
 
 以下にあげる千葉大の広井良典(よしのり)さんの「地球的次元とローカル性」などは典型だ。それに「里山資本主義」で知られる藻谷浩介さんの事実からの判断。とくに日本の生産年齢人口(15歳~64歳人口)などは、「そうなのか-」といったところだ。記事によると、1995年から2015年までの20年間に、1000万人、12%も減っているのだという。初めての人口減社会に。そのことは承知しているが、生産年齢人口がこんなに劇的に減っているとはー。と、なんとなくわかるが、数字を示されると、「えっ」と驚いてしまう。
 
 
 もっときちんと次はBLOGや他の媒体で書こうと思うが、これらの論は、単に「メディアのこれから」といったテーマに限定されるのではなく、「社会のこれから」まで含んている。それくらい今、メディア、新聞とネット、今私が打っているFACEBOOK、さらにTWITTER、BLOGの価値や役割、位置づけが大事に。とくに「これはいいね」と思ったのが、「地球的次元とローカル性と」。書いた人の経歴を見たら、「ポスト資本主義」の著者でもありました。「さすがー」と言いたい。
 
(以下は朝日新聞デジタルからの引用です)
 
地球的次元とローカル性と 
千葉大教授・広井良典(ひろいよしのり)さん  
 
戦後の日本社会において、新聞は、国民の「教科書」として機能してきた。諸外国に比べ、際立って大きな発行部数もそのことを示している。実際、新聞は学校の教科書などよりもはるかに大きな影響力をもち、人々の「共通の話題」の土台ともなった。
 
 かつて政治学者のベネディクト・アンダーソンは、近代社会において見知らぬ人に同胞意識が育まれ、「想像の共同体」としての国家が形成されるにあたってメディアが決定的な役割を果たしたと論じた。つまりメディアと国民国家の発展はパラレルな関係にあり、発行部数の大きさは、日本社会の集権性あるいはナショナルな統合の強さを反映したものと言えるだろう。
 
   以上のような日本社会の求心性は、実のところ“国を挙げての拡大・成長”という時代構造と表裏の関係にあった。こうした状況がいま根本から変わりつつある。
 
 本質的な意味をもつのは次の二つの構造変化だろう。一つは「グローバル化とローカル化」の潮流である。特に後者への対応、つまりローカル・メディアの発展という方向は、地域再生とも関わる大きな課題である。
 
  もう一つは「ネット」との関係だ。この場合、情報媒体がネットに移っても、コンテンツ(報道内容)の作成や提供においては相変わらず新聞社等が大きな役割を担っていることを忘れてはならない。こうした点や、霞が関の政策立案能力や情報収集力が相対的に低下している状況の中で、新聞社等には政策の「シンクタンク」的機能の強化が求められるのではないか。大学との連携もここで課題になっていくだろう。  
 
 最後に「第二のソーシャル・ブレーン」という視点に触れたい。近年、人間が社会の中で互いに影響を与えあうことが脳の進化に決定的な意味を持ったとする「ソーシャル・ブレーン」という理解が生まれている。だとすれば、グローバルに影響を与えあうネット空間等において、「第二のソーシャル・ブレーン」とも呼ぶべき新たな「意識」や情報空間が形成されつつあると考えることは不可能ではないだろう。
 
 それは地球的公共意識といった次元にまで至る可能性をもつ半面、“ネットムラ社会”というべき様々な分断を増幅させるベクトルをも持っている。一方でローカルな場所性に着地しつつ、他方で個別の集団を超えた公共性への志向を併せもつようなメディアのあり方と、その原理となる思想がいま求められている。

2015年12月 2日 (水)

小薪を数か月分 冬本番に向けて準備~

Img_5430 悪天にならないうちに、それ~と、ご近所の「ともだち」の助っ人もあり、数カ月分の小薪を集中的につくることができました。手段は丸ノコと斧1本だけです。午後2時前から夕方まで約3時間ー(といっても、少し働くと、可否にしたり、煙草タイムにしたりですが)。終えたところで、ふ~・・と、汗をぬぐったのです。

Img_5439

小薪は右側の第一薪小屋へ。この数日前に飛び出し防止?の横材を張り巡らせたばかり。三方へ。冬は小薪小屋。年間を通して、この屋根に布団を干しております。今回は、さらにオブジェ?としても役目も果たしてくれることにー。

Img_5438

写真ではまだ隙間がありますが、この写真を撮ったあとに切断した1000枚ぐらいを投げ込んだら、もうぎしぎし。天井までも。これ以上は「土嚢袋」に入れるしか、方法がないかも。いずれにしろ、すでに3000枚以上は。計算上は一冬に4500枚は必要です。それ以上になったら、「ともだち」にプレゼントしようと思っています。

2015年12月 1日 (火)

惜しい人でしたー水木しげる いずれ、「霧降文庫」企画をー。

惜しい人でした。私にとっての水木しげるは「ゲゲゲ」ではなく、「総員玉砕せよ!」でした。

いずれ、「霧降文庫」でも「追悼 水木しげる」を企画することになるだろう。

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(以下は朝日新デジタルから)

「ゲゲゲの鬼太郎」などの作品で知られる漫画家の水木しげる(みずき・しげる、本名武良茂=むら・しげる)さんが、30日午前7時18分、多臓器不全のため東京都内の病院で死去した。93歳だった。

 1922年生まれ。鳥取県境港市出身。43年、召集され現パプアニューギニアのラバウルへ。米軍の空襲で左腕を失う。46年、復員。紙芝居作家を経て58年「ロケットマン」で漫画家デビューした。

 幼い頃から妖怪に興味を持ち、「河童(かっぱ)の三平」「墓場鬼太郎」など、一貫して妖怪を描き続けた。代表作「鬼太郎」は、68年から2009年にかけ6作もテレビアニメシリーズが作られた。戦争体験に基づいた「総員玉砕せよ!」「コミック昭和史」「水木しげるのラバウル戦記」など、戦争を告発する作品でも名作を残した。

 93年、境港市鬼太郎や妖怪のブロンズ像を並べた「水木しげるロード」ができ、人気の観光スポットになっている。水木さんと妻武良布枝さんをモデルとしたNHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」が放送された10年には、過去最高の372万人が訪れた。同年、文化功労者に選ばれた。

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